交差する声
今回は少し趣向を変えて、ミオを中心にしたお話です。
地表で見つかっていた、単独では異常とも言い切れない小さな違和感。
それぞれの小隊が見たもの、感じたもの、記録に残したものを、ミオがひとつずつ拾っていきます。
戦闘はありませんが、各小隊らしい空気も楽しんでもらえたら嬉しいです。
GRID本部の司令区画へ続く通路を歩きながら、キョウジは手元の端末に表示された地上任務の記録を何度か前後させていた。
どれも単独で見れば珍しいとは言い切れない。既知の生息域から外れたアバレント、吹雪の中で確認された複数の影、狩場として記録されていた区域から急に姿を消した小型種。異常と断定するにはどれも弱く、報告書の端へ補足として残される程度の内容ばかりだった。
『ミオ、今大丈夫か?』
『はい』
『少し調べてほしいことがある。最近の地上記録に、妙な報告がいくつか混じってる』
キョウジは気になった記録をまとめて送信する。
『縄張りを外れた個体、普段なら重ならない種の痕跡、それから同じ時期に特定区域から反応が減った記録だ。正式報告だけじゃなく、各小隊で似た話が出てないかも拾ってくれ』
『記録外の情報も照会対象に含めます』
『ああ。本人たちが異常だと思ってなくても構わない』
『了解しました』
『頼む』
キョウジはそれだけ伝えると、司令区画へ続く角を曲がっていった。
ミオは受信した記録を任務日時、区域、生息種、移動方向ごとに分解し、既存の地表記録へ重ねていく。
正式な報告書だけを検索するなら時間はかからない。しかしキョウジが求めているのは、報告書へ載る以前の違和感だった。任務中に一度だけ見たもの、帰還後の会話で終わったもの、異常と呼ぶほどではないと現場で切り捨てられたものまで含めれば、記録だけでは拾いきれない。
最初の照会先に選んだのは第9小隊。
『アイラ、現在照会可能ですか』
『大丈夫よ。何かあった?』
返ってきた声の後ろでは、装備返却区画らしい雑音が続いていた。
『直近の地上任務について確認します。既知の生息域から大きく外れたアバレント、複数種が同一方向へ移動した痕跡、特定区域での個体数減少に該当する記憶はありますか』
『記録を開くわ。シオンにも聞いた方が早そうね』
ほどなくしてシオンの声が重なる。
「ミオ? 条件は今聞いたわ」
『第9小隊の任務中に該当する事象はありましたか』
「少なくとも、異なる種がまとまって動いているのは見ていないわね。生息域から外れた個体なら、どの程度を想定している?」
『通常活動域から明確に逸脱し、餌や天候だけでは説明しにくいものを優先します』
「それなら今のところ思い当たらないわ。アイラ、前回の東側ルートは?」
『通常範囲内。セラが見つけた足跡も単独だったわ』
その向こうで誰かがシオンを呼んだ。
「隊長、この返却番号なんですけど、昨日と違うんですよ」
「昨日と違うなら、昨日の方を直してない可能性が高いわね」
「そこから疑いますか?」
『フィル、その可能性はかなり高いと思う』
「アイラまで?」
「2人で先に確認しておいて。ミオ、こっちは今のところ該当なしでいいわ」
『了解しました。追加情報が出た場合は共有をお願いします』
「ええ。何か分かったらこっちにも教えて」
『必要性が確認できた場合は共有します』
「そういうところは相変わらずね」
シオンの声が少し遠ざかり、照会は終了する。
第9小隊の回答を記録へ追加しても、キョウジから送られた点同士に新しい繋がりは生まれない。
ミオは次の照会先を第3小隊へ切り替えた。
『はいはい、こちら第3小隊。頼れる男ノアです』
『所属と氏名以外の自己評価は不要です』
『今の一言で頼れる部分も伝わったと思うけど』
「諦めろノア。ミオ相手に自己申告で評価を上げようとする方が悪い」
レイジの声が入る。
『第3小隊にも地上記録の照会を行います』
『仕事の話なら急に扱いが冷たくなるなあ』
「最初から仕事の話しかしてないだろ」
『そこを少し広げるのが人間関係ってものですよ、隊長』
『条件を送信します』
『はい、強制的に戻された』
ミオは先ほどと同じ照会条件を第3小隊へ転送する。
ノアが記録を確認するより先に、レイジが答えた。
「完全に一致するかは分からんが、1件ある。前回の任務でブリストを1体、生息域から南へ2キロほど外れた位置で見た」
『単独行動ですか』
「ああ。腹の中から小型種が出てきたから、俺たちは餌を追った可能性が高いと判断した。周囲に別種の痕跡もなかった」
『ノア、該当地点の行動記録を送ってください』
『了解。今送る』
数秒後、受信した位置情報を他の記録へ重ねる。
方向も距離も、キョウジが示した複数の事例とは一致しない。
『現時点では単独行動とする第3小隊の判断に矛盾はありません』
「だろうな。ただ、こういうのを集めてるってことは他にも出てるのか?」
『現在照会中です』
「なら結果が出るまでは決めつけない方がいいな」
『同意します』
『お、今のはちょっと距離縮まった?』
『何がですか』
『ぼくとミオの』
『照会は終了します』
『ほら、すぐ切る』
「相変わらずだな」
『隊長、これは嫌われてるんじゃなくて照れ――あれ?通信障害かな?』
受信済みの記録を分類し直しながら、ミオは第2小隊へ照会を移した。
第18地区から帰還したばかりのペイロは応答までほとんど間を置かなかった。
『こちら第2小隊、ペイロです』
『C-12任務について確認があります。移動中または戦闘区域周辺で、アバレントの分布に通常と異なる点はありませんでしたか』
『あります。C-12外縁から旧市街区域へ入るまで、小型種の反応密度が過去平均を下回っていました』
『減少率を確認できますか』
『同時期の過去任務と比較して約31パーセントです。ただし変異指揮種およびハウラー級の群れが周辺生態へ与えた影響と切り分けられていません』
『減少地点を送信してください』
『送ります』
位置情報を受信して既存の記録へ重ねると、キョウジから渡された報告の1つと完全ではないものの近い区域に入った。
『関連度を中位へ変更します』
『何か一致しましたか』
『複数記録の位置関係が近接しています。ただし現時点で共通原因は確認できません』
『了解しました。追加で必要な情報があれば呼んでください』
『ありがとうございます』
ペイロとの通信を終えたあとも、地図上に増えた1つの地点は消えない。
それでもまだ、異常と判断するには弱い。
観測記録から拾える範囲では、局地的な個体数の増減も、通常活動域から外れる事例も珍しくない。天候、餌、生息域同士の干渉、地形崩落によって移動経路は変わるため、1つ1つには別の説明を与えられる。
キョウジが気にしたのも、それらが異常だからではなく、異常でないものがいくつか同時に存在していることだった。
最後に照会を繋いだのは第8小隊。
『エルド、前回任務で提出された廃棄地区北側の観測記録について補足を求めます』
『確認しました。複数種の足跡が近接した状態で同一方向へ伸びていた件ですね』
『はい。記録上は原因不明、警戒レベル変更なしとなっています。現地ではどの程度の異常性を感じていましたか』
『私の解析では、既知の活動域が重なる確率は低いものの、単独では異常事態と断定できない範囲でした。ただしヴァルカ隊長は現場で継続調査が必要と判断しています』
「ミオか?」
少し離れたところからヴァルカの声が入る。
『はい。前回任務について確認しています』
「だったらあたしも話すよ。どこが気になってる?」
『異なる種の痕跡が同一方向へ向かっていた点です。他小隊の記録にも生息域から外れた個体や局地的な個体数減少があり、横断的に照合しています』
「他でも出てるのか」
『現時点では関連性を証明できません』
「だろうな。あの時だって、足跡だけなら偶然で済ませられる程度だった」
『第17地区で確認したグリズ級の行動についてはどう判断していますか』
「そこが引っかかってる。あいつら、仲間が倒れた後の動きが普通じゃなかった。逃げるなら逃げる、襲うなら襲うでいいのに、こっちを見て距離を取ってから引いた」
『指揮個体の存在を想定していますか』
「まだそこまで言うつもりはないよ。分からないうちから答えを決めるのは嫌いだしね」
『5年前に経験した事象との類似について、記録へ追加しても構いませんか』
ヴァルカの返答まで少し間があった。
「ああ。ただし、似てるのは最初の感じだけだ。あの時も、最初は普段なら重ならない足跡が同じ場所に集まって、動き方がおかしい個体が出た。今回が同じだなんて言える材料はまだない」
『その条件で記録します』
「頼む。もし他の隊でも似た話が増えてるなら、次に出る前に教えてくれ」
『関連性が確認できた場合は共有します』
「そんな固い言い方しなくたっていいんだよ、隊が違うだけであたしらは仲間だろ?」
『努力してみます』
「ま、よろしく頼む」
ヴァルカの声の向こうで、誰かが彼女を呼んだ。
「隊長、そろそろ行きますよ」
「分かってる。ミオ、こっちはそれくらいだ」
『ありがとうございました』
「ご苦労さん」
ミオは第8小隊の観測記録を他の地点へ重ねた。
ブリストの単独移動は離れている。
第9小隊には該当なし。
第2小隊が確認した小型種の減少は近いものの、変異指揮種の影響を排除できない。
第8小隊の複数種の足跡とグリズ級の行動変化も、それだけなら原因不明の範囲に収まる。
どの記録も、単独なら既知の現象として説明できた。
キョウジへ返す報告書には、確定情報と推測を分離して入力する。
――現時点で、アバレントの大規模な行動変化を示す確証なし。
その結論を変えるだけの根拠はまだない。
補足として、第2小隊の反応密度低下、第3小隊の生息域外個体、第8小隊の複数種痕跡と行動変化を添付し、それぞれの関連性については継続確認とした。
『キョウジ、照会が終わりました』
数秒後に返答が入る。
『どうだった?』
『大規模な行動変化を示す確証はありません。ただし廃棄地区周辺を中心に、通常範囲から外れる記録が複数あります』
『偶然で片づけられる?』
『個別には可能です』
『個別には、か』
『はい。現時点で共通原因を示す証拠はありません』
『分かった。なら今はそれでいい。記録だけ残しておいてくれ』
『すでに保存しています』
『仕事が早いな』
『通常業務ですが』
『そういうことにしておこう』
キョウジとの通信が切れ、ミオは次の処理へ移ろうとしたが、地表記録の表示だけは閉じなかった。
廃棄地区を中心に散らばった観測地点はまだ1本の線には繋がらず、単独行動、局地的な個体数減少、複数種の痕跡と、それぞれ別の理由で説明できる範囲に収まっている。
ただ、異なる小隊から集まったいくつかの記録は、互いに無関係なまま少しずつ同じ地表の一角へ近づいていた。
今回はタイトル通り、いろいろな小隊の「声」がミオのところで交差する回でした。
第9小隊、第3小隊、第2小隊、第8小隊。
それぞれが見たものだけなら、どれも偶然や既知の現象で説明できる程度のものです。
けれど別々の場所にあった情報を横に並べた時、少しだけ違った景色が見えてくる。
まだ答えは出ません。
むしろ今の段階では、無理に答えを出さないことの方が大事なのかもしれません。
個人的には、各小隊のオペレーターや隊長が同じ回の中でやり取りするのも書いていて楽しかったです。
そしてノアは今回も懲りませんでした(笑)。
ミオが「努力してみます」と答えた相手がヴァルカだったのも、なんだかこの2人らしくて気に入っています。




