古の心臓
第10話「古の心臓」です。
ユーリを失った第7小隊は、そのまま通信塔内部へ。
ここから任務はさらに深い場所へ進んでいきます。
今回はアークブレードそのものにも少し踏み込む回です。
お楽しみいただければ嬉しいです。
歪んだ隔壁を抜けると吹雪の音は厚い壁の向こうへ押し戻され、代わりに旧ハルシオン長距離通信塔の内部へ滞留していた湿った冷気と、どこかで断続的に漏電する小さな火花の音が4人を包んだ。
床には外から吹き込んだ雪が薄く凍りつき、その下を太い配線束が何本も這い、壁際には崩れた制御盤や用途の分からない機器が並んでいる。
グレンが左腕のシールドと右手のハルバードを構えて先頭へ立ち、その数歩後ろをキョウジ、カイ、リオが続いたが、ほんの少し前までなら最後尾から何かしら声が飛んできたであろう隊列には、今は4人分の足音しか響いていなかった。
『内部図面の照合を開始しています。現在位置は通信塔基部、第2保守区画と推定します』
通信へ混じるミオのノイズはまだ軽く、キョウジが東側管理棟までの経路を尋ねると、基部の保守路は崩落しており、第3保守区画から上層の連絡通路へ回る経路が残っている可能性があると返ってきた。
「可能性、ですか」
頭上を見上げたカイの視線の先には何層もの配管と保守足場が重なり、そのさらに上は照明を失った暗闇へ消えている。
「現行図面が途中で切れていますからね。まずは第3保守区画まで進んで、残っている避難表示を拾います」
「その前に、こいつを見る」
キョウジは周囲を見回し、死角の少ない広めの保守スペースで足を止めると、グレンに入口側を任せて腰を下ろし、膝へ載せたアークブレードの側面にある固定爪を外した。
柄の下部へ埋め込まれた整備用ロックを解除すると外装の一部が開き、普段は完全に覆われている内部から細い冷却管、その脇へ並ぶ発振制御器、幾重にも束ねられた給電ラインが姿を現し、その中央近くには球状のコアを固定する円環状の保持機構が収まっていた。
「中を見るのは初めてです」
周囲を警戒しながらもリオが横から覗き込むと、キョウジは携行端末から診断線を接続し、表示された数値を追いながら小さく息を吐いた。
「開けずに済むなら、その方がよかったんだけどな」
横から画面を覗いたカイが眉を寄せる。
「コアまでは動いているんですか?」
「そこは正常だ。止まってるのは、その先らしい」
キョウジは診断結果を送りながら発振系統の値を確認し、制御器から先で電圧が落ちていることと、冷却にもわずかな遅れが出ていることを説明した。
『こちらでも同じ記録を取得しました。制御器の後段から発振部までの給電経路で電位が落ちています。外から見える範囲には、断線も焼損も見当たりません』
「ここで交換できる部品じゃないな」
外から確認できる範囲に断線や焼損はなく、内部のどこかで伝達が途切れているなら携行工具だけでは手が出せない。
「塔の中で待つより、東側への経路を探しますか?」
リオに尋ねられたキョウジは、開いたアークブレードから来た道へ一度だけ視線を移した。
戻るなら、ユーリを奪った水域とあの高架をもう一度通らなければならず、進んでも武器がいつ完全停止するか分からない以上、どちらを選んでも危険を避けることはできなかった。
「発振そのものはまだ戻る。東側へ抜ける連絡通路まで進んで、完全に止まったら俺を前に出すな。グレンが正面、俺は補助へ回る」
「先頭へ出ようとしたら、こちらで止めますよ」
カイはそれ以上何も言わず、閉じられていくアークブレードの外装を見ていた。
「動いているうちに、次の区画まで行きましょう」
「そうしよう」
入口側を警戒していたグレンが先に動き、リオもその後へ続いた。
キョウジは腰へアークブレードを戻し、3人を追った。
通路の奥へ進むにつれて通信塔内部の構造は複雑になり、床へ残された保守用レールの脇を太いケーブル束が走り、頭上では複数の階層を貫く配管や支持材が暗闇の中で交差していた。
ミオが残存図面と現在位置を照合しながら何度か分岐を選び、第3保守区画まで残り40mと告げたところで、キョウジは生体反応を確認させた。構造物から返る反射で個体数は絞れないものの、上方と右側の配管裏から断続的な移動音を拾っているという。
「数が出なくても場所は使える。いるつもりで進むぞ」
歩調を落としたキョウジの声が通路へ消えた直後、頭上で小さく金属の擦れる音が走り、グレンが盾を上げるのとリオが視線を向けるのはほぼ同時だった。
「天井です。梁の裏を動いてます!」
梁の裏を細長い脚が横切り、その先で別の影が壁へ張り付くのを見たカイが蛇腹剣型の刃節を解放する。
『形態はクロウラー級と一致します。現在追えている移動音は8体分ですが、配管の裏に追加反応が残っています』
「この幅で全部相手にするのは割に合いませんね」
キョウジがアークブレードを発振させると青白い光は問題なく形成され、そのままグレンへ正面、リオへ右壁、カイへ天井の監視を振り分けながら、自身は動きの集まる中央へ視線を置いた。
最初のクロウラーが天井からグレンへ落ちてくるのとほぼ同時に、右側の配管裏から2体目が這い出し、鉤状の爪を盾へ食い込ませた1体目をグレンが半歩踏み込みながら前へ押し返す横で、リオが2本の発振刃を交差させて2体目の前脚をまとめて断ち、その後ろを抜けようとした別個体にはカイの蛇腹剣が巻き付いて壁へ叩きつける。
「天井から、あと2体来ます!」
カイの警告を受けてキョウジが頭上へ刃を向けると、落下してきたクロウラーの腹部を青白い発振刃が裂いたが、その途中で柄の内側から嫌な異音が走って光が途切れ、傷を負いながらも体勢を戻そうとした個体へキョウジはそのまま肩からぶつかってグレンの盾側へ押し出した。
「グレン、そっちへ送る!」
「盾の前へ出してくれ。このまま押さえる」
グレンが盾の縁で頭部を床へ押さえ込む間に、キョウジは手元の発振状態を確かめた。
一度消えた刃は戻っていたものの、安定しているとは言い難く、その迷いを読んだように壁を這っていたクロウラーが天井へ移り、リオの死角から一気に落下してくる。
「リオ、右上から来る!」
声に反応したリオが身体を捻り、双剣を間に合わせたものの鉤爪に片腕を押し下げられ、そこへグレンの盾が横から入り、クロウラーをリオの進行方向から弾き出した。
意図を察したリオは足を止めず、宙で体勢を崩した個体の下へ潜り込むと、すれ違いざまに2本の発振刃を胴へ走らせた。
残った個体は正面から押し切ろうとはせず、壁と天井を使って4人の周囲へ散り始めたが、カイが天井梁へ蛇腹剣を絡めて身体ごと横へ振り、移動中の1体を鉄骨へ押し付けたことで空間が生まれた。
「右側を抜けられます。このまま扉まで行けますよ!」
「倒し切らずに抜ける。グレンから先に入ってくれ!」
ここで群れを倒し切って消耗する必要はなく、グレンを先頭に4人は第3保守区画へ向かって動き出し、リオとカイが左右から追撃を抑えながら、最後尾へ回ったキョウジも迫る1体へ振り返りざまの斬撃を合わせた。
今度は発振が最後まで保ち、前脚を断たれたクロウラーが勢いを失って床を滑る間に4人は区画内へ飛び込み、グレンとカイが半開きの防火扉へ肩を入れて隙間を狭める。
向こう側から何度か爪が扉を叩いたが、クロウラーが通れる幅ではなくなったのを確認してグレンが盾を下ろした。
「この幅なら入ってこられないだろう。固定が外れる前に先へ進もう」
「助かる」
キョウジはそう返しながら周囲へ視線を巡らせた。
第3保守区画は中央を巨大な昇降機用シャフトが貫く縦長の空間で、その周囲には保守通路と階段が何層にも渡って張り巡らされていたが、肝心の昇降機ははるか下へ落ちたらしく、空洞だけが頭上へ伸びている。
『主要昇降機はシャフト下部へ落下しています。北側の保守階段は途中まで反応が残り、その上で東側連絡層へ接続しています』
「結局、足で上がるしかないんですね」
カイが上を見たところで、ミオから途中の崩落状況までは取得できていないと返ってきた。
「最上部まで登らされるって、ユーリなら得意げに言ってたでしょうね」
言ってからカイの顔からわずかに表情が消え、リオも一瞬だけ視線を落とした。
グレンは何も言わなかったが、その沈黙が余計にユーリの不在を際立たせる。
カイは少しだけ息を吐き、
「崩れていないところまで行きましょう」
と階段へ向かった。
誰もその言葉へ触れず、4人は後に続く。
保守階段は外壁の内側を何層にも渡って上へ伸びており、途中からは崩れた壁の隙間を抜けた雪が踏面へ積もり、手すりもところどころ失われていた。
下方から先ほどのクロウラーが追ってくる気配はなかったが、数層上ったところでミオが上方に4つの生体反応を拾い、移動姿勢と外殻形状がクロウラー級に近いと告げる。
「また上で待ってるらしいな」
キョウジがアークブレードを起動すると青白い光は一瞬だけ形成されたものの、輪郭を保つ前に消え、再度操作しても今度は発振そのものが起こらなかった。
『コアから制御器までは出力されています。発振部へ流れる電位が失われ、再起動信号にも反応を返していません』
「今度こそ完全に止まったか」
「下へ戻るにも、さっきの群れがいますよ」
リオが上階と来た道を見比べた直後、上階から金属を蹴る音が響き、側壁へ張り付いたクロウラーが逆さまのまま階段を降りてくる。
「戻るかどうかは踊り場を抜けてから決めよう、。今はこいつらを通さないことに専念するしかない」
キョウジは発振しないアークブレードを握ったままグレンを正面へ出し、カイとリオへ左右を任せ、自分は最後尾から上下の死角を拾う位置へ下がった。
前へ出て斬ることのできない数歩の差が妙に落ち着かなかったが、それを気にしている暇はなく、最初のクロウラーをグレンが盾で受け止め、その側面へリオが入り込んで脚を断つ間に、カイは手すりへ蛇腹剣を絡めて高い位置から別個体の進路を潰していく。
3人がそのまま上階の踊り場へ抜けかけた時、天井に張り付いていた1体がリオの真上から落ち、キョウジの警告で身体を捻ったリオの肩を爪が掠めた。
カイの蛇腹剣がすぐに脚へ巻き付き、個体を外側へ引き倒したことでリオとグレンが先へ抜け、キョウジも続こうとしたところで足元の固定部から鈍い破断音が伝わった。
「階段から離れろ! 壁側へ寄るんだ!」
壁へ固定されていた支持材が折れ、階段と踊り場の半分が一緒に傾いたため、グレンはすぐにリオを上側へ押し出し、カイも残った手すりへ蛇腹剣を打ち込んだが、キョウジの足元だけが大きく沈んでいく。
「隊長、剣へ手を伸ばしてください!」
カイが蛇腹剣の刃節を差し出したが、その間に残っていた床材まで裂け始めたのを見たキョウジは掴みに行くのをやめた。
「引くな! こっちの重さを乗せたら、踊り場まで落ちる!」
崩れた階段の重量が周囲の支持材を引きずり、キョウジが壁側へ身体を寄せた直後に足場が完全に失われた。
身体は数層下の保守通路へ落ち、肩から床へ叩きつけられた衝撃で肺の空気が抜けると同時に周囲へ鉄骨片が降り、キョウジは腕で頭を庇いながら崩落が収まるまで身を低くした。
大きな音が途切れ、細かな破片の落ちる音だけが残ったところで、激しいノイズを伴ったミオの声が通信へ戻ってくる。
『キョウジ、個体識別信号は維持しています。発声できる状態なら返してください』
「落ちたのは俺だけだ。肩は痛むが、立てる」
肩を動かすと痛みはあるが、骨や関節に致命的な異常はなさそうだった。
「上の3人は?」
『3人の信号は上階で維持しています。カイの通信をこちらへ中継します』
そこへ頭上から途切れがちなカイの声が重なる。
『隊長、こっちの声は届いてますか!』
「ああ、届いてる。上から階段を動かすなよ?崩れた部分が残った支持材に乗ってるから、引き上げようとすれば全部持っていかれる」
返事まで少し間があったが、カイも構造を確認したらしく声を低くした。
『こちらから下りられる場所を探します。隊長は動けそうですか?』
キョウジは非常灯がかろうじて残る左右の保守通路へ目を向け、片方が上層方向へ迂回している可能性を考えた。
「俺は下から別ルートを探す。お前たちは予定どおり上へ進んでくれ」
『最初から隊長を残して東側へ抜けるつもりはありません。合流できる区画までは、こちらからも経路を探します』
「カイ、お前が指揮を取れ。通信中枢まで行く必要はない。合流経路を探しながら進んで、危険ならそこで止まるんだ」
通信の向こうで少しだけ沈黙が続いたあと、カイが了承し、すぐにリオの声も入った。
『こちらは3人とも動けます。北側の通路から回りますから、隊長も勝手に奥へ入りすぎないでください』
「そっちも無理に戻るなよ」
『先で待つ。必ず来い』
最後にグレンの低い声が入り、それを確認したキョウジは通信が再びノイズへ沈む前に、
「必ず行く」
と返した。
キョウジは腰からアークブレードを取り上げて念のため起動を試したが、今度は発振部に何の反応もなく、ミオからもコアまでは電位が残っているものの、発振部への給電が途絶えたままだと告げられた。
「そこはもう動かないものとして扱う。ほかの機能だけ監視してくれ」
動かない武器を腰へ戻し、非常灯が残る通路へ進むと、上層より損傷の激しい下層では壁材がところどころ剥がれ、露出した配管や倒れた部品棚が通路を狭めていた。
その一つを越えようとしたところで、倒れた配管の隙間からクロウラーが這い出し、低い姿勢のままこちらへ飛び掛かってくる。
「今のお前に付き合う刃は残ってないんだよ」
キョウジは発振しないアークブレードを抜き、横へかわしながら金属製の基部を頭部へ打ちつけた。
壁へぶつかったクロウラーはすぐに姿勢を戻して再び迫り、反射的に起動操作を行うと、一度は完全に沈黙したはずの発振部へ青白い光が短く灯った。
「まだ残ってたのか」
形成されたわずかな刃を逃さず肩口へ振り下ろすと外皮を深く裂いたところで光は消え、残った金属基部が傷口へ叩き込まれる。
キョウジはそのまま体重を掛けてクロウラーを床へ押し倒し、割れた外装へ柄頭を何度も打ち込んで動きを止めた。
『今の発振で給電記録が完全に途切れました。次に起動操作を行っても、発振部へ届く電位は残っていません』
「最後の1回だったってわけか」
『コアと冷却系は生きています。停止したのは発振部への経路ですね』
息を整えながらもう一度起動を試したが、今度こそ何の反応もなく、キョウジは沈黙した武器を見下ろした。
「刃としては終わったな」
腰へ戻しかけたものの、次に何か現れればこれだけでは足りない。
使えそうな物がないか周囲を探しながら進むうち、倒れた部品棚が通路を塞いでいる場所へ行き当たり、横から押し退けると、その背後から現行図面には記録されていない細い保守通路が姿を現した。
『現在の図面では壁面として登録されています。奥から弱い通風があり、閉鎖区画ではありません』
「改修前の通路が残ったか」
人1人が横向きになってようやく通れる隙間を十数メートル進むと、錆びたロックの残る扉へ突き当たり、工具を差し込んで強引に解除した先には小さな整備室が残っていた。
室内の棚はほとんど倒れ、床には腐食した工具や部品が散らばっていたが、壁際に形を失いかけた厚手の防寒コートが残り、そのすぐ傍らに細長い金属物が横たわっているのを見つけたところで、キョウジの足が止まった。
「旧式のアークブレード‥なのか?」
現行型より外装が厚く柄も長いうえ、装甲板の継ぎ目や大型の発振部がそのまま露出しているため見た目の印象はかなり異なるものの、固定爪や整備ロックの配置には明らかに共通点があった。
膝をついて雪と埃を払い落とすと、側面から古いGRID規格の刻印が現れた。
『識別子は現行台帳のどの記録とも一致しませんが刻印形式はGRID初期規格と合致しています』
「塔が動いていた頃の物なら、記録から外れていてもおかしくないな」
起動操作へ反応はなく、それ自体は当然だったが、キョウジが見ているのは刃ではなく外装の内側へ続く構造だった。
固定位置、整備ロック、そしてコア収納部の位置まで基本的な考え方は現行型と変わっていない。
「基本構造は残ってる。開けられそうだ」
現行アークブレードは球状コアから供給されたエネルギーを制御器で整え、発振部へ送り込むことで刃を形成している。
長い年月の間に安全装置や制御精度、整備性は更新されてきたはずだが、コアを中心とした設計思想そのものまでは大きく変わっていないらしい。
固着した固定爪へ工具を差し込み、壊さない程度に力を掛けていくと、金属が軋んだ末に外装が開き、現行型より太い給電線と大型の制御器、その中央に固定された黒ずんだ球体が露出した。
『コアと制御環から微弱な電位を検知しました』
予想外の報告にキョウジが顔を上げる。
「まだ反応が残ってるのか?驚きだな」
『蓄電反応は維持されているようです。発振部側の回路は腐食していますが、コアと制御環の内部電位は途切れていません』
「この状態で残る理由はなんだろうな」
『現行コアとは制御方式が異なります。密閉された制御環まで含めて保持されているため、外部の腐食だけでは状態を説明しきれません。持ち帰れば構造を比較できますが』
キョウジは自分のアークブレードも床へ置いて外装を開き、2本の内部を並べるように見比べた。
現行側のコアは正常であり、故障しているのはその先にある出力伝達系統なのだから、単純に球体だけ交換しても武器は直らない。
しかし旧式をよく見ると、球状コアの周囲へ制御環が一体化され、そこから直接給電ラインが伸びており、現行型のようにコアと制御器が完全に分離されていなかった。
「こっちはコアと制御環が一体なのか」
『保持部ごと1つの出力モジュールになっています』
「だったら制御環ごと移せば、死んでる経路を飛ばせるかもしれない」
『接続回路は成立します。問題は、旧式の出力特性を現行フレーム側で制御できないことです。発振部と冷却系の上限を越えても、停止命令が遅れるおそれがありますよ』
「ミオ、ほかに刃を出せそうな装備は残ってるか?」
数秒の検索の後、室内の部品と旧式武器の反応が端末へ並んだ。
『起動電位が残っているのは、このコアと制御環だけのようですね。ほかの発振部と電池筒は腐食が進み、通電させれば短絡する状態です』
「なら、これを使える形にする」
キョウジは旧式側の固定具を1つずつ外し始めた。
給電線の一部は触れるだけで表面が崩れるほど劣化していたが、コア周辺の制御環は比較的保存状態がよく、最後の固定具を外すと手のひらより少し大きな黒い球体が周囲の円環ごと持ち上がった。
現行型よりわずかに大型で、表面には細かな溝が走っている。
それを自分のアークブレードへ合わせてみると、そのままでは固定部へ収まらなかった。
「固定穴がずれてるな」
『角度を変えれば端子は届きますが、その位置では正規の固定具を2か所使えません。出力時の振動で保持部が動く可能性があります』
「動かないように押さえれば、接続自体はできるんじゃないか?」
『耐熱パッドと補助スペーサーを併用してください。外装は閉じ切らず、手動遮断へ触れられる状態を保ちます。試験は最低出力で刃の形成を確認した時点までです』
「止めるだけじゃなく、やり方まで出してくれるんだな」
『警告だけで作業を止めるとは考えていません。危険を減らす条件は先に渡しますので』
現行型の固定部から補助スペーサーを外し、旧式コアをわずかに角度をつけて押し込みながら、制御環の端子位置へ給電ラインを合わせていく。
完全には一致しないため携行工具から短いバイパス線を取り出して2系統を直接つなぎ、残った隙間には耐熱パッドを噛ませて固定具を締めた。
見た目だけなら収まった。
まともな整備士が見れば怒鳴られる程度には無茶な載せ方には変わりない。
「固定はした。試すぞ」
『接続抵抗は許容範囲に入りました。外装は開いたまま、出力を最低へ固定します。異常時は起動操作ではなく手動遮断を使ってください』
「手動遮断に指を掛けておく」
外装を完全には閉じず、異常が出た時すぐ止められる状態のままアークブレードを持ち上げ、周囲に人も機材もないことを確認してから起動操作を行った。
最初の一瞬は何も起きなかった。
「接続が足りないか」
そう呟いた直後、柄の内部で低い駆動音が立ち上がり、青白い光が一気に発振部へ走った。
形成された刃はこれまでより明らかに太く、わずかに長いうえ、周囲の空気まで震わせる出力で床の細かな埃を弾き飛ばした。
「最低出力でこれか……!」
『規定上限を大きく越えています。手動遮断を』
キョウジはすぐ手動遮断へ指を掛けたが、刃は命令から一瞬遅れて消えた。
外装の隙間からすでに熱が漏れ始めている。
旧式コアと制御環は動いたものの、現行フレーム側がその出力を受け切れていないのは明らかだった。
「使うとしても、短い発振を数回だな」
『現在の冷却状態なら、その範囲に収めてください。停止命令の遅れも残っています』
「そこまで意見が合うなら、帰るまでは保ちそうだ」
外装を閉じながらキョウジは床へ残した旧式アークブレードの本体へ一度だけ目を向けた。
「心臓だけ借りる。戻れたら、残った方も回収に来る」
もちろん返事はなく、キョウジは旧い武器の心臓だけを載せたアークブレードを腰へ戻して整備室を後にした。
ミオの案内を頼りに別の保守通路を進むにつれて道は少しずつ上向きになり、通信状態も回復したところでカイの声が戻ってきた。
『隊長、こちらの声は届いてますか』
「今ははっきり聞こえる。そっちは?」
『3人とも動けます。ただ、合流予定の区画にクロウラーが溜まって、北側の扉まで押されています』
「位置を送ってくれ。右後方へ出られる通路を進んでる」
共有された簡易マップを見る限り距離はそれほど離れておらず、キョウジはその場で待つよう指示した。
『武器の方は動いたんですか?』
「刃は出る。ただ、長く出していられる状態じゃないな」
『直したとは言いにくそうですね』
「再会を急ごう、見た方が早い」
カイが何か言い返す前に通信を切るような真似はせず、その声を聞きながら先へ進むと、数分もしないうちに前方から金属の衝突音とクロウラーの爪が床を擦る音、その奥からリオの声まで届き始めた。
「左側から、もう1体入ります!」
区画へ飛び込んだキョウジの視界には、正面の個体を盾で押さえるグレンと、壁際の1体を蛇腹剣で拘束するカイ、その間を双剣で動き続けるリオ、そして周囲を囲むように残った6体以上のクロウラーが映った。
「待たせた。右側から道を開ける!」
「隊長、右の壁にもいます!」
リオが振り向いた直後、壁から別のクロウラーが飛び出してきたため、キョウジは足を止めることなくアークブレードを起動した。
低い駆動音に続いて青白い光が形成され、そのまま振り抜いた刃がクロウラーの胴へ入った瞬間、これまでとは明らかに違う衝撃が腕へ返る。
外皮を裂くだけではなく、内部へ押し込んだ力ごと個体を壁まで吹き飛ばし、配管を巻き込んで床へ落とした一撃を見たリオが目を丸くした。
「その出力、さっきまでの武器と同じなんですか?」
「外側はな。中に旧式のコアと制御環を入れた」
「それで直したつもりなら、あとで詳しく聞きますよ」
カイが呆れた声を出す。
「動くようにはした。話は扉の向こうで聞いてくれ!」
キョウジが正面へ入り、グレンが盾をわずかに開ける。
出力が高すぎる以上、大きく振れば敵だけでなく周囲の設備まで傷つけるため、キョウジは真正面へ入った個体だけを短い斬撃で押し返し、その空間をカイとリオが広げる形で4人が上層通路へ向かった。
ユーリがいた時と同じ隊列には戻らない。
それでも今いる4人で動ける形を崩さず、グレンが最後のクロウラーを壁へ押し込み、リオが脇を抜けて脚を断ったところで進路が開いた。
「前が開きました。このまま抜けられます!」
「グレンから入れ。カイは最後尾を頼む!」
4人はそのまま上層通路へ抜け、追撃がないことを確認しながらさらに先へ進んだ。
しばらくして通路の先が大きく開けると、塔内部を縦に貫く巨大な吹き抜けと、その中央を向こう側まで渡る細い連絡橋が現れた。
下は照明が届かず底が見えず、上方では崩れた外壁から雪が吹き込み、風に乗った白い粒が何層もの足場の間を落ちていく。
「この橋を渡るんですね」
カイが橋の状態を確認すると、ミオから東側管理棟へ接続している経路は現在のところこれだけであり、橋脚の中央部には変形があるものの連続していると返ってきた。
「また細い足場か」
リオが嫌そうに呟き、キョウジが先頭へ出ようとしたところで、上空から甲高い鳴き声が吹き抜け全体へ響いた。
崩れた外壁の向こうから大きく翼を広げた黒い影が入り、その後ろにも同じ輪郭が続く。
「スクリーム級だ。橋へ入る前に数を見よう」
グレンが盾を上げる。
『4体が上空を旋回しています。2体は橋の両端へ分かれ、残る2体は高度を保っています』
キョウジは狭い連絡橋と腰のアークブレードを交互に確認した。
今の出力でまともに振れば足場そのものを切りかねない。
「倒すことにこだわるな。橋から外せばいい。カイは翼を取って、リオは低く来た個体だけ切る。グレンは突進を外側へ流してくれ」
「隊長は刃を使わないでくださいよ。この橋ごと落とされたら、逃げ道がなくなります」
「最後まで出さずに済むなら、そうするさ」
「なら少し安心しました」
カイがわずかに口元を緩めた直後、最初のスクリームが翼を畳んで橋へ急降下した。
カイの蛇腹剣が片翼へ絡みつき、軌道のずれた巨体へグレンが盾を斜めに当てて進路だけを外側へ流すと、スクリームは手すりへぶつかってそのまま吹き抜けへ落ちていく。
間を置かず2体目がリオへ向かったが、リオは身を低くして鉤爪をかわし、すれ違いざまに翼の根元へ双剣を走らせたため、傷ついた個体はバランスを失って壁へ激突した。
残る2体が上空で同時に旋回し、今度は前後を詰めるように連続して橋へ入ってくる。
「前後から続けて来ます!」
「中央を空けて、橋の端へ寄れ!」
4人がそれぞれ端へ寄り、先頭の1体をグレンが盾で外側へ弾いたものの、その背を越えた後続がリオへ鉤爪を伸ばし、避けられる余地が残っていないのを見たキョウジはアークブレードを抜いた。
「脚へ一度だけ使う。橋から刃を離す!」
起動した刃を大きく振らず、迫った脚だけへ合わせる。
鉤爪の付け根へ触れた瞬間に出力が跳ね上がり、青白い刃が想定より長く伸びて脚を切断し、その先端が連絡橋の縁まで掠めて金属片を散らした。
「隊長、橋まで入ってます! もう止めてください!」
「手動遮断を落とした。これ以上は出さない!」
キョウジは即座に発振を切り、片脚を失って横へ流れたスクリームが吹き抜けへ落ちるのを確認した。
足元の橋が小さく震え、削れた縁を見たカイが顔をしかめる。
「次に使うなら、足場のある場所にしてくださいよ。こいつは橋の上で振る武器じゃありません」
「気が合うな。俺も同じ意見だ」
最後の1体は高度を取り直しており、次に降りてくるまでにはまだ距離がある。
「降りてくる前に渡るぞ。間隔を空けたまま走れ!」
4人は連絡橋を走り、向こう側へ渡り切ったところでリオが壁際に残る半開きの保守扉を見つけた。
「この扉、奥へ続いてます!」
中を確認したグレンが上へ続いていると答え、ミオもその先に非常用昇降梯子が残っていることを確認する。
「橋の次は梯子ですか」
扉の中へ入ったカイが息を吐いた。
「塔を見上げる分の体力は残すって、あいつが言ってましたね」
その後ろへ入ったリオが、
「最上部まで登らされるって言った方も当たったね」
と続けたが、今度はカイの足も止まらなかった。
「帰ったら自慢するつもりだったんでしょうね。面倒なくらいに」
最後尾のグレンが低い声で続けた。
「聞かされる方が、まだましだった」
リオはすぐには返さず、双剣を収めて梯子へ向かう。
「うん。私もそう思う」
誰も無理に明るくしようとはしなかったが、ユーリの名前を口にしても歩みが止まらなかったことだけは、それまでとは少し違っていた。
キョウジは先頭で狭い保守通路を進みながら、腰のアークブレードから続く今までとは違う低い駆動音を聞いていた。
旧式コアと制御環を押し込んだ現行フレームがいつまで保つかは分からないが、少なくとも今は動いている。
通路の先に縦長の空間が現れ、壁面へ固定された非常用昇降梯子が暗闇の上へ伸びていた。
『梯子は東側連絡層まで続いています。上部の固定具にも荷重反応が残っています』
「ようやく帰る道が見えてきたな」
キョウジが梯子へ手を掛けると冷えた金属の感触が手袋越しに伝わり、その後ろへカイ、リオ、グレンが続いた。
4人の重みを受けた古い梯子が低く軋み、その音は縦穴の奥へ吸い込まれることなく、遥か上へ向かって長く響き続けた。
10話「古の新造」、お読みいただきありがとうございました。
今回はこれまで戦闘で使われてきたアークブレードの内部構造、そして旧世代のアークブレードを描きました。
長い時間を経ても残っていた旧式コアが、現行型では扱いきれないほどの出力を持っていた理由は、まだ分かりません。
ただ、今のキョウジには使える武器が必要でした。
第7小隊はさらに上層へ。
次回、第11話「空へ続く鉄骨」へ続きます。




