初恋
梓は病気で可哀想だと私は思っていた。
それは事実だ。
でも、寂しかったのも事実だった。
哀しいくらいに私の全てを簡単に私から奪っていくのは梓だった。
幼い頃はお人形などの玩具、長じるとともに梓に取られる物が変わっていった。
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高校2年生の夏、私は恋を叶えられた。
初めての恋人・加納弓弦。
彼が初めて家に遊びに来た日、梓がリビングでテレビを見ていた。
愛らしい可憐な梓に弓弦は一目で恋に落ちた。私の目の前で……。
母は言った。
「杏、貴女は健康な体で何時でも恋人が出来るわ。
でも、梓は違うのだから…お母さんの言うこと分かるわよね。」
「分からない。」
「お姉ちゃんのくせに! 妹が可哀想だと思わないの!」
泣いても無駄だった。
初めての恋を諦めた。
弓弦は梓と付き合ったのだ。
それからは、私が好きになった人を家に連れて帰ることは絶対にしないと心に決めた。
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全ては梓の病気が原因だ。
梓は特発性心膜心筋炎に罹患後約 1 年目に、収縮性心膜炎を発症した。
心膜切除術を施行したものの 1 週間後には高度の右心不全が再び出現し、再手術を余儀なくされたのだ。小児での収縮性心膜炎は稀であり、かつ再手術決定に際して医師は苦慮した。
特発性心膜心筋炎を発症した梓に、医師は経口投与した。
そして、梓は1年4ヶ月後に腹水貯留と頸静脈怒張を呈し収縮性心膜炎と診断されたのだ。
その診断の結果、心膜切除術とPTFEシートによる心膜補填術を医師は施行した。
1週間後から著しい中心静脈圧亢進症状が再発し、5 週間目の再手術施行時には左側胸膜が硬く肥厚し左室を圧排し、開窓術を医師は施行した。
すると、直ちに中心静脈圧は正常化した。
幼い我が子を短期間で二度も手術台に乗らせてしまったと両親の後悔は大きかった。
それは大きな罪の意識だった。
二度目の手術の後は、症状の再発は起きていない。
起きていないのに、両親は梓の身体を案じた。それは異常なほどに……。
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私の初めての恋人・加納弓弦と付き合った梓は、僅か3ヶ月で弓弦と別れた。
理由を私は知らない。
知りたくも無かった。
弓弦は諦められなかったのだと思う。
何度も家にやって来た。
何度目かの日、私は自宅前で偶然、弓弦に会った。
弓弦は私に「頼む。梓に会わせてくれ。」と臆面もなく言った。
私への別れの言葉も弓弦は「ごめん。」とだけ……。
その弓弦が「梓と別れたくないんだ!」と私に臆面もなく言う。
泣き崩れたあの日の私が可哀想だと私は思った。
「ごめん。私には分からないから……梓の気持ちは……。」
「頼むよ! 会わせて欲しいんだ。会って聞きたいんだ。」
「何を聞くと言うの?」
「何がいけなかったか、知りたい。分かったら俺は自分を変えるから!」
「私と別れる時、何も言わなかった。もう忘れたの?」
「………ごめん。」
「私は何もしないわ。無関係よ!」
「杏! 梓に会わせてくれ! 頼む!」
何も応えずに私は家に入って自分の部屋に籠った。
そして、泣いた。
あの日から3ヶ月経った今も、忘れられなかったのに……弓弦はもう私と付き合っていたことさえ忘れていた。
それが、悲しかった。
私の初めての恋は、見事にあっけなく終焉を迎えた。
私の涙は、私だけしか知らない。




