第4話 神様、新しい職場を披露する
移転当日、社員たちは春日から指定された新店舗へ直接向かった。
誰もが荷解きや掃除をするつもりで来たのだが、社員たちがやることはほとんどなかった。
「ほとんどどころか、何もやることがありませんね」
「俺たちは何をすれば?」
「掃除すら終わっている」
「移転作業とは?」
困惑する社員の様子を店長が生暖かい目で見つめている。
彼は「場所が変わっても仕事は変わらない」と意気込み、誰より早く出勤していた。
そして、自分の認識が甘かったことをひと足先に思い知らされている。
「みんなおはよう」
「おはようございます!!」
赤ん坊を抱いた春日が優雅に出勤してきた。
「社長、あの……受付というか、コンシェルジュがいたんですけど!!」
「マンションだからな」
「高級すぎて通いにくいです!」
「慣れろ」
「来る途中、最上階に木が見えたのですが」
「部屋が多すぎたから、半分潰して庭を作った」
「金持ちすごい」
社員が理解することを諦めたらしい。
その後、新しい社員カードが配られた。
「カードキーにもなっているから紛失しないように。まぁ、大丈夫だとは思うけど」
何せ、持ち主の元へ戻る呪いがかけてあるので。
「今後はそれが社員証になる。会社の入口と搬入口、スーパーへ続く連絡扉もそれで開けられる。あとは社員割引にも使えるから」
「外へ出ずにスーパーに出入りできる?」
「これがお金の魔力……?」
「しっかりしろ!」
スタートラインに立ったばかりなのに、すでに社員が混乱している。
社員たちが集まっているのは、全員の机が並ぶ事務所だった。
以前より広くなった室内に落ち着かず、元の事務所と変わらない配置の自分たちの席に自然と固まっていた。
「それじゃ、事務所の中を案内する」
「いえ、もう仕事したいです」
「ここだけで生きていきます」
「仕事に包まれたい」
男三人が情けないことを言う横で、事務員さんだけ室内に素早く視線を巡らせていた。
「広すぎて落ち着きません。観葉植物とか欲しいです」
「分かった」
頷いた春日の隣で店長が菩薩のような表情でメモを取っている。
「はい出発ー」
「いやぁー」
そのまま赤ん坊を抱いた春日を先頭に、社員たちがぞろぞろと歩き出す。
「ここが制作室」
部屋の中央には大きな作業台が置かれている。
窓際には一段高くなった小上がりがあり、そこにも別の作業スペースが設けられていた。
背後の壁には道具を収納するための棚が並んでいる。
以前、制作担当が見せてくれた理想の作業場を参考にしたものだ。
「もっと薄暗い方が落ち着きます」
「巣にされそうだから、開放感を優先した」
「ここに遮光カーテンをつければ……住める」
「ブラインドはつけてあるが、住むな」
小上がりの隅に寝袋を置けそうだと、はぁはぁしている制作担当に非情な一言が告げられた。
「この部屋、飲食禁止」
「えっ……」
「持ち込んでいいのは水分補給用の蓋付きボトルだけな」
「そんなっ」
「次行くぞー」
制作担当が部屋から引きずり出された。
「そういえば机の配置はどうする? あのままでいいか? それともパーティションで区切って個人ブースにする?」
「今のままじゃないと嫌です!」
全員から即答された。
「そんなに?」
「ただでさえ広すぎて落ち着かないんです。パーティションで区切るなら、事務所の机が並んでいる一角を囲ってください!」
「広くなったのに狭くするの?」
「顔を上げれば、すぐ声をかけられる距離がいいんです!」
店長も事務員さんの言葉にうんうんと頷いている。
「次は倉庫」
春日が開けた扉の向こうには、商品棚が整然と並んでいた。
しかし、商品が収められているのは入口に近い一角だけ。奥へ行くほど棚は空っぽになっている。
「広い……」
「在庫、これだけですけど」
「うん」
「どうしてこんなに広くしたんですか?」
「事務所で使わない部分を全部倉庫にした」
「あれでも譲歩した結果だったんですね」
社員たちがちょっとだけ前の事務所に帰りたいと思っている中、発送担当だけが棚にスリスリしていた。
控えめに見ても変態っぽい。
「空いている棚はどうするんです?」
「好きに使えばいい」
「ありがとうございます」
発送担当が恍惚とした表情で空の棚を見つめている。
「戻るぞ」
「俺はここで仕事をします」
「社長、この倉庫は広すぎます。閉鎖しましょう」
「戻ります」
今後の打ち合わせもあるので、全員で事務所へ戻ることになった。




