地表通信中継局
今回は、第7小隊の地表任務のお話です。
アバレントとの戦闘だけでなく、地上設備の点検や修理もGRIDの大切な仕事のひとつ。
派手さはなくても、こういう「いつもの任務」がこの世界を支えているんだと思います。
地下都市ネオ・ヘイヴンの天井を覆う人工空に、朝の色がゆっくりと広がっていた。
高層区画のガラスへ薄橙色の光が映り、巨大スクリーンに生成された雲が決められた速度で流れていく。街路には夜間営業を終える店と朝の準備を始める店が混在し、通勤者を乗せた交通網も次第に本数を増していた。
誰もが当たり前のようにその下を歩いている。
本物の太陽を見たことがない者にとって、朝とは空の向こうから訪れるものではなく、都市が設定した時刻に始まるものだった。
GRID第7小隊の待機室でも、地表任務へ向かう準備が進んでいた。
『本日の任務を共有します。地表通信中継局E-42の定期点検、および周辺に確認されているアバレントの排除。現時点でハウラー級12体が中継局周辺に留まっています』
「12か。いつから通信設備が人気になったんだ?」
カイが装備を確認しながら言うと、リオも送られてきた任務情報を開いた。
「食べ物があるわけでもないですよね。どうして集まってるんでしょう」
『原因は確認されていません。過去3週間で外装への損傷が増加しており、その多くが爪牙によるものと推定されています』
「壊して楽しいんじゃないですか?」
「だとしたら随分迷惑な趣味だな」
「カイさんにだけは言われたくないと思います」
「俺は設備を壊してない」
「武器はよく壊してるだろ」
「隊長までそっちにつくんですか」
キョウジが自分のアークブレードを固定しながら自然と会話に入る。
「点検周期は?」
『前回の有人点検から約2年です。遠隔診断では現在も稼働していますが、第2系統で出力低下が確認されています』
「だったらハウラーを片づけて、中を見て帰る。いつもの仕事だな」
「ああ。早く終われば早く帰れる」
グレンの言葉にリオが振り返る。
「今日はずいぶん前向きですね」
「帰ることに前向きで何が悪いって?」
「いえ、何も悪くないですけど」
「だったら行こう。ここで話してても中継局は直らないからな」
キョウジが先に待機室を出ると、3人も装備を持って後に続く。
地表昇降機から外へ出ると、地下で見た朝の色はどこにもなかった。
厚い雲に覆われた空の下には白い地表が続き、積もった雪の間から古い道路や建物の残骸が途切れながら姿を見せている。吹雪と呼ぶほど強くはないものの、横から流れる雪が遠くの輪郭を絶えず霞ませていた。
「帰ったら温かいものが欲しいですね」
「さっき出てきたばかりじゃないか」
「もう十分寒いですって」
「10分も歩けば慣れるさ」
「グレン、それ慣れてるんじゃなくて諦めてるだけでは?」
「結果が同じなら問題ない」
「いや、違うと思う」
中継局までは旧道路沿いを進めるため、雪の深い場所を避ければ移動そのものに苦労はない。
やがて白く霞んだ景色の中から細長い鉄塔が現れ、その周囲へ放射状に配置された補助アンテナと、塔の根元に接続された制御棟まで見えてきた。都市から離れた地表に残る人工物としては比較的状態が良く、凍結防止設備の低い駆動音も離れた位置から聞こえている。
塔の周りには別のものもいた。
黒い四肢が雪の間を動き、そのうち数体は支柱へ前脚を掛けて外装を引っ掻いている。
『確認できる生体反応は12。事前情報と一致しています。中継局周囲に分散しており、現時点で別の大型反応はありません』
「本当に設備が気に入ったらしいな」
「持って帰ってくれれば点検しなくて済むんですけどね」
「地下までついてくるぞ」
「それは困る」
まだこちらに気づいていない群れの配置を見ながら、キョウジはアークブレードを抜いた。
「塔から引き離して片づける。設備の近くでは無理に追うな」
言葉が終わる頃にはカイとリオが左右へ開き、グレンも制御棟へ近づきすぎない位置を取っていた。
青白い刃の光に気づいたハウラー級が次々と支柱から離れ、12体の群れが雪を蹴ってこちらへ向かってくる。
まとまったまま受ければ設備まで戦場になるため、第7小隊は前へ出て群れを広げていく。
正面へ集中した4体をキョウジとカイが受け持ち、右へ回ろうとした個体群にはグレンが進路を塞ぐことでさらに外側へ押し出し、左から抜けようとしたハウラー級をリオが双剣で牽制して塔へ戻らせない。
最初にキョウジへ飛びかかった1体は、振り下ろした前脚を外へ逃がされたことで胴を晒し、そのまま首の付け根を斬られて雪へ転がった。後ろから続いた個体は死骸を越えながら牙を向けてくるが、正面から噛み合う前にカイが側面へ刃を入れ、向きを変えた先でキョウジの斬撃を受ける。
別方向では3体がグレンを抜けて塔へ戻ろうとしていたものの、正面へ出されたシールドによって先頭の勢いが止まり、後続まで足並みを乱したところへリオが横から入り込んだ。双剣は1体へ長く留まらず、脚を切って動きを崩せば次へ移り、グレンが押し返した個体の死角へ入って傷を重ねていく。
群れが塔へ戻る道を失ったことで動きは次第に第7小隊へ集中したが、12体が同じ場所へ殺到できる空間はなく、前へ出た個体から順に数を減らしていった。
『中継局南側の3体が戦闘区域から離れています。移動方向は西』
「逃げるなら追わなくていい。設備から離れてくれれば十分だ」
『了解しました』
残った個体のうち1体がグレンのシールドへ噛みつき、身体を振って押し退けようとする。力任せに引き剥がすのではなく、グレンが盾を傾けることで噛みついた頭部ごと体勢を崩すと、空いた首元へカイが刃を通した。
「助かった」
「ああ。そっちもう1体来てるぞ」
グレンは盾を戻すより先に身体を入れ、横から迫った個体を肩ごと押し返した。
リオが受け持っていた側でも最後の1体が外へ逃れようと走ったため、無理に追わず塔から離れる方向へ追い立てる。
「こっちはもう大丈夫です」
「だったら中央へ。残りを終わらせよう」
「はい」
数を失ったハウラー級はまとまった動きを維持できず、最後まで向かってきた2体もキョウジとカイに進路を分けられ、その間へ入ったリオとグレンによって逃げ道を失った。
数分後には雪の上から敵意を持った反応がなくなり、西へ逃げた3体も中継局から距離を広げ続けていた。
『周辺に新たな接近反応はありません。離脱した3体は西へ1.2キロ以上移動しています』
「それなら放っておこう。点検に入るぞ」
キョウジたちは武器を収め、戦場になった範囲から中継局へ戻った。
近くで見ると、塔の基部には予想以上に爪痕が残されていた。外装を深く破られている場所はないものの、表面塗装が剥がれて金属が露出し、雪が入り込んだ箇所では薄い氷まで張っている。
「こいつら、本当に何がしたかったんでしょうね」
北側の支柱を確認していたリオが傷の深さを測る。
「登ろうとしたんじゃないか?」
「登った先に何があるんです?」
「アンテナだな」
「食べられないですよ」
「本人たちに聞いてくれ」
「もう倒しちゃいましたけどね」
「次に会った時だな」
「その時には忘れてそう」
支柱そのものに強度を損なう傷はなく、リオが損傷箇所を記録へ追加する間に、グレンは周辺警戒へ残った。
キョウジとカイは塔の根元に設けられた制御棟へ入り、認識バンドで整備用ハッチの施錠を解除する。
外から見た印象より内部は狭く、壁際へ制御盤と非常用電源が並び、その間を太い通信ケーブルが地下へ伸びている。凍結防止装置も動いてはいるが一定だったはずの駆動音には時折低い唸りが混じり、第2系統を示す表示だけが他より暗かった。
「こいつかな」
カイが制御盤へ端末を接続すると、ミオから送られてきた診断値と現地の計測結果が重なった。
『第2系統の送信出力が基準値を6.8パーセント下回っています。通信自体に欠損はありません』
「外の端子は?」
「先に見てくる。中は頼んだ」
「分かった」
カイが制御棟を出たあと、キョウジは非常用電源と地下へ続く回線を順に確認する。こちらに異常はなく、問題は凍結防止系統から第2送信機へ集中していた。
ほどなく上からカイの通信が入る。
「外部端子は生きてる。アンテナにも大きな損傷はないな。やっぱり中じゃないか?」
「凍結防止が怪しい。戻ってくれ」
「ああ、今行く」
雪を払って戻ってきたカイが制御盤のカバーを外すと、内部の一部へ薄く霜が付着していた。
「これだな。吸気がほとんど通ってない」
「直せるか?」
「詰まってるだけならな。熱交換器まで駄目なら部品がない」
「まず開けてみよう」
電源を落とし、外装を外していくと、吸気経路の奥には細かな雪が凍りついていた。長期間かけて少しずつ入り込んだものが壁を作り、熱交換効率を落としていたらしい。
「こんなところまで入るのか」
「2年も放っておけば入るだろ。俺たちよりよっぽど長く地表にいるんだから」
「そう考えると丈夫だな」
「だからって次も2年放置は勘弁してほしいけどな」
凍結した雪を取り除き、霜が付いたユニットを外して予備端子へ切り替える。再び電源を入れると低く乱れていた作動音が少しずつ整い、第2系統の表示も他と同じ明るさへ戻った。
『送信出力が回復しました。現在値は基準範囲内です』
「熱交換器は?」
「まだ動く。ただ、次の点検まで持たせるより交換した方がいいな」
「報告に入れておこう」
「ああ。今度来た奴が開けて同じ顔しなくて済むようにな」
カイが作業内容と交換推奨部品を入力する間に、キョウジは回線試験を開始した。
地表通信中継局は、ただ離れた場所同士を繋ぐだけの設備ではない。地表へ出たGRID各隊のニューラルリンクを地下まで届け、観測設備から送られる情報をネオ・ヘイヴンへ戻す。1基が止まったから都市の通信すべてが失われるわけではないが、使用できる経路が減れば、それだけ地表任務の安全域も狭くなる。
アバレントを倒しただけでは、この場所へ来た意味は半分しか果たしていない。
『ネオ・ヘイヴン中継管理局との送受信試験を完了。遅延、欠損ともに許容範囲内です』
「外も終わりました」
リオがハッチから中を覗く。
「支柱の傷は全部記録してあります。補助アンテナも大丈夫そうです」
「こっちも終わった。グレンは?」
「暇そうにしてます」
『聞こえているぞ』
「ほら、暇そう」
『警戒中だ』
「ごめんなさい、仕事してました」
キョウジとカイが外へ出ると、グレンは塔から少し離れた場所で西側を確認していた。逃げたハウラー級が戻ってくる様子はなく、雪に残された足跡も遠くへ続いている。
「終わったか?」
「ああ。これでしばらくは使える」
「なら帰れるな」
「やっぱり今日は帰る気満々ですね」
「帰れない方がいいのか?」
「そういうわけじゃないですけど」
カイが工具を収めながら塔を見上げる。
「次に来た時は別のところが駄目になってそうだけどな」
「そういうものなんですか?」
「地表の設備なんて順番に壊れるよ。雪も寒さも休んでくれないしな」
「よくそんな面倒なの触れますね」
「そうか?直った時は結構気持ちいいぞ」
「へえ」
「あんまり興味ないだろ」
「ちょっとはありますよ。ちょっとだけ」
「十分だ」
グレンにはまったく響かなかったらしく、塔より帰還方向を気にしている。
「今日は早く戻れそうだな」
「戻ったら何か予定あるんですか?」
「いや、ないが」
「じゃあ一杯付き合ってくださいよ」
「いや、やめておく」
「早いなあ。何飲むかも言ってないのに」
「酒じゃないのか?」
「コーヒーかもしれませんよ」
「それなら自分で飲んだらいい」
「どっちにしても断るんじゃないですか」
「今回はな、また誘ってくれ」
いつもの調子で話している3人を横に、キョウジは中継管理局へ送る最終報告を確認した。
「ミオ、点検終了。交換部品の申請も一緒に送ってくれ」
『すでに作業記録へ追加しています。中継局E-42は通常運用へ復帰しました』
「助かる。じゃあ――」
『キョウジ隊長』
続くはずだった撤収の言葉を、ミオからの通信が遮った。
「どうした?」
『緊急通信を受信しました。第9小隊から救援要請、コード4です』
誰も、さっきまでの帰還の話を続けなかった。
「位置を」
『現在地から北北東へ4.8キロ。通信は確立していますが、第9小隊は現在も交戦中です。敵性反応の詳細は取得できていません』
「第9小隊の状態は?」
『負傷者の有無を含め、現時点では不明です』
4.8キロなら、この位置から向かえる。
中継局の点検は終わり、装備にも問題はない。
「ミオ、管理局へ任務変更を送ってくれ。このまま第9小隊の救援に向かう」
『了解しました』
キョウジが北北東へ進路を取る頃には、カイもリオもグレンも帰還用にまとめかけていた装備を戻していた。
「4.8キロなら、ここからの方が早いな」
「ああ。何とやってるか分からない。余力は残して走るぞ」
「分かりました」
正常な通信を取り戻した鉄塔を背に、白く霞んだ地表の先で戦っている第9小隊へ向けて走り出した。
地表通信中継局E-42の点検は無事終了。
ハウラー級を追い払い、故障箇所を直し、あとは帰るだけ――のはずでした。
第7小隊にとっては、きっと何度も繰り返してきたような任務だったと思います。
だからこそ、最後の救援要請で空気が変わる瞬間を書きたかった回です。
第9小隊から届いたコード4。
第7小隊はそのまま救援へ向かいます。




