真由子の提案
杏の養母になった真由子は、「虐待を受けた子」について精神科医の講演を聞いた。
そして、分かった。
杏が、全くと言っていいほど親の言いなりになる理由を、反抗したことが一度も無い理由を知った。
虐待を受けた子は、①なんでも自分さえ我慢すればいいと究極の我慢をすること。②それが続くと自分を消したくなる衝動に駆られること。消したくなるということは、自ら命を絶つ。そう言う選択をする場合があるということだ。
真由子は願った。
いつの日にか兄夫婦に杏が言いたいことを言える日が来るように!と、願ったのだ。
その日がいつか来るように……と、祈った。
そして、真由子は愛らしい康稀のことを思い浮かべている。
「梓が亡くなった後だから、いいかもしれない。」
「何? 叔母ちゃん。」
「梓が亡くなったからね。康介さんは一人よね。」
「何?」
「今なら受け入れて貰えると思うわ。」
「私は受け入れて欲しいと思ってないの。」
「受け入れて貰わないと、ひろちゃんの父親の欄に誰の名前も無いわ。
空欄は良くないわ。」
「叔母ちゃん、復縁とか無理よ。」
「復縁じゃないわ。ひろちゃんを認知して貰うのよ。」
「認知………嫌よ! 誰にも取られたくないわ!」
「落ち着いて聞いて頂戴。杏………。」
「これはね、杏の為じゃないのよ。ひろちゃんの為なのよ。
認知して貰えたら、ひろちゃんに法的に認められた父親が出来るの。
あの子の権利を守れるのよ。」
「……権利……。」
「そうよ。子の権利。
子が受け取るべき養育費よ。」
「要らない。私一人で育てるって決めたんだから、頑張るから……。」
「でもね、もし、杏が倒れたりした時は? 大学進学を目指した時は?
父親からの養育費は、ひろちゃんの為なのよ。
杏のプライドとかは入る余地が無いのよ。
ひろちゃんの為に何がBESTか、考えて欲しいの。」
「…………………。」
「杏の気持ちが前向きになったら、私から康介さんに話すから……。
会いたくないんでしょう。今も………。」
「うん、会いたくない。惨めになるから………。」
「兎に角、考えて。いつでも私は動くから………。」
私は息子を誰にも渡したくなかった。
康介が「自分の息子が居る」と知った時、私から息子を取り上げるのではないかと不安になった。
不安になる一方で、「父親の欄」が「空欄」であることは、愛する息子の為には成らないことも分かっている。
私は思い出した。
友人達が口を揃えて言った言葉を……。
「父親欄に名前が入ってるのと入ってないのとでは違うのよ。
ひろちゃんが大切なら、認知のこと、木元さんに話すべきよ。」
私は何日も、戸籍に載っていない康稀の父親欄を考えた。




