雪の下に眠る道
【前書き】
吹雪のあと、雪に塞がれていた地下施設の入口が現れました。今回は第7小隊による、静かな調査の一日です。
吹雪の去った旧市街では、倒れた外壁の陰から舗装が覗き、雪の深さが数歩ごとに変わった。先頭のグレンが足を置く場所を選び、カイとリオがそれぞれ左右の建物を確かめながら続く。雪に塞がれていた地下施設の入口が、今回の吹雪で姿を現したという。前回の走査では空洞の位置しか分からなかった場所へ向け、第7小隊は北東へ進んでいた。
現地まであと数百mのところで建物が途切れ、雪面からコンクリートの庇が斜めに現れた。庇の下には階段が続いているが、上から見る限り、踊り場より先はまだ暗い。カイが雪に埋もれた外壁の位置を端末へ加える間、グレンは入口手前の雪へ足を沈め、崩れた縁へ近づける幅を確かめた。
『地表の移動反応はありません。入口の東側は埋設された金属設備が走査を妨げています』
「階段から見える範囲を調べる。中へ入るかは、そのあと決めよう」
キョウジが歩調を緩めると、後方のリオも雪に残る4人の足跡から入口へ曲がる位置を記録した。吹雪が戻れば庇の高さまで雪が積もるかもしれない。帰路に使う印とは別に、後続が見つけられる座標が必要だった。
「隊長、その武器はどうです?」
カイの問いに、キョウジは腰のアークブレードを指で示した。通信塔から持ち帰った旧世代コアを載せた後、バルドが制御系と冷却機構を組み直している。整備室での試験は通ったが、地表へ持ち出すのは今日が初めてだった。
「温度も出力も、ここまでは問題ない。バルドの言った通りだった」
「それならよかったじゃないですか」
「明細を受け取る前なら、俺も素直にそう思えたよ」
リオが後ろから割って入る。
「まだ払ってなかったんですか?」
「払ったよ。払ったから忘れられないんだ」
グレンは会話に加わらず、庇の縁から階段へ落ちかけたコンクリート片を足で動かさずに確かめた。階段の中央には吹き込んだ雪が残る一方、壁際は段の形が見えている。最初の踊り場までは、荷重を分散すれば下りられそうだった。
「俺が先に行く。階段が続いてるか確かめるまで、そこで待っててくれ」
グレンが盾を身体へ寄せて壁側を下りる間、カイは庇を支える柱の亀裂を撮り、リオは地表側の警戒を続けた。数段下でグレンの足が止まり、ライトが踊り場の向こうを照らす。
「下まである。雪で狭いところも、1人ずつなら通れるな」
階段の途中には古い施設表示が残っていた。塗装の剥げた文字と管理番号をミオが現在の地図へ照合する。
『旧ハルシオン市街の雨水貯留施設と一致します。地表の排水路から流入した水を一時的に貯め、下流へ送る設備です』
「図面はあるか?」
『建設時の概略図があります。ただし最終の保守記録は残っていません。現在の内部構造とは照合が必要です』
「そのために来たんだ。グレンが通った壁側を、1人ずつ下りよう」
4人が最初の踊り場へ入ると、外の風は庇に遮られ、靴底から伝わる音が変わった。階段の下には保守区画へ続く扉がある。片側の蝶番が外れ、板が内側へ傾いていたため、グレンは支えずに通れる隙間を選んだ。壁に残る配線管は空で、照明も動いていない。
『酸素濃度は進入基準内。有害ガスの検出もありません。奥の区画は隔壁で分かれているため、測定値を引き継がないでください』
「隔壁を越える時に測り直す。リオ、扉の傾きも記録してくれ」
内部の保守通路は、地下へ向かって緩く下っていた。片側の壁には太い送水管が並び、反対側には古い点検口が一定の間隔で続く。所々で雪解け水が床へ落ち、凍った場所だけがライトを鈍く返している。カイが通路の幅を測り、グレンが通れる位置を選ぶ間に、リオは床面の段差と点検口の番号を地図へ入れた。
「雨を貯める場所なら、もっと下に大きな槽があるはずですね」
「流入管の方から水の音がする。槽の近くは床が凍ってるかもしれないな」
キョウジは古い概略図を現在の走査へ重ねた。貯留槽の外周を保守通路が回り、北側にもう1つ地表へ上がる点検口が描かれている。そこまで通れるなら、雪原を横切らずに旧市街の反対側へ抜けられる。出口が無事でも、その間の通路が崩れていれば経路にはならない。
「北の点検口まで見ておきますか?」
リオが尋ねると、カイは概略図の線を拡大した。
「外周の通路が繋がってればね。途中に大型の隔壁があるから、開かなければそこで終わりです」
「先に貯留槽の縁まで行こう。壁と床の状態が分からないまま、図面上の出口を追うのは早い」
通路の曲がり角で、水の落ちる音が大きくなった。頭上の配管から滴が垂れているのではない。壁の向こうへ流れ込む水が、どこかで広い面を打っている。グレンが角を越えてライトを下へ向けると、幅のある空間が現れた。
保守通路は巨大な貯留槽の縁に沿って続いていた。底は暗く、対岸の壁まで光を送っても中央は届かない。槽の底に溜まった水には薄い氷が張り、その上に天井の損傷箇所から落ちた雪が筋を作っている。グレンは通路の内側へ寄り、錆びた手すりから距離を取った。
「これだけ広いとはな。水は底にあるが、手すりは当てにするなよ」
「下へ降りる必要はない。外周から構造を取ろう」
キョウジたちが壁際を進むにつれて、槽へ流れ込む水の位置が分かった。地表からの流入管は大半が氷で塞がれているが、1本だけ細く開き、雪解け水が絶えず底へ落ちていた。現在の量なら水位は急に変わらない。ただ、通路の下を支える部材には、凍結と融解を繰り返した跡が残っている。
『通路の前方約30mで床面支持材の連続性が途切れています』
ミオの報告に合わせてカイが低い位置からライトを通すと、格子床の下を横切る梁が1本欠けていた。上面は壁から張り出したままで、歩いて来た側からは破断が見えにくい。
「外周はここで止めた方がいいですね。人だけなら踏み越えられる幅ですけど、次の固定部も同じように錆びてる」
「北の点検口はこの先か」
「概略図では残り200mほど。ここを渡って確かめる理由にはなりません」
リオが通行禁止の線を引き、破断した梁と残る床板の位置を撮った。後続が入口だけを知って入り、対岸の点検口を目指さないよう、通れる範囲と通れない理由を同じ記録へ残していく。
戻りかけたグレンが、通路の壁に残る別の開口部を見つけた。貯留槽の外周とは違い、細い保守路が送水管に沿って西へ延びている。床は格子ではなくコンクリートで、入口のすぐ先に小さな点検室があった。
「こっちは図面にあるか?」
「流出弁の操作室ですね。今の道なら通路の途中から確認できます」
カイが古い番号と壁面表示を照らす。北の出口には繋がらないが、ここなら設備を調べて帰ることができる。キョウジは4人全員が戻れる幅を確かめてから、グレンと操作室へ入った。
室内に残る操作盤は電源を失い、手動の弁輪も固着していた。壁には水位ごとの操作手順が刻まれ、貯留槽の底と下流へ続く管の関係を示している。カイが盤の識別番号を拾い、リオが壁面を撮る間、キョウジは床の亀裂と退路を確認した。弁輪を動かすことは任務に含まれないし、下流の状態を知らずに開くこともできない。
「設備そのものは回収できないな」
グレンが弁輪を手で触れずに、天井へ伸びる軸を照らした。
「位置と構造が分かっただけでも使い道はある。排水路の下が、どこへ続いてるか調べられるしな」
カイが操作盤の裏側に残る保守記録の刻印を読み取る。流出管は旧市街の西側へ延びるが、その先の点検記録はなく、現状の通水も確かめられない。キョウジは図面の線を地図へ加え、未確認のまま残した。
点検室を出る頃には、キョウジのアークブレードの温度表示も出発時と変わっていなかった。発振させる機会はない。リオが手元の記録を閉じながら、その表示へ気づく。
「結局、今日は使いませんでしたね」
「その方がいい。地表に持ち出しても異常がないことは分かったからな」
「バルドさん、地表でもちゃんと動いたって聞いたら喜ぶでしょうね」
「聞かれたら教えるよ。請求額に納得したとは言わないけどな」
カイが調査結果を一覧へまとめる。進入できた範囲、貯留槽の水位、破断した外周通路、操作室に残る設備。北側の点検口は存在を示す古い図面があるだけで、そこへ至る道は使えない。入口を再び雪が覆っても、次の調査隊が同じ場所で判断をやり直さずに済む内容だった。
帰路では、グレンが先に通路の凍った箇所を抜け、リオが最後に点検口の番号を照合した。階段を上がると空の雲はまだ低いままだったが、風は往路より弱まっている。キョウジが地表へ出たあとも地下からは水の落ちる音が続き、庇の下では雪の薄い場所から階段の最初の段が見えていた。
『内部調査記録を送信しました。施設の入口は再調査候補として登録し、外周通路の破断箇所は通行不可に指定しています』
「北側は未確認のまま残す。今日は戻ろう」
第7小隊は地表の足跡をたどって帰投方向へ向かった。リオの端末には、雪原から操作室まで続く今回の経路と、その先で止めた赤い線が残っている。北側へ延びる古い図面の線には、まだ現地で確かめた道が重なっていなかった。
【後書き】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
地下施設では、北側へ抜ける道を確認することはできませんでした。その代わり、第7小隊は通れる範囲と、次に来る者が踏み込んではいけない場所を記録しています。
キョウジのアークブレードも、地表で問題なく動きました。バルドの仕事には満足しているようですが、請求額はまだ忘れられないようです。




