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廃棄地区2


 倒したハウラー級の血が水へ薄く広がる区画を離れ、第7小隊はCラインをさらに奥へ進んだ。戦闘前まで散発的だった足跡は途切れず続いていたが、同じ場所を何度も往復した形跡も多く、数だけを見て群れの規模を判断することはできない。カイは新しい痕跡だけを端末へ拾い、キョウジも予定経路から外れるものには手を出さなかった。

『セーフハウス候補区画まで残り約900メートルです。通信遅延は現在0.7秒から1.1秒の間で変動しています』

「まだ声は使えるな」

『はい。広域探査の精度は地表時より低下しています』

「必要な時だけ拾ってくれ。近くはこっちで見る」

 返答の代わりに探査表示が縮小され、ミオは通信帯域を維持する方へ処理を切り替えた。

 線路脇に続いていた保守通路は途中から幅を増し、古い資材搬入口らしい区画へ繋がっていた。天井の一部には補修材が残っており、壁面にはGRIDが以前の調査で付けた識別番号もある。目的の保守区画はそのさらに奥にあり、厚い金属扉は傾いているものの、壁そのものは周囲の施設より状態が良かった。

「思ってたより残ってますね」

 ユーリが扉の歪みを確かめる横で、ガンツが肩を当てた。錆びた軌道に沿って何度か押すと、金属同士が擦れる音を立てながら入口が人1人分ほど開く。

「このくらいなら直せそう」

 リオが内部へ照明を入れると、横長の保守室と小さな機材庫が続き、天井も大きく落ちてはいない。古い棚や配電盤は使える状態ではなかったが、少なくとも外から吹き込む雪もなく、入口を閉じれば休息場所としては成立しそうだった。

「先に中を確認する。評価はそのあとだ」

 キョウジを先頭に区画を一周し、床下点検口、換気設備、隣接通路との接続を順に確認していく。大きな生体痕跡はなかったが、機材庫の奥では壁際の配管が崩れ、その隙間から細い穴が外部通路へ抜けていた。

 周囲の埃には爪跡が残っている。

「ハウラーですね」

 カイが穴の幅を測る。

「成体は無理です。小さい個体なら通れます」

「さっきの足跡くらい?」

 リオの問いに、カイは記録していた寸法を開いた。

「近いですね。断定はできませんけど、少なくとも同じくらいの大きさなら入れる」

「塞ぐのは難しい?」

「これなら壁ごとやり直す必要はないと思う。金属板と補強材があればいけますよ」

 ガンツも穴の周囲を押して強度を確かめた。

「外側からも固定した方がいいな。内側だけだと押された時に弱い」

「環境整備局へそのまま送る。入口の調整と侵入経路の閉鎖を条件に使用可能で報告するぞ」

 キョウジが評価項目を更新すると、ミオが現地記録へ反映した。

『セーフハウス候補地点を条件付き適合として記録しました』

 任務の1つを終えた第7小隊は、隣接する電力設備へ移った。旧配電室は入口の半分を瓦礫で塞がれていたが、地下深くを通る幹線そのものは残っており、カイとユーリが携行測定器を接続すると低い数値ながら導通反応が返ってきた。

「死んではないですね」

 ユーリが測定値を送る。

「使えるかどうかは技術班の仕事だが、線そのものは生き残ってる」

 カイは接続を外し、端子の腐食状態も記録へ加えた。

「これならわざわざ新しい線を地表から引かなくて済む可能性はあります」

『測定値を受領しました。環境整備局の要求項目を満たしています』

「じゃあここまでは予定通りか」

 キョウジは時刻を確認した。地下へ入ってから想定より少し時間を使ったものの、撤収を考えるほどではない。

「15分休む。そのあと巡回地点まで進んで戻る」

 さきほど確認した保守室へ戻り、6人は壁際へ荷物を置いた。セーフハウスとして正式運用されていないため装備は何もないが、狭い入口と厚い壁に囲まれただけで、線路上に座るよりずっと落ち着ける。

「こういう場所、本当に増えてくれたら助かるな」

 ユーリが携行食の封を切る。

「毎回9キロ歩いて、仕事して、また9キロ戻るのは地味にきつい」

「地味じゃなく普通にきついよ」

 セナが水を飲んだ。

「ここで一晩休めるようになったら、もっと奥まで行けるのかな」

「そういう使い方もするんじゃない?」

 リオが答える。

「任務の範囲が広がるなら、私は帰る距離も増えそうでちょっと複雑だけど」

「それは考えないことにしよう」

「さっきも何か忘れてなかった?」

「気のせい」

 話を聞いていたカイが端末を閉じた。

「便利になると仕事が増えるのは、地下でも地上でも同じらしいな」

「副隊長まで嫌なこと言わないでくださいよ」

「現実の話だよ」

「それが嫌なんです」

 キョウジは会話へ加わらず、ここまで記録した痕跡を並べていた。地表の高速道路、物流地区入口、地下鉄内部。位置だけならCライン周辺へ集中しているように見えるが、足跡の向きまで含めると単純ではない。

「カイ、これどう思う」

 端末を渡すと、副隊長は数秒かけて記録を送り直した。

「線路の奥へ向かってる跡が多いように見えましたけど……違いますね」

「だろ」

 新旧を分けると傾向が変わる。古い足跡には奥へ向かうものも多いが、新しいものほど現在地より手前へ向かっている。

 セナが隣から端末を覗いた。

「戻ってきてる?」

「そう見える。ただ、同じ個体が往復してるだけなら意味は変わる」

 カイは地下構造図へ重ねた。

「この辺りに餌場があるなら説明できますし、寝床から出てるだけかもしれません。まだ材料が足りないですね」

「巡回地点まで行けば少し増える。そこで判断する」

 休憩を切り上げ、保守区画を出た。

 ここから先は旧物流駅へ近づくため線路が複数へ分岐し、側線や搬送用通路が並行するようになった。足跡も増えていたが、今度はカイが1つずつ調べる必要もなく、泥の上を横切る爪跡の多くが第7小隊の進行方向とは逆へ伸びている。

「隊長、さっきの傾向が続いてます」

「ああ」

 キョウジも前へ進みながら形を拾っていた。

 しばらくして左側の側線から複数の足音が届いた。

 ガンツが後方を塞ぎ、リオとセナが線路幅の広い場所へ散ったところで、カイが先の分岐を示す。

「来るならあっちからです」

 暗い側線へ照明を集めるより先に、ハウラー級が1体飛び出した。

 続いて2体、さらにその後ろから複数の影が走ってくる。

 先ほどのように襲いかかる距離まで来れば迎撃できる配置だったが、先頭の個体は第7小隊へ身体を向けなかった。数メートル先で軌道を横切り、そのまま反対側の保守通路へ走り込む。

 後続も同じだった。

 5体、6体と続き、その中には成体より一回り小さな個体も混じっている。ユーリがアンカーを構えたまま通過する群れを見送った。

「……襲ってこないですね」

「刺激するな。通すぞ」

 キョウジが言う頃には、先頭はもう別の通路へ消えていた。

 最後の1体だけが足を滑らせて線路上で向きを崩したが、第7小隊を避けるように壁際へ寄り、そのまま仲間の後を追った。

 爪音が遠ざかってからカイがしゃがみ込み、群れが出てきた側線の泥を確かめる。

「これ、今まで見てきた新しい跡と同じ向きです」

「奥から来たの?」

 セナが尋ねる。

「そうなるね」

 カイは立ち上がり、物流駅側へ続く暗い線路を示した。

「ここへ集まってるんじゃない。少なくとも今の連中は、向こうから出てきてます」

 ユーリが群れの消えた方向を振り返る。

「俺たちより、急いでましたよね」

「そう見えたな」

 キョウジは歩き出さず、今の群れと過去30日の記録を頭の中で重ねた。ハウラーが増えた理由を繁殖や餌場だと考えれば、奥へ向かう個体も増えるはずだった。新しい痕跡だけが逆方向へ偏り、実際に群れまでこちら側へ走ってきたとなれば、別の可能性を無視する理由はない。

「ミオ、今の群れを拾えてたか」

 雑音が挟まり、返答まで少し遅れた。

『部分的に確認しています。複数反応が第7小隊の南東方向へ移動中です』

「俺たちの先は?」

『現在の探査精度では明確な生体反応を取得できません』

「分かった。巡回地点は?」

『約620メートル先です』

 カイがキョウジを見る。

「どうします?」

「そこまで行く。何もなければ記録して戻る。ただし、これ以上通信が落ちるなら先に引く」

「了解です」

 進行を再開してから会話は減った。

 足跡の方向は変わらず、物流駅へ近づくほど線路脇の泥が激しく踏み荒らされている。壁には身体を擦った跡が残り、狭い保守扉の周囲には爪で無理に押し広げようとした傷まであった。

「こっちを使った奴、かなり急いでますね」

 カイは扉の歪みを確認するだけで通り過ぎた。

 残り300メートルを切った頃、足元から低い振動が伝わった。

 最初は遠くで何かが崩れた程度に聞こえたが、数秒後にもう一度続き、線路脇の水面が細かく震えた。

「発破作業じゃないですよね」

「この辺でやる予定はない」

 キョウジが答えたところで、ミオの通信に大きな雑音が混じった。

『隊長、探査範囲外縁に大型の生体反応を一時検出しました』

「ハウラーか?」

『体格推定が一致しません。再取得を試行しています』

 奥から3度目の振動が届き、今度は天井から細かな埃が落ちた。

 キョウジは迷わなかった。

「巡回はここまでだ。戻るぞ」

「大型の確認は?」

 ユーリが聞く。

「俺たちの仕事じゃない。ハウラーの動きと合わせて報告すれば十分だ」

 第7小隊はその場で隊列を反転させた。

 来た時と同じ道を戻り始めて1分も経たないうちに、背後の暗闇から何かが壁へぶつかる音が響いた。

『大型反応を再取得しました。第7小隊後方約280メートル。接近しています』

「速度は?」

『算出中です』

 答えを待つ間にも、次の衝撃が近づいた。

 ハウラーなら狭い線路を避けながら走るため爪音が先に届く。後方から来ているものは違い、曲がり角や設備に合わせて速度を落とす様子がなく、何かを押し退けるたびに金属やコンクリートの破砕音が混じっている。

「セーフハウスへ戻るのはまずいですね」

 カイが走りながら言った。

「あそこへ籠もれば出口が1つになる」

「同感だ。通過して地表へ戻る」

『大型反応との距離、約210メートル。速度は第7小隊を上回っています』

「出口まで同じ道じゃ持たないな。別経路を探してくれ」

『検索します』

 小隊は速度を上げた。装備の重いガンツも遅れず、ユーリが時折後方を確認する必要もないほど、何かが迫る音は大きくなっている。

 分岐を1つ越えたところで、背後の照明が届かない位置から激しい破砕音が響いた。直後に風が抜け、細かな瓦礫が線路を跳ねてきた。

「もう200もないんじゃないですか」

『現在約160メートルです』

「聞かなきゃよかったな」

 ユーリはそれ以上何も言わず走った。

『前方120メートルに旧商業設備への連絡通路があります。そこから非常階段を経由して地表へ出られる可能性があります』

「可能性?」

『旧図面上では接続しています。現状は未確認です』

「今はそれでいい。案内してくれ」

 ミオが端末へ経路を送る。

 右手の保守扉をカイとガンツが押し開け、第7小隊は線路から旧商業区画へ入った。地上への表示は途中で崩れていたが、細い通路を抜けた先に非常階段を示す古い標識が残っている。

 問題は最後の扉だった。

 腐食した金属板が枠へ食い込み、ガンツが押しても動かない。

「下がってろ」

 シールドを床へ立て、肩を入れてもう一度押すと枠ごと数センチ歪んだ。カイも隣へ入り、2人で力を掛けたところで金属が裂け、扉が階段側へ倒れ込んだ。

「通れ!」

 セナとリオが先に抜け、ユーリが続く。キョウジも扉を越え、最後にカイとガンツが入った直後、通路の奥から壁を打ち砕く音が響いた。

 非常階段は吹き抜け状の縦穴へ沿って何層も折り返し、上方へ伸びていた。地表出口までの高低差はミオの旧図面で約38メートルある。

「これは走るしかないですね」

「他に案があるなら聞くぞ」

「ないです」

 6人は階段を上がった。

 2つ目の踊り場へ差しかかったところで、下の通路から金属が潰れる音が響き、さきほど倒した扉が縦穴へ飛び出した。

 続いて黒いものが現れた。

 最初に出てきたのは前肢だった。人間の胴ほどの太さがある節くれ立った肢が壁面へ食い込み、続いて細長い巨体が通路から這い出してくる。表面は皮膚というより黒く硬化した外殻に覆われ、複数の肢が床と壁を区別せず身体を支えていた。

「ハウラーじゃないな……」

 ユーリの声が上から落ちる。

 頭部らしい部分には目が確認できず、正面に縦へ裂けた口だけがある。身体の外殻には白っぽいものがいくつも挟まり、その1つが落ちて階段へ当たった。

 骨だった。

 形の残る頭骨には、見慣れたハウラー級の特徴がある。

「食ってるのか」

 カイが言う間にも大型個体は階段へ向かわず、壁へ肢を掛けた。

「上がれ! こいつ階段を使わないぞ!」

 キョウジが駆け上がると、黒い巨体も壁面を這って高度を上げ始めた。

 人間が折り返しを走る間を、相手は直線で詰めてくる。

『大型反応、急速に接近しています』

 ミオの情報が今度は目の前の状況と重なったが、キョウジは返答せず次の踊り場へ上がった。

「このままだと追いつかれます」

 カイは上ではなく、階段を支える古い鉄骨へ蛇腹剣を伸ばした。開いた刃節が手すりの外側を通り、支柱へ回り込む。

「上の一段を落とします。ガンツ、セナたちを先に」

 ガンツは問い返さず3人を追って上へ向かい、キョウジだけが踊り場へ残った。

「どこを切る」

「ここから2本。最後に支柱を外せば自重で落ちます」

「やれ」

 蛇腹剣が鉄骨へ食い込み、カイが刃の角度を変えながら腐食した接合部を削っていく。1本目が外れると階段全体が傾き、大型個体の前肢がすぐ下の壁を掴んだ。

 キョウジも反対側の支柱へアークブレードを入れた。

「隊長、先に上がってください」

「切った奴が最後まで見ろ」

「そういうところだけ律儀ですね」

「今さら知ったのか」

 最後の接合部へ刃を通すと、上段の階段が支えを失った。大きく傾いた鉄骨は壁面へ這い上がってきた巨体へぶつかり、そのまま下層へ落下する。

 大型個体の身体も一緒に消え、数層下から金属が連続して潰れる音が響いた。

「行くぞ」

「はい」

 2人は残った階段を駆け上がった。

 地表出口ではガンツが扉を押し開けており、外から冷気と灰色の光が流れ込んでいる。セナ、リオ、ユーリが先に雪上へ出て、カイに続いてキョウジも出口を越えた。

 扉を閉める余裕はなかった。

「ミオ、大型は?」

 通信には雑音が混じり、返答まで数秒掛かった。

『現在……地下約30メートル付近に反応。移動速度は低下しています』

「階段は効いたか」

『判定不能です』

「それでいい。地表経路で戻るぞ」

 第7小隊は地下鉄入口とは別の場所へ出ていた。周囲には低い建物の残骸が雪に埋もれ、正規の帰還経路は南東へ約1キロ離れている。

 キョウジは6人が揃っていることだけを確認し、歩き出した。

 セーフハウス候補は使える。旧電力ラインも残っていた。予定していた任務の大半は終わっている。

 あとは帰るだけだったが、地下のどこかでは、落とした階段の下から大型の生体反応がまだ消えていなかった。

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