奈落の梯子
第12話「奈落の梯子」です。
再起動した通信塔をあとにし、第7小隊は崩壊の進む塔から脱出を開始します。
無事に任務を終え、ネオ・ヘイヴンへ帰ることができるのか。
通信塔上層から下へ伸びる非常用昇降梯子は、途中に設けられた保守足場を挟みながら何層にも続いており、キョウジを先頭にカイ、リオ、グレンが足を掛けるたび、霜を被った踏桟から鈍い軋みが骨組みへ伝わっていった。
頭上では復旧した通信設備がまだ低く稼働音を残しているものの、そこへ断続的な破断音が重なり、アンテナ群を支えていた上層構造が少しずつ耐久を失っていることを知らせている。
『上層構造の損傷が拡大しています。現在の下降経路を維持してください』
「安全な道を選んでる余裕はなさそうだな。このまま下まで行く」
梯子を降りながら頭上を確かめたキョウジの腰では、旧世代コアを組み込んだアークブレードが停止状態にもかかわらず低い駆動音を残しており、上層で何度か発振させた影響なのか、外装越しにもわずかな熱が伝わっていた。
『アークブレード内部温度が上昇しています。現在の状態で高出力を継続した場合、現行フレーム側に損傷が拡大する可能性があります』
「ここで刃を振ったら足場まで持っていきそうだからな。必要になるまで使わない」
「その判断は助かりますよ。隊長の武器、今は敵より床の方が危ないですから」
下から届いたカイの声にはいつもの軽さが少し戻っていたが、それでも梯子を降りる手は止めず、さらに下ではリオが一定の間隔を保ち、最後尾のグレンは頭上から落ちてくる細かな鉄片を警戒しながら続いている。
「橋を切りかけたのは俺も反省してる。帰ったらまずこいつをどうにかする」
「そこはぜひお願いします。次の任務まで同じ状態だったら、俺は隊長から距離を取りますよ」
「副隊長が隊長から逃げるな」
4人はさらに数メートル高度を落としていた。
頭上から響いた破断音がそれまでよりも大きくなり、梯子を伝ってきた振動にキョウジが身体を壁側へ寄せると、上層で外れた巨大な鉄骨が複数の支持材を巻き込みながら縦穴へ落下し、途中の保守足場を引っ掛けてまとめて暗闇へ引きずり込んでいった。
「全員、梯子へ身体を寄せろ。落下物が通り過ぎるまで手を離すなよ」
鉄骨がすぐ脇を通過した衝撃で梯子全体が大きく振られ、カイの右足が踏桟から外れたものの、片腕で梯子を掴んだまま反対側のワイヤーブレードを上方へ射出し、先端を横梁へ食い込ませることで落下を止める。
「カイ、そのまま身体を寄せておいてくれ。下から支える」
グレンが数段上がってカイの下へ入り、足首が届いたところで片手を添えると、キョウジも上から装備の肩口を掴み、3人で身体を梯子側へ引き戻した。
「助かった。右肩は引っ張られましたけど、まだ動きます」
「ならそのまま使うんだ。次の足場まで行ってから確認する」
「落ちないようにしますよ。もう1回やったら肩より先に俺の気持ちが折れそうです」
「そこまで喋れるなら大丈夫だな」
カイが両足を踏桟へ戻したのを確かめると、4人は再び下降を始めた。
『次の保守足場まで約25メートルです。ただし固定部の一部に損傷を確認しています』
「4人で乗れる程度には残ってるか?」
『現状の荷重計算では推奨できません。右側約12メートル下方に別の保守足場がありますが、接続梯子は途中で失われています』
キョウジは下方へライトを向け、8メートルほど先で途切れている梯子と、その右下で非常灯に照らされた細い足場を確認した。
「カイ、向こうの梁へワイヤーを通せるか。先に支点を作って、1人ずつ渡る」
「距離はありますけど、狙えます。固定できたら隊長から行ってください」
カイは身体を片腕で支えながら射出角を調整し、1射目で足場の縁を掠めたワイヤーを巻き戻すと、2射目をさらに奥の梁へ打ち込み、数度強く引いて固定状態を確かめた。
「これなら保ちます。体重を全部預けず、振る時の補助に使ってください」
「よし。俺が渡ったら向こうから受ける。リオは2番目、カイが3番目、グレンが最後だ」
キョウジは梯子の下端まで降り、ワイヤーへ片手を添えながら身体を振って踏桟を蹴ると、吹き上げる風に僅かに軌道を押されながらも足場の縁を掴み、そのまま腕を引いて上へ転がり込んだ。
「リオ、こっちは大丈夫だ。踏み切ったら手を伸ばせ」
「じゃあ行きます。受け止めてくださいね」
リオは数歩分の勢いを身体の振りへ変えて梯子を蹴り、足場へ届く直前にキョウジの腕を掴むと、その力を借りて縁を越える。
続いてカイが自分のワイヤーを利用して渡り、最後にグレンが盾を背へ固定したまま大きく身体を振った。
「重いから足場ごと持っていくなよ」
「それを今言われても軽くはならん」
飛び込んできたグレンの重量で足場が深く沈み、固定部から嫌な軋みが上がったものの、4人が壁際へ寄ることで揺れはほどなく収まった。
その直後、上層からこれまでで最も大きな破断音が響き、カイが反射的に顔を上げると、崩れた足場と鉄骨が絡み合ったまま縦穴を落下してきていた。
「隊長、あれが来る前にこの足場を抜けましょう。直撃したら壁ごと持っていかれます」
「前方の保守区画まで走るぞ。足元を見て遅れないように来い!」
4人は塔の内壁へ沿って続く足場を走り出し、キョウジが先頭で崩れた工具箱と配管を越えると、リオが同じ軌道を追い、カイは途中で格子床が失われた部分をワイヤーで飛び越えた。
最後尾のグレンが穴の縁へ踏み込んだところで床材がさらに崩れたものの、シールド型アークブレードを横へ展開して残った床へ押し当て、荷重を散らしながら身体を前方へ押し出すことで向こう側へ渡る。
その直後には背後から鉄骨の束が落下し、4人が数秒前まで走っていた足場を叩き潰しながら縦穴の底へ消えていった。
『前方30メートルに比較的損傷の少ない保守区画があります。そこまで移動すれば上層からの直接落下物を回避できます』
「聞いたな。あそこへ入るまで止まらないぞ」
キョウジが速度を落とさず先へ進み、残る3人も足場の揺れに合わせて間隔を保ったまま続いた。
前方の隔壁を抜けると外から吹き込んでいた風が弱まり、細い非常灯だけが残る閉鎖型の保守区画へ出た。
『現在位置は主要な崩落軸から外れています。ただし長時間の滞在は避けてください』
「装備だけ見る。動けなくなってからじゃ遅い」
キョウジが通路の端へ寄ると、4人は負傷と装備を手早く確認した。
リオには腕と肩に擦過傷があるものの動作に支障はなく、カイも先ほどワイヤーへ吊られた際に右肩を痛めていたが、可動域を確認すると戦闘には使える。
グレンの盾にも新しい傷が増えているものの、展開機構と固定部は生きていた。
最後にキョウジが腰からアークブレードを外し、固定爪を開いて内部へ目を向ける。
旧世代コアそのものは通信塔内部で見つけた時と変わらず安定した低い反応を維持している一方、その周囲へ即席で接続した現行型の発振制御器と冷却ラインには熱変形が広がり、いくつかの固定部にも歪みが出ていた。
『現行フレーム側の損耗が進行しています。コアに異常はありません』
カイが横から覗き込み、黒い球体とその周囲の焼けた部品を見比べた。
「周りはこんなになってるのに、真ん中だけ平然としてるのが気味悪いですね」
「今のフレームで受けるには出力が大きすぎるんだろうな。帰ったら冷却も制御も全部組み直す。こんな応急処置のまま使い続ける気はない」
「かなり金が飛びそうですね」
「そこは考えたくない所だな」
「でも隊長、ちょっと楽しみにしてません?」
リオに横から覗かれ、キョウジは冷却剤を補充しながら口元をわずかに緩めた。
「使うならちゃんと仕上げたいだろ。どうせ金を使うなら中途半端にはしたくないからな」
「それ、楽しみにしてる人の言い方ですよ」
「帰ってから好きなだけ言ってくれ。今は動く状態に戻す方が先だ」
外装を閉じて発振試験を最低出力で行うと、刃は短く形成された後に問題なく消えた。
『短時間の使用であれば継続可能です。ただし高出力状態の維持は避けてください』
「必要なところだけ使う。これで帰還までは持たせる」
キョウジが武器を腰へ戻すと、4人は保守区画を離れた。
下降経路をさらに進むにつれて外から聞こえる崩落音は遠ざかり、代わりに壁沿いの配管を流れる水音が少しずつ大きくなっていった。
『現在位置は通信塔下部の冷却・貯水区画付近と推定します。この先を東へ迂回すれば地表接続ゲートへ到達できます』
「水があるなら足場も傷んでるだろうな。全員、床の状態を見ながら進もう」
キョウジが前方へライトを向けたところで、上層から続いていた崩落とは異なる大きな揺れによって通路の床が中央から歪み始め、直後には梁の1本が折れて格子床が大きく傾いた。
「壁際へ寄れ、中央から離れるんだ!」
叫びながらキョウジが横へ跳んだものの、壁側の固定部まで連鎖的に外れ、床が中央から崩れる勢いに巻き込まれて4人の足元がまとめて失われた。
近くの手すりへ伸ばしたキョウジの手は一度そこを掴んだが、荷重を受けた固定部が壁から抜け、そのまま身体ごと暗い下層へ落ちていく。
数メートルの落下を経て水面へ叩きつけられ、衝撃で肺の空気を吐き出したキョウジの全身を冷たい水が包み込んだ。
上方に残る非常灯の光を頼りに水を掻いて浮上すると、少し離れたところでカイとリオも顔を出し、崩れた鉄骨の向こうからは盾の固定を解除したグレンが保守足場へ腕を掛けていた。
「全員、近くの足場へ上がれ。水の中に長くいるな!」
キョウジが先に鉄骨へ這い上がってリオの腕を取り、続いてカイを引き上げる間に、グレンも別の足場からこちらへ渡ってくる。
「怪我は?」
「転がった程度です。肩もまだ使えます」
「私も大丈夫です。服が最悪なくらい」
「俺も問題ない」
4人分の返答を確かめてから、キョウジは周囲へライトを向けた。
落ちた先は通信塔下部の巨大な貯水区画で、壁際を巡っていた保守足場の多くが失われ、黒い水面から傾いた鉄骨や太い配管が何本も突き出している。
生き残っている非常灯の光は水面へ細長く反射し、4人の足元から区画奥へ向かって途切れながら続いていた。
『現在のリンクは4名とも正常です。東側上部に地表接続用の保守通路を確認しました。現在位置から約170メートルです』
「なるべく水へ入らず行ける経路を出してくれ。こっちは使える足場を繋いで進む」
『経路を表示します』
視界へ簡易ルートが重なり、キョウジが最初の足場へ移ろうとしたところで、水面の一部がゆっくり持ち上がりながら横へ流れた。
4人がそれぞれ武器へ手を掛ける中、非常灯の下を長い影が通過し、その輪郭が水の奥へ沈んでいく。
『大型生体反応を確認。形状と行動特性からレヴィン級と判断します』
「何体いる?」
『現在捕捉できているのは1体です。ただし区画奥は構造物によって探査精度が低下しています』
「なら増える前提で動こう。水際へ寄りすぎるなよ」
キョウジがアークブレードへ手を掛けたまま先へ出ようとすると、グレンが盾を展開してその横を抜いた。
「俺が先に行こう。この幅なら盾で進路を作れる」
「わかった。グレンが前、リオはその後ろについてくれ。俺とカイで左右を見る」
グレンが最初の足場へ移り、リオ、キョウジ、カイの順で距離を詰めたまま後を追う。
3つ目の足場へ移ったところで水面が大きく割れ、真下から飛び出したレヴィン級がグレンへ口を開く。
グレンは正面から衝撃を受け止めず、シールド型アークブレードを斜めに差し込んで頭部を横へ流し、そのまま足場の縁へ腹を打ちつけた巨体へリオが踏み込んだ。
双剣が首筋の硬い外皮を裂いたものの致命傷には届かず、レヴィンは身体を捻って再び水中へ滑り込む。
「リオ、深追いしなくていい。そのまま次の足場へ移って」
「わかりました。グレンも離れて、また下から来ます」
リオが一歩下がり、グレンも盾を引くと、傷ついた影は水中で向きを変えながら4人と並走を始めた。
『追加反応を2体確認しました。現在3体です』
「やっぱり1体だけじゃ済まなかったか。隊列を崩さず行きましょう」
カイが水面と進行方向を交互に確認しながら続き、4人は次の足場へ移った。
前方では保守足場が大きく途切れ、次の足場まで4メートル近い間隔が開いていた。
「俺が先に渡って、向こう側を押さえる。全員が来るまでこいつらを水から上げないようにする」
キョウジがアークブレードを発振させると、青白い刃とともに旧世代コア特有の低い駆動音が貯水区画へ広がる。
『高出力状態を長時間維持しないでください。現行フレームの温度上昇が続いています』
「飛び移る間だけ使う。全員が渡ったらすぐ切る」
キョウジは足場を蹴って向こう側へ着地し、水面下でこちらへ向きを変えた影を正面に捉えた。
水面が割れてレヴィンの頭部が飛び出すと、刃を大きく振り回さず下から短く合わせ、顎の外殻を裂きながら突進の軌道を外側へ逸らす。
「今のうちに全員こっちへ渡れ! リオから来い、着地したら右側を押さえてくれ!」
リオが最初に跳び、着地と同時に双剣を展開して右側の水面へ身体を向ける。
続いてグレンが重量のある盾を抱えたまま渡り、最後にカイがワイヤーを使って足場間を越えると、キョウジはすぐに発振を止めた。
『フレーム温度は上昇していますが、現時点では運用可能範囲内です』
「この程度ならまだ使えるな。ここからは余計な発振を避けて出口まで持たせる」
「その方がいいですよ。帰る前に壊したら、俺たち全員で担ぐ羽目になりますから」
「その時は一番文句を言ったやつに持たせる」
「じゃあ俺はもう黙っておきます」
カイが口を閉じる真似をしたところで、先頭のグレンが先の水面へ視線を向けた。
区画奥からさらに1つ反応が増え、4体になったレヴィン級はすぐには襲わず、足場の下を一定の距離で追いながら、4人の間隔が開く場所を探るように位置を変えている。
「細いところを待ってるな。こっちが分断されたら1人ずつ狙うつもりだ」
グレンの視線の先には、崩れた配管を利用しなければ渡れない区間がある。
「だったら向こうに先に足場を作る。カイ、渡ったらこっちへワイヤーを張ってくれ。リオはそれを使って2番目に渡る。グレンはその次、俺が最後に残る」
「それなら途中で襲われても引っ張れます。先に行きますよ」
カイが配管へ足を掛け、素早く反対側へ渡ると、梁へ固定したワイヤーをこちらへ張った。
「リオ、その線を補助に使って。足元より前を見て進めば大丈夫です」
「うん。途中で揺らさないでね」
「それは敵に言ってください」
リオがワイヤーへ片手を添えて配管を渡り始めると、水面下の影が一斉に速度を上げた。
「リオは止まらず向こうまで行け! グレンは足元から来る個体を盾で逸らしてくれ!」
最初のレヴィンが配管の真下から飛び出し、大きく裂けた口がリオの足元へ迫る。
リオは足を止めず、ワイヤーを握って身体を持ち上げることで頭上を越え、勢いのまま向こう側へ飛び込んだ。
続く2体目がグレン側へ向かうと、グレンは配管の付け根へ盾を斜めに構え、正面から受け止めるのではなく巨体を水面へ押し戻す。
その衝撃で細い配管が大きく揺れた。
張り詰めたワイヤーが視界の中央で震えた。
その向こうで水面が黒く動き、キョウジの右手が無意識に僅かに強張る。
ほんの短い間だけ、あの高架で伸ばした手の感触が蘇った。
「隊長、左からもう1体来ます。グレンが渡るまで止めてもらえますか!」
カイの声に顔を上げると、左側から水を裂いてくる影が見えた。
「ああ、グレンを先に渡せ! こっちは俺が止める!」
アークブレードを起動すると同時に迫ったレヴィンへ身体を向け、飛び出した頭部へ発振刃を斜めに合わせて軌道を逸らす。
出力が一度だけ大きく跳ねたが、刃を振り抜かず、そのまま停止操作を入れることで余計な負荷を避けた。
「グレン、もう行ける! 向こうでリオと一緒にカイを受けてくれ!」
「先に渡る。隊長も長く残るな」
グレンが盾を畳んで配管を渡り始め、キョウジも後方を確認しながら続いた。
4人が反対側の整備足場へ揃う頃には、レヴィン級の影が再び水面下へ集まり始めていた。
リオは水面へ一度だけ視線を落とし、双剣の柄を握り直した。
その横でグレンも同じ方向を確認したが、何も尋ねずに前方へ身体を向ける。
「まだ出口まで距離がある。ここで止まるより先へ行こう」
「うん。次は大丈夫」
リオが隣へ並び、2人はそのまま先へ進んだ。
『地表接続通路まで残り70メートルです』
「ここからは足場が広い。4人で固まって抜けるぞ。誰か1人だけ水際へ出るな」
残った区間では4人が互いの位置を崩さず進み、レヴィン級も水中から並走していたものの、出口へ続く最後の通路が見えたところで反応が一斉に接近へ転じた。
『左右および前方から4体接近しています』
「グレンは正面を受けて進路をずらせ。リオは左、カイは右を止めろ。俺は抜けた個体を潰す!」
水柱がほぼ同時に立ち上がった。
左から飛び出した1体へリオが双剣を交差させて頭部を横へ逸らし、右ではカイが射出したワイヤーを胴へ巻き付けて支柱側へ引くことで突進の軌道を潰す。
正面から来た最大の個体にはグレンが盾を斜めに当て、全力で受け止めるのではなく勢いを右へ逃がして足場へ乗り上げさせた。
「リオ、そのまま腹側へ回れ! グレンが押さえてる間に切ってくれ!」
キョウジの指示を受けたリオが身を低くして巨体の側面へ回り込み、露出した腹部へ2本の発振刃を深く走らせる。
暴れたレヴィンは足場を叩きながらカイのワイヤーに拘束されていた別個体を巻き込み、2体まとめて黒い水へ落ちた。
残った1体が背後から跳び上がる気配にキョウジがアークブレードへ手を掛けたところで、グレンが外装の隙間から漏れ始めた白い蒸気を見て制した。
「それ以上使うと帰りまで保たない。ここは俺たちでやれる」
「ならカイ、あいつを上へ引け! リオとグレンはその下を抜けて通路へ走れ!」
「任せてください。少しだけ頭を下げて!」
カイのワイヤーが天井の配管へ食い込み、もう一方が跳び上がったレヴィンの首へ巻き付く。
巻き取り機構が巨体を完全に止めることはできなかったものの、軌道を上方へ引き上げるには十分で、リオとグレンがその下を駆け抜ける。
キョウジも2人に続いて出口側へ走り、最後にカイがワイヤーを解放して後を追った。
『地表接続通路まで残り20メートルです』
「ここまで来たら止まるな。通路へ入るまで一気に抜けるぞ!」
キョウジが最初に傾斜した保守通路へ飛び込み、リオ、グレンが続く。
最後尾のカイが足場を離れようとしたところで背後からレヴィンが水面を破ったが、振り返る代わりに前方の手すりへワイヤーを撃ち込み、巻き取り機構で身体を強引に前へ引いた。
閉じた歯列がブーツのすぐ後ろを掠め、勢いを失った巨体が通路脇の壁へぶつかる。
転がり込んできたカイをグレンが装備ごと掴んでさらに奥へ引き込み、地上活動に適さないレヴィンが水辺へ戻っていくのを確認してから4人はようやく速度を落とした。
「危なかったな。足は?」
「付いてますよ。ブーツも一応あります」
「なら帰れるな」
「基準が低くなってません?」
「今日の任務なら十分だろ」
リオが小さく笑い、グレンも盾を背へ戻した。
地表接続ゲートは通路の先に残っていた。
半分凍りついた隔壁をキョウジとグレンが左右から押し、途中で固着したところへカイとリオも加わると、錆びた駆動部が重い音を立てながら動き、人が通れるだけの隙間が開いた。
吹雪が一気に通路へ流れ込む。
『地表への接続を確認しました』
「ここを出たら昇降施設まで一直線だ。まだ任務は終わってないから、全員帰るまで気を抜くなよ」
キョウジが最初に外へ出ると、灰色の空と白い地表が視界いっぱいに広がった。
狭い塔内と黒い貯水区画を抜けてきた後では、何もない地表の広ささえ少しだけありがたく感じられる。
リオ、カイ、グレンも続いて外へ出た。
背後の通信塔は吹雪の中で上部を霞ませ、時折まだ低い崩落音を響かせている。
『旧ハルシオン長距離通信塔からの通信は継続しています。管理局への転送データも正常に受信されています』
「あれだけ壊れながら、仕事だけはしてるのか」
カイが塔を見上げると、リオも隣から振り返った。
「だったら私たちもちゃんと帰らないとね。報告する人がいなくなったら困るもの」
「その通りだ。帰るぞ」
キョウジが先頭へ戻り、4人はネオ・ヘイヴンへ向かって歩き始めた。
地表昇降施設までの道のりは長く、貯水区画で濡れた装備は外気に晒されるうちに表面から凍り始めたため、4人は足を止めすぎない程度に短い休止を挟みながら南へ進んだ。
アバレントの反応はほとんどなく、ミオも戦闘を避けられるよう開けた経路を優先して案内する。
誰も急ごうとはしなかった。
ここまで来れば必要なのは速さではなく、4人全員が昇降施設まで辿り着くことだった。
長く白い景色だけが続いたあと、吹雪の向こうに規則的な灯りが浮かび始めた。
「……外壁灯、見えてきました」
リオが前方を指すと、カイも目を細め、グレンは何も言わないまま歩調を少し速めた。
雪の向こうにはネオ・ヘイヴン地表施設の照明が並んでいる。
地下都市が地表へ伸ばしているだけの人工の灯りで、普段の任務なら特別意識することもないものだったが、今日はそこまでの距離が縮まるたびに、身体の奥に残っていた緊張まで少しずつ解けていった。
「あと少しだな」
カイが呟く。
「昇降機に乗るまでは気を抜くなよ。帰ってからなら好きなだけ倒れていい」
「隊長もですよ。さっきから一番ボロボロの武器をぶら下げてるんですから」
「こいつも俺も、帰ったらまとめて整備だ」
「隊長まで工房送りですか?」
「人間の方は風呂でいい」
リオが小さく笑った。
「それなら私も工房よりお風呂がいいです」
「俺は飯が先だ」
最後尾からグレンが加わると、カイが振り向いた。
「まだ肉の話、覚えてたんですか」
「帰ったら食うと言った」
「じゃあ俺も付き合いますよ。ここまで来たら奢ってください」
「なぜ俺が奢る」
「生還祝いです」
「自分で払え」
吹雪の中でも会話が続く程度には、ネオ・ヘイヴンの灯りが近づいていた。
やがて地表ゲートへ辿り着き、認識バンドを読み取った端末へ4人が順番に手をかざす。
表示された識別情報は、
キョウジ・キサラギ。
カイ・ヴェルナー。
リオ・タチバナ。
グレン・バルディス。
そこで止まった。
『帰還手続きを開始します』
ミオの声とともに重い地表隔壁が開き、ネオ・ヘイヴンへ続く昇降施設の人工照明が白い地表へ伸びてきた。
キョウジはその中へ足を踏み入れる前に、一度だけ後ろを見た。
通信塔はすでに吹雪の向こうへ消え、4人が歩いてきた足跡も遠いものから順番に白く埋まり始めている。
右手を握る。
あの時、届かなかった距離はもうどこにも見えない。
それでも、その手だけは覚えている。
キョウジは前を向き、先に待っている3人のいる昇降施設へ入った。
最後のグレンが隔壁を越えると、重い扉がゆっくり閉じていき、吹雪に覆われた白い地表は細い隙間の向こうへ消えていった。
第7小隊の通信塔任務が4人の帰投をもって終えた。
12話「奈落の梯子」、お読みいただきありがとうございました。
今回は通信塔崩壊からの脱出と、第7小隊の帰還までを描きました。
第9話から続いた今回の任務では、ユーリを失い、キョウジのアークブレードには旧世代コアが組み込まれ、そして失われていた地表通信網の一部が再びネオ・ヘイヴンへ繋がることになりました。
任務そのものは成功しましたが、出発した時と同じ形では帰れませんでした。
それでも、生き残った者たちは帰ります。
今回かなり無茶をさせたキョウジのアークブレードも、このままというわけにはいきません。
ネオ・ヘイヴンへ戻った後、どうなるのかも今後描いていく予定です。
通信塔編はこれで一区切り。
次回から、再びネオ・ヘイヴンへ戻ります。




