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指環の執行官──警視庁捜査一課第四特殊犯捜査係  作者: 柊ユキヤ


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第29話 聖夜の開戦

 翌朝。四特のフロアに大神の硬い足音が響いた。彼は出勤してきたばかりの魚住へ迷いのない足取りで詰め寄った。


「係長、重大な情報を入手しました」

「朝っぱらからどうした、大神。コーヒーくらいゆっくり飲ませろ」


 茶化すような口調とは裏腹に魚住の目は鋭い。大神が小声で報告を終えると、魚住は手にしていたマグカップを机に置き、すぐさま椅子を蹴るようにして立ち上がった。「ついに尻尾を出したか」──その瞳には現場指揮官としての獰猛な光が宿っていた。


「大神、来い。管理官に報告だ」


 二人はそのまま、フロアの奥にある七瀬の執務室へと向かった。



   ◇ ◇ ◇



「大神。それ、いいわね」


 大神の報告を最後まで聞き終えると、七瀬は不気味なほど艶然と口元を歪ませた。だが、目はまったく笑っていない。

 何がいいというのか──大神の首筋に、冷たい這いずるようなざわつきが走る。隣に立つ魚住も微かに顎を引き、表情を硬くこわばらせていた。


「分かったわ。手を考えましょう。下がってよろしい」


 七瀬は一方的に二人を下がらせると、椅子に深く背を預けた。


 執務室には、いつもの甘い香りと空気清浄機の低い動作音だけが満ちている。七瀬はおもむろにスマホを手に取ると、耳に当てた。数回のコールの後、相手が出た瞬間に彼女の表情が〈政治家の知人〉へと切り替わる。


「遠藤さん、いつもお世話になっております。七瀬です。……ええ、先日はありがとうごさいました。助かりましたわ」


 その声は、四特の部下たちが一度も聞いたことのないほど高く、淑やかで、それでいて媚びを含んだ響きだった。

 だが、彼女の本質を知る者が今の姿を見たならば、猛獣が獲物を前にしてご機嫌に喉を鳴らしているだけだと直感しただろう。


「実は、来週の四ツ葉のクリスマスバザーの件なんです。……ええ、いつも警備会社を入れてらっしゃいますよね?」


 七瀬の目が獲物を射抜くように細められる。


「その警備に、四特(ウチ)を合流させていただけませんか? 最近何かと物騒な事件が続いていましたでしょう。奥様もお嬢様の身を案じておられたようですし……。ええ、PTAの役員も務められているとなれば、ご心労もひとしおかと存じまして」


 執務室に、しばし沈黙が流れる。


「そうですか、ありがとうございます! ええ、外聞もありますからね。ウチの者には警備会社(あちら)の制服を着用させます。……いえいえ、遠藤さんのアイデアということで結構ですわ。その方が先生もお喜びになるかと。ええ……ええ。では、先生によろしくお伝えくださいませ」


 通話を終えると七瀬はスマホを放り出し、不敵な笑みを浮かべた。


(これで仕留めるわ……)


 七瀬はパソコンの画面に目をやると、あるファイルを開いた。それは、四ツ葉女学院の生徒名簿だった。リストをスクロールさせながら鋭い視線で見つめる。


(こんなおいしい情報を流してくれるなんて、大神の〈飼い猫〉は優秀ね。……どの子かしら。一度会ってみたいわ)


 リストの半ばで、彼女の指がぴたりと止まった。


(この名前……いや、苗字は違うし、ただの偶然ね)


 七瀬はわずかに眉を寄せたが、すぐに無関心な顔でファイルを閉じた。



   ◇ ◇ ◇



 12月24日、午前七時。

 数日続いた寒波は幾分和らいだものの、早朝の空気は肌を刺すように鋭い。吐き出す息は真っ白に濁り、まだ薄暗い正門前を通る生徒の姿はまばらだった。


 学校から数百メートル離れたコインパーキング。一台の大型ワンボックス車の車内では、青白いモニターの光が四特の面々の顔を照らしていた。


「……さ、始めましょう。──二班、三班、聞こえる?」

「問題ありません、大丈夫です」


 七瀬がインカムへ問いかけると、別所に待機している各員から緊張の混じった応答が返る。彼女は民間警備会社のネームが入ったダウンジャケットを羽織り、指揮官としてタブレットを操作していた。


「我々はこれより警備会社の応援要員として学内に潜入します。PTA経由で警備の脆弱性を指摘させ、増強を学校側へ認めさせたわ。学校側は警備の中に警察がいることは夢にも思っていない。……〈その時〉までは警備員として振る舞いなさい」


 大神の横で波木が声を潜めた。


「……管理官、どんな手を使ったんでしょうね。PTAだなんて」


 大神は横目でチラリと波木を見た。反応はしなかったが、内心で波木の言葉に同意した。

 たしかに、七瀬の捜査能力──いや、底が知れない人脈には悪寒が走る。これは寒さのせいではないな、と一人苦笑した。


 七瀬は波木の雑談を無視し、モニターの画面を切り替えた。学校と付近の見取図が映し出される。


「この指揮車には、係長とネコちゃん、そして烏丸さん。信号の監視と後方支援をお願い」

「了解。猫田、イヤホンデバイスの準備を頼む」

「できてます。みなさん、よろしくお願いします」


 魚住に促され、猫田がイヤホンを装着しキーボードを弾く。七瀬はさらにモニターを指した。


「二班と三班は、生徒が密集する礼拝堂を中心に敷地内の監視。……そして、大神と波木。あなたたちは〈外〉よ。裏口と外周の哨戒に回りなさい」

「なぜですか!?」


 大神は思わず声を荒らげた。

 それでは、中で何か起きた時に間に合わない。何より、自分の言葉で危険な〈指環〉を持たせてしまった絢音のフォローができない。


「なに言ってるの。あなたたち、面が割れてるでしょ」


 七瀬は面倒そうに眉をひそめた。


 ──ぐうの音も出ない正論だ。自分と波木が校内をうろつけば、西園寺や黒木教頭に即座に察知される。今回は「事件を未然に防いで円満解決」などという甘い作戦ではない。ここで西園寺の尻尾を物理的に、そして法的に掴み取らなければ、この学校の〈呪い〉は永遠に解けないのだ。


 かといって、外でのんびり指を咥えているわけにはいかない。


「管理官、校内で不測の事態が発生した場合、我々も突入しますよ」

「……分かったわ。その時はよろしく頼むわね」


 大神の噛み付くような視線に、七瀬は短くため息をついて肩をすくめた。


「さ、警備会社の方もそろそろ来るわ。各員、配置について。ネコちゃん、イヤホンデバイス起動」

「「「了解!!」」」


 狭い車内に四特の面々の声が鋭く重なった。

 バンのスライドドアが開くと冷気が一気に流れ込んできた。

 いよいよ──クリスマスの作戦が始まった。

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