白でも黒でもなく
第14話です。
グラフト跡地で姿を現した大型のガルム級。
第3小隊はマルクを守りながら、その巨体と正面からぶつかることになります。
今回はレイジたち第3小隊の戦い方を、しっかり描く回になりました。
それぞれの武器と役割を活かした連携も楽しんでいただけたら嬉しいです。
⸻
「……地表ってやつは、本当に退屈させてくれねぇな」
発振した大剣型アークブレードを肩から下ろし、レイジは崩れた建造物の向こうから姿を現したガルム級を見上げた。
4本の脚で雪と瓦礫を押し潰しながら進む巨体は、灰白色の外殻に覆われている。
先ほどまで相手にしていたレイス級とは比べものにならない質量であり、前脚を1歩動かすだけでも周囲の瓦礫が沈み、雪面には深い窪みが残った。
『退路を検索中。正面から西側へ約60メートルに開けた区画があるけど、マルクを連れて移動するなら少し時間が必要だ』
「だったら時間を作る。ダリウス、マルクを一度後ろへ下げてくれ。ツキノとセイルは左右を見ろ。あのサベージ2人もまだいる」
「承知しました。マルクさん、少々急ぎますので転ばないようお気をつけください」
「ま、待ってくれ……あいつらは……」
「話は安全な場所へ着いてから伺いますよ」
ダリウスがマルクの腕を支えて後退し、アシュもその前へ入って進路を確保する。
ガルム級はその動きを追うように頭部を向けた。
「そっちは見なくていい」
レイジが正面から距離を詰めると、大剣を低く引いたまま最後の数歩を一気に踏み込み、振り上げた発振刃をガルム級の頭部へ叩き込んだ。
青白い刃は鼻先の外殻を削って火花を散らしたものの、厚い装甲を断ち切るまでには届かない。
直後にガルム級が頭を振り上げ、巨大な質量に押し返された大剣ごとレイジの身体が横へ飛ばされた。
崩れかけた外壁へ肩からぶつかりながらも大剣を雪面へ突き立てて身体を止めると、ガルム級はレイジを追わず、後退するマルクへ向けて身体を捻った。
「隊長、大丈夫ですか」
「こっちはいい。あいつをマルクへ行かせるな」
ツキノが薙刀型アークブレードを構えて進路へ入り、振り下ろされた前脚を横へ抜けてかわす。
直撃を外した一撃が床材と雪をまとめて砕き、その隙へアシュが左側から潜り込んだ。
「左脚を削ります。セイルは関節を探してください」
シミター型アークブレードが前脚を斬り上げるものの、灰白色の外殻に浅い傷を残したところで弾かれる。
「表からじゃ通らないな」
「少し前へ抜けてください。肩の内側を狙います」
アシュがガルム級の視界を引きつけたまま位置をずらすと、背後から放たれた光矢が左肩の継ぎ目へ突き刺さり、外殻の隙間で青白い光を弾けさせた。
ガルム級が大きく首を振る。
「そこなら効くか」
戻ってきたレイジが傷ついた肩と前脚の動きを見比べ、大剣を構え直した。
「左側へ集中する。表面は捨てろ。継ぎ目だけ狙え」
壁際までマルクを下げたダリウスもすでに戻っており、バトルアックス型アークブレードを両手で構えながら前へ出る。
「マルクさんは移しました。ひとまず踏まれる心配はないでしょう」
「助かる。突っ込んできても止めなくていい。向きだけ外へ流してくれ」
「それでしたら何とかしましょう」
ガルム級が低く身体を沈め、そのままダリウスへ突進した。
振り下ろされた前脚へ斧の柄を斜めに差し込み、ダリウスは正面から受け切るのではなく身体ごと横へ動いて軌道を逸らす。
踏み締めた両足が雪面を削りながら押し込まれるものの、前脚が外側へ流れたことで傷ついた左側が大きく開いた。
「そこだ。関節へ入れてすぐ離れろ!」
アシュがダリウスの横を抜け、先ほどの矢が傷を作った継ぎ目へシミターを滑り込ませる。
今度は刃が外殻の内側まで入り、引き抜いた軌跡から黒い体液が雪へ落ちた。
「離れてください。そこへ重ねます」
アシュが身を引くのと入れ替わるように光矢が傷へ突き刺さり、ガルム級が怒りに任せて身体を捻った。
横薙ぎに振られた尾へツキノが薙刀の長柄を当て、真正面から止めずに先端を持ち上げることで、その下をアシュが抜ける。
「左前脚の反応が鈍っています。このまま同じ箇所へ集中できます」
「なら崩す。ただし欲張るな。脚1本傷めたくらいで安全になる相手じゃねぇ」
『こっちでも確認できた。左前脚だけ接地時間が短くなってる。まだ動きを止めるほどじゃないけど、確実に効いてる』
「その変化だけ追ってくれ」
『任せて』
ガルム級が頭部を巡らせ、再びレイジへ身体を向ける。
「俺のことは覚えてるらしいな」
最初に叩かれた鼻先を低く向け、巨体がゆっくり沈み込む。
「最初に顔を殴ったからじゃないですか」
セイルの声にレイジは薄く笑い、大剣を腰の高さまで引いた。
「だったら最後まで俺を見てろ」
ガルム級が雪を蹴った。
傷ついた左前脚が振り上げられ、その巨大な影が頭上から迫る。
「正面で止めないでください。外側へ流せます」
「ああ、そのつもりだ」
振り下ろされる直前まで軌道を見切ったレイジは、大剣を下から斜めに振り上げて前脚の内側へ発振刃を合わせた。
接触した途端に両腕へ凄まじい衝撃が抜けるが、押し返そうとはせず、刃を外側へ滑らせながら踏み込みそのものを横へ逃がしていく。
ガルム級の前脚はレイジを捉えず横の雪面へ叩きつけられ、傷を負っていた左側へ一気に荷重が偏ったことで巨体の重心が大きく崩れた。
「左脚に体重が乗った! 踏み直させるな!」
ツキノが薙刀を関節へ差し込んで前脚が戻る動きを抑え、その傷へセイルの光矢が突き刺さる。
さらにアシュが側面からシミターを走らせ、裂け目を横へ広げた。
ガルム級が激しく身体を振って3人を追い払おうとしたところへ、正面へ回ったダリウスが斧の腹を頭部へ当て、その向きを反対側へ押し流す。
「数秒だけ頭をそっちへ向けてくれ!」
「長くは持ちませんよ」
「それで十分だ!」
レイジは大剣を両手で引き、開いた左前脚の傷へ踏み込んだ。
振り下ろした一撃が外殻の裂け目へ食い込み、厚い装甲を押し割りながらさらに奥まで傷を広げる。
ガルム級の左前脚が沈み、巨体が大きく傾いた。
同時に頭上から細かなコンクリート片が落ち始める。
何度も衝撃を受けた建物は複数の梁が歪み、壁面にも大きな亀裂が走っていた。
「ここはもう保たない。外へ出すぞ」
「西側の開口部ならまだ使えます」
「ツキノとセイルは先に外へ出て射線を取れ。アシュは左側から誘導、ダリウスは後ろを頼む。俺はマルクを連れて出る」
ツキノとセイルが出口へ向かい、アシュはガルム級の左前脚へ浅く斬撃を入れては距離を取りながら進行方向を西側へ寄せる。
レイジは一度発振を切って壁際のマルクへ走った。
「立てるか?」
「あ、ああ……だが、あの2人は……」
「今は自分の足だけ気にしてろ。肩を使え」
マルクの腕を肩へ回して立たせる。
前方ではアシュの牽制に続いて、出口側へ回ったセイルが光矢をガルム級の肩へ撃ち込み、巨体の向きをさらに外へ寄せていた。
「誘導できています。今なら出せます」
「先に連れていく。向きが変わったら知らせろ」
レイジがマルクを支えながら出口へ向かうと、ツキノが落下してきた鉄骨を薙刀で横へ払い、2人の進路を空ける。
その背後で梁が大きく裂けた。
「そろそろ急いだ方がよろしいでしょう。建物そのものまで支えるのは、さすがに無理です」
ダリウスが落下する瓦礫を斧で払いながら後退し、アシュも最後の斬撃を入れて出口へ抜ける。
ガルム級がその後を追って外壁へ身体をぶつけると、残っていた構造物がまとめて崩れ、雪と瓦礫を押し出しながら巨体が開けた地表へ姿を現した。
レイジはマルクを近くの遮蔽物へ座らせる。
「ここから動くな。戦闘が終わるまで頭を上げないでくれ」
マルクが何かを言おうとしたが、崩壊する建物の轟音に声を呑まれた。
雪煙の向こうへ目を凝らすと、先ほどまで近くにいた2人のサベージはすでに少し離れた位置まで移動していた。
灰色の外套だけは確認できるものの、第3小隊へ攻撃を仕掛ける様子はなく、ガルム級にも近づこうとしない。
『レイジ、崩落の影響で索敵が乱れてる。周辺はしばらく目視を優先して』
「分かった。サベージもこっちで見る」
ガルム級が瓦礫を踏み越えて雪原へ出た。
遮る壁がなくなったことで胴体全体が露わになり、4本の脚はいずれも人間を容易に踏み潰せる太さを持っている。
それでも左前脚だけは明らかに踏み込みが浅く、接地するたびに傷口から黒い体液が落ちていた。
『左前脚の歩幅がさらに落ちてる。さっきの攻撃がかなり効いてるよ』
「方針は変えない。あの脚を使えなくして、追ってこられなくする」
大剣を再び発振させる。
「ここは広い。突進は止めるな。避けてから削るぞ」
5人が間隔を広げると、ガルム級も頭部を低く下げた。
巨体が一気に加速し、雪を左右へ押し分けながら中央へ突っ込んでくる。
「正面を空けろ!」
第3小隊が左右へ分かれ、ガルム級が間を抜ける直前にツキノが側面から薙刀を伸ばして傷ついた前脚を払った。
走行中の脚が僅かに外へ流れ、それだけで巨体の進路が乱れる。
「左脚が開きました。今なら通ります」
「そのまま維持してください。傷口へ重ねます」
光矢が外殻の裂け目へ突き刺さり、ガルム級が速度を落としたところへアシュが回り込み、シミターを前脚の後ろへ深く差し入れて引き抜く。
傷口がさらに広がり、黒い体液が雪へ飛び散った。
「離れろ。尾が来る!」
アシュがすぐに身を低くし、横薙ぎに振られた尾を潜って距離を取る。
その後ろへ回っていたダリウスは尾へ斧の柄を当て、正面から受けずに外側へ滑らせた。
「これは受け止めるより、避けた方が良さそうですな」
「次は無理に受けなくて大丈夫です。距離を取ってください」
「そうさせていただきましょう」
ガルム級が身体を捻り、立ち上がったばかりのアシュへ頭部を向ける。
「右へ抜けろ! ダリウスは前脚の軌道だけ外へ!」
アシュが走り出す背後からガルム級が迫り、振り上げられた左前脚へダリウスが斜めから斧の柄を当てる。
傷ついていたこともあり、前脚は大きく外へ流れた。
「今なら関節を押さえられます。少しだけ止めます」
ツキノが左前脚の内側へ薙刀を差し込み、外殻の隙間を広げながら動きを抑える。
「射線が通ります。そのままで」
セイルの光矢が開いた線を抜けて傷の奥へ突き刺さり、ガルム級の左前脚が大きく沈んだ。
「隊長、もう左脚へ体重を掛けられていません」
「よし。頭をこっちへ向けさせるな。アシュは右から注意を散らしてくれ」
レイジは大剣を肩越しまで引き、動きを止めた左前脚へ一直線に踏み込む。
ガルム級が接近に気づいて首を振ろうとするが、ダリウスが斧を頭部へ当てて外へ押し、反対側からツキノが薙刀の長柄で向きを制限する。
さらにアシュのシミターが右肩へ走り、注意がわずかに逸れた。
「その傷、ここで使わせてもらうぞ」
レイジが全身を捻って大剣を振り抜く。
青白い発振刃が左前脚の裂け目へ深く食い込み、外殻を押し割りながら関節部まで切り込んだ。
巨体が大きく傾き、そのまま左膝を雪面へ落とす。
ガルム級は低い咆哮を上げながら立ち上がろうとしたものの、負傷した脚へ力を入れるたび身体が沈み、先ほどまでの速度は失われていた。
『左前脚の反応が大きく低下してる。これなら追撃はかなり難しい』
「十分だ。追ってこられないなら、ここで終わりにする」
レイジが距離を取る。
ガルム級は頭部を持ち上げてこちらを睨み返し、しばらく低い唸りを続けていたが、やがて右前脚へ体重を移して後退を始めた。
傷ついた左脚を引きずりながら吹雪の中へ下がっていく巨体を、誰も追わない。
「俺たちの仕事は討伐じゃない。行かせろ」
レイジが発振を切るまで、ツキノとダリウスも構えを解かなかった。
ガルム級の輪郭が完全に白の中へ消える。
「全員、動けるな?」
「問題ありません。装備にも大きな損傷はありません」
ツキノが周囲を確認し、アシュとセイルも負傷がないことを示す。
ダリウスは左腕を軽く動かしてから斧を担ぎ直した。
「少々痺れておりますが、任務を続けるには支障ありません」
「ならマルクを連れて帰る。ノア、位置を――」
『レイジ、マルクの反応が動いてる』
通信へ入ったノアの声に、レイジが遮蔽物へ振り返る。
先ほど座らせた場所には誰もいない。
「サベージは?」
ツキノも周囲へ視線を走らせた。
「先ほどの2名も見当たりません」
『マルクの認識バンドは北へ移動中。それと一緒に未登録の生体反応が3つある』
「3人? 見えてたのは2人だぞ」
『途中でもう1つ合流してる。今のところ距離は300メートル以内』
レイジはガルム級が消えた方向から北側へ視線を移した。
「追う。本人の意思かどうかは、見つけてから聞けばいい」
第3小隊はすぐに北へ向かった。
戦闘で荒れた雪原を抜け、半壊した建造物の裏側まで回り込むと、ツキノが吹雪に削られ始めた雪面へライトを向ける。
「痕跡があります。歩幅と靴底から、これはマルクさんです」
隣には2人分の足跡が並び、少し進んだところからさらにもう1列が加わっている。
「本当に3人いるな」
アシュが周囲を見回す。
「連れていかれたんでしょうか」
セイルは足跡の周囲を調べ、雪面に目立った乱れがないことを確認した。
「少なくともここでは争った様子はありません。引きずられた跡もありませんね」
「自分で歩いたか、歩かされたか。本人を見つければ分かる」
レイジが先へ伸びる足跡を見たところで、ノアの声が再び通信へ入る。
『マルクの認識バンドが急に弱くなってる』
「まだ取れるか?」
『……消えた。未登録反応も同時にロスト』
レイジの表情から残っていた軽さが消えた。
「最後の位置を送ってくれ。足跡はまだ残ってる」
『送った。ただ、これ以上北へ行くなら帰還時間も考えて。ガルムとの戦闘で予定より消耗してる』
「分かってる。追えるところまで追う。引き際は俺が決める」
表示されたマーカーは足跡の向かう方向と重なっていた。
第3小隊は再び北へ歩き出す。
少し先では4人分の足跡が白い地表を伸び、風に晒された端から少しずつ輪郭を失い始めている。
レイジはその痕跡を追いながら、ガルム級が現れる直前に見たサベージの仕草を思い返した。
彼らは第3小隊を攻撃しなかった。
むしろ崩れた建物の奥を示し、迫ってくるガルム級を警告していたようにも見えた。
それなのに戦闘が終わる前にはマルクを連れ、3人で北へ消えている。
「敵なのか何なのか、はっきりしねぇ連中だな」
「分からないから追うんでしょう」
隣を歩くツキノへ、レイジは前を見たまま笑った。
「違いない。足跡が消える前に行くぞ」
5人は歩調を上げ、吹雪の向こうへ続く4人分の痕跡を追った。
4人分の足跡は、グラフト跡地の北側へ向かって伸びていた。
マルクのものと思われる靴跡を挟むように2人分が並び、さらに途中から加わったもう1人の痕跡が少し離れた位置を保ちながら続いている。
吹雪に削られて輪郭は崩れ始めていたが、完全に消えるほど時間は経っていない。
「歩く速度はそれほど速くありません。マルクさんに合わせているように見えます」
ツキノが足跡を追いながら先へ進む。
「無理やり引っ張ってる感じもないな」
アシュがマルクの足跡を覗き込み、ところどころ乱れた歩幅を確認した。
「転びかけた跡はありますが、そのあと自分で立ち直っています。少なくともここでは引きずられていません」
セイルの言葉を聞きながら、レイジは吹雪の奥へ目を向けた。
「助けられてるのか、連れていかれてるのか。どっちにも見えるってのが面倒だな」
『認識バンドはまだ拾えない。周辺の旧設備もノイズが多いから、こっちから追えるのは足跡頼みだ』
「それだけ残ってりゃ十分だ。消える前に詰めるぞ」
第3小隊は足跡から離れすぎないよう間隔を保ち、崩れた建物群の間を北へ進んだ。
この周辺には旧物流施設の残骸が多く、かつて道路だった場所も今では雪に埋もれ、露出しているのは崩れた支柱や錆びた骨組みばかりだった。
しばらく進んだところでツキノが手を上げる。
「ここで進路が変わっています」
4人分の足跡は道路跡を外れ、半ば崩れた建物の裏手へ向かっていた。
レイジが先へ回り込むと、雪の中から古い金属製の扉が斜めに露出している。
「地下へ降りる入口か?」
「旧搬入路の一部だと思われます。地図上ではこの先に保守区画がありますが、現在の状態までは記録されていません」
『こっちでも一致した。ただしネオ・ヘイヴン側では長期間使ってない場所だ。地表から入れる経路としては登録されてない』
「登録されてないだけで、使えないとは限らないってことか」
レイジが扉へ近づく。
表面は長年の腐食で一部が剥がれ、中央付近には新しい擦れ跡が残っていた。
「最近開けた跡があります」
セイルが扉の縁へ視線を落とす。
雪が完全には入り込んでおらず、隙間の一部には靴底で踏み固められた跡も残っている。
「こっちへ入ったな」
「ただ、扉は閉まっています」
アシュが取っ手へ手を掛けると、ほとんど抵抗なく横へ動いた。
「鍵、掛かってないっすね」
「それどころか内側から少し開けてある」
レイジが細い隙間を覗き込み、大剣の柄へ手を添えた。
「ツキノは後ろを見てくれ。セイルは中央、アシュは俺の後ろ。ダリウスは最後尾」
「マルクさんが中にいる可能性は?」
「ある。だから最初から斬りかかるなよ」
「隊長に言われると妙に説得力がありませんね」
「俺だって人間とアバレントくらい見分ける」
アシュが何か言いかけたが、レイジが扉を押し開けたことでそのまま口を閉じた。
内部には地表の風がほとんど入っておらず、薄暗い通路の床には雪が筋状に残っていた。
その上を4人分の足跡が奥へ続いている。
「当たりだな」
第3小隊は照明を落としすぎない程度に絞り、通路へ入った。
外の吹雪が扉の向こうへ遠ざかると、代わりに古い配管の軋みと、足元の金属板が僅かに沈む音が耳へ届く。
壁面には旧時代の案内表示が残っているものの、文字の半分以上は剥がれ、矢印だけがかろうじて進行方向を示していた。
『内部構造を照合中。そこは旧物資搬入用の連絡通路らしい。北へ進めば保守区画に繋がる』
「出口は?」
『記録上は3つ。ただ、そのうち2つは崩落判定が出てる。残ってるのは北東側だけ』
「なら先回りされる心配は少ないな」
「問題は、相手がその記録を知っているかですね」
ツキノが通路の奥を見ながら答える。
「サベージがここを普段から使っているなら、こちらの地図より詳しい可能性があります」
「それなら案内してもらいたいくらいだ」
レイジが歩みを止めずに返す。
数十メートル進んだところで、足跡のうち1つが壁際へ寄っていた。
その近くに小さな金属片が落ちている。
ツキノが拾い上げると、それは認識バンドの外装だった。
「マルクさんのものです」
「壊れたのか?」
「外装だけです。認証部はありません」
『だから反応が消えたのかもしれない。バンド本体を外されたなら、こっちからは追えない』
「自分で外したと思うか?」
「痕跡だけでは判断できません」
ツキノは金属片を回収用ケースへ入れる。
アシュが周囲を見回した。
「でも、わざわざここで外す理由あります?」
「こちらに追われていると知っていたならあります」
セイルの言葉に、レイジが足跡へ視線を戻す。
「マルクが自分から外したのか、サベージが外させたのか。どっちにしても、俺たちに位置を知られたくなかったってことになるな」
「少なくとも偶然外れたようには見えません」
「だったらもう少し先まで行く。ここで引き返したら、何も持ち帰れねぇ」
第3小隊はさらに奥へ進んだ。
通路は次第に下り坂となり、やがて左右の壁が崩れた広い保守区画へ出る。
天井の一部は抜け落ち、吹雪が細い柱のように内部へ降り込んでいた。
その雪の下で足跡が再び分かれる。
「止まった形跡があります」
ツキノがしゃがみ込み、複数の足跡が重なった場所を調べる。
マルクの足跡はそこから北東へ続いていたが、3人分のうち1人だけが反対側へ向かっていた。
「別れた?」
「そのようです」
アシュが反対方向を見る。
「1人だけ戻ったとか?」
「戻ったなら同じ場所を踏むでしょう。これは別の通路へ向かっています」
レイジは2方向を見比べた。
「追うのはマルクだ。3人目は捨てる」
「分かりました」
ツキノが立ち上がる。
北東へ進む足跡は2人分のサベージとマルクだけになり、徐々に古い設備の密集した区画へ入っていく。
やがて床面が途切れ、その先に深い縦穴が現れた。
下へ続く梯子は途中で崩れ、通常なら人間が降りられる状態ではない。
「……ここで終わってる」
アシュが縁から下を覗き込む。
「いや」
レイジが少し離れた壁面を見る。
配管と鉄骨の間に細い足跡が残っている。
縦穴の縁を避けるように側面へ回り、その先で突然消えていた。
「跳んだ?」
「距離があります。マルクさんには難しいでしょう」
セイルが対岸を確認する。
数メートル先には崩れた足場が残っているが、そこまで飛び移るには装備を持ったGRID隊員でも容易ではない。
「じゃあどうやって渡ったんだ」
アシュが眉を寄せる。
ダリウスが壁際の鉄骨へ目を向けた。
「こちらに新しい傷がありますな」
錆びた鉄骨の一部だけが削れ、表面に細い線が走っている。
「何かを掛けた跡?」
「可能性はあります」
ツキノが線の角度を追い、対岸の上部を見上げる。
向こう側にも似た傷が残っていた。
「ワイヤーか」
「少なくとも、それに近いものを使ったように見えます」
「マルクを抱えて渡ったってことか?」
「それなら足跡が途切れる説明にはなります」
レイジは対岸へ続く暗い通路を見る。
「追えるか?」
『今いる位置から先は地下構造の記録がほとんど残ってない。しかも帰還可能時間を考えると、そろそろ折り返した方がいい』
ノアの声はいつもの軽さを抑えていた。
『ガルム戦で装備も消耗してるし、今から知らない地下へ入るのは勧めない』
「俺も同意する」
レイジが即答したことで、アシュが意外そうに横を見る。
「行かないんすか?」
「行きたいけどな。知らない穴へ5人で突っ込んで、帰れなくなったらマルクどころじゃねぇ」
「隊長がそう言うなら異論はありません」
ツキノも縦穴から離れる。
「ここまでで十分な情報は得られています。サベージがネオ・ヘイヴン側で把握していない移動経路を使用している可能性もあります」
「それに、マルクさんがここまで自力で歩いていたことも分かりました」
セイルが足跡を振り返る。
「少なくとも負傷して運ばれていたわけではありません」
「それだけでも救助失敗で終わるよりはマシか」
アシュが息を吐く。
「まだ失敗って決めるな。生きてる可能性は残ってる」
レイジは対岸をもう一度見た。
「ノア、この場所を全部記録してくれ。認識バンドの外装と、鉄骨の傷も管理局へ回す。帰ったらマルクが地表へ出た経路と合わせて洗い直すぞ」
『もう保存してる。俺も監視ログの欠損をもう1回掘る』
「今度は消される前に頼む」
『嫌な言い方するなぁ』
「実際消えてるからな」
レイジが踵を返す。
「戻るぞ。次に来る時は、こっちも相手の道を知ってからだ」
第3小隊は来た道を引き返した。
保守区画を抜け、連絡通路へ戻る頃には外の吹雪がさらに強くなっており、開け放したままの扉の向こうから細かな雪が入り込んでいる。
地表へ出たところでアシュが一度だけ北側を振り返った。
「結局、何だったんでしょうね。あいつら」
「敵なら、ガルムが来ることを教える必要はありません」
セイルがフードを直しながら答える。
「味方なら、マルクさんを連れて消える必要もないでしょう」
「だから灰色なんだろ」
レイジの言葉に、ツキノが視線を向ける。
「灰色?」
「白でも黒でもねぇ。今の俺たちには、そのくらいしか分からん」
レイジは北へ続く景色から視線を外した。
「勝手に敵だと決めるのも、味方だと信じるのも早い。次に会った時に確かめる」
「その時は会話が成立すると良いのですが」
ダリウスが穏やかに言う。
「成立しなきゃ、そこから考えるさ」
第3小隊はグラフト跡地を離れ、地表昇降施設へ向かった。
帰路ではアバレントとの大きな接触もなく、日が傾く前には地表エレベーターまで戻ることができた。
扉が閉まり、外の吹雪が遮断される。
駆動音とともにエレベーターが地下へ向かって下降を始めたところで、アシュが壁へ背を預けた。
「マルクのおっさんを連れて帰るだけの任務だったはずなんだけどな」
「地表任務で予定通りに終わる方が珍しいでしょう」
セイルが装備を確認しながら返す。
「今回は特に寄り道が大きかったですけど」
「寄り道でガルム級は勘弁してほしいな」
レイジも大剣を壁際へ預け、自分の腕を軽く振って痺れを確かめる。
「帰ったらまず報告だ。マルクのこともサベージのことも、監視記録の件も全部まとめて出す」
「管理局は喜ばないでしょうね」
ツキノが言う。
「喜ばせるために報告するわけじゃねぇよ」
レイジは閉じた扉を見たまま答える。
「地表に知らない道があって、知らない連中がそこを使ってる。それを知らないまま次の隊を出す方がよっぽどまずい」
ダリウスが静かに頷いた。
「では、帰ってからも仕事が残っておりますな」
「そういうことだ。せめて飯くらいは先に食わせてほしいけどな」
アシュが小さく笑う。
「隊長、さっき食ったばかりじゃないですか」
「ガルム級と戦った分は別腹だ」
「それ、別腹って言わないでしょう」
エレベーターの中にわずかな笑いが戻る。
それでも誰も、マルクのことを忘れてはいなかった。
地表に残してきた足跡。
認識バンドの外装。
ネオ・ヘイヴン側では把握されていない通路。
そして、灰色の外套を纏った3人の人影。
どれも答えにはならない。
だが、何もなかったわけでもない。
レイジは大剣の柄へ手を置き、ゆっくり下降していく高度表示を眺めた。
「次に会ったら、今度こそ話を聞かせてもらうぞ」
誰に向けたとも知れない言葉を残し、地表エレベーターはネオ・ヘイヴンの灯りへ向かって降りていった。
第14話「白でも黒でもなく」、お読みいただきありがとうございました。
今回は第3小隊によるマルク捜索の続きから、ガルム級との戦闘、そしてサベージを追って旧施設へ踏み込むところまでを描きました。
レイジたちはガルム級を仕留めることよりも、追撃できない状態まで弱らせて本来の任務を優先します。
豪快に前へ出るレイジですが、無茶をすることと無謀に突っ込むことは別。
第3小隊を預かる隊長としての一面も、今回しっかり描けたと思います。
一方、マルクはサベージたちとともにネオ・ヘイヴン側では把握されていない経路へ姿を消しました。
彼らは第3小隊を攻撃せず、ガルム級の接近を警告したようにも見える。
しかし、そのままマルクを連れて消えている。
敵なのか。
味方なのか。
今のところ、どちらとも言い切れません。
白でも黒でもない灰色の人影。
第3小隊は答えを持ち帰ることはできませんでしたが、これまで知られていなかった地表の一端を確かに持ち帰ることになりました。
次回から、物語は再びキョウジたちへ戻ります。




