第8話 神様、息子を病院に連れて行く
アルバイトが初出勤する日。
春日は理央を抱き、朝の庭を歩いていた。
「理央、今日は定期健診の日だな」
「あー」
「注射かぁ、前回も派手に泣いたよなぁ」
「キュ~」
一緒に散歩していたマンドラゴラが、心配そうに声を上げた。
スライムも声なく震えている。
「鎮静魔法とか習得しとけば良かったなぁ」
「キュ!」
「促進系なら得意なんだが……ごめんなぁ、理央」
「あぅ」
『神とは何でもできると思っていました』
「異世界にはそもそも予防接種なんてないんだよ」
受ける予防接種の多さに、思わず理央を抱きしめて震えたほどだ。
『病気になった時はどうしていたのです?』
「薬草とか組み合わせて頑張ってたよ」
その辺の詳しいことは分からない。
だって春日が滞在していた国では疫病は秒殺されていたから。
『そろそろ時間ではありませんか?』
「まだ八時前だぞ」
『何時に打っても泣くことに変わりはありませんよ』
「はぁぁ、理央、頑張ろうなぁ」
「あぅー」
「キュッ」
「分かったよ。行けばいいんだろ」
マンドラゴラの声に背中を押され、春日は渋々庭をあとにした。
スライムも全身を弾ませながら見送りについてきた。
『診察券はお持ちですか?』
「大丈夫。現金も確認した」
『ハンカチは』
「理央専用の柔らかい素材だろ、大丈夫」
いっそ病院が遠ければ猶予もあるのに、理央のために同じ建物の中に誘致してしまった。
病院のある階まで下りると、病院の入口はすでに開いていた。
「おはようございます。お待ちしていました」
「おはよう。できれば待っていてほしくなかった」
自分で予約しておいてこの言い草である。
しかし相手の看護師は三児の母。
ここで同情してくれるような人ではなかった。
「はいはい、そのまま先生のところへどうぞ~」
「待ち時間とか」
「九条さんはないですよ、さぁどうぞ~」
「やっぱり、ほら、世間体とか、他の患者との兼ね合いとか」
「まだ診療時間前なので、九条さんしかいません。早く行きましょうね?」
「はい」
三児の母は強かった。
診察室に通され、体重を測るために服を脱がせる。
脱がせたら寒いだろうと抵抗したら、追い出されそうになったので素直に従った春日だった。
身体測定が終わり、おむつ姿の理央をタオルで包んだところで先生が現れた。
直前まで寝ていたのか、顔に書類の跡が付いている。
この医者、腕はいい。
以前は大病院に勤めていたほどだ。
ただ、それ以上に研究が好きだった。
勤務時間を守ったり、他の医者と足並みを揃えたりするのが面倒。
そんな理由で大病院を辞めたがっていたところを、春日が勧誘して現在に至る。
本当に腕はいいのだ。
ただ……集団行動を面倒くさがるだけで。
「前回よりしっかり体重は増えていますよ」
「本当?」
「もう少し増えても問題ないくらいです」
「そっかぁ、理央もっと大きくなれるってよ」
「あう」
足をばたつかせる理央が可愛い。
リアル天使よりずっと可愛い。
先生の触診がくすぐったいのか、いつもより手足のバタバタも多めだ。
「そう言えば先生、研究の方はどうよ」
「腰を落ち着けたばかりですからね、そう簡単に進まないですよ」
この先生、原因の分からない症状や、既存の診断に当てはまらない症例を研究しているが、本人の目的は患者を救うことではない。
ただ、自分が答えを知りたいだけだった。
移転したばかりの病院なので、患者はまだ多くない。
逆にいえば、決められたシフトも、定期的な会議も、面倒な派閥もない。
診察のない時間は集めた資料を好きなだけ調べられる。
先生にとっては、まさに理想の環境だった。
「そういえば、会社の皆さんはインフルエンザの予防接種を受けますか?」
「そんな時期かぁ。……スーパーの従業員にも声かけていい?」
「いいですよ。はい、終わりました」
「え?」
「理央君、いい子でしたね」
いつの間にか、理央の腕には小さな絆創膏が貼られていた。
「え、いつ打ったの?」
「インフルエンザの話題を出した直後ぐらいですね」
「健診は?」
「その前に終わっていますよ」
本当に腕がいい。
もう天才と呼んでもいいレベルで。
理由が「診察を手早く終えて研究に戻りたい」だろうとも。
「打ちますよと言うと、親御さんが身構えてしまうんですよね。そこから察してしまうお子さんも多いので」
「詐欺師になれるよ」
「そこは手品師と言ってください」
聞けば、研究の合間の息抜きとして、趣味で手品を嗜んでいるらしい。
そちらもやっぱりプロレベルだった。
なんと!
『日間ヒューマンドラマ〔文芸〕・連載中』ランキングで3位をいただきました!
読んでくださった皆様、評価やブックマークをしてくださった皆様、本当にありがとうございます!
これからも春日と一緒に、理央の可愛さを存分に堪能していきたいと思います。
引き続き、九条一家をよろしくお願いいたします!




