理論の外側
今回は、武器開発部長クロード・クロイツの初登場回です。
アークブレードを作る側の人間が、実際に地表でそれがどう使われているのかを見に行くお話。
第7小隊とはまた少し違う種類の人物なので、そのやり取りも楽しんでもらえたら嬉しいです。
『第7小隊へ連絡します。武器開発部から召集要請が届いています』
GRID本部を移動中だったキョウジたちへミオから通知が共有され、要請者には武器開発部長の肩書きだけが記されていた。
「俺たち全員か?」
『はい。詳細は到着後に本人から説明するとのことです』
「分かった。このまま向かう」
「部長直々ってのがどうも嫌だな」
隣を歩くカイの声に、リオが聞き返した。
「武器開発部と何かあったんですか?」
「前に任務から戻って武器を返したら、もう少し丁寧に扱えと言われた」
「何したんです?」
「普通に使っただけなんだがな」
「なんか隊長と同じこと言ってる」
「そうだな。俺も前に言った覚えがある」
「2人とも武器開発部から見た普通を覚えた方がいいんじゃないですか?」
「使う場所が地表じゃなければ考えるよ」
そんな話をしているうちに武器開発部へ着き、認証を通った先には街の工房とはまるで違う空間が広がっていた。
白い照明の下には作業台が一定の間隔で並び、分解されたアークブレードは工程ごとに部品を分けられ、工具も測定器も必要な場所へ収まっている。研磨機や試験装置の音が絶えず響く中で技術者たちはそれぞれの作業を進めているのに、床へ視線を落としても削り屑ひとつ残っていない。
「……バルドさんの店と全然違う」
「本人に絶対に言うなよ」
「言いませんよ。怒りそうだし」
「怒る前に、うちは店でここは研究所だって言うだろうな」
第7小隊の到着に気づいた職員が部長室まで案内してくれた。途中には地表任務から戻ったばかりらしいアークブレードも並び、外装を大きく抉られたものやフレームごと交換されているものもある。バルドの店では1本の武器を人の手で追いかけていたが、ここでは複数の技術者がそれぞれの工程を受け持ち、同時に何本もの武器を地下へ戻そうとしていた。
最奥の扉が開くと、その向こうで白衣姿の男が分解したアークブレードを覗き込んでいた。
膝より下まである白衣に鍔の広い帽子、その下には目元を覆う特徴的な眼鏡まで掛けている。格好だけなら一度見れば忘れそうにないが、当人は第7小隊より手元の部品を優先し、最後の調整を終えて器具を戻してからようやくこちらを迎えた。
「待たせたね。このボクが武器開発部長、クロード・クロイツだ。まあ、これから嫌でも覚えることになると思うけど」
「初対面でそこまで言い切るのか」
「印象に残らなかったら、それはそれで少し寂しいじゃないか」
カイには早くも合わないらしく、キョウジだけが話を先へ進める。
「それで、俺たちに何の用だ?」
「地表へ出るから護衛を頼みたい」
「随分いきなりだな」
「説明を長くしても結論は変わらないからね。理由ならちゃんとあるよ」
部屋の壁面へ展開されたのは、C-12で第7小隊が変異指揮種と遭遇した時の戦闘記録だった。
多数のハウラー級との交戦、装備損傷、撤退経路、帰還できなかったガンツの記録まで、あの日の出来事が数値と図表へ置き換えられている。
「第2小隊が同個体を討伐した記録も見たよ。ただ、あちらには君たちが残した情報があった。標的を知った上で狩りに行った戦闘と、何も知らずに群れの中で遭遇した戦闘では条件がまるで違う」
「それで俺たちか」
「そういうこと。君たちがどう戦ったのか、実際に見ておきたくなった」
「ここに記録があるだろ?」
「確かにあるね。ただ、欲しいものが足りないんだ」
クロードの指先で数値が送られていく。
「何回振ったか、どれくらい出力したか、何を壊したか。そういう結果は嫌というほど残っている。でも、どうしてその場でその使い方を選んだのかまでは書いてない」
「本人に聞けばいいじゃないですか」
「いい質問だね。リオ君、例えば前回の任務で3回目に右の剣を使った時、どうして最大出力にしなかったのかな?」
「え……前回の3回目?」
「分からないだろう?」
「そんなのいちいち覚えてませんよ」
「それ!そういうことなんだ」
クロードは妙に嬉しそうだった。
「人は毎回計算して戦ってるわけじゃない。見て、判断して、もう動いている。それを報告書に戻してから説明しようとすると、だいぶ違うものになる。だったら最初から現場で見ればいいじゃないか」
「それで部長本人が出るのか?」
「他人に行かせて、その人の報告を読んで『なるほど現場とはこういうものか』なんて言うよりはマシだと思わないかい?」
言い方はいちいち自信に満ちているが、安全な地下から現場を論じるつもりはないらしい。
「クロードさん、戦えるんですか?」
「いや、全然」
リオが一度言葉を失う。
「……全然?」
「そこは期待されても困るな。直接アバレントと戦った経験はないよ」
「それで地表まで来るんですか?」
「だから護衛を頼んでるんじゃないか。襲われたら君たちの後ろへ逃げるから、その時はよろしくね」
「随分あっさりしてんな」
「カイ君、出来ない事まで出来る顔をして何か得があるのかな?」
「まぁ、こっちが余計な心配をしなくて済むくらいだな」
「じゃあ十分役に立ってるね」
少なくとも勝手に前へ出る護衛対象ではなさそうだ。
「それで出発は?」
「ボクはいつでもいいよ」
「今日じゃなくてもいいだろ」
「もちろん。ただ、申請なら昨日済ませてあるけど」
キョウジはミオへ確認する。
「本当か?」
『武器開発部から地表行動申請を受理しています。第7小隊が承認した場合、即時出発可能です』
「最初から行く気だったんじゃないか」
「断られたら他を当たるつもりだったよ」
「そういうところだけ用意がいいな」
「そこ“だけ”は余計だね」
◇
地表昇降機へ乗り込んでからも、クロードは安全規定と今日の観測項目を端末で確認していた。
「地表は初めてじゃないんですよね?」
「試験設備や回収班へ同行したことはあるよ。アバレントも設備の内側からなら見たことがある」
「じゃあ、直接見るのは今日が初めてか」
「向こうがボクを食べられる距離ならね」
「怖くないんです?」
「どうだろうな。怖かったら怖いんじゃないかな」
「ずいぶん曖昧ですね」
「まだ起きてないことだからね。今ここで怖がっても仕方ないじゃないか」
地表到着前の除染処理が始まり、白い蒸気が室内へ流れる。クロードは袖に付いた水滴だけはすぐ払った。
「もしかして白衣が汚れるの嫌なんですか?」
「嫌に決まってるだろう?」
「それなら何で地表に白衣で来たんです?」
「ボクが地表へ出るからって、ボクじゃなくなる必要はないじゃないか」
「……よく分からないです」
「別に分からなくても困らないよ」
これ以上聞いても答えが増えるだけだと判断したのか、リオもそこで諦めた。
外扉が開く前に、キョウジは今日の最低限だけ伝える。
「地表では俺たちの判断を優先してくれ。危険なら観測途中でも戻す」
「分かったよ」
「記録を取りたくても勝手に前へ出るな」
「その辺は心配しなくていいんじゃないかな。ボクは自分で戦えないことをよく知ってる」
「ならいい」
第7小隊が先に地表へ出て安全を確認した後、クロードも白い地面へ降り立った。
厚い雲の下には雪と灰に覆われた旧市街が遠くまで広がり、崩れた高架や建物の骨組みが白い起伏の中から突き出している。地下で映像として見れば一画面へ収まる風景も、実際にその中へ立てば距離も高さも違って見えたらしい。
「なるほどね。思ってたより広いな」
「白い、じゃないんですね」
「それも思ったけど、リオ君に言われそうだからやめたよ」
「思ってたんだ……」
『周辺に大型生体反応はありません』
「予定地点まで行く。クロードは中央で」
「了解だよ」
旧高架沿いに進み始めると、クロードの興味は周囲の遺構より第7小隊の装備へ向いていった。リオの双剣を遠目に確認し、グレンのシールドに付いた補修痕を端末へ残し、やがてキョウジの背負うアークブレードを見て足を合わせてくる。
「キョウジ君。それ、随分妙な組み方をしてるね」
「まだ抜いてもないぞ」
「外から分かることだってあるよ。現行のフレームに新しい放熱部品、その割には中にかなり古いものが残ってる。武器開発部で組み直した記録はなかったはずだけど」
「街のジャンク屋だ」
「……ジャンク屋?」
それまで途切れなかった言葉が、そこで初めて止まった。
「ああ」
「誰だい?」
「バルドと言う」
「武器技師なのかな?」
「本人はジャンク屋だって言ってる」
「へえ……」
クロードはもう一度アークブレードを見る。
「ちょっと貸してもらえないかな」
「断る」
「触るだけだよ」
「中を見る気だろ」
「見られるなら見たいね」
「だから断るんだ」
「ずいぶん信用がないなあ」
「会って1時間も経ってない奴に武器を預けるほど信用してないんでね」
「それならまあ、仕方ないか」
そこで引いたと思ったら、端末にはしっかり何か入力していた。
「今何書いた?」
「バルドって名前」
「消しておいてくれ」
「名前くらいいいじゃないか」
「さっき知り合ったばかりだが、何となく読めてきた。会いに行く気だろ」
「そこまで言われたら気になるよ」
「迷惑だからやめておいた方がいい」
「会ったこともないのに?」
「なんとなく分かるんだ」
クロードは納得していないようだったが、調査地点が近づいたことでようやく武器の話から離れた。
◇
崩壊した高架施設の周辺には過去の交戦痕が残り、雪の薄い場所には黒ずんだ血痕や砕けた外殻、アークブレードで断たれた骨片まで露出していた。
「ここでいいね。計測接続を送るから承認してくれないかな」
「何を取るつもりだ?」
「出力、温度、振動数、接触時間、フレーム負荷。そのくらいだよ」
「そのくらい?」
「本当はもう少し欲しいけど、嫌な顔をされそうだから減らした」
「とっくにされてるんだがな」
「そう、なら正解だったね」
4人分の接続が完了し、端末に各アークブレードの状態が並んでいる。
「こちらへ見せる必要はないから、普段通りに頼むよ。何も出なければ痕跡だけ取って帰ろう」
「意外ですね。出るまで帰らないって言うかと思いました」
「リオ君、研究者と無謀な人間を一緒にしないでくれるかな」
「一緒かと思ってました‥」
『北西方向に生体反応を3体確認。中型2、小型1。距離240、こちらへ接近しています』
「……今日は向こうが付き合ってくれるみたいだね」
「私のせいじゃないですからね」
キョウジたちが武器を起動すると、クロードは言われる前からグレンの後方へ下がった。
雪の向こうから現れた中型種は一直線に来るのではなく、1体が正面を取り、もう1体が右へ広がる。その間を低く走る小型種まで含めて別々の角度から距離を詰めてきた。
正面を受け持ったキョウジは振り下ろされた前脚を真正面から止めず、刃を滑らせて首元へ身体を入れながら必要な深さだけ切り込み、そのまま抜ける。体勢を戻そうとした個体にはリオが横から入り、双剣を前脚の付け根へ短く重ねて動きを鈍らせた。
右から来たもう1体はカイが肩へ刃を当てて進路を変え、押し出された先ではグレンのシールドが逃げ道を塞ぐ。中央を抜けようとした小型種まで足元へ入り込んだことで、3体はかえって互いの動きを邪魔する形になった。
クロードの端末には、それぞれ異なる波形が流れ込んでいた。
最大出力へ届く前に落ちるキョウジの刃、短い立ち上がりを繰り返すリオの双剣、相手を斬る時より押し出す時の方が低く抑えられたカイの出力。グレンの装備には大きな衝撃が入る一方、受けた力は正面へ残らず次々と別方向へ逃がされていく。
「……なるほど」
数字を追っていたクロードの前へ、キョウジに首元を切られた中型種が向きを変えた。
「クロード、下がっていてくれ」
「もちろん」
返事をする頃にはもうグレンの後ろへ距離を取り、次に巨体がシールドへぶつかると、衝撃で雪が大きく跳ねた。
「随分素直ですね」
「こういう時まで意地を張る理由があるのかな?」
「もっと何か言うかと思ってました」
「それは無事に帰ってからでもできるよ」
グレンが押し返した個体の側面へカイが入り、逃げ道を塞がれた首筋をキョウジの刃が抜ける。脚を傷つけられて速度を失った残りの中型種も、リオに外へ逃がされないままカイの一撃を受け、最後の小型種まで雪へ沈んだところで戦場に風の音が戻った。
『周辺に新たな生体反応はありません』
「クロード、怪我は?」
「ないよ。ボクより白衣の方が少し危なかったけどね」
「それなら十分元気だな」
「ひどい判断基準だなあ」
計測器へ残ったデータを確認していたクロードは、やがて最初の戦闘記録をキョウジへ見せた。
「ひとつ聞いていいかな。この最初の一撃、どうして出力を上げなかった?」
「必要なかったからだ」
「ナンセンス。そういう答えが一番困るんだよ」
「聞いたのはそっちだろ」
「だから困ってる。報告書には『必要なかった』なんて項目がないんだ」
「なら作ればいい」
「簡単に言ってくれるね。じゃあ、最大まで上げたら何が困った?」
「次へ移るのが遅くなるな」
「なるほど。それなら分かる」
今度はカイの記録へ切り替える。
「こっちは斬れたのに押してるね」
「斬るより向きを変えた方が早かったとそう判断した」
「リオ君は?」
「長く当てるより、次に動ける方が楽ですね。双剣ですし」
「グレン君は聞くまでもないかな」
「俺は盾だ」
「うん、それ以上に分かりやすい答えはないね」
同じ規格から作られた武器でも、4人の波形はまるで違う。
「地下でこれだけ見ていたら、次はもっと出力を上げようと考えていたよ」
「間違ってたのか?」
「半分くらいかな。強い方がいい場面は当然ある。でも、そのために重くなったり、反応が遅くなったり、冷却を待たされたら君たちは嫌だろう?」
「まあな」
「だよね。そこが数字だけじゃ分からなかった」
クロードは出発前に作っていた観測項目をいくつか消して、新しい欄を増やしていく。
「人間が武器に合わせることばかり考えていたけど、武器の方が人間へ合わせなきゃいけない部分もあるんだな」
「今さら気づいたのか」
「今さらだから地表まで来たんじゃないか、カイ君」
「自信満々で来た割には簡単に認めるんだな」
「違ってたものは仕方ないよ。間違った理論を守るために武器を作ってるわけじゃないからね」
予想が外れたというのに、クロードの機嫌はむしろ良くなっていた。
「理論通りじゃなくて嬉しいんですか?」
「全部理論通りだったら、わざわざ地表まで来た意味が薄くなるだろう? 外側に何もないなら、研究なんてずいぶん退屈じゃないか」
その言葉を聞いて、キョウジはようやくクロードという男が少し分かった気がした。
自信家で、自分の興味を隠そうともせず、喋っていると面倒なところもある。それでも、自分の理論と現実が食い違った時に現実の方を間違いにする人間ではない。
「もう十分見ただろ。帰るぞ」
「待ってくれないかな。あと27項目ほど確かめたいんだけど」
「それは却下」
「まだ内容も言ってないよ」
「27って聞いた時点で十分だ」
「じゃあ10」
「帰るぞ」
「5なら?」
「値切るな」
「交渉と言ってほしいな」
リオが帰還方向を指す。
「次も連れてきてほしかったら、今日は帰った方がいいですよ」
「それは困ったな。かなり筋が通ってる」
「でしょう?」
「仕方ない。今日はこれくらいにしようか」
◇
帰還経路へ戻ってからもクロードは集めた記録を眺めていたが、そのうちまたキョウジの背中にあるアークブレードが気になり始めたらしい。
「キョウジ君」
「今度は何だ」
「やっぱり君のはおかしいね。今日の記録を見たら余計に気になったよ」
「触らせないぞ」
「まだ言ってないじゃないか」
「言わなくても分かるさ」
「せめてバルドとは話してみたいな」
「それもやめた方がいい」
「どうしてそこまで嫌がるんだい?」
「お前とバルドを同じ場所に置いたら面倒なことになる気がするからだ」
「随分な言われようだね」
「会って数時間なのに納得できるのがすごいですよね」
「リオ君までそんなことを言うのかい?」
「私は何も言ってませんよ。納得できるって言っただけです」
「十分言ってると思うけどなあ」
クロードは端末へ残るキョウジの波形をもう一度確認し、それでも答えが出ないことを楽しむように表示を閉じた。
「やはり、いつか中を見せてもらおうかな」
「聞こえてるぞ」
「それは好都合だね」
白い地表を戻りながら、クロードの端末には地下にいたままでは拾えなかった記録が増えていた。
出発前に用意していた答えとは違う。
だからこそ、次に確かめたいことも増えている。
クロード・クロイツ、ようやく登場しました。
構想段階のかなり初期から作っていたキャラクターなんです。
かなり自信家で、武器のことになると遠慮なく首を突っ込みますが、自分が戦えないことはあっさり認める人です。
そして、自分の理論と現実が食い違った時に、理論の方へ現実を押し込めようとはしない。
今回書きたかったのは、そんなクロードが数字や報告書の向こうでは分からなかったものを、実際の地表で見つけるところでした。
同じアークブレードでも、使う人間が違えば求められるものも変わる。
その「理論の外側」にあるものを、これからクロードがどう拾っていくのか。
そしてキョウジのアークブレードと、まだ会ったこともないバルドが、早くも気になって仕方がないようです(笑)。




