梓と康介の挙式・披露宴
日曜日、康介は自分の親に梓を紹介すると決めていた。
杏との婚約は無事に解消された。
次にすべきは梓を親に紹介することだけだった。
梓の両親も一緒に行くと言う。
両親には前もって日曜日に「家に帰る」ことは伝えていた。
そして、「石谷家と一緒」とだけ告げていた。
連れて行く中に両親が気に入っている杏が居ないことを伝えられなかった。
電話では杏との婚約解消は言いにくかったのだ。
それ以上に、杏の妹との婚約は言いにくい。
だが、避けられる訳など無く、両親に話さねば成らぬことだった。
康介の心の中に不安が無い訳では無かった。
否、不安ばかりだったが、それを消すように梓が愛おしい気持ちが勝っていた。
でも、梓と共に生きると決めた瞬間から、どんな言葉を自分の両親から投げつけられても「僕は梓を守り、梓との結婚は絶対に止めない。」と覚悟していた。
ただ、どうしても振り払えない姿がある。
昨日、婚約解消と梓との婚約を知った杏の今にも消え入りそうな哀しい後姿。
脳裏から離れない杏の涙。
⦅杏……ごめん。愛してたんだ。でも、今は……梓を愛してしまった。
ごめん……杏……。⦆
心の中で何度も杏に謝罪している。
家に着くと、直ぐに玄関まで両親揃って出迎えてくれた。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「お邪魔致します。」
「いらっしゃいませ。」
「顔合わせ以来ですな。ご健勝で?」
「はい、有難いことに……木元さんは?」
「こちらも変わりなく。」
「あなた、こんな所で何時までお話しするの?」
「そうだった。どうぞ奥に……。」
「では、遠慮なく。」
「もう親戚なのですから、遠慮は無用です。」
石谷家の中に杏が居ないことに気付いた康介の母がそっと康介に聞いた。
「ねぇ、杏さんは? 何故、居ないの?」
「それは……リビングで話すよ。」
一番後ろを歩いた母は、息子・康介の言葉が何故だか怖かった。
何か悪い事が起こるような気がした。
石谷家の3人がリビングに通されて、「どうぞお座り下さい。」と康介の父が勧めた。
3人は座って、梓の瞳が康介に注がれた。
それを康介の父と母が見た。
「今日は杏さんは? どうして居ないのですか?」
「僕から話すよ。」
「そうしてくれ。康介君。」
「はい。」
意を決したように大きく息を吸いこんで吐き出した康介は背筋を伸ばした。
「………父さん、母さん。
僕は石谷杏さんとの婚約を解消しました。」
「えっ…………。」
「何故なの? 杏さん、23歳よね。23歳の女の子との婚約を解消?
どうしてなの?」
「僕……は、ここに居る梓さんを愛してしまったんだ。」
「え…………………。」
「だから、杏さんとの婚約を解消して、梓さんと婚約した。」
「お前…………。」
「あああっ……………。」
康介の母はその場で泣き崩れるように顔を伏せ、大粒の涙を流している。
「母さん、泣かないで。」
「母さんを泣かせたのは、あんたよっ!」
「母さん、落ち着いて。」
「そうですよ。泣くほどのことではありません。
杏より梓の方が何倍もいい子なんです。
身体が弱いので、私達が看てやれるように同居することに決まりました。
有難いです。
康介君には心から感謝してます。ありがとう、康介君。」
⦅えっ? 同居? まだ決まってないのに……。⦆「……………。」
「本気ですか! 姉から妹に切り替えるような最低な男ですよ。」
「まぁまぁ、杏は可愛げが無い子なので、嫌われても致し方ないですわ。」
「ご自分の娘なのに……そんな言い方ありませんわ。」
「木元のお母さん、杏は幼い頃から姉ですのでね。
ちゃんと妹に譲れる子なんですよ。
だから、結婚式も新婚旅行も譲りましたよ。」
「式場をキャンセルしなかったのか? 康介!」
「うん、お義父さんがそれがいいって………。」
「お前は!」
「大丈夫です。私とお姉ちゃん、体形が似ているんです。
ウェディングドレス、ぴったりなんですよ。」
「杏さんが着るはずのウェディングドレスを……貴女が着るの?」
「はい、お義母さん、楽しみにして下さいね。私と康介さんの結婚式!」
康介の父は母を見た。
そして、「式には行きません。」と……。
「どうして? 父さんと母さんが来てくれなかったら始まらないよ。」
「私はお前のような不誠実な子を育てた覚えはない。」
「ちょっと待って下さい。どうして康介さんが不誠実なんですかっ!」
梓の目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
それを見た康介は梓を庇うように抱き締めて繰り返した。
「嫁いびりをするなよ。」「ガッカリだよ。」「尊敬していたのに!」
もう父も母も聞きたくなかった。
そして、梓を庇い抱き締めている康介を情けなく思った。
「分かった。」
「来てくれるんだよな。」
「いいや、行かない。」
「父さん!」
「親子の縁を切る!」
「それは、あんまりですよ。木元さん。」
「石谷さんは部外者ですから、口を挟まないで頂きたい。」
「なんということを! 康介君の妻になるのは私の娘だ!」
「そうですね。でも婚約を解消されてしまった女性も、石谷さんのお嬢さんだ。
今はどうしているんですか?
深く傷ついているはずです。
気にならないのですか?」
「杏は、大丈夫だ。弱い子じゃない。分かってくれてる。」
「分かったと言ったのですか? 泣いてなかったのですか?」
石谷直樹も百恵も杏の顔も見ていなかった。
今どこに居るのかも知らない。知る気さえない。
「それは……親が大丈夫だと言ってるんです。」
「そうですか……。
兎に角、康介とは縁を切りました。
どうぞ、お好きなように……。」
「お姉ちゃんには悪かったと思っています。
でも許してくれたんです。姉と妹なので……姉は分かってくれました。
だから……だから……来て下さい……うううっ……。」
梓の頬に大粒の涙が一筋流れた。
それを見た康介は親に対して「許せない!」と声を荒げた。
「父さん! もう二度とこの家には帰らないからな。」
「あぁ、望む所だ。帰って来ないでくれ。」
「母さん………。」
「恥知らずの息子を育てたと思うと涙しか出ないわ。」
「母さん!」
「帰りましょうよ。康介さん。分かってくれない人なんか放っておけばいいわ。
もう帰りましょう。」
見ると、全く泣いて居なかったかのような梓の目元。
康介の父は⦅この娘……こんな娘の何処がいいんだ。こんな、あざとい娘。⦆と息子が愚かで悲しかった。
康介の母も⦅この娘………演技してるの?⦆と思っている。
康介は梓を守るかのように抱き締めて実家を出た。
康介の両親が、杏のことを探すことに決めた。
謝罪をしたかったからだ。息子がしたことだが、親として謝りたかったからだ。
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その後の康介と梓の結婚式には列席者が少なく、両家共に親族の席が空いていた。
多くの人から「欠席します。」とメッセージが届いたのは挙式2ヶ月前だった。
新たな招待状を受け取った人たちが「新婦の名前が違う」ことに驚き、、連絡を取った。
名前が違う理由を聞いた人たちが列席を取りやめたのだ。
それは、康介と杏の共通の友人達も同じだった。
「康介! どうして杏ちゃんじゃないんだ。」
「…………僕が結婚するのは、梓だからだ。」
「はぁ~~っ? なんだよ、それっ! 姉から妹へ鞍替えか?」
「言い方が悪いぞ。」
「事実だろう?」
「……………………。」
「杏ちゃんとは同僚だって知ってるよな。」
「知ってる。」
「同じ課で仕事してるんだ。」
「知ってる。」
「悪いけど行かないから……欠席で出すから。」
「そんなこと言わないでくれよ。」
「一人くらい居なくってもいいだろう。」
「頼む! 来てくれ。」
「行かない。欠席だ。」
「頼む、鈴木。」
「行かない。」
「鈴木。」
「これで、この話は終わりだ。じゃあな。」
結局、石谷直樹と百恵、それから媒酌を頼まれた夫婦、後は何も知らない人達、そして、梓の友人達。
それくらいしか祝って貰えなかった。
豪華だけれども寂し過ぎる挙式・披露宴だった。




