命を繋ぐ刃
いつも『ラストスカイ・アンダーグラウンド』を読んでいただきありがとうございます。
前話までは激しい戦いが続きましたが、今回は少しだけ肩の力を抜いて読んでいただけたら嬉しいです。
戦場では見えない、彼らの日常。
そして、キョウジにとってアークブレードがどれほど大切な存在なのか。
そんな一面を描いた一話になっています。
それでは、第15話「命を繋ぐ刃」をお楽しみください。
目を覚ましたキョウジが最初に感じたのは、部屋の静けさだった。
いつもなら起床時刻を告げるミオの声が先に耳へ届くところだが、昨夜は帰宅してすぐN-LINKを切っており、今日はアラームも設定していない。
枕元の端末へ手を伸ばして時刻を確認すると、普段より随分遅い。
「……よく寝たな」
身体を起こすと、肩から背中にかけて鈍い張りが残っていた。
通信塔の崩壊に巻き込まれ、水へ落ち、レヴィン級を相手にしながら地表まで戻ったのだから当然ではある。それでも眠る前より身体は軽く、少なくとも医療区画へ世話になるほどの傷はない。
ベッドを降りたところで、視線が部屋のテーブルへ向いた。
その上には昨日持ち帰ったアークブレードが置かれている。
白かった外装には擦過痕と焼け跡が残り、発振部周辺は高熱を受けて変色していた。途中から通常の出力制御すら不安定になり、最後には通信塔で見つけた旧世代コアを現行機構へ無理やり組み込んで使っている。
任務から戻れた以上、応急処置としては十分すぎるほど働いた。
だが、もう一度この状態で地表へ持ち出す気にはなれなかった。
「……さすがにこのままは無理か」
柄を持ち上げても起動はしない。
帰還後に完全停止させてから、一度も通電していなかった。
キョウジは武器をテーブルへ戻すと洗面所へ向かり、顔を洗って簡単に身支度を済ませた。
部屋を出る前にN-LINKを再接続すると、耳元へ短い起動音が入った。
『接続を確認しました。おはようございます、キョウジ』
「おはよう。随分寝た気がする」
『通常の起床時刻を3時間14分超過しています』
「休みの日まで計らなくていいんだよ」
『事実を報告しただけですので』
「そうかいそうかい」
アークブレードを持って廊下へ出る。
『現在の予定は13時から定例報告会議、15時から次回任務に関する予備ブリーフィングです。それまで個人行動が許可されています』
「ちょうどいい。武器を直しにいく」
『GRID整備区画への予約は入っていませんが‥』
「いや、そっちじゃないんだ」
返事まで僅かに間が空いた。
『バルドの店舗ですか』
「そうだ、よく分かったな」
『過去の行動履歴から推測しました』
「まったく、監視されてる気分になるよ」
『行動履歴の分析ですので』
「言い方変えただけなんじゃないか?」
ミオから返事はなく、キョウジは苦笑しながら中層区画へ向かった。
人工の空には朝を模した青空が広がり、通路では露店が営業を始めていた。
地表から帰った直後には妙に遠く感じた人の声も、ひと晩眠れば再び日常の音として耳へ馴染む。
パンを並べる店員の横を配送用ドローンが通り過ぎ、向かいでは作業服姿の男が機械部品の入った箱を荷車へ積んでいる。
誰も昨日の地表がどうだったかなど知らない。
それでいい、とキョウジは思う。
GRIDが地表へ出るのは、ここにいる人間がいつも通り朝を迎えられるようにするためでもある。
もっとも、そんなことを本人たちへ言えば大袈裟だと笑われそうだった。
人通りの多い中央通路を外れ、部品店や修理工房が並ぶ一角へ入ると、古い金属板に店名だけを塗った看板が見えてきた。
入口脇には壊れたモーターや用途不明の機械部品が無造作に積まれている。
ジャンク屋という呼び名以外に似合う言葉のない店だった。
扉を開けると、油と金属の匂いが流れてくる。
「まだ開店したばっかだぞ。厄介事なら午後にしてくれ」
作業台の向こうで部品を分解していたバルドが顔も上げずに言った。
「残念だったな。厄介事だ」
「声で分かったよ」
ようやく顔を上げたバルドは、キョウジが持っているアークブレードを見た途端に眉を寄せた。
「……何だそりゃ」
「アークブレードだ」
「見りゃ分かる。どう使ったらそんな有様になるんだって聞いてんだ」
「地表で普通に使ってただけだよ」
「お前の普通を基準にした俺が馬鹿だった」
キョウジが作業台へ武器を置くと、バルドは手袋を替えてから外装を眺め、発振部の焼け跡へ指を当てた。
「起動するなよ」
「はなからする気はないね」
「珍しく気が合うな。フレームが熱で歪んでる。冷却系も死にかけだし、発振制御まで焼けてるじゃねぇか」
「直るか?」
「直すだけならな」
バルドは固定具へアークブレードを載せ、側面の外装を外し始めた。
カバーの下から露出した内部には応急処置の配線が残っており、それを見たところで工具を持つ手が止まる。
「……誰がこれやった?」
「俺だよ」
「嘘つけ」
「お見通しか、ミオに手順を聞いたんだ」
「だろうな。お前がこんな配線できるようになったなら、俺は店畳む」
「そこまで言うのか」
「自分の腕を知らない奴よりはマシだ」
バルドはケーブルを外し、発振制御ユニットを取り出すと、熱で変色した端子の奥から、通信塔で見つけた旧世代コアと、それを囲む制御リングが姿を現した。
それまで憎まれ口を叩いていたバルドの手が止まる。
「……何だ、これ」
「拾ったやつだ」
「そういう話じゃねぇ」
顔を近づけ、工具を置いてコアを覗き込む。
「規格が違う。固定位置も配線も現行型じゃない。お前、これを今のブレードへ載せて使ったのか?」
「そうしないと帰れなかったからな」
「よく武器だけ壊して帰ってきたな」
「もしかして褒めてる?」
「呆れてるンだよ」
制御リングごと慎重に取り外したバルドは、黒い球状のコアを作業灯の下へ置いた。
表面には細かな溝が幾重にも刻まれており、現行型より僅かに大きい。
「これの型番は?」
「いや、読めなかった」
『GRID現行データベースに一致する製造番号はありません』
ミオの声が入ると、バルドが少し顔を上げた。
「オペレーターも一緒か」
「ああ、繋がってる」
「だったら昨日のログを寄越せ。こいつがどのくらい出したか見たい」
『共有します』
作業台脇の端末へデータが送られ、バルドは無言で数値を追った。
最初は眉を寄せていただけだった表情が、途中から露骨に険しくなる。
「……お前、これ本当にこのフレームで振ったのか?」
「振ったよ」
「最大で?」
「そうだ、必要だったからな」
「おいおい、必要なら何でも許されると思うなよ」
「そこはまあ、帰ってきたから許してくれ」
「武器屋に言う台詞じゃねェよ」
バルドは画面を指で戻し、出力曲線をもう一度確認した。
「コアはほとんど落ちてない。先に制御系が限界に入って、その後で冷却とフレームが負けてる。つまり壊れた原因はこいつじゃない」
黒いコアを指先で示す。
「周りが保たなかった?」
「そういうことだ。今の部品をそのまま付け直しても同じことになる。普通に使う分には動くだろうが、また出力が上がれば先にブレード側が焼けるぞ」
「じゃあ、どうする」
「こいつに合わせて組む」
バルドは作業台から離れ、部品棚の前へ向かった。
「最新型の冷却ユニット、発振制御、耐熱ケーブル、強化フレーム。電力伝達も古いやつじゃ追いつかねぇから交換する。安全装置も現行型を2系統入れる」
「ほぼ全部ってことか」
「コア以外はな」
「いくら掛かる?」
「聞くか?」
「……先に直してくれ」
「賢明だな」
バルドは棚からいくつかの部品箱を出し、作業台へ並べていった。
「ただし1つ条件がある」
「何だ」
「このコアが出せるところまで出そうと思うな」
キョウジの目に黒い球体が映った。
「昨日のログだと、まだ余裕があるように見えるんだが」
「だからだよ」
バルドは即座に返した。
「現行型のアークブレードは、コアだけで出力が決まるわけじゃない。発振器も制御系もフレームも、全部が想定範囲の中で動くように作ってある。こいつだけ規格外なら、周りが耐えられるところで止めなきゃ武器として成立しねぇ」
「上限を掛けるのか」
「掛ける。普段はそこまで行く前に制御側で抑える。お前が馬鹿みたいに振り回しても、昨日みたいに発振器まで焼けない程度にはな」
「最後の一言いらないだろ」
「バカ言え、一番大事だ」
キョウジはしばらくコアを眺めてから頷いた。
「まあそれでいい。地表で必要なのは、一発だけ強い武器じゃない。帰るまで使える武器だ」
バルドの口元が僅かに上がった。
「隊長らしいことも言えるんだな」
「普段何だと思ってる」
「修理代を増やす客」
「帰ろうかな」
「もう分解した。諦めろ」
キョウジが作業台を見ると、元のアークブレードはすでに外装のほとんどを外されていた。
組み直しには予想以上に時間が掛かった。
旧世代コアは形状だけでなく電力伝達の方法も現行規格と微妙に異なり、既製品を載せ替えるだけでは収まらない。
バルドは新しい強化フレームの内部を一部加工し、制御リング用の固定具を作り直すと、現行型の発振制御ユニットとの間へ専用の変換回路を挟んだ。
キョウジにできることはほとんどなく、邪魔にならない場所から作業を眺めているしかない。
「こういうの見てると、俺が使ってる物とは思えないな」
「知らないまま使ってた方が幸せだ。中身まで考えながら戦ってみろ。怖くて振れなくなるぞ」
「アンタは振れる?」
「俺は地表へ行かねぇ」
「賢いな」
「今さら気づいたか」
工具の音が続く中、バルドは組み上げた冷却ユニットへ配管を繋ぎ、最後に制御端末から出力上限を入力した。
「これで通常動作は現行機より少し上に設定する。コア側にはまだ余裕があるが、制御はここで止める」
「少し?」
「昨日までのお前のブレードと比べりゃ、十分分かる程度には違う。ただし無茶な出力にはならねぇ。まず武器として安定して動くことを優先した」
「ああ、それでいい」
「珍しく素直だな」
「俺だって毎回壊したいわけじゃないからな」
「結果だけ見ると説得力がないんだよ」
最後の外装が取り付けられると、形状そのものは以前のアークブレードと大きく変わっていないが、フレームは僅かに厚くなり、発振部の周囲には追加された冷却経路が細く走っている。
新品の白い外装の内側に、通信塔から持ち帰った黒いコアだけが残った。
「立てるぞ」
バルドが試験台へアークブレードを固定し、保護板を下ろした。
「最初は俺がやる。何かあった時にお前まで吹っ飛ばすのは面倒だからな」
「吹っ飛ぶ可能性あるのか?」
「物を作る奴はな、絶対って言葉を信用しないもんだ」
端末から起動信号を送ると、低い駆動音の後、発振部から青白い刃が伸びた。
通信塔で無理やり起動した時のような荒々しい膨張はない。
光は以前より太く、輪郭も鮮明だったが、発振音そのものは驚くほど安定している。
バルドは出力値を段階的に上げ、冷却系とフレーム温度を確認した。
「……悪くねぇ」
『発振出力、設定値内で安定。熱上昇も許容範囲です』
「ミオ、出力の揺れは?」
『0.3パーセント未満。現行GRID標準機の平均値を下回っています』
「やっぱりコア自体は相当出来がいいな」
バルドは試験を止め、固定具を外した。
「持ってみろ」
キョウジが柄を握る。
新しいフレームは以前と重量配分が僅かに違うものの、数度振ればすぐに身体へ馴染んだ。
「起動していいぞ。ただし店を斬るなよ」
「狭いんだよ」
「店のせいにするな」
起動スイッチへ親指を置く。
青白い発振刃が伸びた。
通信塔で初めて旧世代コアを使った時とは違い、手の中で暴れるような感触はない。
むしろ以前のアークブレードより静かだった。
軽く刃先を動かすと、遅れなく光が追従する。
「……いいな」
「それだけか?」
「かなりいい」
「先にそれを言え」
バルドが腕を組む。
「出力は前より上がってる。それでもコア本来の上限までは使わせてねぇ。制御系と安全装置で止めてある」
「解除できるのか?」
聞いた途端、バルドの目が細くなった。
「できるかどうかと、やっていいかは別の話だ」
「聞いただけだ」
「なら答えは、触るな、だ」
キョウジは発振を止めた。
「分かったよ」
「今の間が信用できねぇ」
「ちゃんと聞いてたよ」
「それこそ信用できねぇンだよ」
バルドはため息をつきながら伝票を取り出した。
「それより、こっちの方が今のお前には危険だ」
「嫌な予感がするな」
差し出された金額を見たキョウジは、数秒黙った。
「……これ、数字合ってる?」
「合ってるに決まってンだろ」
「俺のアークブレードを直したんだよな。新しく店を買ったんじゃなくて」
「強化フレーム、最新冷却、発振制御、電力系、専用加工。むしろ工賃は負けてやってる」
「今月、大人しく暮らすしかないな」
「酒を減らせ」
「それは最後の手段だ」
「じゃあ食費を減らせ」
「もっと駄目だろ」
バルドが笑いながら伝票を片付ける。
「まあ、生きて帰ってきたんだ。使う場所があるだけマシだと思え」
キョウジの視線が新しいアークブレードへ戻った。
旧世代コアがなければ、通信塔の中で武器を失ったままだった。
そして、あの武器がなければ4人で地表まで戻れたかどうかも分からない。
「……そうだな」
柄を握り、腰のホルダーへ収める。
以前と同じ場所へ戻った武器は、形を変えても不思議と違和感がなかった。
「なあ、バルド」
「何だ?」
「いや、助かった」
一瞬だけ相手の手が止まる。
「金は取ってる。礼はいらねぇよ」
「じゃあもっと安くしてくれ」
「今のなしだ。定価で取る」
「礼を返せ」
「そいつぁもう遅いな」
バルドは作業台に残った焼けた旧フレームを片付けながら、出口へ向かうキョウジへ目を向けた。
「次は完全に壊れる前に持って来い。今日みたいなのは修理じゃなくて再建だ」
「ああ、善処するさ」
「一番信用ならん返事だな」
キョウジは笑いながら扉を開けた。
店を出ると、人工の空はすでに昼の明るさへ変わっていた。
朝より人通りが増え、飲食店から漂う匂いに腹が反応する。
キョウジは腰のアークブレードへ一度手を添えた。
外から見れば、昨日まで使っていた武器とそれほど違わない。
だが、その内部では最新の制御機構と冷却系が、遠い時代に作られたコアの出力を抑え込みながら動いている。
強いだけでは意味がない。
最後まで使えて、仲間と帰ってこられることの方が重要だった。
『13時の定例報告会議まで42分です』
「昼飯食う時間くらいあるな」
『移動時間を含めても可能です』
「じゃあ何か食ってから行く」
『昨日の帰還後にも十分な食事を摂取しています』
「今日は今日だろ」
『否定はしていません』
「最近、妙な返しを覚えたな」
『その評価については保留します』
キョウジは小さく笑い、人の流れへ入った。
頭上には今日も青い人工の空が広がっている。
昨日まで地表で握っていた武器は、新しい外装と機構を得て腰へ戻った。
その中心にあるものだけは変わらない。
通信塔の闇から持ち帰り、4人を帰還へ繋いだ旧世代のコア。
キョウジは歩きながら一度だけ柄を握り直し、そのまま会議へ向かう前に昼食を取れる店を探した。
命を繋いだ刃は、今度は帰るための武器として生まれ変わっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は戦闘のない、いわば”ひと休み”のお話でした。
激しい戦いを書いていると、どうしても次も戦わせたくなってしまいますが、彼らにも笑ったり、ご飯を食べたり、武器を手入れしたりする時間があってほしいと思い、この話を書きました。
個人的には、バルドのような職人気質のキャラクターを書くのがとても楽しかったです。
そして、第7小隊もアークブレードも、しっかりと英気を養いました。
ここから物語は再び動き始めます。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです。




