廃棄地区4
ガンツは入口いっぱいに大型シールドを立てたまま、さらに体重を預けた。
「隊長、先に行ってください。ここは俺が押さえます」
大型個体が外から肢を押し込み、ヒビの走った盾をさらに内側へずらしてくるたび、床を踏んでいるガンツの靴も数センチずつ後退している。
「何を勝手に決めてる。セナを連れて全員で出るぞ」
「外へ出たら、こいつを止められる場所がありません。ここなら入口が狭いし、俺1人でも時間は作れます」
「盾が割れたら終わりだろ」
「外で割れるよりはましです」
ガンツの答えに重なるように、大型個体がもう一度身体を押しつけた。盾の中央を走っていた亀裂が上端まで伸び、細かな金属片が床へ散る。
カイが損傷を確かめるため入口近くまで寄った。
「次を同じ場所で受けたら、盾そのものが保たないと思います」
「ならなおさら残せない」
キョウジが言うと、ガンツは正面へ体重を掛けたまま続けた。
「隊長がセナを抱えて、ユーリは逃走中の牽制にアンカーが要る。カイ副隊長は前を選べるし、リオまでここへ残す理由もない。俺が一番遅くて、一番ここを塞ぐのに向いてます」
その話し方には、覚悟を見せつけようとする調子も、自分を納得させようとする迷いもなかった。任務中に何度もやってきたように、今ある条件から自分の位置を決めているだけだった。
「隊長、今度は俺に判断させてください」
キョウジは腕の中のセナと入口までの距離を測った。ここで押し問答を続ければ、その間にも盾は削られていく。
「どれくらい稼げる」
「分かりません。ただ、こいつがこの入口を抜けるまでは使います」
「使うのは盾だけにしろ。自分まで使い切るな」
「そう努力してみます」
カイは入口脇まで進み、ガンツが盾へ込めている力を邪魔しない位置から拳を差し出した。ガンツも片手を一度だけ離して拳を合わせ、すぐシールドの支持へ戻る。
「盾を壊したら、今度こそ整備班に取り上げられますよ」
「それは困るな」
「だったら帰ってきて、自分で交渉してください」
「分かった」
リオには別の言葉が向けられた。
「セナを頼む」
医療キットを抱えていたリオはガンツの横顔を見たまま、「うん。ちゃんと連れて帰る」と答えた。
大型個体の肢が盾へ食い込み、今までとは違う鈍い破砕音がした。
「もう行ってください」
キョウジはセナを抱き直し、出口とは反対側に残る管理用通路へ身体を向けた。
「生きて追いつけ。命令だ」
「了解しました」
カイが先に通路へ入り、リオとユーリが続く。キョウジもセナを抱えたままその後を追い、道路管理施設を離れる頃には入口を塞ぐガンツの姿は壁の向こうへ隠れていた。
背後で盾へ何かが叩きつけられたが、カイは南東へ抜けられる道路を選び続け、ユーリは後方を警戒できる位置まで下がり、リオはキョウジの横でセナの身体が揺れすぎないよう支えた。ガンツが残った場所との距離は、走った分だけ確実に広がっていく。
『ガンツのニューラルリンクは維持されています』
ミオの報告が通信へ入り、キョウジは速度を落とさないまま返した。
「状態に変化が出た時だけ知らせてくれ。こっちは帰還経路を優先する」
『了解しました』
大型個体と同系統の小型反応は周辺に残っていたが、先ほどまで第7小隊の進路を狭めていた動きとは違い、複数が北西へ向きを変えている。
『小型反応3体が道路管理施設方向へ移動しています』
「大型の方へ集まってるのかな」
リオの問いに、カイは進行方向の崩落箇所を避けながら答えた。
「ガンツを狙ってる可能性もあるし、大型へ寄ってるだけかもしれない。今はどっちでも結果が同じだ。戻れば俺たちまで捕まる」
キョウジも判断を変えなかった。
「ガンツが欲しがったのは救援じゃなく距離だ。このまま使う」
旧幹線道路へ抜ける手前で、通信にガンツの荒い呼吸が混じった。
『隊長、盾が割れました』
「身体は動くか」
『まだ動きます。入口もすぐには抜かせません』
「だったら次は自分が抜けることを考えろ。こっちも止まらず進んでる」
『了解です』
通信の奥で金属が跳ねる音が続き、ガンツの声が遠くなった。
『……もう少し、いけます』
「十分稼いだ。出られるなら出ろ」
返事の代わりに大きな衝撃音が入り、回線が一度大きく乱れた。
『ガンツの生体情報に断続的な欠損を確認。ニューラルリンク自体は継続しています』
ユーリが最後尾から速度を上げ、キョウジの横まで戻ってきた。
「まだリンクが残ってるなら、合流できる道を探せませんか」
カイが答える前にキョウジが首を横へ振った。
「俺たちが戻れば、あいつはまた俺たちを逃がすために残るだけだ。セナを抱えたまま同じ場所を往復するわけにはいかない」
「でも、このまま切れたら――」
「だから切れる前に、あいつが作った距離をできるだけ増やす」
ユーリは何か言いかけたが、前方の瓦礫を越えるため再び隊列の後ろへ戻った。アンカーを使って小型個体を遅らせる役目も残っている。
数分後、通信に混じっていたガンツ側の物音が急に途絶えた。
『ニューラルリンクの再取得を継続しています』
キョウジはセナを抱える腕の位置を直した。走るたびに身体へ伝わる重さは変わらないのに、そこから返ってくる声がもうないことだけが、施設を出た時からずっと消えずに残っている。
『ガンツのニューラルリンクを喪失しました』
カイは前方の分岐を右へ選び、そのまま速度を維持した。リオはセナを支える手を離さず、ユーリも最後尾から移動しなかった。キョウジは何か言葉を返す代わりに、端末へ表示された管理域までの距離を確認した。
あと約2キロ。
「このまま昇降機まで行く。ガンツが稼いだ時間を余らせるな」
返事はなくても4人の歩幅が揃い、旧幹線道路へ入ったところで管理域へ向かう直線経路が取れるようになった。
しばらくして北西側で建物の一部が崩れ、その振動をミオの探査も拾った。
『大型反応が道路管理施設周辺から移動を再開しました。第7小隊方向へ接近しています』
「速度は?」
『地下で追跡された際より約34パーセント低下しています。移動速度にもばらつきがあります』
ユーリが端末の後方表示を確認した。
「ガンツさん、かなり削ったみたいですね」
「ああ。だから追いつかれる前に帰るぞ」
大型個体が再び動き始めても、距離はすぐには縮まらなかった。途中で反応速度が落ち、また進み始めることを繰り返している。非常階段の崩落だけでなく、道路管理施設で受けた損傷も移動へ影響しているのだろうが、原因を詳しく確かめる余裕はない。
残り1キロを切った頃、雪の向こうにGRID管理域の誘導灯が並び始めた。
『地表昇降機へ帰還情報を送信しました。外郭ゲートは開放状態で待機しています』
カイが先行してゲートまでの道路状況を確認し、ユーリは背後との距離を保ちながら、追ってくる小型個体があればアンカーで進路だけを外した。討伐するために足を止めることはなく、リオもセナを抱えるキョウジから離れすぎない位置を保って走る。
ゲートが肉眼で確認できる距離まで近づいたところで、雪煙の向こうに黒い大型個体が姿を現した。非常階段で見た時より外殻の損傷は明らかに増え、片側の肢を引きずり、背には折れた金属材まで刺さっている。
キョウジは後方へ留まる理由がないことを確認し、そのままゲートへ入った。
「戦わなくていい。そのまま中まで入れ」
カイとリオが先に外郭線を越え、セナを抱えたキョウジも続く。最後尾のユーリは追いついてきた小型個体へアンカーを撃ち、路面へ身体を倒したところでワイヤーを切り離してゲートを抜けた。
『第7小隊4名の通過を確認。外郭ゲートを閉鎖します』
左右から動き始めた隔壁の隙間へ大型個体が迫り、閉鎖直前に伸ばした前肢の先端が内側へ滑り込んだ。
キョウジはセナをリオへ預けると、隔壁へ挟まれる前肢の関節へアークブレードを差し込んだ。カイも蛇腹剣を外皮の継ぎ目へ走らせ、刃節を外側へ押しつけて肢の向きを変える。斬り落とす必要はなく、隔壁の閉鎖線から押し出せればいい。
大型個体が身体を引いた分だけ隙間が狭まり、厚いゲートは黒い肢を外へ残したまま噛み合った。
『外郭ゲートの閉鎖を確認しました』
外で何かが隔壁へぶつかり、鈍い振動だけが内側まで伝わってきたが、キョウジはリオからセナを受け取ると昇降機へ向かった。
4人が乗り込んだ室内は、地表へ向かった時より広く感じられた。リオが床へ防寒シートを広げ、キョウジはそこへセナを横たえる。ユーリは向かい側へ座ったものの、すぐには装備を外そうとしなかった。
「辛い店、本当にあるんですよ」
しばらくして出てきた声に、カイが壁際から応じた。
「セナは疑ってなかっただろ」
「そうでしたね。じゃあ、ちゃんと行けばよかったな」
「約束したのは今日だ。前から決まってたみたいに言うなよ」
「……そうですね」
ユーリは膝の上へ両腕を置き、そこで話を終えた。
リオはセナの防護服に残った雪だけを払い、血のついた部分には触れなかった。
「ガンツさんの回収、すぐ行けるかな」
「戻ったら全部報告する。現場の状況と大型個体の位置を出せば、管理側が判断する」
キョウジはそれ以上の約束をしなかった。
管理域へ入ったことで通信は安定し、ミオから昇降機到着地点の待機状況が届く。
『到着地点には医療班が待機しています』
キョウジはセナの状態を一度確認してから言った。
「セナについては医療対応を解除してくれ。搬送の準備に切り替えてほしい」
『遺体搬送班へ変更します』
「ああ、頼む」
昇降機が下降を続ける間、機械の駆動音は地表へ向かった時と同じだった。違うのは、壁際に立つ人数と、床に横たわる1人だけだった。
到着した扉が開くと、担架を押してきた職員たちは4人の姿と床のセナを確認し、そのまま役割を分けて室内へ入った。
「第7小隊、帰還しました。生存4名。セナは任務中に死亡、ガンツは地表でニューラルリンクを喪失しています」
キョウジが報告する間に、職員がセナを担架へ移して固定していく。
「ガンツ隊員は未帰還者として登録します」
「それで進めてくれ。現場情報はこのあと全部上げる」
担架が廊下へ運ばれ、リオとユーリもその後へ続いた。カイは昇降機前に残っていた装備を1つ拾い上げてからキョウジの横へ来る。
「隊長、報告は俺も出ます」
「ああ。今日は長くなるぞ」
「復帰初日に泊まり込みは避けたいって言ったんですけどね」
「予定通りにはいかなかったな」
「そうですね」
2人が廊下へ出ると、背後で昇降機の扉が閉じ始めた。地表へ向かった時には6人で乗った箱が、最後に残った血の跡まで隠すように閉じ、静かな待機状態へ戻っていった。
予定されていた調査から始まったC-12での任務は、第7小隊に大きな代償を残すことになりました。
地表で遭遇した未知の大型個体が何だったのか。
そして、残されたガンツをどうするのか。
第7小隊の帰還後も、今回の任務はまだ終わりません。




