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指環の執行官──警視庁捜査一課第四特殊犯捜査係  作者: 柊ユキヤ


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第26話 交差する線

 品川の倉庫摘発から三日が経っていた。

 四特のフロアはいつになく活気づいていた。


 保管係の岩崎が珍しく顔を出し、渋い顔をして烏丸と話していた。


「あんなに一度に来たのは初めてだぞ。保管庫がパンクしちまう。……まとめてトレイにポン、っていうわけにはいかんからな」


 岩崎のボヤキを尻目に、大神は自席でパソコンの画面に向かっていた。


 倉庫で確保した半グレたちの取り調べ調書が次々と上がってくる。大半は末端の運び屋で、組織の全容はおろか、自分が何を運んでいたかすら把握していない者ばかりだった。

 だが、リーダー格の男を含めた幾人かは高峰を個人的に知っており、多少の情報が得られた。


 大神はその調書に書かれた供述の一節を指でなぞった。


『私は、同グループの構成員である高峰の「玩具のような装飾品が金脈になる」という自慢話を聞きました。また、高峰はコンサルタントという言葉を用い、グループの名称を他構成員の承認なく使用する旨を仄めかしていました』


 その隣の調書には、別のメンバーの供述があった。


『私は、高峰がコンサルタント請負を女性に持ちかけたことを聞きました。しかし、高峰は単独で動いていたようで、その詳細までは分かりません』


「コンサル、ねぇ」


 波木が大神の肩越しに画面を覗き込んだ。


「高峰なりに頭を使ったんスかねぇ?」

「分からんな。相手が提案してきたことを鵜呑みにしたのかもしれん」

「なるほど。金になれば何でもいいって感じッスかね」


 大神は頷いた。

 高峰は半グレの運び屋にすぎなかった。指輪の闇バイトに携わりながら、その過程でミサンガの情報を掴み、それを〈金脈〉と考え、四ツ葉の誰かに近づいた。その相手が女。


 脳裏に、あのカモミールの香りがよぎった。


「波木。高峰の位置情報、もう一度出してくれ」

「四ツ葉のやつですか?」

「ああ」


 波木がキーボードを叩くと、以前猫田が解析した高峰の基地局とGPSの履歴が再び画面に表示された。四ツ葉女学院の周辺に、はっきりと移動の痕跡がある。


 大神はその地図を睨みながら、声に出さず呟いた。


(高峰は四ツ葉で、〈女〉と接触した。その〈女〉にコンサルを持ちかけ──消された)




「皆さん、ミーティングルームに集まっていただけますか」


 猫田の声がフロアに響いた。いつもの抑揚のない口調だが、そこにわずかな硬さが混じっている。

 自席を離れ、ホワイトボード前に集まると、猫田はすでにプロジェクターを起動していた。スクリーンには三つの拡大写真が並んでいた。


 左──雑居ビルの事件で田中が使っていた〈指輪〉の内部基板。

 中央──繁華街の事件で回収された〈ミサンガ〉の残骸から取り出されたビーズの内部。

 右──品川の倉庫から押収された〈指輪〉の内部基板。


「科捜研から最終解析結果が上がりました」


 猫田が眼鏡のブリッジを押し上げ、レーザーポインターを手に取った。


「まず、通信モジュールについてです。三つのデバイスすべてにおいて、同一規格の通信チップが使用されていることが確認されました。PD社のリファレンスに含まれるものではありません。製造元の刻印もありません」


 フロアの空気がわずかに張り詰める。


「品川の指輪も同じ、ということか」


 魚住が写真へ鋭い視線を送った。


「はい。雑居ビルの指輪、ミサンガ、品川の指輪──すべて同じ規格です」


 三つのデバイスが一本の線で繋がった瞬間だった。雑居ビルの殺人事件、四ツ葉の集団暴走、品川の闇バイトルート──バラバラに見えた事件が、技術的物証によって束ねられた。


「さらに」と猫田が続けた。


 ポインターがミサンガのビーズの拡大写真を指す。


「それぞれの内部から、〈精神干渉回路〉の存在が確認されました」


 波木が首を傾げた。


「精神干渉回路?」

「はい。装着者の脈拍や皮膚電位を計測し、それに応じて微弱な電気的刺激を神経系にフィードバックする回路です」

「なんだってそんなものが……」


 波木は腕を組み、眉をひそめた。


「そうなんです。もともとは観念動力の増幅効果改善や安定化のために開発された回路ですが、副作用もあって危険性も高いため、正規品には使用されていません。つまり、これがあえて使われているということは──」


 猫田は一拍置いた。


「これらは単なる強力なデバイスではありません。装着者の精神状態を観測し、外部から操作するための〈端末〉でもあります」


 沈黙が落ちた。


「実験……人体実験かよ」


 沈黙の中、魚住が吐き捨てるように呟いた。


「ということは、これをはめた人たちは──」と、波木も声を漏らす。


「はい。計測されていた、ということになります。精神状態の変化、能力の発現パターン、閾値──それらのデータが、通信モジュールを介して外部に送信されていた可能性が高いです。しかも、増幅効果により、単なるセーフティなしのもの以上の力が発現します」


 誰に、とは猫田は言わなかった。だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。


 大神はホワイトボードに貼られた三枚の写真を交互に見つめていた。指輪とミサンガ。形は違うが、中身は同じ血が流れている。


 大神は猫田に尋ねた。


猫田(ネコ)、前に言ったよな? ミサンガはデータ収集のための端末で、指輪はそのデータを利用した実戦投入のためのプロトタイプだって」

「はい。でも、その仮説は少し違いました。両者が〈データ収集のための端末〉であり、〈実践投入のためのプロトタイプ〉でもあると考えられます。……今回の解析でほぼ裏付けられました」


 猫田はレーザーポインターを置いた。


「そしてもう一つ。これは前回の報告でもお伝えしましたが、改めて強調しておきます」


 猫田の視線がフロアを一巡した。


「これほどのデバイスを、PD社の既存リファレンスから完全に逸脱した独自のアーキテクチャで設計・製造できる存在──PD社以外に、私には思い当たりません」


 再び重い沈黙が流れた。

 空気清浄機の頼りない音だけが、狭いミーティングルームを這っている。


 波木が思い出したように手を挙げた。


「あのー、俺、前に『人体実験だ』って言ったんスけど。……マジで当たってましたね」

「あの時はただの寝言だろ。しかし、本当に〈人体実験〉か……最悪だな」


 魚住が忌々しそうに手元の資料を叩きつけた。




 猫田の報告を終え、それぞれが自席に戻った。

 大神は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


 すべての線が一人の女へ繋がっているような気がしてならない。

 スクールカウンセラー、西園寺だ。


 ミサンガを生徒に配ったのは西園寺だ──少なくとも、千春たちの曖昧な証言と、絢音からの情報はそれを示唆している。


 だがやはり──証拠がない。


 ミサンガは回収されたか、もしくは破棄されている。西園寺の周りを捜索する令状を取るにはまだ線が細い。任意の聴取では、あの女は微笑みの裏に何も出さなかった。


 大神は無意識のうちに、指輪のない右手の人差し指を親指で擦っていた。


(あと一歩だ。何か一つ、決定的なものがあれば──)


 その時、猫田が向かいの席から声をかけてきた。


「大神主任。一つ気になることが」

「何だ?」

「品川の指輪なんですが、通信ログの一部が解析できています。しかしながら、海外のサーバーを複雑に経由してまして最終的な着信地までは特定できてません。ただ……経由地の一つにPD社の本社がある国のISPが含まれていました」

「PD社本社、か」


 大神がその社名を呟くとフロアの空気が一段沈んだ。


 大神は無意識に視線を横へ移した。斜め向かいに座る烏丸は口を挟むでもなく、腕を組んだまま感情の読めない目でパソコンの画面を見つめている。


烏丸(カー)さん、何か?」


 大神が尋ねると、烏丸は「いや、まあな」とだけ応え、給湯室へ向かった。珍しく猫田に頼まないらしい。


 猫田が続けた。


「断定はできません。ただ、偶然にしては綺麗すぎるルーティングかな、と」


 大神は顎に手を当て、低く呟いた。


「……PD社本社。西園寺。闇バイト。ミサンガ。全部が繋がっている気がするのに、どれも確定しない」

「もどかしいですね」

「ああ。……だが、線が交差する地点は見えてきた」


 大神は捜査資料に目をやった。

 指輪の写真、ミサンガの写真、四ツ葉女学院の地図、高峰の顔写真──バラバラだった点が、細い線で結ばれだしている。


 その交差点に、まだ写真が貼られていない空白がある。


 ──西園寺。必ず、その空白を埋めてみせる。


 大神は、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。



   ◇ ◇ ◇



 四ツ葉女学院。カウンセリングルームのドアがノックされた。


「どうぞ」


 西園寺が返事をすると、若い男性教師が小包を手に中へ入ってきた。


「西園寺先生、お届け物ですよ」

「あら、田代先生。すみません、わざわざ」

「いえ、とんでもないです」


 田代という男性教師は少し照れたように笑いながら小包を手渡した。


「バザーに参加されるんですか?」

「……ええ。まあ」


 西園寺は柔らかく微笑んだ。


「そうなんですね。何か手伝うことがあれば、いつでも言ってください」

「ふふっ……ありがとうございます」


 田代は名残惜しそうに視線を送りながら、部屋を出ていった。


 ドアが閉まると再び静寂が訪れた。


 西園寺の瞳から、ふっと温度が消える。

 彼女は机の上の小包を見下ろすと、低い声で呟いた。


「まったく、なんで学校に送ってくるのよ。使えないわね」


 送り状には簡素な文字でこう書かれていた。


『バザー用アクセサリー』


(まあいいわ……いよいよね)


 西園寺は静かに頷いた。


 カウンセリングルームの窓から中庭が見える。昼休みの生徒たちが楽しげに笑い合っていた。


 西園寺はその光景を静かに見つめていた。

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