届かない手
今回から、通信塔を巡る長編任務が始まります。
第7小隊にとっても、これまでとは少し違う任務になります。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
ブリーフィングルームの壁面に旧市街北西部の立体図が開き、沈下した市街地の向こうへ細長い塔が立ち上がった。周辺の建造物は高さを失っているのに、旧ハルシオン長距離通信塔だけは上部を情報表示の外へ伸ばしている。基部から中層まで残る構造は確認できたものの、その内側には欠損を示す斜線が重なり、現在の通路として使える場所は表示されていなかった。
『72時間前から、塔の上層で断続的なエネルギー反応が続いています。管理局は旧通信設備の一部が稼働している可能性を認め、第7小隊へ接続経路の確保を要請しました』
ミオが塔の断面を拡大すると、基部の搬入口と推定される場所から通信中枢まで、過去の図面をもとにした経路が淡く浮かんだ。
『塔内へ進入後、通信中枢に接続可能な端末を探してください。回線が残っていれば私が遠隔操作を試みます。設備の損傷が大きい場合は、取得できた情報を持ち帰ることを優先します』
「最上部まで登らせる話じゃないなら助かりますね。外から見ても終わりが遠い」
ユーリが塔の上部を指で縮小しようとしたが、全景を収める前に周辺地形の表示へ戻された。
『現地で新しい通路を作る必要があれば、その時点で相談します』
「登らないとは言わないんだ」
「相談する相手が残っているうちに帰れる案を選べ。塔より先に、そこまでの道だ」
キョウジが南側へ地図を動かすと、道路網を押し潰したような窪地が広がった。地盤沈下と地下設備の崩壊で生じた水域で、半ば沈んだ建物の上を旧高架道路が横切っている。東側には水域を避ける経路も残っていたが、そちらを使えば移動距離が6km以上増える。
『水域ではレヴィン級に近い反応が記録されています。直近24時間の観測では2件ですが、水中の検知範囲は限定されます。旧高架道路は前回走査で連続していたものの、荷重に耐えられる保証はありません』
「高架へ入る前に状態を見る。使えなければ東へ回るが、天候と帰投時刻の両方を更新してくれ」
『承知しました。塔の周辺では構造物による通信遅延も予想されます。完全に途切れた場合は各員のローカルマップを共有し、最後に受信した任務情報を基準に行動してください』
グレンは水域から塔までの距離を確かめ、左腕のシールドと右手で扱うハルバードの固定状態を順に確認した。リオは双剣の残量を端末へ送り、カイも腰へ収めた蛇腹剣型の自己診断を終えている。ユーリのアークアンカーには主固定と緊急離脱の試験結果が並び、どちらも正常を示していた。
「現地で悩む分は残ったな」
カイが立体図を閉じると、キョウジも席を立った。
「持ち帰るものまで増やす必要はない。塔へ着く前に条件が崩れたら、接続を試さず戻るぞ」
「塔の高さに文句を言う機会くらいは欲しいですけどね」
ユーリはアークアンカーの記録を閉じ、ほかの4人とともにブリーフィングルームを出た。
地表へ出てから約2時間、第7小隊は旧市街を北西へ進んでいた。灰色の空から落ちる細かな雪は風に流され、外壁を失った建物の間で向きを変えながら路面を薄く覆っている。先頭のキョウジが雪に隠れた亀裂を避け、その後ろでカイとリオが左右を受け持ち、ユーリを挟んでグレンが最後尾につく。倒れた支柱を越える場所では全員の間隔が狭まり、平らな路面へ戻れば指示を待たず元の距離へ広がった。
「塔までこの路面が続けば、着く頃にも足は残りそうですね」
ユーリはアークアンカーの重量を肩で直し、沈み込んだ雪から足を抜いた。
「その先に水域がある。使い切る場所を間違えるな」
「配分の話ですよ。塔を見上げる分くらいは残します」
カイが前方の窓枠を確かめたところで、ニューラルリンクへ警戒表示が重なった。
『進行方向に複数の生体反応があります。地下部分と重なっているため総数は確定できませんが、地上へ出ている反応は6体です』
カイは腰の柄を抜き、連結した刃節へ青白い光を通した。キョウジもアークブレードを起動し、道路の右側を塞ぐ崩落物と、左へ傾いた高架支柱の間に残る幅を測る。
「グレンが中央を受ける。左右へ外れた個体は追い込まず、道路の外へ流してくれ」
雪を被った車両残骸の向こうで長い前脚が持ち上がり、裂けた口から白い息を吐くハウラー級が道路へ出た。後続も左右の瓦礫から姿を現し、正面の1体を越すように間隔を広げてくる。
グレンはシールドを前へ出し、最初の突進を受ける直前に上端を斜めへ向けた。叩きつけられた前脚が盾面を滑り、巨体の肩が下がったところへ右手のハルバードを差し込んで外側へ押し出す。空いた正面をリオが抜け、双剣を前脚の付け根と首元へ続けて通した。
左から回った2体目はユーリへ向きを変えたが、アークアンカーの銛が肩口へ入り、巻き取りではなく横へ送られたワイヤーに進路を曲げられた。リオの背後を通り過ぎた個体が瓦礫へ肩をぶつけ、起き直す前にグレンのハルバードが首を押さえる。
右側ではカイが剣身を振り抜く途中で刃節の固定を解き、伸びた蛇腹剣をハウラーの前脚へ沿わせた。青白い刃が関節の外側へ巻き付き、カイが柄を引くと、踏み込もうとしていた脚だけが道路の外へ払われる。転倒した個体を追わずに刃節を収束させ、硬い剣身へ戻した一撃で、別方向からキョウジへ迫る個体の顎を押し上げた。
キョウジは開いた喉元へ踏み込み、下から刃を通した。外殻へ接触したところで柄の内部から甲高い音が返り、青白い発振部が刃先から半分ほど消えた。切断するはずだった刃は浅い傷を残して弾かれ、ハウラーの前脚が頭上から落ちてくる。
身体を内側へ寄せて爪の軌道を外し、キョウジは柄頭を顎へ打ちつけた。わずかに戻った発振光を首の継ぎ目へ押し込み、巨体が崩れるまで刃を止めずに送る。その脇を抜けようとした個体にはカイの蛇腹剣が伸び、後脚を取られた身体が道路の中央へ引き戻された。
残る個体もグレンの盾とユーリのアンカーに進路を奪われ、リオの双剣が首元へ入ると動きを止めた。周囲の反応が消えてからキョウジは発振を落とし、刃の基部へ残る診断表示を開いた。
『接触時に約1秒の出力低下が発生しています。コア出力と電池残量に異常はありません。制御部から発振部までの伝達記録に欠損があります』
「再起動で戻る種類か?」
『現在は規定値へ復帰しています。ただし原因を特定できないため、再発しないとは判断できません』
キョウジがもう一度起動すると、刃は根元から先端まで安定して形成された。外装に亀裂はなく、接続部の温度も上がっていない。
「ここからはカイが先頭へ出てくれ。俺は右後方へ下がる。同じ低下が出たら任務を中止し、最短の安全地点まで移動する」
「前へ出るのは構いませんが、その武器で穴を埋めようとしないでください」
「刃が保つか確かめるために敵へ当てるつもりはない。必要になる前にお前たちを動かす」
カイは蛇腹剣を腰へ戻して先頭へ移った。隊列が組み替わる間にグレンが倒した個体を道路脇へ寄せ、ユーリはアンカーの銛とワイヤーに傷がないことを確かめる。停止時間を記録へ加えた第7小隊は、通信塔へ向けて移動を再開した。
通信塔が雪の向こうへ姿を見せた頃から地面は緩やかに低くなり、建物の切れ目で黒い水域が広がった。沈下した市街の上部だけが水面から突き出し、外壁の内側へ溜まった雪と、風に押される暗い水が同じ高さで並んでいる。水域を横切る旧高架道路は路面の一部を失いながらも対岸まで続き、その先に通信塔の基部が残っていた。
カイは高架の起点へ上がらず、露出した支柱と路面裏の接合部を順に確かめた。グレンもシールドを背へ戻し、雪を払った鉄骨へ片足ずつ荷重を掛ける。
「起点は持ちます。中央部の状態は、ここからでは読めませんね」
『東側へ変更した場合、塔への到着は約2時間遅れます。現在の降雪量が続くと、帰投経路の一部で視程が規定を下回る可能性があります』
「高架上に反応は?」
『ありません。水中では2体分の反応が途切れながら移動しています』
水域を避ければレヴィン級との接触は減らせる一方、暗くなる前に塔の調査を終える余裕も減る。キョウジは高架の欠損箇所と対岸までの距離を地図へ重ね、途中で戻る場合の位置も確認した。
「1人ずつ入り、10m前後の間隔を保つ。欠損部では前の人間が抜けるまで次を乗せない。反応が増えたら、近い岸へ向かう」
カイが先頭で路面へ上がり、蛇腹剣を剣の形に固定したまま歩き始めた。キョウジ、リオ、ユーリが続き、最後尾のグレンが後方と水面を引き受ける。風を遮る建物がなくなったことで横から雪が吹きつけ、残った手すりや鉄骨の縁へ薄い白が張りついていた。
高架の3分の1ほどを進んだところで、右側の水面下を細長い影が通った。暗灰色の背と鰭に似た器官が一度だけ水面へ近づき、高架の支柱を回り込んで見えなくなる。
『水中反応は第7小隊と同じ方向へ移動しています。2体のうち1体は後方へ回りました』
「前後を分けられるな。間隔は残したまま、欠損部を早めに越えるぞ」
カイが前方の鉄骨だけになった場所を渡り、キョウジも同じ足場へ片足を置いたところで、後方の水が大きく弾けた。レヴィン級が高架側面から胴をしならせ、最後尾のグレンへ裂けた口を向ける。
グレンは左腕を高架の外へ突き出し、シールドを噛ませるように頭部を受けた。衝突を正面へ残さず路面に沿って流し、レヴィンの胴が高架へ乗ったところへハルバードの柄を押し当てる。ユーリが撃ち込んだ銛は外殻の継ぎ目へ入り、斜め前方へ張ったワイヤーが水へ戻ろうとする動きを止めた。
リオは欠損部から戻らず、その場で双剣を構えて前方の水面を警戒した。グレンの側ではカイが蛇腹剣の刃節を伸ばし、路面へ乗った胴へ一周だけ掛けてから高架の外へ振る。拘束を解かれたレヴィンは水面へ落ち、黒い飛沫の下へ姿を消した。
『新たな反応が重なっています。水中には少なくとも5体います』
戻る岸より対岸が近く、通信塔の基部までは高架を下りて数百mだった。キョウジは塔側の残距離を全員へ送り、前進を続ける判断を重ねた。
「対岸へ抜けて塔の基部を取る。中枢への接続は保留し、武器と周辺反応を確認してから帰還経路を決める」
欠損部を越えた4人が先へ進み、グレンも後方を警戒しながら距離を戻した。水面下では複数の影が交差し、高架の左右へ分かれていく。歩調を上げても全員が同じ場所へ乗らない間隔は崩さず、残り300mほどの地点まで進んだ。
右側を移動していた反応が高架へ寄り、リオの斜め前で水面が割れた。跳ね上がったレヴィンは路面へ着地せず、長い胴を横へ曲げてリオを高架の外へさらう軌道を取っている。リオが双剣を向けた先には口腔と硬い頭部が重なり、後ろへ避ければ欠損した路面へ足を入れる。
ユーリの銛がレヴィンの肩口へ突き刺さり、巻き取り機構が短く唸った。横から引かれた頭部がリオの胸元を外れ、巨体は路面の縁へ腹を擦りながら高架の外へ落ちる。リオは尾に近い胴を双剣で受け流し、カイのいる前方へ抜けた。
「足は動くか?」
ユーリはリオが頷くのを確かめ、外へ落ちた個体からワイヤーを外そうと解除レバーを引いた。水中へ潜ったレヴィンがさらに深く進み、張力表示が上限へ達したことで安全機構が解除を拒んでいる。
「荷重ロックが入った。少し送り出してから切る」
ユーリが巻き取りを逆転させると、ワイヤーがわずかに緩んだ。解除表示が一度だけ開放へ変わりかけたところへ、水中の別個体が横から重なり、ワイヤーは高架の縁を擦って再び張り詰める。腰のアンカーユニットに引かれたユーリの身体が路面を滑り、片膝が欠損部の手前へ落ちた。
グレンが後方から近づこうとしたが、左側の水面から別のレヴィンが上がり、シールドで高架の外へ押さえなければユーリの背後へ回る。前方でもカイが蛇腹剣を伸ばし、リオへ向かう1体の胴を支柱へ巻きつけていた。
「ユニットごと外せるか?」
キョウジはユーリへ走りながらアークブレードを起動した。
「主固定まで荷重が回ってる。緊急離脱も動かない!」
ワイヤーがもう一度引かれ、ユーリは肩から路面へ倒れた。アンカーユニットの留め具へ手を入れる余裕がなく、両足を割れ目へ突っ張って身体が持っていかれるのを止めている。
キョウジは張ったワイヤーと高架の接触点へ刃を振り下ろした。発振部が触れる寸前に柄の内側で同じ異音が走り、刃節を覆っていた青白い光が根元だけを残して消える。金属線の外皮へ浅い傷が入ったものの、切断には届かなかった。
『出力伝達が低下しています。発振部を停止してください』
停止を待てる距離ではなく、キョウジは刃をもう一度ワイヤーへ押しつけた。戻りかけた光が接触と同時に崩れ、アークブレードは高架の縁へ硬い音を立てて弾かれる。その間にもユーリの足が割れ目から外れ、身体が高架の端まで引かれた。
キョウジは武器を路面へ捨て、腹這いになったユーリの腕へ手を伸ばした。ユーリも片手を路面から離し、引きずられながら腕を返す。互いの手袋が届くまで半歩もなく、キョウジは空いた手を鉄骨の継ぎ目へ掛けて身体を前へ送った。
水中の反応が一斉に高架から離れ、ワイヤーが低く鳴った。ユーリの腰が路面の縁へぶつかり、伸びていた指先がキョウジの手袋を掠める前に身体ごと外へ持っていかれる。キョウジは肘まで高架の外へ出して追ったが、掴めたのは空気と跳ね上がった水だけで、ユーリは張り詰めたワイヤーに引かれて黒い水へ沈んだ。
「ユーリ、主固定を切れ! 聞こえるなら返せ!」
ニューラルリンクには水を掻く音と、アークアンカーの警告音が短く流れた。水面下で青白い表示灯が揺れ、細長い影がその周囲へ重なっていく。
『位置を追跡しています。水深10mを越えて下降し、南側へ移動中です。複数の生体反応が重なり、地上から到達可能な経路はありません』
キョウジは高架の縁へ片膝を乗せ、水へ入る場所を探した。傍らへ来たカイが背部の固定帯を掴み、体重を後ろへ掛ける。
「水中装備なしで入れば、ユーリへ届く前に隊長の位置も取れなくなります」
「手を放せ。まだ信号が残ってる」
「残っているからこそ、距離も深さも出ています。ここから追える位置じゃありません」
カイの蛇腹剣はレヴィンの拘束を解いた直後で、刃節を戻す途中にも右の水面を牽制している。グレンはシールドを高架の外へ向け、近づいた個体の頭部をハルバードの柄で押し返した。リオもユーリが外した進路の先で双剣を構え、高架へ上がろうとする影を止めている。誰か1人が水へ入れば、残る3人だけでは前後から来る個体と狭い足場を同時に維持できない。
ローカルマップのユーリを示す点が水域の南へ流れ、輪郭を失いながら点滅した。
『ユーリの個体識別信号が途絶えました』
表示から青い点が消えたあとも、ワイヤーの沈んだ付近では黒い水が揺れていた。キョウジは縁へ掛けていた手を戻し、カイに引かれるまま路面へ重心を移す。水面近くを通る反応が再び高架へ向きを変え、グレンの盾へ衝突した音が足元まで伝わってきた。
「対岸へ抜ける。通信中枢への接続は中止する。塔の基部で防御できる区画を確保し、水域を通らない帰還経路を探すぞ」
キョウジは落としたアークブレードを拾ったが、発振は戻さず腰へ固定した。カイが先頭へ入り、リオを自分の内側へ置く。グレンはユーリが受け持っていた後方まで下がり、シールドで高架の幅を塞いだ。4人が動き始めると、ローカルマップに残った隊列の後ろだけが広く空き、共有範囲を示す線もそこで途切れていた。
対岸までの路面では、レヴィン級が2度高架へ接近した。カイは蛇腹剣を長く伸ばさず、支柱へ掛けた刃節で頭部の軌道だけを外し、グレンも倒すための追撃をせずシールドで水側へ戻した。リオの双剣はカイとグレンの間から出てくる個体へ集中し、キョウジは3人の足場と反応の増減を共有しながら、発振しない武器を携えたまま対岸まで進んだ。
高架を下りた先では通信塔の外装が風を遮り、横殴りだった雪が壁面に沿って落ちている。塔の基部に残る搬入口は中央から歪み、人が1人ずつ通れる隙間を開けていた。内部から微弱な電力反応が続いている一方、生体反応は構造物へ遮られ、位置も数も定まらない。
「俺が中を見る。カイは外を頼む」
グレンは左腕のシールドを先に隙間へ入れ、右手のハルバードを身体へ寄せながら塔内へ進んだ。ほどなく内部図へ入口広間の輪郭が加わり、崩れた受付設備と閉じた防火扉が表示される。
『地上階の電力は一部だけ残っています。現在位置から東へ30mの管理室は、扉を閉じれば外部通路と分離できます』
「そこを退避区画にする。塔の調査は始めない。入口を確保したら装備を診断し、東側から外へ出られる保守路を探す」
リオがグレンに続き、カイは水域側の反応が塔から離れたことを確かめてから隙間へ入った。最後に残ったキョウジは、高架の中ほどへ目を向けた。雪と距離に遮られ、どこでユーリが落ちたのかはもう見分けられない。
右手袋には高架の錆と跳ねた黒い水が付着し、伸ばした指の間まで濡れていた。キョウジはその手で発振しないアークブレードの固定帯を押さえ、歪んだ隔壁の内側へ身体を滑り込ませた。
第9話「届かない手」、お読みいただきありがとうございました。
少しずつ新しい形に馴染み始めていた第7小隊でしたが、今回また大きく状況が変わりました。
この任務はまだ始まったばかりです。
残された4人が、この先の通信塔で何を見ることになるのか。
次回、第10話「塔の残響」へ続きます。




