蝉時雨
数ある作品の中から、本作に目を止めていただきありがとうございます。
この物語は、とある地方の夏を舞台にした、二人の少年の静かな決別を描いたお話です。
派手な魔法も、異世界への転生も、逆転の無双劇もここにはありません。あるのは、うだるような暑さと、耳を刺す蝉の声、そして「大人になってしまうこと」への、ひりつくような違和感だけです。
文体については、芥川龍之介をはじめとする近代文学の質感を意識し、あえて少し古風な表現を選びました。
効率や爽快感が求められる今の時代に、あえて立ち止まり、行間にある「沈黙」を味わっていただけるような作品を目指しています。
もしよろしければ、ほんの数分だけ、彼らの歩く廃線跡にお付き合いいただけますと幸いです。
その八月の午後は、恰も巨大な緑色の怪物が、地上に寝そべって、ねっとりとした吐息を吐き出しているやうな暑さであった。
頭上の蝉時雨は、最早音と云うよりは、鼓膜を針で絶えず突き刺す痛みである。それは、生への執着と云うよりは、死への行進曲のようにさえ聞こえた。
私と、友人の清は、錆びた廃線跡の砂利を踏みしめて歩いていた。
清は、私より背が高い。彼の白いシャツの背中は、既に汗でぐっしょりと濡れ、その下に透ける肩甲骨は、まだ羽化しきれぬ蟬の羽のやうに、頼りなく蠢いていた。
「この先には、何があると思う」
清が唐突に、しかし、独り言のような低い声で呟いた。
「さあな。隣町か、さもなくば、ただの藪だろう」
私は、足元の錆びたレールに視線を落としたまま答えた。レールは、まるで巨大なムカデが、彼方にあるトンネルの闇へと這い入っていくように見えた。
私たちは、幼い頃から、この線路の先には、今の退屈な日常とは異なる、何処か清浄な世界があると信じていた。そこでは、大人は私たちを支配せず、時間は停滞し、私たちは、ただ呼吸をしているだけで許されるのだと。
しかし、十五の夏を迎えた今の私たちは、既に知っている。線路の先にあるのは、新たな町と、そこでの新たな競争と、そして、我々を搦め捕るであらう、「社会」と云う名の、巨大な網であることを。
清が進学校への進学を決め、私が家業の木工所を継ぐことが決まった春から、私たちの間には、このレールと同じような、平行な、決して交わることのない距離が生じていた。
「僕は、この白線の外側へ行きたいんだ」
清は、線路脇に引かれた、微かに残る境界の白線を指差して云った。
「外側?」
「そうだ。誰からも、何からも、定義されない場所へ」
彼の瞳は、強い光を浴びて、ガラス玉のように無機質な光を放っていた。その瞳の奥に、私は、底知れぬ孤独と、自意識の過剰がもたらす、狂気を見たような気がした。
その時、一匹の蟬が、私をかすめて、飛び去った。
私は、思わず立ち止まった。清は、気づかずに、歩き続ける。
頭上の蝉時雨が、一際大きく、激しく鳴り響いた。それは、まるで、私たちの終わりを告げる、無慈悲な葬送の鐘のようであった。




