接続前夜
第7小隊に新たな任務が下されます。
前回の任務で失ったものを抱えながら、それでも次の地表任務はやってきます。
今回は、少しずつ形を変えていく第7小隊の姿を楽しんでいただければと思います。
48時間の待機が明ける前日、キョウジは中層の整備区画を訪れていた。通路から工房街へ入ると、金属を削る音や発振器の試験音があちこちから重なり、開け放された作業場から流れてくる機械油と熱気が空調の風に混じっている。GRIDの整備施設とは違い、ここでは現行規格の部品だけでなく、旧式のパーツや中古品まで当たり前のように並び、それを目当てに隊員や民間の作業員が行き交っていた。
その一角にあるバルドの工房で、キョウジは作業台に置いたアークブレードから古い発振制御ユニットを取り外していた。代わりに取り付けるのは先ほど購入したばかりの新型で、値段を思い出すと今でも少し腹が立つ。
「これ1つであの値段か。しばらく余計な買い物はできそうにないな」
『先月も同様の発言を記録しています』
「わざわざ思い出させなくていいよ」
『今回は前回より高額ですね』
「なお悪いじゃないか」
N-LINKから聞こえるミオの声を聞きながら新しいユニットを収め、固定具を締めていると、別の作業台で部品を仕分けていたバルドがこちらを見た。
「そのフレーム、まだ使うつもりか?」
「まだって言うほど古くないだろ」
「新型が3つ出てる間ずっと使ってりゃ十分古い。しかも新しい制御器だけ突っ込んで、壊れても俺は知らんぞ」
「壊れたらまた持ってくるよ」
「だから嫌なんだよ」
そう言いながらバルドが寄越した工具は、今キョウジが必要としていた規格のものだった。最後の端子を接続してアークブレードを持ち上げ、周囲に人がいないことを確かめてから起動すると、柄の先端から伸びた電極の間を青白い光が走り、発振音とともに刃を形作った。これまで一瞬だけ遅れていた立ち上がりが、ほとんど気にならない。
『起動速度の改善を確認しました。出力も安定しています』
「これなら高かった分くらいは働いてくれそうだな」
『ただし、旧型フレームとの組み合わせはメーカーの推奨構成から外れています』
「使えないとは書いてなかっただろ?」
『その解釈で使用する隊員は少数だと思われます』
刃を消して握りを確かめる。長く使ってきたフレームだけに、手の中での収まりは新型よりこちらの方がいい。バルドには呆れられたが、地表で振るうものを新しいという理由だけで替える気にはなれなかった。
「明日使ってみれば分かるさ」
『その前に破損しないことを推奨します』
「縁起でもないこと言うなよ」
工房を出たキョウジがGRID本部へ戻る頃には、中層の人工の空は昼を過ぎていた。第7小隊の待機室へ入ると、すでにカイ、リオ、ユーリの3人が集まっており、中央のテーブルには翌日の広域探索に使う地図が表示されている。前回確認したものより詳細な地形情報が追加され、探索区域はいくつかの区画に分割されていた。
「隊長、遅かったですね」
「武器を弄ってたんだよ。こっちは何か変わったか?」
「探索範囲が少し広がりました。ミオから共有されたばかりです」
カイが表示範囲を広げると、旧高速道路を中心に複数の経路が枝分かれしていく。C-12で発見した未登録経路はその外側にあり、第7小隊の探索区域から綺麗に外されていた。
「やっぱりC-12は入ってないか」
ユーリは地図の端に残された未登録経路をしばらく眺めていたが、前日に第2小隊への引き継ぎを知らされた時ほど食い下がることはなかった。
「第2小隊がもう動いてる。こっちはこっちで仕事が来たんだ、今は明日のことを考えよう」
「分かってますよ。ちょっと見ただけです」
「ならいいさ。変異指揮種が確認された場合は戦闘を避けて記録を優先する。追跡も安全を確保できる範囲までだ。C-12みたいに群れごと相手にする羽目になるのは御免だからな」
「賛成です。今度こそ普通に帰ってきたいですよ」
「それは俺も同感だよ」
カイの返事にユーリも異論はないらしく、未登録経路から明日の探索区域へ表示を切り替えたところで、待機室の扉が開いた。
入ってきた男を見て、最初に目についたのは体格より装備だった。背負っているハルバート型アークブレードだけでも大型の部類に入るが、反対側には上半身をほとんど覆える大型盾型アークブレードまで固定されている。どちらも相応の膂力を要求される重量装備だが、男は扉を通る際に盾の位置を片手でずらしただけで、何事もないように室内へ入ってきた。
「第7小隊で間違いないか?」
「ああ。俺が隊長のキョウジ・キサラギだ」
「グレン・バルディス。本日付でこちらへ配属になった。よろしく頼む」
「話は聞いてるよ。明日から早速地表だが、準備は?」
「装備の整備は済ませてある。任務内容を確認させてもらえれば問題ない」
「ならちょうどいい。今始めたところだ」
キョウジがテーブル脇を示すと、グレンは大型盾を背中から外した。床へ下ろす直前に手を添えて重量を逃がしたものの、固定部が接地した音にはかなりの重さがあった。
「それ、盾もアークブレードなんですね」
リオが大型盾から背中のハルバートへ目を移す。
「ああ。必要なら両方を同時に使う」
「両方を?」
「そうだ」
「ガンツのシールドだけでもかなり重かったのに……」
グレンの目が壁際へ向く。そこにはガンツとセナの認証表示がまだ残されていた。
「前の隊員か?」
「ああ、前の任務でな」
その返答で察したらしく、グレンは2人の名前をもう一度見たものの、それ以上は聞かなかった。
「それを1人で扱うの、大変じゃないですか?」
「慣れているよ。状況によってはどちらかを置く。攻めるならハルバートを両手で使えるし、守りに徹するなら盾だけでいい」
「なるほど……器用なんですね」
「器用かどうかは分からないが、できることが多い方が仲間を守りやすいからな」
リオはその言葉を聞いて大型盾をもう一度眺め、今度は納得したように頷いた。ユーリはグレンの腕と盾を交互に見比べている。
「俺には持ち上げるだけでも無理そうだな」
「試してみるか?」
「いや、明日の任務前に腰をやりたくないんで遠慮しときます」
「それがいい。俺も初めて持った時は腰を痛めた」
「痛めたんですか?」
「3日動けなかったよ」
予想していなかった答えにユーリが吹き出し、リオまでつられて笑った。グレンは何がおかしいのか分からないらしく2人を見比べている。
「いや、もっと最初から平然と持ってた人なのかと思って」
「そんな人間はいないだろ」
「グレンさん見てると、いそうに見えるんですよ」
「そうか?」
真面目に聞き返され、今度はカイまで笑った。
ひとしきり笑いが収まったところで、カイが席を立った。
「副隊長のカイ・ヴェルナーです。明日の経路は俺がまとめてます。後で個人端末にも共有しますよ」
「ありがとう。助かる」
「ところで、ハルバートと盾を同時に使って発振出力は足りるんですか?」
「専用の補助セルを使っている。長時間は持たないが、通常任務なら問題ない」
「なるほど。後で仕様を見せてもらっても?」
「ああ、構わない」
「カイさん、そういうの本当に好きですよね」
「こんな装備、なかなか見られないからな。気になるだろ?」
「持ちたいとは思わないですけど」
「そうだな、そこは俺も勧めないな」
グレンが答えながら大型盾を壁際へ移そうとしたところで、カイがその所属表示を見た。
「第13小隊でしたよね?」
「ああ、そうだ」
カイは続けかけた言葉をそのまま飲み込み、グレンも何を聞こうとしたのか分かったらしい。大型盾の固定具を確かめてから、低い声で続けた。
「俺以外は、もういないがな」
ユーリもリオも何も言わず、キョウジも事情を尋ねなかった。グレンは空いている場所へ盾とハルバートを並べると、中央のテーブルへ戻ってきた。
「明日の任務を教えてくれ。地表へ出るなら、先に頭へ入れておきたい」
「わかった、そうしよう」
5人が揃ったところで、キョウジは翌日の探索区域をグレンにも共有する。
ネオ・ヘイヴン北西部からさらに外側へ広がる範囲には、旧市街地や物流施設、崩落によって通行不能になった道路まで含まれていた。
「目的は変異指揮種の追加調査だ。前回C-12で遭遇した個体と同種がいないか探す。それと、この範囲にいるアバレントの分布も記録する」
グレンは地図を拡大しながら複数ある探索経路を追っていく。
「変異指揮種を見つけた場合、討伐まで含まれているのか?」
「いや、今回は確認と記録が優先だ。追える状況なら追跡するが、無理をして仕留める必要はない」
「分かった。前回は群れを動かしていた可能性があるんだったな」
「ああ。ミオの再分析でも、その可能性が高いという結果が出てる」
『通常個体との行動相関について複数の一致を確認しています。ただし、現時点では個体間の意思伝達手段までは特定できていません』
「つまり、また出会ってみないと分からないってことか」
『簡潔に表現するなら、そうなります』
「最初からそう言ってくれればいいのに」
『必要な情報を省略した場合、あなたは後から質問する傾向がありますので』
「よく分かってるじゃないか」
「言い返せないなら諦めろ、ユーリ」
カイの言葉にユーリは反論しかけたものの、思い当たる節があったらしく口を閉じた。
その横でグレンは地図を端まで確認している。
「これを全部見て回るなら、かなり歩くことになりそうだな」
「そのための増員でもあるんだろうな。全部回ることに拘るつもりはないよ。地表じゃ予定通りにいかない方が多いからな」
「分かった。経路は出るまでに頭へ入れておく」
「助かるよ。細かいところは明日、状況を見ながら決めよう」
任務確認を終えた頃には、中層の人工の空も夕刻へ移っていた。翌朝の地表接続に備えて4人が待機室を後にしていく中、キョウジは端末の地図を閉じると壁際へ目を向けた。ガンツとセナの認証表示はまだ残されており、その少し離れた場所には今日から加わったグレンの大型盾とハルバートが置かれている。
失った2人の代わりになる人間はいない。それでも第7小隊は新しい隊員を迎え、明日になればまた地表へ向かう。
キョウジは照明を落として廊下へ出ると、背後で待機室の扉が閉じる音を聞きながら夕刻の光が差し込む連絡通路へ入り、そのまま居住区へ向かっていった。
翌朝、第7小隊が地表接続区画へ集まる頃には、すでに複数の昇降機が稼働していた。天井近くを走る搬送レールでは補給用コンテナが次々と運ばれ、整備員たちが出撃を控えた各小隊の装備を確認している。その間を抜けながらキョウジが認識バンドを端末へかざすと、第7小隊の欄に5人分の認証表示が並んだ。
「全員揃ってるな。装備確認が終わったら昇降機へ向かうぞ」
「こっちはいつでも大丈夫です」
カイは腰に収めたワイヤーブレードを軽く引いて固定を確かめ、隣ではリオが双剣型アークブレードの出力表示を確認している。ユーリもハープーンの射出機構を点検していたが、その手が途中で止まった。
「やっぱり、それ両方持っていくんですね」
視線の先では、グレンが大型盾型アークブレードを左腕へ固定し、背中へハルバート型アークブレードを収めていた。どちらも重量のある装備だが、固定具を締め終えたグレンは身体を何度か動かして位置を確かめると、特に気にした様子もなくこちらを向いた。
「そのために持ってきたからな」
「いや、そうなんですけど。見てるだけでこっちの肩が凝りそうだなと思って」
「なら見なければいい話だ」
「やっぱそういう話になります?」
ユーリが困ったようにキョウジを見る。
「俺に聞くなよ。本人が持てるって言ってるんだから好きにさせてやれ」
「隊長までそっちですか」
「そっちも何もないだろう。お前も好きでそのハープーン使ってるんじゃないのか?」
「まあ、それはそうですけどね」
自分の武器を見下ろしたユーリが納得したようなしないような顔で点検へ戻り、その横を通ったリオはグレンの大型盾へ目を向けた。
「でも、あの人が前にいてくれるなら助かりそうですね。前の任務でガンツが抜けてから、やっぱり少し不安だったので」
「今度はグレンがいるからって無茶するなよ」
「しませんよ。私だって長生きしたいですから」
「それなら結構だ」
キョウジが答えると、グレンは左腕を通した大型盾を一度持ち上げ、固定具の位置を調整した。
「ガンツというのが、前に盾を使っていた隊員か?」
「ああ、前の任務でな。守り方は人それぞれだろうが、頼りになる奴だったよ」
「そうか」
それ以上グレンは聞くことはなかった。リオも何も付け加えず、双剣を腰へ収めて装備確認を終える。少し先では昇降機の搭乗を知らせる表示が切り替わり、キョウジたちも他の隊員や整備員の間を抜けて接続通路へ向かった。
『第7小隊の搭乗認証を確認しました。今回の任務区域は北西ブロックE-17です。現在確認されているアバレント反応は9体ですが、周辺の磁気環境が不安定なため、実数と一致しない可能性があります』
「昨日の報告より増えてるじゃないですか」
ユーリが歩きながら端末を確認すると、表示されたE-17周辺の地図にも複数の反応予測地点が重ねられていた。
『前回観測から現在までに3体の反応が追加されています。地中にも断続的な反応があり、現地到着後に再度索敵を行います』
「地中か。面倒そうですね」
カイの言葉にキョウジも地図を確認する。E-17は旧市街の外縁にあたり、崩落した高架道路と廃棄された建物が広い範囲に残っている。前日の説明で見た地図より情報の欠けている区画も多く、表示されている経路も途中から大きく迂回していた。
「討伐だけで終わればいいが、地形もあまり当てにしない方がよさそうだな。現地に着いたら俺とミオで経路を決める。勝手に先へ出るなよ」
「それ、俺を見て言ってません?」
「心当たりがあるなら、お前に言ってるんだろうな」
「ありますけど、そこは否定してくださいよ」
「自覚があるなら話が早くて助かるよ」
カイが堪えきれず笑い、リオもユーリから顔を逸らした。その後ろを歩いていたグレンの表情まで僅かに緩んだのを見つけ、ユーリがすぐに振り返る。
「グレンさんまで笑いました?」
「いや、笑ってはいない」
「いや、今ちょっと笑いましたよね?」
「気のせいだろう」
言葉とは裏腹にグレンは顔を背けている。
「この人、思ったより馴染むの早そうですね」
「お前が一方的に絡んでるだけだろう」
接続通路を進んだ先で昇降機の扉が開き、5人が乗り込むとキョウジは壁面端末へ認識バンドをかざした。第7小隊の搭乗者が順に認証され、最後にグレン・バルディスの名前が表示される。昨日までとは違う5人の名前を確認している間に扉が閉まり、足元から伝わってきた振動とともに昇降機が動き始めた。
接続区画の照明が下へ流れていき、やがて窓の外は昇降路を照らす誘導灯だけになる。ユーリも先ほどまでの調子から口数を減らし、リオは腰の双剣へ手を添え、カイは端末に表示されたE-17の地形をもう一度確認していた。
向かい側ではグレンが大型盾を足元へ立て、背負ったハルバートの固定具を確かめている。大柄な身体に2つの大型装備を加えれば狭い昇降機の中では嫌でも目につくが、先ほどまでユーリに絡まれていた時とは違い、その表情はすでに地表へ向かう隊員のものへ変わっていた。
「グレン、少しいいか?」
「構わないが、なんだ?」
「初日だからって、俺たちに合わせようとしなくていい。やりにくいことがあったらその場で言ってくれ。こっちもお前の戦い方をまだ全部知ってるわけじゃないからな」
「ああ。俺もその方が助かる」
「それと、盾があるからって全部受けようとするなよ。止められないと思ったら退け」
グレンは左腕の大型盾を見てからキョウジへ視線を戻した。
「それは相手を見て決めることにしている」
「十分だ。それくらいでいい」
「隊長、俺たちにはそんな優しい説明なかった気がするんですけど」
「お前は言っても前に出るだろう」
「そんな身も蓋もない……」
ユーリの声に張っていた空気が少し緩んだところで、昇降機の速度が落ち始めた。壁の向こうを伝わっていた駆動音が低くなり、やがて足元に小さな衝撃が伝わる。
『地表接続層へ到着しました。外気温マイナス18度。風速7メートル。視界はおよそ30メートルです』
キョウジが防寒装備の襟元を閉じると、4人もそれぞれヘルメットと装備の最終確認に入った。正面の表示が赤へ切り替わり、昇降機の先にある気密区画から減圧を知らせる低い作動音が聞こえてくる。
『外周ゲート開放後、E-17までは北西へ約6キロです。接続直後に周辺索敵を行いますので、そのまま待機してください』
「分かった。外へ出てから動こう」
キョウジはアークブレードの柄へ手を添え、正面を向いた。
ロックが順番に解除され、厚い隔壁が左右へ開いていくにつれて白い光が昇降機の床へ伸びてきた。わずかに開いた隙間から冷気が入り込み、地下の乾いた空気を押し流していく。
その向こうで吹き込んできた細かな雪が床を転がり、キョウジのブーツの先で止まる。
カイとリオが左右へ視線を送り、ユーリがハープーンへ手をかける横で、グレンは大型盾を持ち上げてハルバートへ手を伸ばした。
隔壁が開ききると、灰色の空と雪に埋もれた旧市街が第7小隊の前へ広がっていく。
『周辺に敵性反応はありません。第7小隊、地表接続を確認しました』
「よし。行こう」
キョウジを先頭に5人が雪の上へ踏み出し、開いた隔壁の向こうから吹き込む風の音が、閉じていくゲートの重い駆動音へ混ざっていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
新たな隊員を迎え、第7小隊は再び地表へ向かいました。
これまでとは少し違う5人が、これからどんな小隊になっていくのか。
グレンが第7小隊の中でどんな存在になっていくのかも、見守っていただけたら嬉しいです。
次回、地表での任務が始まります。




