静かなる兆し
第17話をお届けします。
今回は第8小隊のヴァルカたちが主役です。
キョウジたちとはまた違った雰囲気の部隊なので、その掛け合いも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第17話「静かなる兆し」をお楽しみください。
細かな雪が灰色の空から絶え間なく降っていた。今日は珍しく風が弱く、白く霞んだ地平まで見通せる。第8小隊は雪原に間隔を取り、ヴァルカを先頭に、ジードとルネが左右へ広がり、最後尾をガレスが受け持っていた。
「今日は静かだね。風がないだけで、ずいぶん歩きやすいときた」
「その台詞、前にも聞きましたね」
右後方から届いたジードの声に、ヴァルカは雪の先へ続く予定経路を外さず進んだ。
「何回か静かな日があっただけだろ。毎回そのあと何か出たみたいに言わないでよ」
「俺が覚えてる範囲では、かなりの確率ですけど」
「記憶の使いどころを間違えてるよ」
左手ではルネが新雪の下に残る古い痕跡を確かめ、崩れかけた足跡を追う必要がないと判断して隊列へ戻った。
「左は今のところ何もないです。古い跡も、もうほとんど消えてます」
「後ろも平和ですよ。今日はこのまま帰れたら助かりますね」
ガレスの声に続いて、エルドから索敵結果が入る。
『周辺にアバレント反応はありません。予定経路上にも異常は確認されていません』
「ほら、今日は大丈夫そうじゃないか」
「帰るまで保留ってことでいいですか?」
ジードの返事を背中で聞きながら、第8小隊はそのまま雪原を進んだ。風が弱いぶん遠くまで輪郭を拾える地表には動くものがなく、4人の足跡だけが後ろへ長く伸びていく。
『ヴァルカ隊長。前方約380メートルに大型生体反応を3体確認。照合結果、すべてグリズ級です』
エルドの報告が入ると、4人の間隔が自然に広がった。雪の向こうに黒い輪郭が3つ浮かび、そのうち左右の2体が中央から離れながら弧を描き始めている。
「ずいぶん広がるね。間隔は?」
『中央から左右へ約18メートル。現在も拡大しています』
「正面はガレスに預けるよ。ジードは右、ルネはあたしと左。いきなり倒しに行かないで、まず何をしたいのか見よう」
「右は俺が引きます。ん?あいつ、こっちに合わせてますね」
ジードが外へ進路を取ると、右側のグリズ級も中央との距離を広げながら追従した。左も同じようにヴァルカたちへ寄り、中央だけがガレスへ向かって直進してくる。
「左もこっちについてきます。隊長との間へ入る気みたいです」
「じゃあ、3体とも役割を決めてるみたいな動きだ。ルネ、外を保って。あたしが内側を使う」
中央のグリズ級が咆哮を上げ、その声に重なるように3体が雪を蹴った。左の個体が前脚を振り下ろす直前、ヴァルカは踏み込みの内側へ身体を滑らせ、爪が脇を通過したところでハンドアクス型アークブレードを右肩へ走らせた。巨体が傷をかばって身体を捻ると、外側に残っていたルネの十文字槍が肩の下へ入り、前脚の踏み込みを止めてからすぐに間合いを戻す。
「いい位置。そっちを空けないで」
「こっちは押さえます」
ルネが外への逃げ道を塞いだことで、グリズ級はヴァルカのいる内側へ身体を向けざるを得なくなった。その動きを横目に、中央ではガレスが突進を大剣の腹へ斜めに当て、正面から受けきる前に巨体の進路を右へ流している。
「ガレス、もう少しこっちへ寄せられます?」
右側からジードの声が飛ぶ。
「右の脚を落としてるんで、近づけばぶつけられます」
「なるほど。じゃあ少し手伝ってもらうか」
ガレスは中央の個体が踏み直した側へ回り、大剣の腹を肩へ押し当てて進路をさらに右へ傾けた。ジードも後脚への浅い斬撃を重ねながら外へ逃げる道を潰し、右の個体を中央へ戻していく。2体の肩がぶつかって動きが詰まると、ヴァルカは左の相手をルネに預けて中央へ駆けた。
「左は任せたよ」
「大丈夫です。こっちはまだ離しません」
接触から抜けようとした中央のグリズ級が前脚を振るうが、ヴァルカは軌道の外へ抜けながら肩口へ刃を通し、反対側ではジードが傷ついた後脚へ深く踏み込んだ。体重を支えきれなくなった巨体が傾くところへ、ガレスが正面を空けるように横へ抜ける。
「ヴァルカ隊長、前は使えますよ」
「ありがと」
倒れかけた首元へ踏み込み、ヴァルカは身体ごとハンドアクスを振り抜いた。青白い刃が厚い首へ沈み、巨体が雪へ崩れる動きに合わせて左へ抜けると、ルネが押さえていた個体が前脚を大きく振り上げていた。
ルネは穂先で肩を外へ押して踏み込みの向きをずらし、そこへ入ったガレスが大剣の腹で前脚を斜めに流した。巨体の胸が沈んだところへ十文字槍が肩の内側へ入り、前脚から力が抜けて身体が傾く。
「右、開けます。隊長はそのまま来てください」
「うん、離れたら入るよ」
ルネとガレスが左右へ抜ける間を通り、ヴァルカは走った勢いのままハンドアクスを下から振り上げた。刃が顎の下から首筋へ抜け、グリズ級は身体を捻りながら横倒しになって積もった雪を巻き上げる。
残る1体はジードと距離を保ったところで足を止めていた。先ほどまで外から回り込もうとしていた動きは消え、低い唸りを漏らしながら、第8小隊の位置を確かめるように頭部だけを動かしている。ジードも追い込まず、二刀の間合いを残したまま3人の側へ戻った。
「急に来なくなりましたね。さっきまでは俺を外へ引っ張る気満々だったのに」
「エルド、ほかに反応は?」
『ありません。索敵範囲内で確認できる大型反応は正面の1体のみです』
「最初から妙だったよね。左右へ広がって、こっちが分かれたら相手もそのまま分かれた。今度は2体倒れたら攻撃をやめたか」
「逃げるにしては、こっちをよく見てますよ」
ガレスとルネが追撃へ出ずに左右を塞ぐ間も、グリズ級はしばらくその場を離れなかった。やがて前脚を1歩、さらにもう1歩と下げ、こちらへ頭を向けたまま距離を広げていく。
「追わなくていいよ。あいつを倒すのが今日の仕事じゃない。エルド、広がり始めたところから今の動きまで残しておいて」
『記録済みです。帰還後に過去の同種行動と照合します』
「お願い。あたしたちは周りを見てから戻るよ」
グリズ級は十分に距離を取ると向きを変え、そのまま白い雪の中へ輪郭を薄くしていった。第8小隊は倒した2体の周辺確認へ移り、ヴァルカは交戦地点の外周から踏み荒らされていない雪面をたどった。
グリズ級の大きな足跡が幾重にも残る外側に、はるかに小さく、爪の位置も違う痕跡が混じっていた。新しく積もった雪を手袋で払うと、その下から細い足跡が数個続いて現れる。
「ジード、これ見て。グリズの幼体じゃないよね」
「違いますね。幅も爪も合わないし……あ、隊長、こっちにもありますよ」
ジードが少し先の雪を払うと、今度は細い爪で引っかいたような痕跡がグリズ級の足跡と交差していた。さらに外側では別の形をした足跡が同じ方向へ続き、ルネとガレスも踏み荒らされていない場所からその先を拾っていく。
「こっち、また形が違います。少なくとも2種類は混じってますね」
「これだけ重なってるのに、追い回した跡がないのも変ですよ。互いに逃げたなら、もう少し散らばるでしょう」
ガレスが足跡の重なりをたどる間に、ルネは形と間隔が分かるように端末へ記録し、そのままエルドへ送った。
『受信しました。グリズ級以外に少なくとも2種を確認。1種は既知の小型捕食種と部分的に一致します。もう1種は照合できません』
「この辺りで、グリズと一緒になることは多い?」
『活動範囲が重なる例はありますが少数です。複数種の痕跡が、この密度で同じ区域に残る記録も多くありません』
「やっぱり珍しいんだ」
ヴァルカはグリズ級とは別の足跡が交差する場所から先へ向きを追った。互いを避けるような迂回も、争って雪を乱した跡もなく、別々の方向から来た痕跡が途中から近い向きへ揃っている。
「隊長、この先も見ますか?」
「今日はやめとこう。追うつもりで来てないし、さっき逃げた1体がどこに回ったかも分からない。ここまで記録できたなら、持って帰ってから考えよう」
「その方が俺も助かります。予定外の遠足に付き合う装備じゃないですからね」
「人をすぐ寄り道するみたいに言うんじゃないよ」
「前科があるから言ってるんです」
ジードが二刀の発振を落とし、ルネも送信を終えた端末をしまった。ガレスは倒した2体の位置と足跡の範囲を最後に確かめてから、帰路に使う予定経路へ身体を向ける。
「記録は全部送りました。位置も入ってます」
「ありがと。じゃあ戻ろうか」
第8小隊が元の隊形へ戻り始めても、ヴァルカはすぐには先頭へ向かわず、雪の上に重なる痕跡を追っているうちに、記憶の中の5年前の景色を重ねていた。
あの頃にも、普段なら近い場所に残らない足跡が少しずつ増えた時期があった。獲物を見つければ真っすぐ襲ってきた個体が妙に距離を取り、別の種類の痕跡が同じ区域で見つかることもあった。その場では、どれも珍しい出来事がたまたま重なったように見えていた。
「隊長、置いてきますよ」
先からジードに呼ばれ、ヴァルカは雪原に残る足跡へ背を向けた。
「今行くよ。先に勝手に帰るなって」
「隊長待ちです」
「なら歩きなよ」
ジードが進み始め、ルネとガレスも予定経路へ戻っていく。ヴァルカは数歩遅れて先頭へ戻る途中で1度だけ振り返ったが、降り続く雪が複数の足跡の輪郭をもう薄くし始めていた。
「……まさかな」
小さく漏れた声は後ろへ流れ、第8小隊の足跡が白い雪原の先へ伸びていった。
第17話を読んでいただき、ありがとうございました。
第8小隊はいかがでしたでしょうか。
豪快なヴァルカと、それを支える個性豊かな隊員たちを書くのは、とても楽しい時間でした。
それでは、また次回お会いしましょう。




