父親の存在①
康介と康稀は土曜日に会っている。
毎週欠かさずに康介は康稀に会いに来た。
毎回プレゼントを貰うのは、教育上良くないと言った私の言葉も直ぐに受け入れてくれた康介は、「プレゼントしていい日を決めて欲しい。」と言って来た。
全て真由子を通して……。
「クリスマスとお誕生日にプレゼントをして欲しい。」
「お正月はお年玉を上げて貰えたら康稀が喜ぶ。」
「お年玉は、500円にして欲しい。」
それらの要望を康介は受け入れて、プレゼントについては金額の上限も設定して欲しいと言って来た。
康稀は康介と会えるようになってから、今まで以上に明るくなった。
父親を求めていたのだと私は思った。
私は康介に会うのが怖いままだった。
あの別れの日のことを忘れた日は一日としてなかった。
絶望したあの日を、私は忘れられない。
その気持ち以上に、自分の気持ちを律しられないのではないかという恐怖が私にはある。
それは、今も康介のことが忘れられないからだろう。
誰とも出逢いが無かったこともあるのだろう。
誰かと出逢って付き合った居たら、こんなことに心を搔き乱されることは無い。
だが、そんな出逢いは無かったし、万が一出会えて居ても恋したかどうかは分からない。
康介を今でも憎からず想っているのは否定出来ない事実だった。
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そんな日々を過ごしていて、社長夫婦と、その妹夫婦から誘われてスキーをしに行った。
真由子も康稀も一緒だ。
このスキーに行ったことが
大きな問題を抱えることになるとは、私は露ほども思わなかった。
その日は晴れていて、スキー日和だった。
康稀は大喜びだったが、「お父ちゃんは?」と父親が来るかどうかを聞いて来た。
私は、「スキーは、お母さんの会社の人と一緒に行くから、お父さんは一緒じゃないのよ。」と答えた。
すると、康稀は悲しそうな目をしていた。
スキー場では、私はスキー板をレンタルした。
社長夫婦も社長の妹夫婦もレンタルした。
康稀は橇をレンタルした。
真由子は康稀と遊ぶと言って、私に「スキーを楽しんできなさい。」と私の背中を押して手を振った。
私は感謝して「午前中だけ、お願いね。」と真由子に康稀のことを頼んだ。
スキーを楽しんでいたら、スマホが鳴った。
「杏、悪いけど帰って来て頂戴。」
「どうしたの?」
「康稀が滑ってたら、小さな女の子に当たったの。」
「え………女の子は? 怪我は?」
「怪我はしてない様子なのだけど、謝罪をしないといけないわ。」
「そうよね。直ぐ帰るわ。」
「どうした? 当たったとか聞こえたが?」
「康稀が滑ってて、小さな女の子に当たったそうです。
怪我の具合もありますし、何と言っても先ずは謝罪をしなければ……。
戻ります。」
「一緒に行こう。」
「そうよ。皆で戻りましょう。」
「済みません。」
誰もが小さな女の子の無事を祈った。
康稀が滑っていた場所はレストハウスの前だった。
急ぎレストハウスへ戻った。
レストハウスの中ではパトロールが居た。
その傍に康稀の手を繋いだ真由子。
そして、小さな女の子と両親。
私は急いで駆け寄った。
「お母ちゃん!」
その声に全員が私を見た。
直ぐに私は小さな女の子と両親に深く頭を下げた。
「申し訳ございません。
母親でございます。」
パトロールが「見た感じでは怪我はありませんが、今後のことなど当事者同士でお話し下さい。」と言った。
私は「どうも、ありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました。」と深く頭を下げた。
「いえいえ、スキー場ではあることです。
大きな怪我はありません。」
「はい。お手数をお掛けしました。」
「では、後は双方の話し合いでお願いします。」
「はい。」
私は小さな女の子と両親に再び頭を下げた。
「申し訳ございません。」
「今日、帰宅しますので。帰宅してから病院へ行きます。
治療費、持ってくれますよね。」
「はい、勿論でございます。」
「じゃあ、連絡先を教えて下さい。
こちらの連絡先も教えます。」
「はい。」
私は連絡先を交換した。
小さな女の子に向かって「怖かったよね。痛かったよね。ごめんんさいね。」と謝った。
そして、小さな女の子と両親が帰って行ったのを見送ってから、帰ることにした。
私は康稀に「当たったのね。」と聞いた。
「うん………ごめんなさい。」
「止められなかったんだよね。」
「うん……ごめんなさい。」
「いいや、お母さんが悪かったのよ。
止め方をちゃんと教えてなかったものね。
一度だけしか教えなかったから……ごめんね。
何度も練習しないといけなかったのに……ごめんね。
ひろちゃん、怖かったよね。」
「うん……女の子が………うわぁぁ~~ん。」
「ひろちゃん、真っ青になって……ずっと謝ってたのよ。
私も止める方に行くのが遅かったから……私の責任だわ。」
「いいえ、私の責任よ。母は私だから……。
叔母ちゃん、ごめんなさい。」
「杏……。」
「それを言ったら、僕にも責任があるよ。」
「そうよ、この人が一番スキーが上手なんだから……。
あなたが、ひろちゃんの傍に居れば良かったのよ。」
「そうよね、お兄ちゃんが傍に居れば止められたわ。」
「それか、俺だよね。」
「若さから言ったら、君だろう。」
「そうね、あなただわ。」
「………ごめんな、ひろちゃん。お兄ちゃんが傍に居なくって……。」
「否、おじちゃんに居て欲しかったんだよな。ごめんな、ひろちゃん。」
「あの、社長。それから皆さんもありがとうございます。
でも全ての責任は母親の私です。
こんなことになってしまって申し訳ありません。」
「加納君……。」
「加納さん。」
「杏ちゃん……。」
私は謝罪して帰ることにした。
康稀が泣いていたこともあったが、もうスキーをするということは出来なかった。
直ぐに帰って、先方からの電話を待たねばならない。
私たちが帰ると言うと、社長夫婦も帰ると言ったが、「もっと楽しんで下さい。」と言って、真由子と二人で康稀を連れて帰った。
社長夫婦も妹夫婦も楽しめないようで、結局は帰ったそうだ。
途中で昼食を摂ったが、味を感じなかった。
私は小さな女の子の身体にも心にも傷が無い事を祈っていた。




