父と息子
康介は真由子を通して私に頼んだ。
康介の両親にも「康稀の存在を伝えたい。」と……。
私は断らなかった。
康稀には祖母が居る。
それは真由子だ。
だが、祖父は居ない。
否、現実には血が繋がった祖父は居る。
石谷直樹だ。
だが、私の実父と私とはもう長らく会っていない。
私が家を出た日から全く私のことを気にも掛けていない父・直樹。
居ないも同然だ。
そんな私の両親と康介の両親は違う。
あの別れの日から日が経ってから、私は康介の両親からの手紙を受け取った。
手紙の宛先は、あの家だったが、郵便局に転居の届を出していたので、前の住所に送られた郵便物は真由子の家に送られていた。
その送られてきた手紙は、謝罪の手紙だった。
「あんな子に育ててしまって申し訳ない。」「酷い目に遭わせてしまって申し訳ない。」「康介を止められなくて申し訳ない。」と謝罪の言葉ばかりの手紙だった。
最後に「どうか幸せになって下さい。杏さんの幸せを祈っています。」と書かれていた。
私は返事を書いて出した。
「どうか気になさらないで下さい。ご縁が無かっただけでございます。
お手紙ありがとうございました。ご多幸とご健康をお祈りしております。」
康介の両親に送った手紙に「今は叔母の所で暮らしております。」とも書いた。
その手紙が康介の両親の元に届いてから、私の元にクリスマスには必ず贈り物が届いた。
私もクリスマスには贈り物をするようになっていた。
そんな康介の両親なら康稀にとって、良き祖父母になる!と私は思った。
康介は全て直ぐに着手してくれて、認知と養育費については公証役場で公正証書作成までしてくれた。
私が安心するためだと言っていたそうだ。
そして………息子・康稀と父親・木元康介の初めての面会日が決まった。
その日は康介の両親も同席することになっている。
康稀は4歳になっていた。
真由子も同席してくれる。
私は真由子の心遣いが嬉しかった。
**********
土曜日の午前10時。
私は康稀に今日の為に買った服を着させた。
少しでも良い服を着ている康稀を見て貰いたかった。
未婚の女性一人でも子どもを育てられるということを見せたかった。
見栄を張っていると言われれば、返す言葉はない。
「お母ちゃん、どこ行くの?」
「今日は、ばぁばと一緒にお出掛けよ。」
「どこ?」
行く先を知りたがっている康稀は目を輝かせている。
「今日はね……康稀が好きな遊園地へ行くのよ。」
「遊園地ぃ~! やったぁ―――っ!」
康稀の瞳はより一層輝いた。
康介の車が私達の家の前で止まった。
インターフォンが鳴り、私は出た。
身体が震えている。
恋焦がれたあの人の姿を再び見ることなど無いと思っていた。
インターフォンの画面に映し出された姿は、記憶の中のあの人と全く変わらない。
⦅変わったのは私だけ……。⦆
「……木元康介です。」
「……………はい、今開けます。」
⦅杏!……杏の声だ!⦆「………あっ! お願いします。」
玄関を開けると、そこに忘れられなかった木元康介が居た。
その後ろには、康介の両親が涙を堪えて立っている。
私より真由子が先に挨拶した。
「今日は、こちらの要望に応えて下さってありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ……ありがとうございます。」
「杏……さん……ありがとうございます。」
「いいえ………。」
「杏さん! もう会えないかと思ってた。
元気だったかい?」
「杏さん………本当になんて言ったらいいか……。」
「おじさま、おばさま……お久し振りです。」
「だぁれ?」
「ひろちゃん、あのね……ひろちゃんのお父さん。
それから、お祖父さんと、お祖母さん。」
「お父ちゃん?……お父ちゃん、生きてるの?」
「うん、ずっとね……遠くに居たのよ。お仕事で……。」
「ごめんな……やっと、やっと会いに来れたんだ。」
「……………本当に……お父ちゃん?」
「うん、お父ちゃんだよ。」
「おじいちゃんだ。」
「おばあちゃんよ。」
「ひろちゃん、今日はお父さんとお祖父さんとお祖母さんと遊園地へ行くの。」
「お母ちゃんは? ばぁばは?」
「一緒よ。」
「じゃあ、僕もヨウちゃんやあっくんと一緒だね。」
「ヨウちゃん? あっくん? と一緒?」
「うん! ヨウちゃんも、あっくんも僕のお友達。
僕、お父ちゃんが居ない子じゃなくなったんだ。
おじいちゃんも、居たんだよ!」
「そうね………ごめんね……ひろちゃん………。」
「お母ちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でも無いわ。」
「今日は一緒に僕の車で行くんだよ。」
「お父ちゃんの車ぁ~!」
「そうだよ。」
「うわぁ―――っ! ヨウちゃん、あっくんと同じだぁ~!」
「康稀くん……のチャイルドシートも買ったから……。」
「あ……りがとうございます。」
「お母ちゃん! 早く! 早くぅ~!」
康稀は康介の車まで走って行った。
目を爛々と輝かせて嬉しそうに車を見ている。
康介に話したことを今の私は後悔していない。
もっと早く話していれば良かったのだと思うほど、康稀の喜ぶ姿は私の胸を刺した。
――友達と同じになりたかったんだろう――それが私の胸を刺したのだ。
ただ、梓が生きている時は無理だったと分かっている。
梓が亡くなったから話せたのだ。
8人乗りの車の中間の席にチャイルドシートは備え付けられていた。
中間の席の助手席側だ。
康稀はチャイルドシートに座って足をブランブランと動かしている。
嬉しくて仕方ない様子だ。
一番後ろの席には康介の両親が座った。
助手席には真由子が座った。
私は康稀の隣に座った。
康稀の喜びは大きくて、ずっとお喋りしている。
私と真由子に話し掛けていたが、父親と話したいだろうことは分かりやすいほどだった。
幼いから大人のように隠せない。
私か真由子に聞くのだ。
「あのね……お父ちゃんは…どこに居たの?」「お父ちゃんは……何が好き?」
「お父ちゃん……寂しかった?」「お父ちゃん、犬好き?」「お父ちゃん……。」
答えるのは康介だった。
それを一番後ろの席で見ている康介の両親の目には涙が光っていた。




