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外縁廃棄地区G-51

今回は、第9小隊の地表任務のお話です。


外縁廃棄地区G-51で確認された複数の生体反応と、途絶えた観測ビーコン。

いつも通りの任務として始まったはずの地表調査は、少しずつ想定とは違う方向へ転がり始めます。


第9小隊と、彼女たちを遠くから支えるアイラ。

それぞれの判断がどこへ辿り着くのか、見届けてもらえたら嬉しいです。


第7小隊は、雪に埋もれかけた廃道を北北東へ走っていた。

 舗装は長い年月のうちに割れ、その隙間から伸びた枯れ草まで白く凍りついている。半ば雪へ沈んだ車両の骨組みや崩れた防壁を避けながら進んでも速度は落とさず、中継局E-42を離れてから聞こえるのは4人分の足音と装備が擦れる音ばかりだった。

『第9小隊の救援地点まで残り4.1キロです』

「通信は?」

『維持されています。ただし現地では複数の生体反応が狭い範囲へ集中しており、個々の隊員状態までは正確に取得できません』

「敵の数はどうだ?」

『増加しています。コード4発信時より、さらに周辺から反応が流入しています』

 前方には白い平原とは違う黒い帯が見え始め、ネオ・ヘイヴン周辺では珍しいほど背の高い樹木が密集する中へ、崩れた建造物の輪郭が呑み込まれていた。

「まだ4キロか」

「この道が続くうちは稼げる。森へ入ってからだな」

 カイの言葉にキョウジも同意し、速度を保ったまま先を急ぐ。

「ミオ、第9へ繋がるか?」

『アイラとの通信は確立しています。ただし交戦中のため、直接通信は最低限に制限されています』

「こっちが向かってることだけ伝えてくれ」

『すでに共有しています』

「何か変化があれば教えて欲しい、引き続き頼む」

『了解しました』

 遠くに見えていた樹林が、走るほどに少しずつ大きくなっていった。


     ◇


 キョウジたちが救援要請を受ける数時間前、第9小隊はGRID本部の作戦管理室にいた。

 壁一面のスクリーンには、ネオ・ヘイヴンから遠く離れた外縁廃棄地区G-51の地表映像が映されている。

 崩れた建物の間に木々が立ち並び、その奥で黒い影が幾つも動いている。映像は数秒ごとに乱れ、影の輪郭を捉える前に白い砂嵐へと変わった。

『最後にまともに拾えた時点で20体前後。種類までは特定できてないみたいね』

 シオンはスクリーンを見上げたまま、長い髪を肩の後ろへ払った。黒を基調とした戦闘服の裾には赤い格子模様が入り、腰回りを覆う短い装甲と布地が僅かに揺れる。傍らには細長いスピア型アークブレードが立てかけられ、鋭い穂先を形作る電極の間で青白い待機光が脈打っていた。

『その後、観測ビーコンとの通信が途絶。予備電源にも応答なし。今日は現地調査と、確認されたアバレントの排除。ビーコンが直せそうなら復旧、無理なら記録だけ持って帰って』

「20体か」

「少なくはないなあ」

 ノエルは椅子へ深く座ったまま地図を眺めている。

「しかも遠いですよねぇ。行きより帰りの方が嫌になりそう」

「まだ出てもいないのに帰る話?」

「セラだって帰りたいでしょ」

「任務が終わればね」

「そういうことじゃないんだけどなあ」

 フィルは腰の装備を確かめながら地図を拡大した。

「この辺、廃墟なのか森なのか分からないね」

『元は物流施設と居住区。ただ、今は建物より樹木の方が多いみたい』

「多分だけど足場悪そう」

「なら現地で見て決めましょう」

 シオンは地図の縮尺を戻した。

「数だけ眺めても仕方ないわ。着いたらビーコンを確認して、まだ群れがいるなら片づける。復旧できなければ記録を持って帰る。で、十分よ」

「はいはい」

「了解」

「分かった」

『それとシオン』

「何?」

『20いる、じゃなくて、20まではいた、で考えて。最後の観測から2日経ってるから』

「分かってるわ」

『ならいいんだけど』

 出発まで20分を切っていた。

 第9小隊が装備を持って管理室を出ると、昇降区画にはすでに第3小隊が集まっている。

「よう、シオン」

「レイジ!なに? そっちも地表任務?」

「ああ。俺たちは水没地区2-Aだ。大型レヴィン級が観測設備の近くに居着いたらしくてな。ちょっと手こずりそうだ」

「2-Aなら、あたしたちとは正反対ね。こっちは外縁廃棄地区G-51だって」

「そりゃまた随分遠くまで行かされるな」

「そっちこそ、大型だからって遊びすぎないでよ」

「俺が遊ぶように見えるってのか?」

「うん、見えるね」

「なんだよ、満面の笑みで言いやがって」

『シオン隊長、それは気のせいではありませんね』

 いつのまにか第9小隊と通信を共有していたノアが割り込んできた。

「おいノア、お前は俺のオペレーターじゃなかったか?」

『だから正確な情報を出してるんですよ』

「そういう正確さはいらんのだがな」

 昇降機の到着を知らせる低い音が区画へ響き、ほどなく2基の扉がそれぞれ開いた。

別れる直前になって、レイジがふと思い出したように声をかける。

「どうだ? 久しぶりに戻ったら一杯ってのは」

「そうね、無事に帰ってきたら考える」

「それでいい、無事を祈る」

 第3小隊と第9小隊がそれぞれの昇降機へ入っていく。

「無茶すんなよ」

「そっちもね」

 隔壁が閉まり、2つの小隊は正反対の地表へ向かった。


     ◇


 ネオ・ヘイヴンの防衛外壁を離れるにつれ、吹雪に削られた白い平原は少しずつ姿を変えていった。

 道路の両脇には枯れた木々が増え、やがて建物の残骸と樹木の境界が分からないほど入り混じり始める。

 風は弱く、白い粒が真っ直ぐ地表へ落ちている。足音や装備の擦れる音は積もった雪へ吸い込まれ、少し離れただけで互いの存在さえ希薄になるような静けさが周囲を満たしていた。

 雪の下から覗く舗装道路は太い根に持ち上げられ、幾つもの亀裂が走っている。傾いた集合住宅の壁面を木の幹が突き破り、崩れた窓枠から枝が伸びていた。物流倉庫と思われる巨大な建物は半分ほど倒壊し、残された鉄骨へ氷柱が垂れ下がっている。

「これ、森になったっていうより街が負けた感じですねぇ」

「随分時間をかけて負けたんでしょうね」

 フィルが雪へ埋もれた標識を跨いだ。

「でもここまで木が増えてる場所、珍しいよね」

「人がいなくなった後は、こっちの方が強かったんでしょ」

「じゃああと何十年かしたら全部森かな」

「その頃に見に来る?」

「いいや、遠慮しとく」

 普段なら人工物が視界のどこかに残る地表でも、この区域では数十メートル進むだけで樹木に遮られ、街だった痕跡そのものが見えなくなる。

『ビーコンまで残り820メートル。今のところ生体反応なし』

「通信はどう?」

『切れたまま。予備電源も応答なしってとこね』

「じゃあ、何もいないと考える方が危ないかな」

『私もそう思う』

 森はさらに深くなり、倒木と崩れた壁が入り混じった場所で、前方に錆びた金属柱が見えてきた。

 それは観測ビーコンだったものだ。支柱は途中から折れ、先端にあった観測装置は数メートル先の雪へ転がっている。根元には何本もの爪痕が残され、硬い外装まで何かに噛み潰されたように変形していた。

「これは直すって感じじゃないですねぇ」

「先に周りを見るわよ」

『シオン、待って。前に1……違う、3。右にも出た。まだ増えてる』

 その報告に歩みが止まるのとほぼ同時に、森の奥から硬いものを打ち合わせるような乾いた音が響いた。音は一方向だけではなく、左から右へ呼応するように広がり、太い幹の陰へ赤い眼光が浮かび始める。

「これ、20で済みますかね?」

『今拾えてるだけで21。範囲外にもいる』

「ほら、帰りの心配しておいて正解だった」

「まだ帰れるって決まったわけじゃないわよ」

「それ、今言いますか?」

 最初の1体が木々の間から姿を現した。前脚だけが異様に太く、肩から背へ重なる鱗状の外殻が長い胴を覆っている。腹は雪面へ触れそうなほど低く、耳元近くまで裂けた口には大きさの揃わない牙が並んでいた。

 後ろからさらに数体が続き、太い尾が雪を擦っている。

『既知種との完全一致なし。群れで左右へ展開してる』

「ガルム? ……じゃなさそうね」

『暫定識別、群牙型。現時点で21』

 シオンが槍を起動するのを合図に、3人もそれぞれの間合いへと散っていく。

「セラは高所へ。フィル、左右を絞って。ノエルはこっち」

 セラは崩れた建物の残壁へ上がり、フィルのワイヤーが左右の木と鉄骨へ走る。発振線によって通れる場所が狭まり、その中央にシオンとノエルが残った。

 群牙型も正面から一斉に飛びかかろうとはせず、左右へ広がった数体が倒木の陰を使い、別の個体が正面から注意を引こうとする。そのうち1体が急に速度を上げ、低い姿勢からシオンの喉元へ跳んだ。

 半歩だけ身体を開いたところへ槍の穂先が入り、閉じかけた顎を下から貫いて頭部まで抜ける。死骸が後方へ転がる前に右から来た1体はノエルが受け持ち、牙の外へ身体を滑らせながら細い刃を眼窩へ通した。

 左側から抜けようとした2体はフィルのワイヤーへ脚を取られて互いの進路を塞ぎ、そのうち1体の頭部へ吸い込まれるようにセラの矢が落ちる。

 最初の数体を失っても群れは止まることを知らず、むしろ正面が硬いと見ると左右へ広がり、左右を塞がれれば倒木や崩れた壁を越えて背後へ回ろうとする。

「これは思ったより頭使いますねぇ」

「感心してる場合?」

「別に褒めてないですよぉ」

 ノエルが横から飛び込んだ個体を外へ流してシオンの間合いへ押し戻し、槍の穂先が肩口を貫いたところへ背後から別の1体が迫るが、その頭部にはセラの矢が先に突き刺さった。

「後ろ」

「助かったわ」

「どういたしまして」

 フィルも左右を固定し続けず、群れの動きに合わせてワイヤーの位置を変えていく。締めすぎれば別の経路へ回り込まれるため、1方向だけ逃げ道を残して流れを作り、その先でシオンとノエルが待ち受ける。

 第9小隊の周囲には少しずつ黒い死骸が増えていった。

「これで8」

『反応は18』

「計算が合わないわね」

『北側から新たに6体が流入した。西側の樹林にも複数いる』

『シオン、周辺個体の収束が続いてる。ビーコンが捉えた群れだけじゃない』

 アイラの声から、普段の柔らかさが消えていた。

『一度距離を取って、救援を要請した方がいい』

「まだ必要ない。ここで数を減らす」

『でも――』

「退路を確保してから後退する。今動けば囲まれるわ」

『シオン、やはり救援を』

「……問題ない」

 負傷者はまだおらず、セラの射線もフィルのワイヤーも機能している。後方を空けられれば、このまま囲まれる前に離脱できる余地は残っていた。


 森のさらに奥で太いものが折れ、戦っていた群牙型の何体かがそちらへ顔を向ける。続けてもう1本の木が倒れ、枝へ積もっていた雪がまとめて落ちると、地面の下から伝わる揺れが足元を震わせた。

『大型反応。かなり大きい。こっちへ来る』

「全員、少し下がって」

 木々の間から黒い巨体が押し出されてきた。

 熊にも似た4足の身体は横へ異様に広く、頭部から肩、背中まで岩盤のような外殻が何層にも重なっている。首はその装甲へ埋もれ、幅広い頭部の下には短く太い歯を並べた巨大な顎が突き出していた。

『全長推定6.2メートル。外殻密度はグリズ級を大幅に上回る。未登録個体の模様』

「どうやらこちらには興味がなさそうですね」

 大型個体の注意は第9小隊ではなく群牙型へ向いていた。

 近くにいた1体が後脚へ噛みつき、別の1体が側面から飛びかかる。大型個体は歩みを止めず、身体を大きく振っただけで1体を木の幹へ叩きつけ、正面へ回った個体には大顎を閉じて外殻ごと砕いた。

「ヤツらをあんな簡単に……」

 フィルの声から、それまでの軽さが消えていた。

『暫定識別、鎧顎型と呼称します』

 赤い眼光が大型個体へ向き、群牙型は何体も一斉に飛びかかったが、肩へ噛みついても外殻を破れず、背へ取りついた個体は鎧顎型が身体を木へ叩きつけたことで潰された。さらに別の個体が後脚へ食らいつき、腹の下へ潜ろうとする。

「勝手にやり合ってくれるなら助かるわね」

『シオン、群牙型はこっちにも残ってる』

 鎧顎型が群れを押し返すたびに戦場は広がり、倒木が動き、舞い上がった雪の中から逃げた群牙型が第9小隊側へ飛び込んでくる。フィルが張ったワイヤーへ大型個体の前脚が触れた瞬間には、固定していた鉄骨まで引きずられて発振線が崩れた。

「フィル、そこは捨てて!」

 フィルはすぐに固定を解除して別方向へワイヤーを撃ち直したものの、制御できる経路はそれまでより大きく減り、セラも高さを捨てて地上へ降りる。

 敵同士を争わせるだけでは済まず、攻撃の向きは絶えず変わり、その間へ第9小隊まで巻き込まれていた。

「外殻は?」

「正面は厳しいと思う」

 セラの矢も肩の外殻へ浅く刺さっただけで止まっている。

「腹か、脚の付け根ね」

『シオン、鎧顎型の出現で戦況が想定範囲を超えてる。救援を要請して』

 水没地区2-Aでは第3小隊が大型レヴィン級と交戦しているはずで、その反対方向ではキョウジたち第7小隊も地表任務に就いている。どちらかが動けたとしても、すぐこの森へ辿り着ける距離ではなかった。

「まだあたしたちで立て直せる」

『シオン!』

「鎧顎型を群牙型へぶつける。互いに消耗させて退路を作るわ」

 鎧顎型の後脚では、何度も同じ位置へ群牙型が食らいついたことで外殻の隙間から黒い血が流れ始めている。倒せなくても互いを削らせれば、離脱できるだけの隙は作れる。

「ノエル、懐へ入れそう?」

「そうですね、立ってくれれば何とか」

「無理に深追いしないで」

「隊長こそ……ね?」

 鎧顎型が背へ取りついた群牙型を落とそうと上体を起こし、重なった外殻の下から腹部が露出した。

「今です!」

 ノエルは一気に踏み込み、外殻のない脇腹へ細身の刃を深く突き入れると、青白い光が肉の中へ消えた。

 鎧顎型が初めて苦痛の咆哮を上げる。

「効きましたよぉ!」

 ノエルは刃を抜いて離れようとしたが、鎧顎型の上体は予想を超える速さで捻られ、横から迫った巨大な顎が左肩から頭部の側面までを一度に挟み込んだ。

「ノエル!」

 シオンは間にいた群牙型を槍で押し退け、そのまま鎧顎型の懐へ入り込む。金色の髪が顎の隙間から垂れ、血が白い雪へ落ちていた。

「離しなさい!」

 外殻ではなく口内へ穂先を突き込み、光刃を上顎へ押し上げると、鎧顎型が首を振ってノエルの身体まで激しく揺さぶった。

「離せッ!」

 さらに踏み込み、槍を深く押し込んだところで咆哮とともに顎が開き、投げ出されたノエルをシオンが雪の上で受け止めた。

 左腕は肩に近い位置から失われ、左耳もなくなっていた。頬から側頭部まで血で覆われ、呼びかけても反応がない。

「ノエル、聞こえる!?」

 シオンがセラの名を呼ぶより早く、弓を置いたセラが止血材を持って駆け寄り、肩の傷口へ強く押し当てた。

「脈はある。出血がひどい」

『生命反応が急速に低下してる。搬送が必要よ!』

「止められる?」

「やる。やるしかない!」

『シオン、コード4を出して』

 周囲ではフィル1人が群牙型の流入を抑え、口内から血を垂らした鎧顎型も再びこちらへ向き直っていた。

「……まだ」

『シオン!』

「ノエルを連れて離脱するまで持たせて。フィル、セラの周囲を守って!」

「了解!」

『救援を呼ぶことと、今ここを維持することは別だよ。もう時間がない』

「退路を作る。ノエルを動かせる状態にしてから下がる」

『シオン、本当にそれで持つの?』

「持たせる」

 槍の穂先を肩へ叩きつけると鎧顎型が四足へ戻り、その巨体が雪を蹴った。直前まで引きつけて横へ抜けたものの、振るわれた前脚が槍の柄を捉え、衝撃ごとシオンの身体を雪へ投げる。転がりながら起き上がり、息を吸った瞬間に脇腹へ鋭い痛みが走ったが、鎧顎型が次の突進へ移る前にノエルとの間へ戻った。

 フィルが抑えていた側では群牙型の圧力が増している。

『フィル、右から3。左後方にも4!』

「ちょっと待って、それ全部こっち?」

『セラが動けない。お願い、持たせて!』

 フィルは右手のワイヤーで1体の脚を崩し、もう片方を木へ打ち込んで身体を引き上げる。下を抜けた群牙型の背へ発振線を走らせ、着地したところへ別の顎が迫った。

 いつもならその隙へセラの矢が届くはずだったが、今はノエルの傷口を押さえる手を離せない。

「フィル、戻って!」

 倒木の陰から飛び出した1体は、フィルが身体を捻って牙を外したものの、続けざまに振られた尾が脚を払い、そのまま雪へ倒れた。上から迫る顎を腕で押し返しながら近くの鉄骨へワイヤーを射出したが、巻き取りが始まる前に別の群牙型が脚へ食らいつく。

「フィル!」

 セラがノエルの傷口から手を離しかける。

「離さないで!」

 シオンは叫びながら鎧顎型の脇を抜けようとしたが、大顎が足元を掠めて雪を噛み砕いた。

 群牙型が一斉にフィルへ覆いかぶさり、黒い背中と鱗状の外殻が折り重なる。その下からフィルの左手と左脚だけが見え、左手はまだワイヤーブレードの柄を握ったまま、青白い発振光が群れの隙間から断続的に漏れていた。

「やめろ……」

 シオンは鎧顎型の顔面へ槍を振り下ろしたが、厚い外殻に弾かれ、押し退けるどころか一歩も近づけない。

「フィルを返してッ!」

 引き戻した穂先をもう一度叩き込み、鎧顎型が塞ぐ進路をこじ開けようとする。

 群れの中からフィルの短い叫びが聞こえ、それはニューラルリンクへ混じったノイズの中で途切れていった。

「フィル!」

 雪の上に残っていた脚にはもう動きがなく、群牙型の背中の隙間から見えていた青白い光も明滅を繰り返しながら、次第に輝きを失っていく。

 シオンの喉から、押し潰されていたものが一気に噴き出した。

「ああああああああッ!!」

 静かな雪の森を引き裂くように絶叫が響き、槍を握る両手が激しく震える。

 怒りと恐怖と後悔が混ざり合い、胸の奥から止めどなく溢れてくる。もっと早く判断していれば、救援を呼んでいれば、フィルはあの群れの下にいなかったかもしれない。

 鎧顎型も口内から血を流しながらシオンを見下ろし、森の奥には新たな赤い眼光が現れていた。

「アイラ!」

 シオンは涙で滲む視界を群れへ向けたまま、声を振り絞った。

「救援要請! コード4!」

『了解!』

 アイラの返答が重なるより早く、緊急信号がニューラルリンクを通して地表任務中の各小隊とネオ・ヘイヴン本部へ送信された。


     ◇


 水没地区2-Aでは、大型レヴィン級との戦闘が続いていた。崩れた建物の間を満たす黒い水が大きく割れ、飛び出した巨体が第3小隊の足場へ前脚を叩きつける。

『レイジ隊長! 第9からコード4が発令されてます!』

 普段ならどこかに残る軽さが、ノアの声から完全に消えていた。

「何?!コード4だと!……たしかG-51って言ってたな。間に合うか?」

『第7小隊が一番近いですが、それでも4キロ以上あります』

「第7の位置は追えてるな?」

『もうキョウジ隊長へ全部送ってます』

「ならこっちを終わらせるぞ。途中で抜けても誰も助からん」

『……はい』

 大型レヴィン級の尾をかわし、そのまま反撃へ転じようとしたレイジの身体が一瞬だけG-51の方角へ向いた。しかし足は止めず、次に水面を割った影へ大剣を振り下ろす。

「ノア」

『何ですか?』

「心配すんな。キョウジなら行く。あいつはそういう男だ。だからな、俺たちは目の前を片づけるぞ」


     ◇


 ネオ・ヘイヴン本部でもコード4は即座に共有された。

『第9小隊より救援要請。外縁廃棄地区G-51』

「第8、出るよ」

 ヴァルカが装備ラックからハンドアクスを取ると、ルネとジードがすぐに続き、ガレスも残していた飲み物を置いた。

『ヴァルカ、現地までかなり距離があります。第7小隊が先行していますが、到着時刻は算出できません』

「分かってる。だからってここで待ってられないだろ」

 歩きながら装備を固定し、そのまま昇降区画へ向かう。

「間に合うかどうかは着いてから考える! 今やれることをやれ!」

「はい!」

「了解」

『地表昇降機を確保します』

 第8小隊は足を緩めなかった。


     ◇


『第7小隊がそっちへ向かってる』

 アイラの声が戻ってきた頃、第9小隊はビーコンのあった場所からほとんど動けていなかった。

「あとどれくらい?」

『正確には出せない。森へ入ったら速度が落ちる』

「そう」

 腕は重く、鎧顎型の一撃を受けた脇腹には呼吸のたびに鋭い痛みが走る。ノエルは意識を失ったまま、セラが圧迫する止血材へ血が滲み続けていた。

「セラ、ノエルは?」

「呼吸はある。出血も少し落ち着いた」

「連れて動けそう?」

「今動かせば、また出る」

「分かった」

 フィルを覆っていた個体の幾つかがこちらへ顔を上げ、裂けた口元から赤黒いものを滴らせている。雪の上から見えていた左手も、すでに群れの身体の向こうへ隠れていた。

 胸の奥で再び何かが崩れそうになるのを押し込め、シオンは槍を握る手へ力を戻した。

 群牙型の数は減ったはずなのに、森の奥にはまだ赤い眼光が残っている。

「ほら、かかって来なさいよ」

 左右へ散った群牙型は今度はシオンへ正面から飛び込まず、倒木と樹木を使ってセラのいる後方へ回ろうとした。

 左から来た1体の喉を槍で貫き、刃を抜ききる前に柄を返して右から迫った顎を外へ弾く。背後で弦の音が鳴り、片手で放たれたセラの矢が回り込んだ個体へ刺さって動きを鈍らせた。

「弓を置いて」

「一人じゃ無理だって」

「ノエルを死なせたいの?」

 セラは何も返さず、弓から手を離した。

 腹と後脚から血を流した鎧顎型が再びこちらへ向きを変える。

『シオン、鎧顎型がそっちへ行く』

 背後にはノエルとセラ、左右にはまだ群牙型が残り、倒木と崩れた建物に挟まれた今の位置では、大型個体を正面から受けずに進路だけ変えるしかない。

 鎧顎型が身体を低くし、その動きに合わせて群牙型まで距離を詰め始める。

「セラ、ノエルから離れないで」

「ねえ、シオン」

「大丈夫だから」

「あのね、そう言う人っていうのは大体大丈夫じゃないんだよ?」

「それって今言うほどのこと?」

「今だからよ」

 鎧顎型が雪を蹴って突進を始めると、その動きへ合わせるように左右の群牙型まで距離を詰め、巨大な外殻と裂けた顎がほとんど同時にシオンたちへ迫った。

 槍を動かそうとした、その前に青白い光が森を横切った。

 左から飛び込んだ群牙型の身体が途中で崩れ、続いた1体も斬撃に巻き込まれて雪の上へ転がっていく。


 その向こうに、キョウジが立っていた。


 全速力でここまで走ってきたのか肩で息をしている。それでもアークブレードを携えた立ち姿にはまだ余力があり、雪煙の向こうからシオンをまっすぐ見ている。


 少し遅れてグレンがシールドを立て、リオは迷わずノエルとセラの側へ回り、カイも残った群牙型が集まる方向を塞いでいく。

「リオ、負傷者を頼む」

「はい」

「グレンは後ろを」

「ああ」

 キョウジは雪の上へ横たわるノエルと、群牙型に覆われたフィルであった姿を一度だけ見た。

 何が起きたか問いただすことはせず、傷だらけのシオンの前へ立ってアークブレードを構える。

「キョウジ……」

「遅くなった」

 青白い刃が鎧顎型へ向けられる。

「あとは任せろ」

第9小隊にとって、どこで判断を変えるべきだったのか。


アイラは何度も救援を勧め、シオンにもその言葉を退けるだけの理由がありました。

まだ立て直せる。まだ退路を作れる。まだ自分たちで帰れる。

その「まだ」がひとつずつ失われていった末の、コード4です。


フィルを失い、ノエルも重傷。

それでも戦線を維持し続けた第9小隊のもとへ、ようやく第7小隊が辿り着きました。


「遅くなった。あとは任せろ」


ここからは、第7小隊の救援戦です。

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