雪の下
今回は第8小隊、ヴァルカたちの任務です。
行方不明になった保守班5名の捜索へ向かうことになった第8小隊。
真正面から敵を叩き潰す戦いを得意とするヴァルカですが、今回の地表では少々勝手が違うようです。
それでは第27話「雪の下」よろしくお願いします。
GRID本部のブリーフィングルームへ入ったヴァルカは、壁面に投影されている任務種別を見たところで歩調を緩めた。普段なら危険度や討伐対象の識別情報が先に並ぶ画面には、環境整備局の紋章とともに「捜索救助」の文字が表示され、その下には予定帰還時刻を過ぎても戻っていない保守班5名の情報が並んでいる。
「……捜索?」
後ろから入ってきたルネも画面を確かめ、手にしていた十文字槍型アークブレードを壁際の固定具へ預けた。
「捜索救助か。第8に回ってくるのは珍しいな」
「討伐じゃないんですか?」
「少なくとも今のところは」
「何、その言い方」
「敵がいるかどうかも分かってないんだろ。だったら討伐とは書けない」
「そこを聞いたんじゃないよ。何か引っかかってるの?」
「いや、別に」
ヴァルカが席へ向かう間に、続いて入ってきたガレスもグレートソード型アークブレードを固定具へ預け、最後のジードは座るより先に端末から任務記録を自分の認識バンドへ送っていく。
「保守班5名、予定帰還時刻を2時間17分超過。救難信号は?」
『ありません』
室内スピーカーからエルドの声が返り、壁面表示が切り替わった。ネオ・ヘイヴン北東部から地表へ伸びる酸素供給路と、その先にある補助ダクトB-17が拡大される。
『現地周辺の中継設備に異常は確認されていません。保守班との最後の通信は本日11時42分。第6外縁酸素供給路、補助ダクトB-17の点検完了報告を受信しています』
「点検が終わったところまでは確認できてるのか」
『はい。報告後、保守班は予定通り帰還経路へ入りました。通常であれば13時10分前後に第2地表昇降口へ到着する予定でした』
「最後に連絡した時の様子は?」
『異常なし。負傷者なし。周辺でアバレント反応も確認されていません』
壁面に並ぶ5人はいずれも環境整備局所属の保守員で、年齢も地表勤務歴もばらばらだった。若い者もいるが、初めて地表へ出た人間はいない。班長に至っては地表勤務歴が12年を超えており、補助ダクトの保守作業にも何度も参加している。
「5人まとめて新人ってわけでもないんだな」
「むしろ慣れてる班ですね」
勤務履歴を読み進めていたジードが端末を操作する。
「帰還経路はどう?」
『B-17から第2地表昇降口まで約4.8キロです』
地図上へ青い線が引かれた。
『途中で旧市街地の一部を通過しますが、環境整備局が指定している経路から外れる理由はありません』
「吹雪は?」
『弱いです。視界は良好。気温マイナス7度、風速毎秒8メートル。少なくとも天候を理由に帰還できなくなる状況ではありません』
5人とも経験があり、任務も終えている。天候も通信設備も帰還を妨げるほどではない。
「じゃあ何で帰ってこないんだよ」
『それを確認するのが今回の任務です、隊長』
「そうなんだけどさ」
ジードの指が端末の上で止まった。
「こういう任務、隊長にはあまり向いてないかもしれませんね」
「どういう意味?」
「敵がどこにいるか分からない。そもそも敵がいるかも分からない。最後まで斬る相手が出てこない可能性もある」
「別にあたしは、何でも斬れば解決すると思ってるわけじゃない」
数秒たっても誰からも賛同が返ってこなかったため、ヴァルカは椅子の背へ片腕を掛けた。
「何。その反応」
「いえ、何でもありません」
「今の間でだいたい分かったよ」
『その話を続けるのであれば、帰還後にしてください』
エルドに割って入られ、ヴァルカはスピーカーへ声を返した。
「エルドまでそっちにつくの?」
『どちらにもついていません。オペレーターとして任務開始を促しています』
「じゃあジードがあたしを馬鹿にしかけたことも記録しといて」
「まだしてませんよ」
「“まだ”って付けた時点で駄目だろ」
ルネがとうとう吹き出した。
「ごめん、隊長。でも斬る相手が出ないかもしれないって聞いた時、ちょっと残念そうだったから」
「斬る必要があるなら斬る。それと何でも斬るのは違うの」
「はいはい」
「その返事も腹立つな」
言い返しながらも、ヴァルカはもう壁面の5人へ意識を戻していた。
「仕事はこの5人の捜索と救助。それでいいんだな?」
『最優先は生存者の捜索および救助です。アバレントとの遭遇が確認された場合のみ、状況に応じて排除してください』
「了解」
ジードも地形情報の転送を終え、ルネが十文字槍を取り、ガレスもグレートソードを回収した。何が起きたのかはまだ分からない。それでも地表へ出た5人が帰ってこない以上、第8小隊がやることは決まっている。
「行くぞ、第8小隊。5人とも連れて帰る」
第2地表昇降口の外部扉が開くにつれて冷気が流れ込み、ヴァルカの外套を後ろへ押した。ハンドアクス型アークブレードを肩へ担いで地表へ出ると、細かな雪がバイザーを掠め、その向こうにはネオ・ヘイヴンから北東へ伸びる旧道路と、崩れかけた建物の列が白い地表の中へ続いていた。ブリーフィング通り風は弱く、傾いた街灯や錆びついた標識、その間に設置された環境整備局の黄色い経路標識まで遠く見通せる。
「これで迷っただけなら、帰ったあと説教だな」
「迷っただけなら、いくらでも説教してやってください。5人揃って迷子は考えにくいですけどね」
「だったら何かあったんだろ」
「その“何か”を最初から決めないでくださいね」
「今日はずいぶん細かいな」
「隊長相手ですから」
横を歩くルネが声を弾ませた。
「やっぱり仲いいですよね、2人」
「どこを見たらそうなる?」
「今のやり取り全部」
「ルネまでジード側?」
「私はどっち側でもないですよ。できれば全員で平和に帰りたいだけです」
「そこはあたしも同じだよ」
『保守班が使用していた認識バンドの最終位置情報を共有します』
エルドの声と同時に、現在地から旧道路を約3キロ進んだ地点へ5つの青い表示が重なった。
『5名とも最後に記録された位置はほぼ同一です。個々の信号は11秒以内に相次いで消失しており、それ以降は1度も再接続されていません。周辺の中継設備は現在も正常です』
「11秒で5人か。故障にしちゃ揃いすぎてるな」
『認識バンド5台がほぼ同時に故障した可能性は低いと判断しています』
「まず最後の位置まで行く。左右の建物も拾いながら進もう」
ヴァルカを先頭に第8小隊は間隔を取り、ジードとルネが左右、ガレスが後方を受け持った。指定経路は定期的に除雪されているらしく、道路の両脇には深い雪が積もっているものの、中央なら足首が沈む程度で歩ける。そのまま2キロほど進むと、道路脇の雪から環境整備局の黄色い識別表示が覗いていた。
「止まって。保守班の物かもしれない」
半分埋まっていた工具ケースを引き抜くと片側の留め具が開いており、周囲にはドライバーや測定器具が散らばっていた。
『識別番号が一致しました。B-17保守班の装備です』
「ここまでは戻ってきてたわけか」
ケースの先には5人分と思われる足跡が残り、まだ降雪に消されきっていない。
『足跡を照合します。この地点では5名とも通常の歩幅で第2地表昇降口へ向かっています』
「でもケースを落としてますね」
ルネが散らばった器具を避けて足跡の脇へ回る。
「留め具が外れただけかもしれない」
「これだけ中身が散ったら、普通は気づきません?」
「何かを急いでたなら別だけど」
ジードは足跡の深さと間隔を確かめた。
「少なくともここでは走ってません。歩幅も乱れてない」
「だったら、その先で状況が変わったんだな」
「行けば出てくるでしょう」
「それ、あたしが言いそうなやつ」
「先に使わせてもらいました」
「あとで使用料取るからね」
5人分の足跡は指定経路から外れず、争った跡もないまま続いていたが、数10メートル先で並びの一つだけが途切れていた。
「待て。ここから1人減ってる」
最後の足跡には踵から爪先まで靴底の形がはっきり残っている。それなのに、その先には次の1歩がなく、左右へ逸れた跡も引き返した跡もない。
『該当位置を照合しました。最初の認識バンドが途絶した地点とほぼ一致します。残る4名の信号は、この18秒後まで継続しています』
「知りたいのは消えたあとの方なんだけどな」
ヴァルカは手袋で周囲の雪を探ったが、血も身体を引きずった跡も出てこない。
「誰かが担いだとか?」
「それなら残り4人の歩き方に出る。人1人抱えれば、足跡の深さも変わるはずだ」
「じゃあ、本当にここからいなくなったみたいに見えるね」
「見えるだけだ。どこかへ行った痕跡が残ってないだけで、人間が消えるわけじゃない」
先を調べていたガレスが残る足跡の変化を見つけた。
「隊長、4名はこちらまで進んでいます」
約20メートル先で足跡は急に乱れ、それまで昇降口へ向かっていた4人が同じ場所から引き返していた。最初の1人が消えた方向へ数歩戻り、互いの足跡を踏み合うほど動き回ったあと、そこから4方向へ散っている。
「ここで仲間がいないことに気づいたんでしょうか」
「たぶんな。ただ、それだけじゃない」
道路へ戻る1人、右手の建物群へ向かった2人、反対側へ走った1人。どの跡も歩幅が一気に広がり、踏み込んだ雪が後方へ大きく蹴り出されていた。
「ここからは全員走ってます」
「仲間を探しただけなら、こんな散り方はしないな。何かから逃げたか」
『当時の広域観測記録にも、この周辺でアバレント反応は残っていません』
「だったら、センサーに映らない何かか」
ヴァルカは最も近い旧道路上の痕跡を選んだ。
「まずこの1人を追う。離れすぎないで。ルネは右側、ジードは左側の痕跡も拾って。ガレスは後方を頼む」
「了解です」
数メートル先へ続く足跡には何度か滑った跡が混じり、途中では片手を雪についた形まで残っていた。転びかけても立ち止まらず、少しでも距離を稼ごうとしていたことだけは読み取れる。
「相当慌ててますね」
「ああ。転んでも止まってない」
「前じゃなくて、後ろから追われてたんでしょうか」
「その方が自然だな」
さらに先で、その足跡も途切れた。最後の1歩は先ほどより深く、爪先で雪を蹴った形まで残っているのに、その勢いを受けるはずの次の足跡がない。
「また同じだ」
ルネは周囲の建物まで含めて状況を探る。
「上から何かに持っていかれた可能性は?」
「身体が浮いたなら、引っ張られた跡か着地跡のどちらかは欲しい。ここには何もない」
「エルド。今この辺りに反応は?」
『地表面および周辺建物内にはありません』
ジードがその言葉を拾った。
「地表面には、か。雪の下は?」
『通常走査では積雪内部の精度が落ちます。方法を切り替えますので、その場から大きく移動しないでください』
4人は自然に互いの死角を埋める位置へ散り、ルネの十文字槍とガレスのグレートソード、ジードの二刀も雪面の異変へ対応できる高さに収まった。
『深度1メートルまで走査。反応なし。2メートルまで拡張します』
細かな雪が降り続ける中、数メートル先の雪面が僅かに膨らみ、その盛り上がりが横へ細長く伸び始めた。
『地下に生体反応を捕捉。深度約1.4メートル。移動しています』
「やっぱり雪の下か」
ヴァルカは隆起の進路へ先回りしてハンドアクスを振り下ろした。青白い刃が大量の雪を左右へ弾き飛ばしたものの、腕へ返ったのは雪を切った抵抗だけで、隆起は刃の外側から鋭く向きを変えた。
「速いな、こいつ」
そのままルネへ向かった隆起が間合いの直前で消え、次いで足元の雪が内側へ崩れ始める。
「ルネ、そこから離れろ!」
ジードが腕を掴んで引き寄せた直後、それまでルネが立っていた場所に人間の胴ほどもある穴が開いた。
「今の、下へ引き込むつもりだったんですよね」
「保守班の足跡が消えた理由としては筋が通る」
ヴァルカは穴へ近づかず、周囲の雪面を広く取った。
「エルド、今の反応は追えてる?」
『追跡中ですが――複数あります』
1つだった視界端の表示が3つ、5つと増え、さらに別方向にも新しい反応が重なる。
『7体以上。複数の反応が交差しており、正確な数はまだ算出できません』
正面だけでなく左右や背後の雪まで細長く隆起し、第8小隊から一定の距離を取るように走り始めた。
「姿を見せないまま囲ってくるのか。嫌な相手ですね」
「そういうの、あたしも嫌い」
『形態を照合しました。雪中潜行型アバレント、デルヴァ。雪中を高速移動し、地表の獲物へ接近して雪中へ引き込む習性があります』
「記録があるなら、この辺にいることも分かってなかったの?」
『遭遇例そのものが少なく、この区域での生息記録はありません』
「珍しいのに当たったってことか」
「隊長、ちょっと嬉しそうですよ」
「今のどこに喜ぶ要素があった?」
「声かな」
「ないよ」
隆起は第8小隊の周囲を回りながら、ときおり内側へ寄っては武器の間合いへ入る前に離れる。正面を横切った1体へヴァルカが踏み込むと、その個体は斧の軌道から逃れるように左へ逸れ、その間に別の隆起が背後のガレスへ接近した。
「隊長、後ろ!」
ガレスのグレートソードが雪へ食い込み、重い衝撃で周囲が大きく跳ねる。
「雪しか斬れていません。思った以上に速いですね」
「ほんと、出てきて勝負しろっての」
『挑発によって地表へ出る習性は確認されていません』
「エルドまで真面目に答えなくていいんだよ。言ってみただけだから」
今度は2本の隆起が並んでルネへ向かってくる。
「ルネ、右から2体来る。あたしが手前を取るから、奥をお願い」
「はい。奥は私が止めます」
2本が左右へ分かれ、片方がルネへ加速した。十文字槍の間合いへ入ったところで穂先を雪へ突き込み、長い柄の奥で硬いものを捉える。
「浅いけど掛かりました。このまま少し止められます」
手応えを逃さないよう押し込むと、雪中でデルヴァが身体を捻り、十文字槍が横へ強く引かれた。
「思ったより力あります!」
「無理に抜こうとしなくていい。そのまま時間稼いで」
もう1体へ踏み込んだヴァルカのハンドアクスは今度こそ硬い外殻へ届き、青白い発振光の下から黒い体液が噴き上がった。しかし深く押し込む前にデルヴァは潜行を深め、刃先から感触が抜けていく。
『隊長の近くへ別個体が接近しています。雪面の反応と重なっており、現在位置は約4メートル』
「了解。こいつはここまで」
追撃を切った直後、足元の雪が大きく盛り上がった。ヴァルカが横へ飛ぶのとほぼ同時に雪を突き破って大きな口が現れ、細かな牙が何重にも並ぶ円筒状の頭部、その両脇から伸びる短い鉤爪、人間の胴より太い身体が勢いのまま地表へ半ば露出する。
「やっと姿見せたな」
着地からそのままハンドアクスを振り抜いたが、デルヴァは身体を捻って刃を外し、頭から雪へ潜り直した。地表へ残った太い胴体と長い尾へもう1度斧を走らせると、刃は尾の側面を削り、黒い体液が白い雪へ散る。
「今のは惜しかったな」
『十分な外見情報を取得できました。解析へ回します』
「あたしは解析より先に倒したいんだけど」
『倒すために解析しています』
「だったら早めに頼むよ」
そのやり取りの横で、ジードは先ほどデルヴァが飛び出した穴と、周囲を走る隆起の動きを比べていた。
「隊長、ちょっとだけ足を止めてもらえます?」
「何か気づいた?」
「まだ確信がないので、今から確かめます」
第8小隊の足音が途切れると、それまで何度も内側へ寄っていた隆起が少しずつ外へ広がり、距離を取って旋回し始めた。
ジードが足元の雪を軽く蹴る。
近くを通っていた1体がすぐに向きを変えた。
「やっぱり、振動を拾ってますね。もう1回だけ確かめます」
「地面を踏む音を追ってるってこと?」
「おそらく」
踵を強く雪面へ打ちつけると、今度は離れていた隆起まで明確に方向を変え、ジードへ向かってきた。接近を十分に引きつけてから横へ退くと、デルヴァは空いた場所を通過し、その先で再び進路を変える。
『こちらでも確認できました。移動個体の頭部周辺に複数の感覚器官と思われる組織があります。地表を歩行した際に生じる振動を利用して、獲物の位置を追っている可能性が高いでしょう』
「じゃあ走るほど寄ってくるんだ」
「ガレスが剣を叩きつけた時も、何体か一斉に向きを変えてました」
「こちらから呼び寄せることもできるわけですね」
「たぶん。ただ――」
ジードが続きを口にする前に、ルネの後方で雪が大きく盛り上がった。ガレスがルネを押し出すように前へ入り、飛び出したデルヴァがその右脚へ噛みつく。細かな牙が装甲板へ食い込み、ガレスの巨体が片側へ崩れた。
「ガレス!」
デルヴァは身体を捻りながら雪中へ戻り、片脚を膝近くまで引き込まれたガレスはグレートソードを路面へ突き立てて踏みとどまった。それでも身体はじりじり沈み、周囲の雪まで穴へ崩れ込んでいく。
「その剣を離すな。今引っ張り出す!」
ヴァルカが食いついた頭部へハンドアクスを叩き込み、反対側からルネが十文字槍を雪中へ差し込む。露出していた首元へ刃が掛かると、ルネは長い柄へ身体ごと体重を預けた。
「掛かりました。こっちから引きます!」
「そのまま頼む。ガレスも上へ押し返して!」
ハンドアクスを押し込む力と十文字槍で引く力へ、ガレス自身もグレートソードを支点に身体を持ち上げ、太い胴体が少しずつ雪中から引きずり出される。デルヴァが逃れようと身体をくねらせるたびに傷口も開き、その側面へ回っていたジードの二刀が迷わず差し込まれた。
「そこまで開けば十分!」
ジードが広げた傷へヴァルカのハンドアクスが続けて食い込み、デルヴァの身体が大きく反り返ったところで、ガレスの脚を咥えていた口がようやく緩む。
「ルネ、今のうちにガレスを離して!」
「はい!」
腕を掴んで後方へ引き出したルネと入れ替わるようにヴァルカが前へ入り、雪へ戻ろうとするデルヴァの頭部を片足で押さえた。
「散々逃げ回ったな。やっと捕まえた」
暴れる身体へ体重を掛けたままハンドアクスを持ち上げる。
「今度は逃がさないよ」
青白い刃が頭部を深く割り、発振光が内部へ沈む。デルヴァは長い胴体を激しく跳ねさせたが、斧を抜き取る頃にはその動きも止まっていた。
「ガレス、脚はどう?」
「装甲は抜かれていません。荷重を掛けても問題なさそうです」
「少しでも痛みが出たら言って。歩けるから大丈夫って黙るのは禁止」
「承知しました」
ガレスが脚へ体重を掛けられることを確認している間も、群れは離れなかった。いくつもの隆起が距離を保って旋回し続けている。
「エルド、数は絞れた?」
『重なりが多く正確には判別できませんが、少なくとも残り8体以上です』
「まだそんなにいるのか」
「でも、やり方は見えてきましたね」
ジードが先ほど路面へ叩きつけられたグレートソードを示した。
「向こうが振動を追ってくるなら、こっちが追う必要はない。来てほしい場所へ呼べます」
「ガレスの剣なら、かなり大きい振動を作れるな」
「それなら任せてください」
「だったら――」
『少し待ってください。近距離にデルヴァとは異なる反応があります』
「今度は何?」
『位置を表示します』
先ほどまでの攻防で雪が大きく崩れた場所から、人間の腕が突き出していた。手袋も作業服も黒い血に汚れ、その周囲の雪まで薄く染まっている。その少し外側では、デルヴァが作る細長い隆起が第8小隊との距離を測るように通り過ぎていった。
ヴァルカはその場から不用意に近づかず、ハンドアクスをいつでも使える位置へ残したまま声を落とした。
「エルド。認識バンド、照合できる?」
『照合します』
数秒後、返ってきた声に迷いはなかった。
『B-17保守班所属者と一致しました。生体反応はありません』
ブリーフィングルームで「5人とも連れて帰る」と口にした時には、その言葉の意味を生存者5人の帰還だと疑っていなかった。雪から出た腕は、もうその約束を同じ形では守れないことだけを突きつけている。
それでも、ここで探すのをやめる理由にはならない。
「残り4人を探す。まだ全員が同じだと決まったわけじゃない」
『もう1つ、行方不明者の認識バンドから微弱な応答があります。現在地から北東へ約180メートルです』
「生体情報は取れる?」
『そこまでは届いていません。ただし認識バンド自体は現在も作動しています』
北東180メートル先には崩れた建物群が並び、その一角へ新しい表示が重なった。
「だったら確かめに行く」
踏み出した足音に反応し、周囲を走っていた複数の隆起が一斉に進路を変える。
「普通には通してくれそうもないですね」
「だったら、どかして進むだけだよ。人を探しに来たんだ。こいつらに邪魔されて帰る気はない」
崩れた建物群まで白い地表が途切れることなく続き、どこを通っても足音は雪の下へ伝わる。その振動へデルヴァが反応するなら、逆に利用できる。
「ガレス。さっきみたいに路面を叩けば、あいつらをかなり寄せられるよね」
「少なくともこちらへ向かせることはできそうです」
「なら使える」
ジードも建物群までの距離と群れの位置を照らし合わせた。
「集めて、その隙に捜索班を先へ通しますか?」
「そうする。全員で走ったら振動が散るから、あたしとガレスが残る。ジードとルネは反応を見に行って」
「やっぱり隊長が残るんですね」
「そこに一番向いてる人が残るだけ」
ルネは建物群まで続く雪原を確かめた。
「じゃあ私とジードで行きます。でも10体近くを2人で引きつけるんですよね?」
「全部倒す必要はないよ。こっちへ向かせて、2人が建物へ入るまで持たせればいい」
「隊長がそう言うと、途中から目的が変わりそうで心配なんですよ」
「変えないって」
「信用はしてますよ。だから心配してるんです」
「言い方がずるいな、それ」
「隊長が怒りにくい言い方を覚えました」
「帰ったら――」
「覚えてろ、でしょう?」
「先に言うな」
会話が終わる頃にはそれぞれの役割も決まっていた。ガレスは第8小隊から少し距離を取り、グレートソードの厚い刀身を凍結した路面へ届かせられる位置へ移る。
「ガレス、いつでも叩ける?」
「いつでも」
「まず1発。寄り方を見る」
大剣が積雪を突き抜けて路面へ激突すると、重い衝撃が足元から広がり、周囲の雪が円を描くように跳ね上がった。それまでばらばらに走っていた隆起が次々と方向を変え、ガレスの位置へ集まり始める。
『6体が反応。後方からさらに2体接近しています』
「まだ全部は寄ってないな」
「隊長、本当に全部集めるつもりですか?」
「できるだけこっちへ寄せた方が、2人は通りやすいでしょ」
「自分たちの逃げ道も残してくださいね」
「そのつもり。ガレス、もう1発いける?」
「問題ありません」
ヴァルカがガレスの前へ入り、ジードとルネは建物群へ抜ける方向へ身体を向けた。
「次の衝撃で走って。反応まで180メートル、建物へ入れたら連絡して」
「途中でこっちへ来た個体は?」
「あたしとガレスで戻す。2人は止まらないで」
2度目の一撃が路面を震わせ、それまで遠くを旋回していた隆起まで一斉に進路を変えた。
『8体。後方の2体も接近しています』
「今なら通れる。ジード、ルネ、走れ!」
2人が建物群へ向かって加速すると、その足音へ反応したデルヴァのうち2体がすぐに追尾へ切り替えた。
ヴァルカはそのうち1体と並ぶように走り、ハンドアクスを逆手へ持ち替える。
「2人の方へは行かせないよ」
進行方向へ突き立てた刃が雪を深く抉り、その下を通ったデルヴァの背へ届く。黒い体液が雪の隙間から噴き上がり、隆起は大きく蛇行してジードたちから離れた。
「そう、そのままこっち」
『右後方から別個体が接近。距離3メートルです』
ヴァルカが追撃を切るのと同時に右側の雪が爆ぜ、デルヴァが脇腹へ向かって大きく口を開いた。半歩ずらした身体の横を頭部が抜け、その側面へハンドアクスを振り抜くと、青白い刃が口元を裂いて黒い体液を撒き散らす。
「隊長、左も寄ってきます」
「ガレス、左を引いて」
グレートソードが再び路面を叩くと、左側からヴァルカへ向かっていた隆起はより大きな振動へ誘われて進路を変えた。
「助かった」
「そのまま3体ほどこちらへ寄っています」
「いいね。全部まとめてこっちへ集めよう」
「楽しそうに聞こえますよ」
「気のせい」
その頃にはジードとルネもかなり先へ進み、崩れた建物群が近づいていた。
「気になるのは分かるけど、今は保守班だ。隊長たちが引きつけてる間に入るぞ」
「うん。でも本当に2人で大丈夫かな」
『現時点では問題ありません』
「現時点って言い方、余計に不安になるんですけど」
『状況を正確に伝えています』
「そこ、ちょっと隊長に似てますね」
『否定します』
返答に構う暇もなく2人は走り続けた。視界端の認識バンド反応は残り100メートルを切り、保守班の足跡も崩れた建物へ向かって続いている。ただし先ほどまでとは違って歩幅は大きく乱れ、何度も左右へ蛇行し、途中には転倒したらしく雪面が広く崩れた場所もあった。そのすぐ脇をデルヴァが通った溝が横切っている。
「逃げながら、ここまで来たんですね」
ルネはそれ以上冗談を続けず、乱れた足跡の先を追った。
「たぶんな。昇降口まで戻るより、建物へ逃げ込む方を選んだんだろう」
「雪の下を追ってくる相手なら、その判断は正しいですよね」
「建物の中まで入ってこなければな」
「そういう嫌な可能性、今言わないでくださいよ」
「だから確認しながら入るんだ」
2人の前には、半ば雪へ埋もれた旧市街地の建物が残っていた。外壁は崩れ、窓のほとんどが失われ、入口だった場所には瓦礫が積み重なっている。その隙間から内部へ続く暗い空間だけが覗いていた。
『認識バンド反応、残り32メートルです』
ジードは速度を落とし、位置表示と崩れた構造を照合した。
「この建物で合ってる?」
『方角は一致しています。ただし反応位置は現在の地表面より低い位置です』
「地下へ落ちたってことですか?」
『その可能性があります』
「入れる場所を探しましょう。生きてるなら急いだ方がいい」
「ああ。ただし足元も拾え。ここまでデルヴァが来てない保証はない」
瓦礫へ近づいたジードの進路上で、崩れたコンクリート片の隙間から黒いものが伸びていた。
「待て。瓦礫の隙間に何か出てる」
「どこです?」
近づくにつれて輪郭がはっきりし、黒いケーブルに見えたものが手袋をした人間の腕だと分かった。肘から先だけが外へ出ており、その周囲には凍りついた黒い血がこびりついている。
ルネが距離を詰めようとしたところへ、ジードが片腕を出した。
「腕だけ追うな。足元を先に確認しろ」
周囲の雪には細い亀裂が入り、そこから枝分かれした別の亀裂が2人の足元を通って建物の奥へ続いていた。
「デルヴァの跡でしょうか」
「まだ決めない方がいい。ただ、外で見た跡には似てる」
「エルド。この人の認識バンドが反応してるんですか?」
『違います。反応源はさらに建物の奥です』
「なら、まだ先に誰かいる」
「認識バンドだけって可能性もある。確認するまで決めるな」
「……はい」
ルネも十文字槍の間合いを確保したまま、ジードと並んで内部へ進める隙間を探した。
その時、瓦礫の向こうから雪を押し退ける音が近づいてきた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
雪の下を自在に動き回り、なかなか姿を見せないデルヴァ。
ヴァルカにとっては、かなり相性の悪い相手になりました。
そしてようやく見つかった、行方不明の保守班の手掛かり。
残る4人はどこにいるのか。
第8小隊の捜索任務は、次回へ続きます。
次回、第28話。
引き続きよろしくお願いします。




