父親の存在③
会社の同期だった三木絢音が康稀に会いに来た。
三木絢音は曽我絢音である。
結婚して曽我絢音になった。
絢音は康稀のファンクラブ会長を自任している。
康稀ファンクラブ会長を辞任しているのは絢音だけではない。
社長も自任している。高校からの親友・佐藤梨華も……。
康稀は多くの人に大事にされているのだ。
私はとても嬉しく、幸せだと思っている。
私の周囲の人たちのお陰で、私は未婚でありながら康稀を産み育てられた。
感謝してもしきれないほどだ。
康稀は認定こども園に通っている。
当初は保育園のように8時間保育をお願いしていたが、真由子のたっての願いで、幼稚園と同じ保育時間に変えて貰った。
真由子は仕事を在宅に切り替えたのだ。
今日は康稀が園から帰宅して直ぐに絢音に会った。
「ひろくぅ~~ん、元気にしてたぁ~?」
「元気だよ。絢音ちゃん。」
「もお~、可愛いんだから……。」
「絢音ちゃん、いらっしゃい。」
「おばさん、来ちゃいました。」
「泊まっていくのよね。」
「はい。」
「後で、ゆっくり飲みましょう。
仕事をするから部屋に籠るわね。」
「承知!」
「しょうち!」
「もぉ~~~っ、ひろくん、私の真似しちゃって……。
可愛いんだから………。」
可愛いという度に絢音は康稀を抱き締めた。
絢音は結婚して曽我から三木に変わり、仕事も在宅勤務に変えている。
「ご主人様は?」
「仕事が終わったら、あちらの実家で泊まるのよ。」
「そっか……。」
「あの件がどうなったのか聞きたくて来たのよ。」
「あの件、か………。」
「うん、あれから、どうなった?」
「私には何も言って来なくなったわ。」
「そっか……上手くやってくれたのかな?」
「詳しくは聞いてないの。」
「まぁ、今度会ったら聞いておいた方がいいよ。」
「そうね。」
「絢音ちゃん、今日、遊べないよ。」
「えええええええ!」
「今日ね、あっくんと遊ぶの。」
「そっか……お友達なのね。」
「うん!」
「ひろちゃん、あっくんのお家に行くの? 今から?」
「そうだよ。」
「じゃあ、お菓子を持って行きなさいね。」
「どのお菓子? 僕、ポテトチップがいい。」
「分かったわ。はい。」
「ありがとう。お母ちゃん。行ってきまぁ~す。」
「ちゃんとご挨拶するのよ。『こんにちは。お邪魔します。』って……。」
「うん!」
「行ってらっしゃい。」
「ひろくん! 寂しいから早く帰って来てね。」
「絢音ちゃん、夜は遊べるよ。」
「分かった。夜まで居る。」
「うん! 行ってきまぁ~す。」
「行ってらっしゃい。」
康稀が出掛けた後で、私は絢音に話をした。
「どんな風に話し合ったのか分からないのよ。
でも、ぴったり止まったの。
もうメッセージも受け取っていないのよ。」
「そっか、なら、良かった。
でもね、性善説はもう止めてよね。」
「性善説?」
「そうよ、杏は優しいし、人を騙したりしないでしょう。
でも、そんな人ばかりじゃないから……。」
「私、人を騙したことあるわ。」
「えっ?」
「康稀を騙した。
父親は遠くに働きに行ってるって……。
ずっと騙してた。
今も騙し続けてる。
遠くに働きに行ってるって、だから会えないって……。」
「それは……あのスキー場の人とは違うでしょう。
人を傷つける為の嘘じゃない。
今は幼いから、そう言うしかなかったのよ。」
「嘘は嘘よ。私は康稀を騙してる。」
「それも覚悟のうえで出産したのよね。」
「…………私、自分の為に産んだんだわ。」
「自分の為?」
「………家族が欲しかった……それだけの為に………。
未婚で産んだのよ。」
「今更、自分を責めてどうなるの?」
「………そうね。」
「産んで育ててる。」
「うん。」
「じゃあ、全力で育てないとね。
いい子に育ってるけど、これからが大変よ。」
「そうよね。」
「…………あのさ、妹さんは亡くなったよね。」
「うん。」
「じゃあ、木元さんと家族になるのは、どう?
考えてみてもいいんじゃないの?」
「それは、無理だよ。」
「どうして。」
「捨てられたのよ。私………。」
「そうだけど………奥さんがあの妹さんだから………。
上手くいってなかったかもしれないじゃないの?
不倫してたんでしょう? 噂が会社にまで広がってて……有名よ。」
「…………………………。」
「ひろくんの為に考えたら?
自分の為にひろくんを産んだって言うんだったら。
今度はひろくんの為に、木元さんと………。
けど………あの時のクズっぷりを思い出すと……腹が立つんだけどね。
でも……奥さんが亡くなった後、浮いた噂も無いし……。
会社の若い子から告白されても断ってるみたいよ。」
「私はこのままでいいわ。」
「そうだね。傷つけられた方は忘れられないよね。」
「………うん。」
「所で、杏のご両親は? 連絡は無いの?」
「無いわ。もう、とっくの昔に居なかったのよ。私という娘は……。」
「ひろくんのこと……知らないよね。」
「うん、話す気は無いから……。」
「それがいいわ。知ったら酷い言葉を言われるよ。」
「うん。」
「ビッチ扱いするかも、ね。」
「そうかも、ね。」
「相手は婚約者だったのも、許さないかもね。」
「…………………。」
「妹さんが盗った男の……子を産んだんだから、さ。
何を言われるか分からないじゃないの。」
「……………梓は可愛いから……私は……可愛くないから……。」
「杏は可愛いよっ!
泣かないでよね。あんな親の為に!」
「うん。強くならなきゃ……。」
「そうだよ、母は強し!」
「うん。」
絢音は私達と一緒に夕食を食べて泊まった。
翌日は祝日。
私は絢音より早くに家を出て店に向かった。
車で迎えに来た夫と絢音は帰って行った。
その頃私は店で仕事をしていたから、絢音を見送れなかった。
見送りたかったと思った。




