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虹の彼方  作者: yukko
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父親の存在②

スキー場で康稀(ひろき)が橇(そり)で滑っていて、小さな女の子に当たった。

あの小さな女の子の母親から電話が架かって来た。


「治療費、支払って貰えますよね。」

「はい、お支払いいたします。

 あの、お子さんのお具合は如何でしょうか?

 お見舞いさせて頂きたいのですが……。

 ご自宅にお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「ええ、来て下さい。

 その時に払って下さいね。」

「はい、承知致しました。

 この度は本当に申し訳ございませんでした。」

「払って貰えればいいです。」

「はい。お支払いいたします。」


私は真由子の運転で、先方へ向かった。

康稀(ひろき)は社長の奥さんが見てくれると言ってくれたので頼んだ。

お見舞いの菓子折りとお見舞い金5,000円を持参した。

これで良いのか分からなかったが、取り敢えず、少ないだろうけれども……私の今の気持ちを込めた。


「あの……お嬢さんのお具合は如何ですか?

 これは少ないですけれども……私どもの気持ちでございます。」

「あぁ、頂きます。 

 これ、掛かった治療費です。」


メモを渡された。

真由子は「メモ?」と言った。

すると、「この金額です。」と言われた。

私は「分かりました。」と言って、2万円を支払った。

母親の後ろで小さな女の子が飛び跳ねるように家の中を走っていた。

その姿を見て私は安堵した。

私は頭を深く下げて「本当に申し訳ございませんでした。」と謝罪をした。

そして、帰宅した。

真由子が帰宅して直ぐに「杏、メモも貰わなかったのよね。」と聞いた。

私は「こちらが悪いから……。」と答えた。

真由子は「これで終わるといいけれども……。」と言った。

私がその意味を知るのは、直ぐ後の事だった。


**********


1週間後、再びあの小さな女の子の母親から電話があった。


「治療費を払って下さい。」

「はい、分かりました。」


康稀(ひろき)をまた社長の奥さんに委ねた。

真由子が運転する車で向かう前に真由子が話した。


「今日は領収書を貰いなさい。

 いいわね。」

「領収書………。」

「貰って当たり前なのよ。」

「そうよね。」

「前はどうして貰わなかったの?」

「こちらが悪いから、言いにくかったの。」

「杏の悪い癖ね。」

「悪い癖?」

「そうよ。押しに弱い、でしょう。それに、悪い人は居ないって思ってる。」

「………そうかな?」

「まぁ、あの環境で育ったら、そうなるわよね。」

「……………………今日は貰うから安心してね。」

「頑張れ!」


小さな女の子の家に着いた。


「金額は3万円です。」

「あの……領収書を頂きたいのですが……。」

「領収書? 前に渡さなくても払ったじゃないですか!」

「領収書を頂きたいのです。お願いします。」

「支払うって言ったのは、貴女でしょう!

 うちの子を怪我させたのは、あんたの子どもじゃないのよっ!

 払わない気なの?」

「払います。でも、領収書を頂ければ……。

 悪いのは私どもでございますので、お支払いしないとは言っておりません。」

「だったら、払いなさいよ。無くても前は払ったじゃん!」

「済みません。領収書を頂ければ助かりますので……。」

「どうして加害者を助けないといけないの?

 うちは被害者よ!」

「あの……取り敢えず、領収書を下さい。

 頂けたら何時でもお支払いいたします。」

「嘘吐きやがって!」


怒鳴る相手をそのままに真由子が私の身体を後ろに剥かせて引っ張って行った。


「杏、あれは支払う必要はない。分かった?」

「でも………。」

「皆、杏じゃないのよ。」

「………………。」

「シングルマザーだからって……杏……貴女………。

 育て方が悪かったとか変な反省してないでしょうね。」

「…………………。」

「康稀(ひろき)が橇でぶつかった。

 だから、康稀(ひろき)は加害者よ。

 だけども、支払うのに領収書を貰うのは当たり前なのよ。

 そこにシングルマザーだからとかの余分なことまで入れないでいいの。

 分かった?」

「…………………。」


その翌日のことだった。

私のスマホのSMSの通知が光った。

見ると、あの小さな女の子の母親の弟を名乗る人からのメッセージだった。


「あんた

 責任を足らない積りか?

 治療費を支払わずに帰るのは無責任だぞ。

 姉の大切な娘に怪我をさせておいて責任を取らないのか!

 誠意を見せろ!

 誠意を見せろよ!

 早く支払え!」


同じようなメッセージが続いた。

私は怖くなったが、誰にも話せなかった。真由子にも………。

対応を間違っていたことに気付いたから、自分で解決をせねばならないと思った。


**********


土曜日、康介が康稀(ひろき)に会いに来た。

動物園に連れて行ってくれたようだ。

その時に康稀(ひろき)が康介にスキー場でのことを泣きながら話したのだった。

その日、帰宅して一緒に夕食を摂って、康稀(ひろき)とお風呂に入って、康稀(ひろき)に絵本を読み聞かせながら寝かしつけてくれた康介は、私が部屋から出て来るのを待っていた。

いつもは話し掛けることなど無いのに………そんなことは初めてだった。


⦅今日は杏と話そうと思って来たんだ。康稀の為に………。

 杏が会いたくない、って言ってたから、会釈だけにしてたけど……。

 今日は話さないと……嫌がられても………。⦆

「杏さん、少し聞きたいことがあるんだ。」

「何でしょうか。」

「スキー場でトラブルがあったって、康稀(ひろき)君から聞いたよ。

 トラブルは解決した?」

「………あの子……話したの?」

「うん。」

「そう………。」

「解決は?」

「……まだ……。」

「今、どうなってる?」

「今…………。」

「困っていたら助けたい。僕に出来ることなら何でもする。

 僕は康稀(ひろき)君の父親だから!

 話してくれないか? 頼む。」

「…………あのね……メッセージが届いたの。」

「見せてくれないか?」


私はスマホに届いたメッセージを康介に見せた。


「これは………。」

「返信したの。

 ご迷惑をお掛けしております。

 こちらの勝手ではございますが、領収書を今後は頂きたいです。

 どうかよろしくお願い致します。

 ……って……。」

「その返事が、これ?」

「そう……それなの。」

「ほぼ同じだよな。」

「うん。」

「なんで、最初の時に領収書を貰わなかったのかな?」

「税金の……医療費控除申請に必要じゃないかと思ったの。」

「それは……あちらは一度支払ったけど、その金額全額を受け取れたのだから請求

 出来ないのじゃないのかな?」

「あ………………。」

「出来るとしても、コピーを貰うことくらいは可能だよね。」

「そうね。」

「あのね、君は真面目で人を騙すことなど考えられないだろけど……。

 皆、君と同じじゃないんだよ。

 このメッセージの中には恐喝じみた一文もある。」

「うん……。」

「分かってるよね。」

「うん………。『誠意を見せろ!』よね。」

「そう、それだよ。

 この『誠意を見せろ!』って、これは慰謝料の請求だよ。

 金額を入れていたら恐喝になると思う。

 入れてないのは、そのギリギリを狙ったんだな。」

「恐喝………。」

「皆が君と同じじゃない。色々な人が居るんだ。

 だから、この件は今後、僕に任せて貰えないだろうか?」

「えっ?」

「何度も言うけど、僕は康稀(ひろき)君の父親だから!

 父親としての責任を取らせて貰えないだろうか?

 今まで何も出来なかったから、これからは何か一つでも役に立ちたい。

 任せて欲しい。頼みます。」


康介が私に頭を下げた。

私は困惑した。

でも………康介に頼むのがBESTだと思った。

私の頭の中は、自分が叶えて貰えなかった幼い頃の私が居る。

その私が消えない限り、何が何でも責任を取る!という頭になってしまう。

それが、あのメッセージを招いたのだ。

大切に育てられた康介なら私のようにはならない。

無知な親にはならないのだ。


「………お願いします。」

「ありがとう!………嬉しいよ。君と康稀(ひろき)君の役に立てるなら……。」


その後、康介は会社の顧問弁護士に相談した。

弁護士は「今後、そのお子さんに万が一後遺症が出ても因果関係は決定的ではありません。無いと認められる可能性が高いです。最初の診断時にその診断書が出ていないことなどを鑑みて……。これから、そのようなメッセージが来ても無視して下さい。ご依頼があれば私が対応しましょう。」との返事を得た。

康介はその返事を元に、あの小さな女の子の親に会いに行った。菓子折りを持って……。


「僕が加納康稀(ひろき)の父親でございます。

 この度は僕の息子がお嬢様にお怪我を負わせてしまいました。

 大変申し訳ございませんでした。

 今後のことにつきましては…………。

 僕の会社の顧問弁護士である安西唯史さんに対応を依頼致しました。

 今後は弁護士の安西唯史さんとお話し頂きたく存じます。」

「あんた! 父親だろう!

 何が弁護士だっ!

 あんたが前に出ろ!

 弁護士なんかと話さない!」

「それは、弁護士を介しての話し合いは不都合ということですか?」

「なっ!……何を………。」

「不都合でなければ弁護士が対応するのでも問題など無いのでは?」

「あんた………。」

「弁護士事務所の電話番号は、この名刺に記載されております。

 お渡し致しますので、よろしくお願い致します。」

「あ………あんた…………。」

「では、失礼致します。」


康介は小さな女の子の母親に会って、自分の思ったことは間違っていないと確信した。

あの母親は当初より「金銭を取る」ことだけを考えていたのだと……。

それと、杏は正直で真面目で、人を疑うことよりも人を純粋に信じてしまう人間だということを……。

人を害することなど考えたことも無いのだということを……。

杏は、性善説しか頭の中には無いのだということを……康介は改めて感じた。

だから、守らねばならないと思った。


康介が小さな女の子の母親に会いに行ってから、私のスマホは静になった。

康介は「このメッセージを保存しておいたほうがいいよ。」と言ってくれた。

あの日から10年が経った。

あの日から何事もなく、あの小さな女の子に橇(そり)でぶつかった事件は終わった。

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