梓と康介の結婚
梓は憤っていた。
最高の挙式・披露宴になるはずだった。
それが、梓の友人達は全員来てくれたが、親族の席は誰も来てくれなかったので設けることさえ出来なかった。
「欠席します」という返事ばかりだったからだ。
その上、夫の康介の場合はもっと酷かった。
ほぼ誰も来てくれなかったのだ。
両親だけではなく親族も誰一人として来てくれなかった。
友人達も会社の同僚で杏を知っている人達は来なかった。
大学の頃からの親友も来なかった。
康介は親友に会って頼んだ。
「本気なのか? 有り得ない!」
「仕方ないんだ。梓を心から愛したから……。」
「だったら、何故、杏さんとの挙式をキャンセルしなかった?
どうしてなんだ。
杏さんが新婦だったはずの挙式を……バージンロードを歩くはずの挙式を……
それを……杏さんの妹?………有り得ない。」
「………時間が足りなかったから……。」
「そっちを延ばせばいいだろう! どうしたんだよ。変だぞ、お前。
そんな奴じゃなかったはずだ。」
「……杏には……申し訳ないと思ってる。でも………。」
「恋は盲目か? それでもな、せめて杏さんに敬意を示せよ。
キャンセルして別の式場を探せ。
こんな人を馬鹿にした結婚式、俺は知らない。」
「でも…………。」
「杏さんを可哀想だと爪の先ほども思ってないのか?
お前に捨てられた被害者だぞ。
それなのに、加害者であるお前が!
お前がどうして、挙式の用意をしていた杏さんに、こんなこと出来る。
こんな人を馬鹿にした挙式披露宴に招かれて、ホイホイ行くと思ったのか?
俺はそんなに馬鹿じゃない。」
「頼む! 来てくれ。」
「悪いな、もう決めたから……行ったら妻に叱られるレベルだ。」
「なぁ………頼むよ。少ないんだ。誰も出席するって返事をくれない。」
「そりゃあ、当然だ。それが分からないほど、お前は恋に狂ったのか?」
「欠席が……当然………。」
「そうだ。当然だ。俺、帰るから………。
これからも友達だけどな。今回ばかりは許せない。
じゃあ、またな。」
「…………………。」
康介は梓が可哀想で仕方なかった。
そして、そう思う度に別れた日の杏の涙が脳裏に浮かんだ。
そして、それを振り払った。
⦅決めたんだ。だから、梓だけを大切にするんだ。決めたんだから……。⦆
**********
新婚旅行に行っている間も、帰って来てからも、梓は「あんなに少ない結婚式って有り得ないわ。」と言う。
「康介さんの親が二人とも来なかったから悪いのよ。」
「私にも面子ってのがあるの。」
そう繰り返す。
康介は夏のボーナスで梓が欲しがっていたブランド物のバッグを贈った。
両親が列席しなかったことは、康介にとって梓への罪悪感を抱いた。
そのお詫びに贈ったら、梓は忽ち機嫌が良くなった。
梓の笑顔は康介にとって最高のご褒美だった。
梓の機嫌が良ければ、石谷直樹も百恵も笑顔で康介に接してくれるのだ。
**********
会社では、なんとなく少し避けられているように康介は感じている。
梓との結婚から避けられているように感じ始めた。
康介の耳に杏のことが入ったのは、結婚して2ヶ月ほどの頃だった。
「石谷さん……退職したんだって……。」
「そりゃ居られないわよね。捨てた婚約者と同じ会社なんて、ねっ。」
「それも、略奪したのは妹さんでしょう。」
「有り得ないわよね。」
「石谷さん、優しいから……辞めるしか無かったのよね。」
「可哀想よね。」
たまたま社員食堂で康介の耳に杏のうわさ話をしている女子社員の声が入ったのだ。
⦅辞めた……杏が………家も出て……今は何処に居るんだ……。⦆
急に康介の脳裏にあの日の杏の姿が蘇った。
それは胸に痛みを連れて来た。今まで以上に……苦しい痛みだった。
**********
結婚してまだ1年、もう1年……康介の場合はどちらなのか康介自身も分からない。
梓の要求は果てしなく続くように思えた。
働いていない専業主婦なのに、家事は全くしない。
掃除や食事の支度をするのは梓の母・百恵だった。
康介自身も洗濯と梓との部屋の掃除はしている。
働いてゆっくりしたい土曜日は選択と掃除に忙しいのだ。
その時、梓は1階の両親の所に居る。
一度、梓に家事をやって欲しいと頼んだら、「私の体の弱さを知ってるくせに、私にさせるの!」と激怒する。
そして、梓は泣きながら、それを両親に訴えるのだ。
両親はその言葉をそのまま康介に投げ付ける。
もう康介は疲れてしまい、何も言うまいと思った。
康介は婿養子のような立場で、同居の義父母と一緒に居るのが辛く思うようになった。
康介への梓の要求を叶えないと義父母の叱責が待っている。
梓が望む物は何でも何時でも叶えるようにしないといけないのだ。
経済的に将来を見据えることが難しくなる。
1年後にやっと康介は金銭出納帳を両親と梓に見せて言った。
「これ以上の買い物は無理です。
これからは、誕生日とクリスマスだけにして欲しい。」
目に見える形での康介の言葉は、梓が納得出来なくとも、両親には理解出来たようである。
それからは、誕生日とクリスマスだけにプレゼントすることに決まった。
梓の両親との同居生活。
それは、まるで婿養子のような感じだ。
梓の要望に応えるのは、サラリーマンでは難しいと康介は実感した。
それも本当に梓が感謝しているように見えなくなってきたからだ。
そんな日を送っているうちに、康介は段々と疲れを感じることもあるようになった。
そして、自分の両親とは絶縁状態で連絡は全く来なくなった。
康介が連絡しても取り合ってくれない。




