第10話 神様、息子と社員を甘やかしたい
理央が寝返りを打てるようになってから数週間が経った。
あれから毎日、マンドラゴラやスライムと飽きもせずころころ遊び、日々体力をつけている。
「スライムかマンドラゴラ、追加で要請しようかな」
『突然どうしました』
「理央の体力がどんどんついてきて、アイツらに休む暇がないだろ」
『寝ている間に交代で休んではいるようです』
元オーナーの地縛霊は24時間起きていられるが、いざという時に触れられなかったら困るので、子守りとしてカウントされていなかった。
そこは珈琲以外も触れるように要練習だろう。
人間のナニーを雇う手もあるが、それには幾つか問題があった。
マンドラゴラとスライム、地縛霊の説明。
お金持ちという単語だけでは説明できない、異世界便利グッズ。
下手にスマホで室内を撮影されたら不都合なものが多いのだ。
「あぅ」
「ぷる!」
理央は今日も元気にころころ。
家具に向かって勢いよく転がるが、素早くスライムが入り込んで受け止める。
あのぷにんとした感触が楽しいらしく、毎日ご機嫌だった。
しかし今日は少し動きが違った。
「う」
「理央?」
一つの玩具を見つめ、うつ伏せで懸命に手を伸ばしている。
こういう時、マンドラゴラは手伝おうとしない。
不思議に思った春日が玩具を取ってやろうとして、逆に怒られたこともある。
もちもちした足を動かし、全身に力を込めている。
隣でマンドラゴラが声を殺して全身で応援していた。
つられて春日と地縛霊も息を潜めていた。
「あぅ」
理央の体が、ほんの少しだけ前へ進む。
「キュッ!」
「ぷるるん!」
大人組より先にマンドラゴラとスライムが喝采を上げた。
「よし、理央、もう一歩!」
「ぅ」
思うように動かないのが気に入らなかったのだろう。
理央は体を横へ倒すと、いつもより勢いよく玩具に向かって転がっていった。
「あれはあれで賢い」
『ええ!』
称賛する大人組に対し、マンドラゴラとスライムは少ししょんぼりしていた。
満足そうに玩具に辿り着いた理央が、スライムの背中に乗せられてえっちらおっちらと運ばれている。
よく見ると瞼が閉じかけていた。
「体力切れかぁ」
『今のうちに出勤されては?』
「もう一生リモートでよくない?」
寝顔すら可愛い理央の成長を見逃したくなかった。
「あー……でも今日はなるべく顔を出せって言われてたんだった」
『いってらっしゃいませ』
「分かった。行ってくるよ。理央をよろしくな」
「キュ!」
マンドラゴラが元気よく片手を上げる。
スライムは触手を伸ばして静かに振ってくれた。
『何かございましたら、すぐにお呼びします』
そう言いつつ、地縛霊はすでに珈琲を淹れようと奥へ向かっている。
子守りにカウントされない理由の一つだった。
後ろ髪を引かれつつ春日が会社に出勤すると、発送担当の大森と制作担当の藤原がメソメソしていた。
店長が無表情で段ボールに何か詰めていたので、恐らく職場に寝袋を持ち込んで没収されたのだろう。
「店長おはよ」
「社長、この二人を何とかしてください!」
「社員寮でも作る?」
「そうではなく!」
息を吸うように社員を甘やかそうとする春日を店長が止める。
「でも修ちゃん、アパート追い出されそうだって聞いたけど」
「大家が横暴なんです!」
「夜中にカリカリと響く音が不気味だと、上下左右の部屋から苦情が入っているんです」
眠れない日は深夜のテンションで制作がはかどるらしい。
「二人とも、家族との時間を大切にしろよ」
「独身です!」
「知ってる」
恋人すらいない事も知っている。
春日が言ってるのは両親の事だったのだが、この調子では実家からも追い出された可能性がある。
「店長、社員寮いるんじゃない?」
「……あの、こんにちは」
「こんにちは!」
恐る恐る顔を出したのは期待の新星・石田だった。
横からひょこっと事務員さんの息子が顔を出し、元気良く挨拶をする。
もう何度も会社に来ているため、職場の雰囲気や、三バカの言動にもすっかり慣れてしまっていた。
「もうそんな時間か」
「これ買い取ってください!」
「こら悠真!」
事務員さんの息子は手先が器用だった。
そして営業力も抜群。
適応力が高すぎて、苦学生のお兄ちゃんに松ぼっくりでクラフトを教えてもらって以来、ドハマりして家でも作り続けているらしい。
どう考えても修ちゃん予備軍である。
小野寺さんには頑張ってほしい。
「お菓子とジュース、どっちがいい?」
「両方!」
「これだと両方は欲張りすぎかなー?」
「せちがらい!」
この松ぼっくり工作、小学二年生にしては良くできている。
だから――春日はこれをまとめてチャリティーバザーで売りさばく予定だ。
もちろん、本人に了承は得ている。
「社長、お兄ちゃんの顔色悪いよ!」
もらったお菓子をぺろっと平らげ、そろそろ宿題に取りかかろうとした悠真が、どでかい声を上げた。
この子、外見はパパ似らしいのだが、中身はママ似なんだとか。
「本当だ! 石田君、顔色悪いよ!」
「具合が悪いなら今日は帰りなさ……あっ、こら!」
真面目に心配する修ちゃん。
諭す店長。
そんな店長の隙をついて寝袋を奪取し、倉庫へ消えるアホの子。
こんな会社でも、赤字は一度も出したことがなかった。




