第1話 後編
とある日の深夜。
サーヤとミホは雑居ビルの屋上にいた。
吹き抜ける強風が二人の髪を揺らす。
サーヤが金髪のロングヘア、ミホは黒髪のウルフカットだった。
彼女達の前には、大麻の葉で作られた山があった。
葉に紛れて差し込まれているのは、借金返済の催促状だ。
サーヤが百円ライターを掲げてミホに確認する。
「いくよー」
「うん」
サーヤが大麻の山に火を点けた。
炎は瞬く間に広がり、山全体を包み込んで燃え上がる。
同時に凄まじい煙が蔓延して、二人は涙を流してせき込んだ。
サーヤは袖で鼻を押さえながら呻く。
「うへぇ、何この臭い」
「ヤバいね」
「これでいくらいくらいなの?」
「二千万とか? もっと高いかも」
「すごっ! 家が建てられちゃうじゃん!」
「まあね」
刹那、山に内部に仕込んだ花火がけたたましい音を鳴らして弾ける。
色とりどりの火花が噴き出す光景に、思わず二人は笑い合った。
ひとしきり大麻が燃えて炎が小さくなり始めた頃、サーヤは満足そうに言う。
「……はあ、最期にいっぱい笑えたなぁ」
「悪くないね」
「うん。ミホ、付き合ってくれてありがとね」
「こちらこそ」
サーヤが鉄柵を乗り越えて屋上の端に立つ。
夜空を眺めながら、彼女は静かに呟いた。
「あたしの両親はヤクザに借金して逃げた。ミホの家は薬物販売だっけ」
「あと強盗と売春斡旋ね。卒業したら、うちもそこに加わるらしいよ」
「お互い家庭環境が最悪だぁ」
「終わってるよね、ほんと」
嘆息するミホがサーヤの隣に並ぶ。
鉄柵にもたれかかる二人は、どちらからともなく手を繋いだ。
サーヤは明るい笑顔で言った。
「まっ、死に方くらいは選びたいよねー」
「そうだね」
ミホは優しく頷いてみせた。
ふとサーヤは顔を曇らせて問いかける。
「……後悔してる?」
「全然。サーヤが一緒だから」
「そっか」
互いの視線が絡み合い、その決意と覚悟を認める。
二人が「せーの」と言いながら飛び降りようとしたその時、地上から若い女の悲鳴が上がった。
寸前で踏みとどまった二人は声の主を探す。
建物の隙間の暗がりで、ドレスを着た女が男に襲われていた。
押し倒された女は必死に抵抗するが、男は容赦なくドレスを脱がしにかかっている。
状況を理解した二人は視線を向けたまま言葉を交わす。
「どうする?」
「助けたい、かな」
「あたしも! 行こうっ!」
サーヤがミホの手を引っ張り、助走をつけて斜めに跳躍した。
落下する二人は、本来飛び降りるはずだった地点から大幅にずれた末、積み重なったゴミの上にダイブする。
衝撃で地面を転がった後、サーヤとミホはむくりと起き上がった。
「いたた、死ぬかと思ったぁ」
「サーヤ、めちゃくちゃすぎ……」
「ゴミがクッションになると思って狙って飛んだの! 近道できたし大成功でしょ」
「まったくもう……」
暢気に話す二人に対し、男は呆気に取られていた。
我に返った男は二人に包丁を向けて叫ぶ。
「な、何だよお前ら!?」
「え?」
「通りすがりの女子高生ですけど」
サーヤとミホは平然と応じる。
その異様な雰囲気に気圧された男は、包丁を腰だめに構えて走り出した。
「ふざけやがってこの野郎ッ!」
ミホは足元にあった瓶を掴み、素早く投擲した。
瓶は男の額に命中し、突進を妨害することに成功する。
「ごあっ!?」
その間にサーヤは落ちていたスプレーとライターで即席の火炎放射器を作ると、男に近付いて炎を浴びせた。
顔面を炙られた男は絶叫しながら転げ回る。
「うぎゃあああああああぁぁっ!」
男はしばらく苦しんだ後、唐突に動かなくなる。
サーヤとミホは男を見下ろして話し合う。
「あれ、死んだ?」
「わかんない。一応とどめ刺しとこっか」
「そうだねー」
二人は拾ったレンガで男を執拗に殴り始めた。
鈍い打撃音と共に、男の頭部が徐々に変形していく。
腰を抜かしていた女は、やがて悲鳴を上げながらどこかへと逃げ出した。
数分後、完全に息絶えた男の死体の前で、二人はレンガを捨てる。
頬に付いた返り血を拭い、サーヤはぽつりと親友の名を呼ぶ。
「……ねえ、ミホ」
「うん?」
「あたし、正義のヒーローやりたいかも」
「奇遇だね。うちも同じこと思った」
ミホは笑みを深める。
サーヤは途端に目を輝かせると、夜空に向けて拳を突き上げた。
「決めたっ! どうせ死ぬなら、悪い奴らを道連れにしようよ!」
「最高じゃん」
こうして二人は自殺を延期した。




