空へ続く鉄骨
第11話「空へ続く鉄骨」です。
通信塔のさらに上層を目指す第7小隊。
今回は、塔の外部構造を登りながら、これまでとは異なる未登録個体と通信中枢へ迫っていきます。
前話で手に入れた旧式コアも引き続き重要な役割を持ちます。
非常用昇降梯子は塔の骨組みに沿って上へ伸び、途中から先は非常灯さえ失った暗闇へ消えていた。
キョウジを先頭にカイ、リオ、グレンの順で登り始めると、4人分の重みを受けた古い梯子が低く軋み、その振動が固定具から鉄骨へ伝わって縦穴の奥へ長く響いていく。
足元の格子越しには先ほど通ってきた保守区画の明かりが小さく見えていたが、数層も登る頃には鉄骨の重なりへ隠れ、代わりに外壁の裂け目から入り込む風が少しずつ強くなってきた。
下からカイの声が届く。
「隊長、そのアークブレードさっきから鳴り続けてますよ」
腰へ固定したアークブレードからは、現行型では聞いたことのない低い駆動音が途切れず続いていた。発振を停止させても消えず、旧式コアの周囲へ組み込まれていた制御環だけが内部で動いているらしい。
「俺も気になってる。止め方が分かるなら、登る前に止めてるよ」
「停止させてるのに鳴ってる時点で、使わない方がいいんじゃないですか」
「それで済むなら腰から外して置いてきたさ。今は使う回数を減らすしかないな」
さらに下からリオが口を挟んだ。
「変な音が増えたら先に教えてくださいね」
「俺より先に気づいたら、そっちから教えてくれ」
「持ってる本人より私たちが見張るんですか?」
「頼りにしてるぞ」
「そう言われると断りにくいじゃないですか」
そこで会話が途切れ、4人の手足が梯子を踏む音だけが残った。誰も沈黙を埋めようとはせず、頭上にあるはずの上層通路を目指して登り続ける。
どれほど高度を稼いだ頃か、風とは異なる音が上から落ちてきた。
硬いものが鉄骨へぶつかり、そのまま鉤爪を引きずったような音が続く。キョウジは頭上を見ながら速度を落とした。
『上方で複数の生体反応が移動しています。翼幅と飛行軌道はスクリーム級に近似。現在、3体まで捕捉しています』
「この足場を狙われるのは厄介だな」
カイの声に続いて、外壁の裂け目を黒い影が横切った。
翼を畳んだスクリーム級が縦穴へ入り込み、鉄骨の隙間をすり抜けながら高度を落としてくる。
「梯子から手を離すな!」
キョウジの声とほぼ同時に鉤爪が側面の鉄骨へ叩き込まれ、衝撃で梯子全体が大きく揺れた。
カイの片足が踏桟から外れたものの、片腕で支柱を掴み、振られた身体を壁側へ引き戻す。直下にいたリオは落下物を避けながら鉄骨へ身を寄せ、最後尾のグレンも片手を伸ばせる位置まで上がっていた。
「カイ、登れるか」
「なんとかいけそうです。先へ行ってください!」
スクリーム級は縦穴を抜けると、崩れた外壁の外側で旋回し、再びこちらへ向きを変えた。
梯子へ張り付いた状態では、4人とも武器をまともに扱えない。カイの蛇腹剣も刃節を伸ばせる空間がなく、グレンは盾とハルバードのどちらを使うにも片腕を空ける必要がある。
『右上方に保守足場があります。現在位置から約30m。梯子との接続部も残っています』
キョウジは頭上へ張り出した格子状の足場を見つけた。外周へ開いているためスクリーム級の侵入を防げる場所ではないが、少なくとも両手を使える。
「足場まで上がる。カイは無理に詰めるな。リオも前だけ見て登れ!」
4人が速度を上げると、背後で翼が空気を叩く音が近づいた。
次の急降下で鉤爪が梯子の支柱を掠め、固定具が1つ弾け飛ぶ。梯子が壁から僅かに浮き、カイの足元から鉄片が縦穴へ落ちていった。
キョウジは先に保守足場へ身体を引き上げ、続くカイの腕を掴んで格子床へ上げた。リオが足場へ移る間にもスクリーム級は外側で旋回しており、最後尾のグレンが身体を引き上げたところへ、巨体が翼を広げたまま突っ込んでくる。
グレンが左腕のシールドを構えたが、足場の幅では正面から衝撃を受け切れない。
キョウジはアークブレードを抜いた。
「左右に散れ!」
起動とともに旧式コアの駆動音が一段高まり、現行型より太い青白い刃が形成される。
大きく振ればスクリーム級より先に足場を断ちかねない。キョウジは身体を半分だけ開き、迫る片翼の付け根へ短い横薙ぎを合わせた。
発振刃が外皮へ食い込んだところで出力が跳ね上がり、青白い光が刃先からさらに伸びる。キョウジは鉄骨へ届く前に停止操作を入れ、片翼を裂いたところで発振を切った。
黒い体液を撒きながら高度を失った個体は鉄骨の間へ落ち、吹雪の向こうへ姿を消した。
「今もなんか伸びましたよね?」
カイは削れた翼の断面ではなく、そのすぐ先にある鉄骨を見ていた。
「ああ。出力が上がってから切れるまで、少し遅れたようだ」
「次は間に合わないかもしれません」
「だから次を作らない。こいつは最後まで抜かずに済むなら、その方がいい」
キョウジは駆動音の残るアークブレードを腰へ戻した。
保守足場は塔の外周へ張り出しており、ここから先は外壁に守られた内部ではなく、剥き出しの鉄骨と通路を伝って上層を目指す構造になっていた。
吹雪の中へ目を向けると、遥か上方に複数のアンテナ群が黒い骨のように突き出し、その中央には周囲より一段太い円筒状の構造物が霞んでいる。
『東側の管理棟へ接続する保守経路は、通信中枢施設の下層を経由しています。現在位置との高度差は約320mです』
「まだそんなに登るのか」
カイが頭上を見た。
「ここまで来てから聞く数字じゃないな」
「下まで戻って水域を渡るよりは近いですよ」
リオはそう返しながら外周を見回した。
先ほどまで攻撃を繰り返していたスクリーム級はすぐには降下せず、3体ほどの影が一定の距離を保ってアンテナ群の周囲を旋回している。
「追ってきたわりに、離れましたね」
『飛行軌道が捕食時のものから変化しています。現在は塔の中央部を避けながら、外周を警戒する動きに近いです』
「俺たちより気になるものがあるらしいな」
カイが中央のアンテナ群を見る。
『少なくとも、こちらへ攻撃を集中させてはいません。中央部へ近づいた場合に同じ行動を続けるかは、まだ判断材料がありません』
上方で乾いた音が鳴った。
鉄骨が風でぶつかった音にしては間隔が揃っており、少し遅れて右側から同じ音が返る。
カン、という短い打撃音の後へ、爪のようなものが金属を擦る細い音が続いた。
「風じゃないですね」
リオが上へ視線を走らせる。
『音源方向に明確な熱源はありません。ただし上層では電磁干渉が強く、微弱な反応は塔の設備へ埋もれています』
「見えないんじゃなく、設備と区別できないのか」
『はい。動くものがいる前提で経路を更新します』
「それでいい。先へ行こう」
キョウジを先頭に、4人は保守通路へ足を移した。
外周通路は塔の骨組みを縫うように緩い傾斜で上へ続き、左右にはアンテナへ向かう太い給電線が何本も走っていた。
長い時間を経て外皮を失ったケーブルも多いが、塔から検出されていた電力がまだ生きているためか、ところどころで絶縁材の奥へ青白い光が走る。
キョウジが露出したケーブルを越えようとしたところで、後方にいたグレンが声を落とした。
「止まれ」
4人が動きを止める。
グレンが見ている先、保守通路の上を横切る梁の裏側に白いものが張り付いていた。
最初に見えたのは腕だった。
人間より長く細い四肢を持ち、白灰色の外皮は周囲の雪と似た色をしている。鉤状に伸びた指先を鉄骨へ食い込ませ、身体を逆さまにしたまま、こちらへ頭部を向けていた。
関節の数も曲がる位置も人間とは異なる。眼球らしい小さな器官が頭部の両側へ複数並び、口は顎の下近くまで縦に裂けている。
「クロウラー級‥‥ではないよな」
カイが蛇腹剣の柄へ手を掛ける。
『既知種との照合を開始。該当率の高い記録はありません』
白い個体がその長い腕を次の梁へ掛け、身体を一気に引き寄せる。動きそのものも速かったが、周囲の配線から強いノイズが入るたびにニューラルリンクの補助表示が僅かに遅れ、肉眼で見える位置からずれた輪郭を重ねていた。
白い個体が鉄骨の表裏へ移るたび、遅れた輪郭だけが直前の位置へ残る。
「視覚補助を切れ」
キョウジは白い個体から目を離さなかった。
「遅れた表示に引っ張られる。肉眼で追うぞ」
『視覚補助を停止します。距離表示と個体輪郭も解除。足場情報のみローカル表示へ残します』
ニューラルリンクを介した視覚内の輪郭表示が消える。
白い個体の動きは依然として速かったが、少なくとも途中の位置を飛ばして移動しているようには見えなくなった。
「こいつが表示を狂わせてるのか?」
『個体周辺からも弱い電磁反応が出ています。ただ、塔の配線から発生している干渉の方が強く、現状では発生源を分離できません』
「原因がどちらでも、表示が遅れることは変わらないか」
『ええ。上層にいる間は肉眼を優先してください』
白い個体が梁を蹴り、こちらへ飛び移った。
「来ます!」
リオが双剣を抜き、鉄骨へ着地した個体の腕へ斬撃を重ねる。2本の発振刃は外皮を裂き、黒に近い体液が格子床へ落ちた。
「刃は通るみたい!」
「なら押し返せる!」
カイが蛇腹剣を展開すると分かれた刃節が短く弧を描き、隣の梁へ逃げようとした個体の脚へ巻き付く。カイが腕を引くと、想定より軽い身体が鉄骨へ叩きつけられ、そこへグレンが左のシールドを押し込み、右手のハルバードで足場を切らない角度から胴を突いた。
個体は通路の外へ落ちたものの、数m下の梁へ片腕で掴まり直すと、身体を引き上げて鉄骨の裏へ消えた。
『周囲で別の移動反応が重なっています。同型と思われる個体が少なくとも5体。外周と上方の梁へ分散しています』
「ここで囲まれる必要はない。道が開いているうちに上へ抜けるぞ」
キョウジは個体を追わず、中央寄りの通路へ進路を取った。カイが蛇腹剣を短い刃へ戻し、グレンが後方へ盾を向ける間に、4人は鉄骨通路を上へ急いだ。
ミオが未登録個体として記録を始めた白い個体は、一定の距離を保って第7小隊を追った。
鉄骨を伝う速さなら人間を上回っている。それでも一気に間合いを詰めようとはせず、塔の中央部が近づくと追跡そのものが鈍った。
スクリーム級も同様だった。高度を上げるにつれて外周を旋回するだけになり、アンテナ群へ近づくのを避けているように見える。
何度か未登録個体が鉄骨を叩く乾いた音が響き、そのたびに別の個体が位置を変えた。
「さっき聞こえた音は、こいつらだったのか」
カイが上方の梁を見た。
「位置を知らせてるのかもしれませんね」
リオも足を止めずに周囲を確かめる。
「それにしては、集まって襲ってこないようだ」
グレンは外周ではなく、中央のアンテナ基部を見ていた。
「あれを避けているのか」
死んだように見える設備の一部には、今も断続的な電流が走っていた。
未登録個体は中央へ近づくたび動きを鈍らせ、鉄骨へ身体を伏せてから外側へ戻っていく。
「電磁場の強い場所へ近づけないのか」
『仮説としては成立します。個体の外皮または体内に導電性の高い組織があれば、強い電磁場を避ける行動にも説明がつきますね』
「確かめる方法はあるか?」
『採取した組織を設備へ持ち帰れば分析できます。ただ、ここで電流を流す実験は、足場と私たちの装備にも影響します』
「だったら帰ってからだな。今は近づかない理由が分かれば十分だ」
「見た目ほど正体の分からない相手ではなさそうですね」
カイの言葉に、リオが白い個体の消えた梁を見た。
「その見た目の問題は、まだ何も解決してませんけどね」
上層へ向かうほど通路は狭くなり、やがて外周の保守路から太いアンテナ支持骨格へ接続する区画へ出た。
ここから先には左右の壁さえなく、塔の中心を囲む鉄骨の間へ細い連絡橋が何本も渡っている。吹雪が横から抜け、視界の先には巨大なアンテナ群が幾層にも重なっていた。
その中央に、周囲とは明らかに構造の異なる円筒状の施設が立っている。
『通信中枢施設を確認しました。東側管理棟へ続く非常用昇降経路は、その施設の制御区画を経由しています』
ミオの声にもノイズが増えていた。
『現在位置から施設入口まで約180m。中枢へ近づくほど電磁干渉が強くなっています』
「もう少しだ」
キョウジが連絡橋へ足を移そうとしたところで、右上の鉄骨から未登録個体が飛び降りてきた。
続いて左側、さらに頭上からも白い影が現れ、進路を塞ぐように梁へ張り付く。
先ほどまでより近いため、リオが双剣を上げたが、3体ともこちらへ飛び掛かってこなかった。身体は第7小隊ではなく、中央施設へ向いている。
奥の給電設備から青白い放電が走ると、未登録個体の1体が身体を縮め、別の鉄骨へ移った。
「あいつらも通れる場所を探してるのか?」
カイが個体と中央施設を見比べる。
「俺たちを待っていたわけじゃなさそうだな」
キョウジは連絡橋の配置を確認し、未登録個体から距離のある左側へ進路を変えた。
この塔を住処にしているだけなら、退路を塞いでまで戦う理由はない。
「刺激するな。左から中央へ入る」
4人が隣の連絡橋へ移っても、未登録個体は追わなかった。給電設備との距離を保つように梁を渡り、やがて吹雪の中へ散っていった。
通信中枢へ続く連絡橋は中央に近づくほど太くなり、最後の数十mは崩れた外装の内側を通る半閉鎖構造へ変わった。
正面には巨大な隔壁が残っていたが、片側が歪み、人1人ずつなら通れる隙間が開いている。
『施設内部に微弱な動力反応があります。非常用昇降経路の制御盤も同じ補助系統へ接続されています』
「通路を開ける分だけ動かせるか?」
『内部の損傷状況を確認してから判断します。補助電源が独立していれば、その系統だけを使えます』
「塔ごと起こす必要がないなら助かるな」
キョウジが隙間へ身体を入れ、グレン、カイ、リオが続いた。
厚い外壁に遮られると吹雪の音は遠ざかり、代わりに低い機械音が床から伝わってきた。
中枢区画は円形で、中央には天井近くまで届く巨大な円柱型装置が立ち、そこから伸びた無数のケーブルが壁と床へ接続されている。
完全に停止しているわけではない。外装の隙間を青白い光がゆっくり流れ、一定の間隔で制御器の一部が短く点灯していた。
周囲には割れたモニターや倒れた制御卓が残り、床や壁には古い戦闘痕らしい切り傷と焼損がいくつも刻まれている。
「ここでも交戦があったみたいですね」
カイが床へ残る深い裂傷を見た。
「記録は帰路を確保してからだ。ミオ、昇降経路はどこにある?」
『施設西側です。ただし隔壁が閉鎖され、現地操作盤も電力を失っています。現在生きている補助系統から制御権限を取得できれば、隔壁の解除と下層構造の読み出しを同時に行えます』
「遠隔では入れないのか?」
『制御系までは到達しましたが、外部命令を受け付ける部分が損傷しています。中央装置の有線端子なら、その先へ直接接続できます』
「誰を繋ぐ?」
『キョウジのニューラルリンクが旧規格に最も近い構成です。変換アダプターを介せば物理接続できます』
リオは中央装置とキョウジを交互に見た。
「頭へ直接繋ぐんですよね。負荷はどのくらいですか?」
『流入する信号量は接続するまで確定しません。私が中継して不要な情報を遮断しますが、変換前の信号が一部混ざる可能性があります』
「危険はあるってことか」
『あります。異常が出た場合は私から切断を指示します。キョウジが応答できなくなった場合に備え、カイはコネクタを外せる位置へいてください』
「最初から俺も作業に入ってるんですね」
「俺が倒れたら頼むぞ」
「倒れる前に言ってくださいよ」
「それはミオへ次第だな」
『応答と脳負荷を継続監視します。会話が途切れた場合は、こちらの判断で切断してください』
グレンとリオが入口側へ向き、未登録個体やスクリーム級の侵入に備える。
キョウジは中央装置へ近づき、端子カバーを開いた。内部の霜と腐食を払うと、現在のGRID装備へ繋がる原型らしい接続部が現れる。
「昇降経路の解除が最優先だ。通信設備は触るなよ」
『操作対象を保守制御系へ限定します。旧通信記録は読み出せる範囲だけ保存し、復旧操作は行いません』
「そしたら始めるぞ」
キョウジは変換アダプターを介し、有線コネクタを端子へ差し込んだ。
首の後ろから頭蓋へ強い痺れが走る。
「ぐっ……!」
『接続を確認。信号量が上昇しています』
視界へ大量の文字列が重なった。
映像ではない。
温度、電圧、座標、稼働率、警告記録、通信要求が現在のニューラルリンクへ変換される前の形で流れ込み、その中からミオが保守制御に必要な系統だけを切り分けていく。
『旧制御網を識別中。保守権限へ接続します』
「急いでくれ……頭の中で機械が喋ってる」
『不要信号を遮断しています。あと少し維持してください』
数百件の故障記録の中へ、古い緊急ログが混じった。
『外部回線消失』
『地表中継局応答なし』
『防衛区画閉鎖』
『主系統損傷』
その先は破損しており、人物の姿も声も残っていない。
長距離通信塔としての機能を失いながら、それでも最後まで外部への接続を試みていた記録だけが、意味を失いかけた信号の奥に残っていた。
「ミオ、古い記録は後だ。経路を開けろ」
『保守制御へ処理を集中します』
中央装置の内部で低い駆動音が始まった。
停止していた制御卓へ1台、2台と光が戻り、床下を太い振動が走る。
『補助電源へ接続。西側隔壁と非常用昇降設備へ給電を開始します』
壁面表示の一部へ古い文字列が流れ、塔内部の断面図が途切れながら描き出された。崩落した区画が赤く塗られ、その間を縫うように1本の保守経路が下層へ伸びていく。
『昇降経路の制御を取得しました。西側隔壁を解除します』
中枢区画の奥で固定具の外れる重い音が響いた。
「道は使えるのか?」
『途中に損傷区画がありますが、人が通れる幅は残っています。水域を経由せず東側管理棟の下層へ出られます』
「経路を保存したら切ってくれ」
『保存を開始しています』
入口側でグレンの盾が動いた。
「集まってきた」
隔壁の外に未登録個体が現れていた。
鉄骨へ散っていた時とは異なり、5体ほどが入口付近まで近づき、中央装置の駆動音が高まるにつれて身体を低くしている。
「中へ来ますか?」
リオが双剣を構える。
「まだ境界を越えない」
グレンは盾を下げず、右手のハルバードを入口へ向けた。
未登録個体は中央装置を警戒するように身体を揺らし、踏み込む場所を探している。
『経路情報の保存を完了しました。切断できます』
「よし、抜くぞ」
キョウジがコネクタへ手を掛けたところで、中央装置から大きな電流音が走った。
入口にいた未登録個体が一斉に身を翻し、隔壁から離れて鉄骨の外側へ逃げていく。外周を旋回していたスクリーム級の反応も、塔から距離を取り始めた。
「保守系統だけじゃないのか?」
カイが中央装置を振り返る。
『補助電源から別系統へ電力が流れています。こちらから起動命令は出していません』
「切断すれば止まるか?」
『現在は塔内の自動制御へ移ってるようですね。接続を外しても電力供給は継続します。停止経路を探しています』
頭上で巨大な金属音が響いた。
塔全体が揺れ、天井から細かな錆と氷が降る。グレンがキョウジたちの上へ盾を差し出した。
「何が動いた?」
『停止していたアンテナ姿勢制御機構です。補助電源の復旧を通常運転への移行条件として認識したようです』
「動かして平気な状態じゃないだろ!」
『複数の支持部が規定強度を下回っています。停止命令を送っていますが、旧制御系を経由するため反映まで遅れます』
再び大きな振動が走り、外から鉄骨の破断音が連続して聞こえた。
長期間固定されていた巨大アンテナが電力の復旧によって向きを変え、その荷重へ劣化した支持構造が耐えられずにいる。
「経路は取れた。もう切るぞ!」
『切断してください。以降の停止操作は遠隔で続けます』
キョウジがコネクタを引き抜く。
頭の中を埋めていた大量の信号が消え、身体が前へ傾いた。隣にいたカイが肩を掴んで支える。
「歩けます?」
「ああ。頭の中に音が残ってるだけだ」
「走れるなら十分です。西側へ行きますよ」
入口側でさらに大きな破断音が響いた。
先ほど渡ってきた連絡橋の端が支柱ごと沈み、吹雪の中へ傾いていく。
『アンテナ駆動を停止しました。ただし上層の複数箇所で損傷が連鎖しています』
「帰り道は取れたんだな?」
『西側の隔壁は開放済みです。そこから非常用昇降路へ入れます。往路は中央連絡橋の一部が崩れたため使用できません』
「グレン、先頭を頼む。ここを出るぞ」
グレンが入口へ入り、4人は中枢区画を離れた。
外へ出ると、塔の姿は先ほどまでとは大きく変わっていた。
アンテナ群の一部が途中まで回転した状態で傾き、切断されたケーブルが吹雪の中で激しく揺れている。警告灯だけは電力を取り戻し、赤い光が鉄骨の各所で点滅するたび、白い雪と黒い構造物が交互に浮かび上がった。
未登録個体は塔の中心から遠ざかり、スクリーム級も上空へ退いている。
敵が減った代わりに、今度は通信塔そのものが崩れ始めていた。
『西側の非常用昇降区画まで約90m。現在の通路は途中まで維持されています』
「途中まで?」
『区画手前の支持部で変形が進んでいます。立ち止まらなければ先に抜けられる可能性が高いです』
「そういう情報は先に出してくれ」
『なので今伝えました。右側の格子床は沈下しています。中央より左を通ってください』
「聞いたな。行くぞ!」
グレンを先頭に、4人は西側通路へ走った。
間もなく足元の鉄骨が大きく沈んだ。
カイが手すりへ蛇腹剣を伸ばし、刃節を巻き付けて身体を支える。その脇をリオが抜けた直後、背後の格子床が固定具から外れ、暗い縦穴へ落ちていった。
「保守系統を動かしただけで、ここまで崩れるんですか!」
「アンテナまで勝手に起きたんだ。塔にとっては保守だけじゃ済まなかったらしい!」
「隊長の武器と似てますね。動いたら周りが危ないところが」
「帰ったら好きなだけ言え。今は足元を見ろ!」
曲がり角を抜けると、上空からスクリーム級が1体だけ降下してきた。
塔から離れようとする群れの中で進路を外れた個体らしく、こちらを狙って追ってきたというより、逃げる4人と交差しただけに見える。それでも狭い足場では十分な脅威だった。
「止まらず抜けろ!」
グレンがシールドを上げ、鉤爪を正面で受け止めず、外側へ滑らせるように進路を変えた。
巨体が手すりへ衝突し、その反動で足場が揺れる。
カイの蛇腹剣が片翼へ巻き付き、リオがすれ違いざまに翼の根元へ双剣を走らせる。飛行姿勢を崩したスクリーム級は鉄骨へ身体を打ちつけ、そのまま塔の外へ落ちていった。
キョウジはアークブレードの柄へ手を掛けていたものの、最後まで抜かなかった。
今の出力をこの足場で使えば、敵を落とす前に退路を断つ恐れがある。
「抜きませんでしたね」
前を走るカイが言った。
「こいつを使わなくても済むなら、その方が早いからな」
「ようやく扱い方が分かってきました?」
「扱わない方法ならな」
『前方に非常用昇降区画を確認しました』
吹雪の向こうに縦長の鉄骨枠が現れ、その内部へ下向きの梯子が続いていた。
グレンが先に入口へ到達し、固定部へ盾を掛けながら梯子の状態を確かめる。
「下まで残っている。先に入れ」
リオ、カイの順に縦穴へ移り、キョウジが最後に足場へ飛び込む。
背後で大きな破断音が響いた。
振り返ると、中枢施設へ続いていた通路の一部が支柱ごと傾き、点滅する警告灯を巻き込みながら吹雪の中へ崩れていった。
『上層の構造安定性が低下し続けています。現在の区画も長くは維持できません』
「下へ入れば安全か?」
『少なくとも、この足場へ残るよりは安全です。約40m下に閉鎖区画があり、そこから東側管理棟へ続く保守路へ移れます』
「それが分かれば充分だ」
キョウジは昇降梯子へ手を掛けた。
遥か下まで続く縦穴には赤い非常灯が点々と並び、その先は暗闇へ沈んでいる。
上では通信塔が再び大きく軋み、停止したはずのアンテナ設備から低い駆動音が空へ広がっていた。
通信中枢への接続任務は、すでに打ち切られている。
塔の機能も取り戻してはいない。
それでも水域を通らず帰投できる経路と、旧通信塔に残されていた記録の一部は確保した。ここで得たものをネオ・ヘイヴンへ持ち帰るためには、まず崩れ始めた塔から4人全員で出なければならない。
「下りるぞ」
キョウジが梯子へ身体を移し、その後をカイ、リオ、グレンが続く。
頭上でまた1本、巨大な鉄骨が折れる音がした。
4人は振り返らず、赤い非常灯の続く通信塔の奥へ降下を始めた。
第11話「空へ続く鉄骨」、お読みいただきありがとうございました。
今回は旧版からかなり大きく整理した回になりました。
未登録個体についても、正体不明の怪異というより「未知ではあるが、生物としてそこに存在しているもの」として描き直しています。
そして第7小隊は、ついに旧ハルシオン長距離通信塔の中枢を再起動しました。
失われていた地表通信網の一部がネオ・ヘイヴンへ繋がった一方で、長いあいだ停止していた塔そのものが、その再起動に耐えられなくなり始めています。
任務は成功。
あとは帰るだけ。
……なのですが、地表任務ではそこが一番難しいのかもしれません。
次回、第12話へ続きます。




