残された標的
今回は第2小隊のお話です。
シエルを隊長として、アン、ラルクの3人は、結成からずっと同じ顔ぶれで戦い続けている少数精鋭の小隊です。
任務前だというのに妙な話をしていたりしますが、地表に出れば話は別。
第7小隊がC-12に残したものを追って、第2小隊が動きます。
GRID本部の廊下を歩く第2小隊の3人にとって、帰還から数時間も経たないうちに届いた再招集は、今日という日の予定を根本からひっくり返すには十分だった。
「本部直々って、何だろうね」
金色の短い髪を耳へ掛けたアンが先に口を開くと、隣を歩くシエルは露骨に嫌そうな顔をする。
「ろくな話じゃないだろうな」
「まだ何も聞いてないじゃない」
「帰ってきたばかりの隊を呼び戻して、いい知らせだったためしがない」
「確かに。ありかなしかで言えば……ないな」
後ろを歩いていたラルクが迷いなく結論を出した。
「ほらな」
「そこで意見合うんだ」
「今日は部屋に戻ったら何もしないって決めてたんだよ。シャワー浴びて、何か食って、そのまま寝る。完璧だったはずなんだけどな」
「随分小さい完璧ですこと」
「休みの予定に規模なんか関係ないだろ」
色白で中性的な顔立ちに、後ろで束ねた長い黒髪。初対面なら女性と見間違える者がいても不思議ではないが、本人はそんなことを気にする様子もなく、失われた休日の方がよほど重大らしい。
「ラルクは?」
「飯を食う予定だったんだ」
「えっ?えっ?まさかそれだけ?」
「それだけって何だ。大事だろうが」
「はぁ……こっちも小さい」
アンのため息が2人の間を通り抜けたような気がした。
「だから規模は関係ないって言っただろ」
「隊長の理屈を勝手に使うな」
「便利だからな」
「返してくれ」
「減るもんじゃないだろ」
そんな話をしているうちに廊下の突き当たりへ着き、シエルがブリーフィングルームの扉を開いた。
室内中央には旧市街地の立体地図がすでに投影されており、右端に表示された識別コードを見た途端、3人の空気から先ほどまでの気怠さが消えた。
C-12。
GRID幹部章を付けた担当官は3人が所定の位置へ着くのを待ち、物流地区を中心に地図を拡大する。
「第2小隊にはC-12地区へ向かってもらう。先日の調査任務において、第7小隊が同地区で大型アバレントと接触した」
赤く表示された複数の地点が、ハウラー級との接敵地点と大型個体の移動経路を示している。
「周囲にいたハウラー級は大型個体の動きに連動していた可能性が高く、管理局では暫定的に変異指揮種として登録している」
「第7小隊の被害は?」
シエルの問いに担当官が一拍置いた。
「2名死亡。うち1名は大型個体との戦闘によるものだ」
アンの表情がわずかに翳り、ラルクも赤い表示の集中している区域へ意識を向ける。
「つまり今回は、残った群れとそいつの処理ですか」
「そうなる。ハウラー級を排除し、変異指揮種を確認できた場合は討伐。確認できなければ追跡可能な範囲で捜索するが、地下構造へ入った場合は無理に追う必要はない」
「第7小隊の戦闘記録は?」
「大型個体との接触地点、ハウラー級の分布、映像記録を含めてペイロへ送信済みだ」
「ありがとうございます。それだけあれば十分です」
担当官が次の説明へ移ろうとしたところで、ラルクが何気なく口を挟んだ。
「ちなみに、これ今日じゃないと駄目ですか?」
担当官の眉が動く。
「……何か問題が?」
「いや、隊長が今日は寝たいらしいんで」
「お、おい」
隣でアンが口元を押さえ、シエルは一瞬ラルクの顔を見た。
「任務遂行に支障があるのか?」
「ありません。こいつが余計なこと言っただけです」
「優秀なのは認めるが、それを理由に図に乗るな。くだらない雑談は任務後にしろ」
「了解しました」
3人揃って部屋を出た直後、シエルがラルクを睨む。
「お前、何であそこで言うんだよ」
「聞くだけなら無料だろうが」
「本部相手に休日の交渉する隊員、初めて見た」
アンはさっきのラルクを真似るように胸を張った。
「『隊長が今日は寝たいらしいんで』」
「やめろ、思い出させるな」
「万が一通ったら喜ぶと思ってな」
「喜ぶどころか冷や汗もんだわ。次から本当に黙っててくれ」
「前向きに検討しよう」
「反省する気が一切ないな」
地表行き昇降機へ入ると、3人を乗せた床が緩やかに上昇を始めた。
任務資料はすでにN-LINKへ送られているものの、誰もそれを開こうとはしない。第2小隊は結成以来ずっと同じ3人で地表へ出続けており、任務前に改めて互いの役割を確認する必要などとうになくなっていた。
「そういえばさ」
駆動音だけが響いていたところへ、アンが唐突に切り込む。
「こないだ公園にいた大道芸人、覚えてる?」
「ああ、赤と白の奴か」
ラルクがすぐに答えた。
「そう。ジョンとサム」
「何で今その話なんだよ」
「暇なのと、なんか急に気になっちゃって」
「任務前だぞ」
「じゃあ隊長は何考えてたの?」
「帰ったら何食うか……かな」
「似たようなもんじゃない」
「生存意欲に直結する重要事項だろ」
「だったら私の疑問だって聞いてよ。でさ、どっちがジョンだったっけ?」
ラルクが考え込む。
「赤い方じゃなかったか?」
「それが分かんないんだって。赤い服が金髪で、白い服が黒髪だったのは覚えてる」
「髪の色まで覚えてるのに名前は覚えてないのか」
「名前は顔に書いてないでしょ」
「名札つけりゃいいのにな」
「大道芸人が名札つけてたら、それはそれで面白いね」
シエルも結局会話へ入った。
「たしかジョンがジャグリングで、サムが火吹きだったはずだ」
「それ本当?」
「聞いた話では」
「じゃあ赤い方は?」
「知らん」
「役に立たないなぁ」
「何で俺が責められるんだよ」
今度はラルクが記憶を探る。
「俺が見た時は赤い方が火を吹いてた気がするぞ」
「じゃあ赤がサム?」
「いや……白も吹いてたかもしれん」
「情報増えたのに余計分かんなくなった」
「そもそも何で2人とも服に名前書かないんだ?」
「だから普通は書かないって」
「次に会った時、本人に聞けばいいだろ」
「それが一番てっとり早いな」
「最初からそれでよかったじゃない」
結論が出たところで会話も終わるかと思われたが、アンはまだ続けた。
「じゃあ今度3人で見に行こうよ」
「俺はいいぞ」
即答したラルクに続いて2人分の視線を受けたシエルが、少し間を置く。
「まあ、休みが合えばな」
「あ、それ絶対来ない時に言つやつー♪」
「行くって」
「本当に?」
「ここまで話したら、ジョンとサムの正体を確かめないと気持ち悪いからな」
「正体ってほどの話じゃないだろ」
ラルクが呆れたところで昇降機が減速し、地表への到着を知らせる電子音が鳴った。
『……そろそろ話しかけても大丈夫ですか』
「ペイロ、聞いてたの?」
『最初からいました』
「だったら教えてよ。どっちがジョン?」
『知りません』
「なんだよもう、使えないなぁ」
『任務支援用オペレーターへの評価としては不当です』
「じゃあ何で黙ってたんだ?」
ラルクが聞く。
『先程の会話があまりにくだらなさすぎて、通信へ入るタイミングを逃しました』
「思ってたより性格悪いな、ペイロ」
『長い付き合いですので』
扉が開き、白い地表から冷たい空気が流れ込んでくる。
『では、任務の話をします』
「ああ。頼むよ」
3人が雪原へ出ると、崩れた高架と建物の残骸が遠方の旧市街地まで点々と続いていた。
『目的地はC-12地区。現在地より北西へ約6.8キロ。第7小隊の記録を基に最短経路を設定しています。現時点で周辺にアバレント反応はありません』
「ほぼ7キロか。いい散歩になりそうだ」
「どうせ歩くなら私は暖かいところがいいな」
「帰ったら公園でも歩けばいい」
「大道芸人いるかな」
「まだ続けるのか?」
「隊長が行くって言ったんだから忘れないでね」
『予定として記録しておきますか』
「ペイロまで乗るなよ」
『予定管理は業務範囲ですので』
「絶対面白がってるだろ」
『どうでしょうか』
「その間が怪しいんだよ」
くだらない話を続けながらも3人の警戒は途切れず、雪に埋もれた旧高速道路へ入る頃には、互いが見る範囲も自然に分かれていた。
長い年月を外気へ晒されてきた高架は随所で崩れ、路面にはかつて車線を分けていた痕跡すらほとんど残っていない。雪から突き出した車両も外装の大半を失い、骨組みだけになったものが多かった。
『C-12は旧都市圏に存在した大規模物流拠点です。大型倉庫、地下輸送設備、貨物集積施設が集中しており、現在は崩落物によって多数の死角が発生しています』
「前に来た時より崩れてるところは増えたか?」
『前回の第2小隊任務時から大きな地形変化はありません。ただし、第7小隊と大型個体との戦闘による建造物損壊が複数記録されています』
「肝心の大型は?」
『現在は捕捉できていません』
「ハウラー級も?」
『探知範囲内に反応はありません』
「随分静かだな」
『探知反応がないことを安全の根拠にはしないでくださいね』
「だろうな」
シエルの前方には、まだ何も動いていない廃墟だけが続いている。
「第7小隊が相当数と接触してる。全部消えたと考える方が無理がある」
しばらく進むと、高架の外側に大きく張り出した建物の残骸が現れた。
広い駐車区域には雪の下から大量の車体骨格が突き出し、建物そのものも半分近くが崩落している。
『右前方に旧サービスエリアがあります』
「サービスエリアって?」
「前にも通ったけど、あれそういう名前だったの?」
『高速道路を利用する者が、食事や休憩、燃料補給などを行うための施設です』
「わざわざ道路の途中に?」
『はい』
ラルクは建物の残骸を眺めた。
「昔の人間は移動するだけで腹が減ったんだな」
「今だって腹は減るだろ」
「任務中に店はないけどな」
「そういう話じゃないでしょ」
アンは雪に沈んだ駐車区域を見ながら、かつてそこへ何台もの車両が出入りしていた様子を想像しているらしい。
「休憩のためだけにこんな大きな建物があったって、結構贅沢だね」
『施設そのものを目的に訪れる利用者も存在しました。地域限定の商品や飲食物、景観などを楽しむ文化があったようです』
「休む場所に遊びに行くの?」
『はい』
「……昔の人って暇だったのかな」
「余裕があったんだろ」
シエルが言う。
「寄り道しても帰れる世界だったってことだ」
「それはちょっと羨ましいかも」
「じゃあ今度、休みに休憩だけしにどっか行くか」
ラルクの提案にアンが顔を向ける。
「どこへ?」
「まだ決めてない」
「何も考えてないじゃない」
「考えずに行けるのが余裕なんだろ?」
「ちょっと上手いこと言った顔するのやめて」
「顔まで見てないだろ」
「声で分かる」
シエルが先を歩きながら口を挟む。
「まず今日を終わらせようぜ。余裕の話は帰ってからだ」
高架の終端から地上へ降り、旧市街区域へ入ると環境は大きく変わった。
道路の両側へ建物が迫り、倒れた外壁や積み重なった車両が何重もの死角を作っている。
『この先は建造物の密度上昇により探知精度が低下します。右前方約150メートルには地下構造への進入口があり、内部走査はできません』
「それは嫌だね」
アンが素直に言う。
「言われなくても嫌な情報ってあるよね」
『次回から省略しますか』
「それはもっと嫌」
『承知しました』
「ペイロってたまに意地悪だよな」
『学習しました』
「誰から?」
『心当たりはありませんか』
アンとラルクが同時にシエルを見る。
「何で俺なんだよ」
「長い付き合いだから」
「知らないところで悪影響扱いされてないか?」
『前方に異常なし』
「逃げたな」
ペイロから返事はなかった。
さらに奥へ入ると、道路脇に並ぶ建物にもかつての用途が分かる痕跡が増えてくる。庇の下には看板の破片が残り、窓の向こうでは棚らしき金属骨格が傾いていた。
『この一帯は旧商業地区です。飲食店、衣料品店、書店などが集中していました』
「書店って何だ?」
ラルクが素朴に聞く。
『紙媒体の書籍を販売する店舗です』
「わざわざ紙に?」
「今でも古書を扱ってる店はあるじゃない」
「中層に小さい店あったでしょ」
「知らん。行ったことない」
「でしょうね」
「何だ、その言い方」
「本読まなそうだから」
「失礼だな、俺だって読むぞ」
「例えば?」
ラルクが数秒考えた。
「機材の説明書‥とか」
「それを本に入れるのやめて」
「読む物には違いないだろ」
「せめて物語を出してよ」
「説明書にも物語はある」
「ないよ」
「設計者の苦労とか」
「それは想像で補ってるだけじゃない?」
「続きは帰ってからな。この先は路地が増える」
シエルの声が少し低くなった直後、ペイロの報告が重なった。
『……停止してください』
3人の足がほぼ同時に止まり、シエルは正面、ラルクは右側の路地、アンは左と背後を拾う。
『左前方約90メートルに熱源を1つ捕捉。構造物に遮蔽されており、個体識別はできません』
「動いてる?」
『低速で移動中。現在88メートルです』
「こっちへ来てるのかな」
『進行方向は一定していません』
道路を横切る雪には浅い溝が残り、倒壊した店舗の陰へ続いていた。足跡とは違い、何かが身体の一部を擦りながら移動したように中央が滑らかに削られている。
「アン、あれ」
「うん。足で歩いた跡じゃないね」
『熱源が停止しました』
崩れた壁の向こうで金属板が風に揺れ、乾いた音を一定の間隔で鳴らしている。
『再移動。79メートル』
「こっちに気づいたか?」
『判定できません』
「ペイロ、走査を広げてくれ。1体だけとは思わない方がいい」
『範囲を拡大します』
その直後、建物の陰から雪が大きく弾け、低い影が崩れた車両の向こうを横切って別の瓦礫へ飛び込んだ。
『部分視認。ハウラー級と一致――追加反応を確認』
数秒前まで1つだった熱源が一気に増える。
『3、6、10……なお増加。15、21。走査範囲外からも接近中です』
「やっぱりいたな」
ラルクの声に驚きはない。
「最初の1体、餌だったりして」
「それなら随分親切な案内役だな」
崩れた店舗の奥から最初のハウラー級が飛び出し、その背後からさらに2体、3体と灰色の影が続く。
「ラルクは右を広めに。アンは左と後ろを頼む」
シエルがそう告げる頃にはラルクは右へ侵入してきた個体との位置をずらし、アンも左側の路地へ入り込もうとする影の進路を塞いでいた。
「前は俺が取る」
最初のハウラー級が牙の届く間合いまで踏み込んだところで、シエルの身体が横へ開く。
背中へ斜めに収められていた両刃剣は抜刀と回転を一つの動作に繋げて弧を描き、青白い前端が首筋を切り裂くと、返った後端がすぐ後ろにいた2体目の横顔へ食い込んだ。
止まらず前へ抜けたシエルを右側から狙った3体目にはラルクのハルバードが先に届き、穂先で肩を外へ流したまま柄を送り、返した刃で喉元を薙ぐ。
その身体を遮蔽物にしてアンへ飛び込んだ別個体は、戦鎌の内側へ首を引っ掛けられて勢いごと横へ投げられ、雪へ転がる頃にはアン自身は次の個体との間合いへ入っていた。
「左、また来たよ」
「中央を少し開ける。そっちは外へ流してくれ」
「分かった」
ラルクが右から回った2体を押し戻したことで中央に僅かな空間ができ、そこをシエルが抜ける。
両刃剣は大きく振り回さず、踏み込みと身体の回転に合わせて必要な軌道だけを描き、一方で攻撃を外した直後には反対側の刃が次の個体へ届いていた。
『反応34。なお増加しています』
「34?」
アンが迫った牙を鎌の柄で逸らす。
「聞かなきゃよかった」
「数えなくても減りはしないぞ」
「気分の問題だって」
「じゃあ俺は10体くらいだと思っとく」
「さすがに無理ない?」
『現在42です』
「良いタイミングで差し込んでくるな、ペイロ」
『正確性を優先していますので』
「性格の話してるんだよ」
シエルの両刃剣が1体の胸元を斜めに抜ける間にも、倒れた個体の隙間へ別の影が滑り込んでくる。
第2小隊は後退せず、ラルクが群れの圧力を横へ逃がし、アンがその外から入り込む個体を崩し、2人が作った空間へシエルが入り続けた。
誰かの動きが終わるのを待つ者はいない。
1人の一撃がどこへ相手を動かすのかを残る2人が知っているから、その先にはすでに次の刃が待っている。
『総数63。周囲からさらに接近中です』
「随分集まったな」
「人気者になった気分は?」
アンに尋ねる。
「男2人と一緒じゃなければ、もう少し嬉しかったかな」
「俺たちに失礼だろ」
「失礼なのはそこじゃない」
「じゃあどこだ?」
「説明してる場合かよ」
シエルが返した直後、通りの奥にいたハウラー級の動きが変わった。
ただ数で押し寄せるのではなく左右へ分かれ、3人を一定方向へ進ませないように前方へ厚く集まり始めている。
「ラルク」
「ああ。数が増えたせいじゃないな」
群れは第2小隊を倒すより、何かへ近づけないことを優先していた。
「ペイロ、第7小隊の記録と重ねてくれ。群れの動きが変わった地点は?」
『照合します』
アンが戦鎌で1体の前脚を崩し、その後ろから抜けようとした個体をラルクがハルバードの柄で押し返す。
『一致する傾向があります。第7小隊の記録では、大型個体への接近に伴ってハウラー級の連携性が上昇しています』
「当たりだな。指揮個体が近い」
『大型反応を捜索します』
「頼む」
そこから3人は敵を倒すためではなく、先へ進むために刃を使い始めた。
ラルクが正面の個体を左右へ流して道を作り、アンが外縁から穴を塞ごうとする個体だけを崩すと、シエルは開いた中央を使って北東へ距離を稼ぐ。
追いついてくる群れを全滅させる必要はない。
止められなければいい。
『大型熱源を捕捉。北東約280メートル』
「いたな」
『形状照合は未完了ですが、第7小隊の記録と規模が一致します』
「進むぞ。こいつら全部相手にするより、頭を叩いた方が早い」
「やっと本命か」
「今日中に帰れそう?」
「それはあいつに聞くしかない」
正面へ重なった3体のハウラー級へラルクの柄が入り、最初の1体を横へ押し込んで後続とぶつけると、外側からアンの戦鎌が脚を崩し、開いた中央をシエルがそのまま駆け抜けた。
街路を塞ぐように落ちた高架の残骸が迫り、その下へ入ったところで橋脚の陰から別個体が飛び出したが、シエルは足を止めず半回転しながらすれ違いざまに首筋を切り、後ろから追いついた1体をラルクが外へ押し流す間に、アンが逆側から来た個体の足を刈って後続へ転がす。
『残り180メートルです』
「近づくほど増えてるね」
「歓迎されてるらしいな」
高架の先に広がった交差点では、周囲の建物が外壁ごと大きく崩れ、雪へ沈んだ車両や折れた街路樹が同じ方向へ押し流されていた。
風雪や経年劣化だけでは生まれない破壊の向きが、巨大な何かがここを通ったことを示している。
『第7小隊が大型個体と接触した地点まで約120メートル』
その報告と同時に周囲のハウラー級が低く唸り、それまで横から襲い続けていた個体まで前方へ集まり始めた。
「これでもかってくらい分かりやすいな」
「どうしてもこの先へ行かせたくないみたい」
「だとしたらこの先で合ってるって事だ」
シエルが速度を落とさないまま告げる。
「ラルク、中央を割ってくれ。アンは左を崩して」
返事より先に、ラルクのハルバードが前列の肩へ入り、倒し切らずに2体まとめて横へ押し流す。反対側ではアンの戦鎌が前脚を取って最前列を転ばせ、後続の動きが詰まったところへ数メートルの隙間が生まれた。
「ほんと話が早くて助かるよ」
シエルがその中央へ入り、飛び込んできた1体の牙を身体の回転で外しながら、後端の刃を脇腹へ滑らせる。
『残り60メートル』
前方の雪煙が大きく持ち上がった。
周囲にいたハウラー級が一斉に身を低くし、先ほどまで死に物狂いで塞いでいたはずの中央を空けていく。
シエルの速度が初めて落ちた。
「……来るぞ」
ラルクとアンも自然に距離を縮める。
『大型反応、急速接近』
「どっちから?」
『上です』
崩れた高架の上でコンクリートが砕けた。
灰色の空へ巨大な影が飛び出し、交差点を覆うように落下してくると、3人は声を掛け合うまでもなく左右へ散った。
巨体が地面へ叩きつけられ、砕けた瓦礫と雪が爆発するように吹き上がる。
その衝撃が抜けるより早く第2小隊はそれぞれ距離を取り、白と灰色の煙幕の中でゆっくり起き上がる巨大な輪郭を捉えていた。
低い唸りが崩れた街へ広がる。
周囲のハウラー級は襲いかかることをやめ、巨体を中心に一定の距離を保ったまま動かない。
『照合完了。第7小隊がC-12で遭遇した大型個体と一致しました。変異指揮種です』
「間違いない?」
『外見的特徴、体格、行動傾向すべて一致しています』
「ずっと残ってたんだ」
アンの声から先ほどまでの軽さが消える。
「俺たちを待ってたわけじゃないだろうけどな」
第7小隊がここで遭遇し、仲間を1人残して退くしかなかった相手。
討伐されることなくC-12へ残り続けていた標的が、雪煙の向こうから太い前脚を踏み出した。
その動きだけで足元の瓦礫が砕ける。
「まいったな」
シエルは巨大な個体を見上げたまま両刃剣を低く保つ。
「予定通り休めるのは、少し遅くなりそうだ」
変異指揮種の咆哮が、崩れた街を震わせた。
第2小隊、初の本格登場回でした。
3人しかいないのではなく、3人のままここまで来た小隊です。
長く同じ仲間と戦い続けてきたからこその距離感や、言葉にしなくても通じる連携が少しでも伝わっていたら嬉しいです。
そしてC-12に残されていた、第7小隊が倒しきれなかった変異指揮種。
次回、第2小隊がその標的と正面からぶつかります。




