第25話 突入
数時間後、所轄の取調室。パイプ椅子に座らされた若い男は、完全に委縮しきっていた。
机を挟んで対峙するのは大神だった。押収されたボストンバッグ、そしてその中から発見された三十個近い〈指輪〉の写真が、証拠品として机の上に並べられている。
マジックミラーの向こうには〈|匿名・流動型犯罪グループ対策本部〉のメンバーも控えていた。
その中の刑事の一人が、腕を組んで取調室を睨んでいた魚住に話しかけた。
「魚住係長、ウチで内偵中だった例の闇バイトに関係してそうですね」
魚住は黙って頷いたが、刑事は興奮を抑えられない様子で続けた。
「近日中に〈仮装身分捜査〉を検討していました。その前に、これはデカいですよ」
トクリュウは半グレたちが集合離散を繰り返し、その実態を掴むのは難しい。カテゴリー2ともなると、半グレ未満の若者も関係するため尚更だ。
特に近年は〈指輪事案〉にもトクリュウの関連が指摘され、四特と対策本部の連携は急務だった。
「さて、と」
取調室の中。大神がパイプ椅子に座り直し、冷徹な視線を男に向けた。
「違法デバイスの携帯・所持。改正銃刀法違反で実刑は免れないな。……どこで手に入れた? 誰からの指示だ?」
「し、知らねえよ! 俺はただ、ロッカーから荷物を運ぶように言われただけで……」
「嘘をつけ」
大神が短く、鋭く言い放つ。
「お前、ロッカーの前で指輪を使っていただろ。ただの末端の運び屋がデバイスを持たされているわけがない。……お前、それなりのポジションだな?」
大神の指摘に、男は言葉を詰まらせた。
実際には、男が指輪を使ったのは「指紋を残さないための横着」という程度の理由だったが、大神はあえてそれを〈組織内での地位が高い証拠〉としてブラフに使った。
「お前、このまま隠しても、どうせ切られるだけだろ。とっとと吐いたらどうだ?」
逃げ道がないと悟ったのか、男は観念したようにうなだれた。
「……品川にある倉庫だ。そこに一時保管している」
「場所は?」
「だ、第3ブロックの奥だ……」
「仲間もそこにいるのか?」
「それは知らねえ。スマホでやりとりしているだけだ」
彼らはお互いの顔も知らない。指示役から言われるがままに動くだけだ。その全容を掴むのは容易ではない。
だが、トクリュウが絡む違法デバイス事案だ。大神には、これがデカいヤマになる予感があった。
マジックミラー越しにその証言を聞いていた対策本部の主任が色めきだった。
「品川の第3ブロックか。すぐにガサ入れの準備を──」
「待つんだ」
魚住が低い声で制止した。その眼光の鋭さに主任が動きを止める。
「拠点には、まだあの〈指輪〉が大量に残っている可能性がある。指輪持ちの見張りもいるかもしれん。防護衣だけでは持たんぞ」
その言葉に対策本部の主任は反論できなかった。リングデバイスによる不可視の観念動力や衝撃波に対し、通常の警察装備はあまりに無力だ。発火系に至っては機動隊の装備ですら怪しい。過去の指輪事案でも、初動で突入した制服警官が重傷を負う事例が多発している。
「外周の封鎖と、連中の確保はそっちに任せる。ウチが突入を受け持つよ」
「……いいんですか?」
魚住は腕を組み、ニヤリと笑った。
「指輪はウチのヤマだ。つまり……ウチは指輪を押収できればそれでいい」
「ありがとうございます! 早速、係長に相談します!」
主任は顔を綻ばせ、部屋を飛び出した。
波木が憮然とした表情で息を吐いた。
「係長。いいんですか? あっちに花を持たせることになりますよ」
「いいんだ、お互い様だよ。ウチはまだ出来たばかりの金食い虫だ。存在価値を示さないとな」
売れる恩は売っておくんだ、と魚住は波木の肩を叩いた。
◇ ◇ ◇
かくして、四特と対策本部による合同捜査が即座に立ち上がった。
対策本部の刑事たちが外周を閉鎖する中、四特の全班員──計三班十二名が品川の埠頭へ集結した。
潮風が吹き抜ける人気のない品川の倉庫群。捜査車両がターゲットである倉庫への進路を塞ぐように静かに停止した。
「猫田、探ってくれ」
「……分かりました」
魚住が猫田へ指示すると、猫田は一瞬だけ表情を歪めながらも静かに返答した。
彼女はケースからブルートゥースタイプのイヤホンを取り出した。それは観念動力により聴覚を拡張するイヤホンデバイスだった。
波木が白磁色に光るイヤホンをチラリと見る。
「猫田さん。それ、久しぶりだね」
「これ使うと、後で頭痛が酷いんですよ」
ため息をつきながら、猫田はイヤホンを耳に挿し込んだ。目を閉じ、息を整える。
次の瞬間、イヤホンは蒼白い光を放ち、光が彼女の側頭部の神経を走った。
何かが這い回るような感覚が、猫田の耳周りから頭蓋の奥へと移っていく。いつまでたっても慣れない悪寒だが、表情には出さず、じっとその感覚を〈見る〉ように意識を集中させた。
やがて猫田の脳内に、まるで高性能なソナーのように倉庫の中の様子が映し出された。
「……六人います。手前に三人、奥に三人です」
「そうか。思ったより多いな」
「指輪の受け渡しとかですかね?」
「かもな。……指輪をはめているかもしれん。各員、十分気をつけて配置につけ」
「了解!」
魚住がインカムに低く吠えると、各班から力のこもった応答があった。
捜査車両を降り、長浜主任率いる二班の四名が倉庫の裏口へ回り込む。大神と波木、そして三班の計六名は倉庫の入口で身構えた。
両脇に立つ、大神と三班の木藤主任が静かに頷いた。
次の瞬間、大神がドアを素早く開け放つ。
波木がその足元に転がりこみ、素早く障壁を展開した。
「警察だ!! 動くな!」
怒号とともに、六人は倉庫内へなだれ込んだ。
男たちはビクリと振り返ると、身構える者、裏口へ駆け出す者と、まったく統制のとれていない反応を見せた。
リーダーらしき男が吠える。
「サツだ! ……クソッ!」
奥でたむろしていた男たちが慌てて立ち上がった。それぞれの指先で鈍色の指輪が不気味な光を放つ。
鋭く飛来する鉄パイプや木箱。だが、それらは波木が展開した淡い緑色の障壁に衝突し、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
「チッ、ならこれならどうだ!」
一人の男が右手を突き出す。熱を帯びた赤い光──発火系の起動モーションだ。
「遅えよ」
大神はそう吐き捨てると、男が閃光を放つより早く、指輪から細い蒼白の閃光を放った。糸のような光が男の右腕に絡みつく。
男の右手が弾かれたように跳ね、指先から力が抜けたようにブラリと右腕が下がった。男は右腕を押さえながら、呻き声とともに膝を折る。
大神の右腕には、その神経経路に沿って蒼白の光が浮かんでいた。
(しょせん素人だな)
次の瞬間、大神は素早く振り返り、背後から飛びかかろうとしていた別の男の右腕を撃ち抜く。男は声にならない声を上げ、倒れ込んだ。
「チクショウ!」
横から短髪の男が右手を構えながら突っ込んでくる。
『大神主任! 横です!』
インカムに、内部をイヤホンデバイスで監視していた猫田の叫び声が飛んできた。
だが、男は突然固まった。
短髪の男は一瞬、何が起こったのか理解できないようだった。だが、薄い金色の膜が自身の身体に纏わりついていることに気づき必死にもがく。男は力任せに身体をよじらせるが、膜はミシミシと鈍い音を立て、さらに男の身体を締め上げた。
「よし、確保だな」
大神が声の方を振り向くと、そこには木藤主任が金色に光る指輪を構えていた。物質操作系の能力だ。
「主任、逃げたやつが!」
波木が声を上げた──が、長浜主任率いる二班が、すでに逃走を図った男を後ろ手に掴み、裏口から倉庫内へ入ってきた。
この間、わずか十数分。
半グレたちはいくら指輪持ちとはいえ、何をしでかすか分からないサイコジャンキーとは違い、しょせん素人の大振りだ。
リングデバイスを用いた組織的制圧において、四特の敵ではなかったのだ。
「よし──マル被、確保完了ですね」
大神は短く息を吐くと、ゆっくりと頷いた。
大神がインカムで確保を報告すると同時に、外周で待機していた対策本部の刑事たちが一斉に踏み込んできた。刑事たちは呻き声を上げる半グレたちに次々と手錠をかけていく。
大神は、床に転がっていた現場のリーダー格らしき男の胸ぐらを掴み上げ、壁に押し付けた。
「全部吐いてもらうぞ。高峰祐一は、お前らと同じグループだったんだろ? あいつは死ぬ前に何を嗅ぎ回っていた?」
「たっ……高峰だと? 知らねえよ! あいつは勝手に別のシノギを見つけたって……」
「とぼけるな。あいつは〈ミサンガ〉について調べていたはずだ」
大神の口からその言葉が出た瞬間、男の目が大きく見開かれた。
「な、なんで警察がそれを……そうだ、高峰の野郎、『ガキのお遊びみたいなアクセサリーで、デカい金脈を見つけた』って自慢してやがったんだ。コンサルがどうとか言って、グループの看板も勝手に使おうとしてやがった……俺が知ってるのはそれだけだ!」
男は、俺は関係ないとでも言いたげにペラペラとさえずった。
「まあ、詳しくは署で聞こうか」
対策本部の刑事がリーダーに手錠をかける。
大神は手を離し、背後に立つ魚住と視線を交わした。
間違いない。この証言で確定だ──あとは、高峰がミサンガのネタで四ツ葉の〈誰〉と繋がっていたのか。その可能性が最も高い人物は、やはり──西園寺ではないだろうか。
(西園寺……必ず尻尾を掴む──)
大神は連行される半グレたちの後ろ姿を睨んだ。




