第24話 紅い糸
数日後。よく晴れた公休の昼下がりだった。
駅前のロータリーにはイルミネーションが飾り付けられ、クリスマスを目前に控えた浮かれた喧騒に包まれていた。
(しかし、なんで駅前なんだ……?)
たしかに、待ち合わせ場所としては問題ない。だが、自宅を知っているはずの絢音がわざわざ駅前を指定してきた。何か裏があるのかと、つい考えてしまう。
柱の陰で缶コーヒーを片手に周囲の人の波へ視線を送る。公休とはいえ、染み付いた刑事の癖は抜けない。
「……オジサン。休みの日にまで眉間にシワ寄せてるわけ?」
横から不躾な声がかかる。
振り返ると、そこには私服姿の絢音がいた。ファーアウターに膝上のプリーツスカート、ブーツと年相応の出で立ちだが、その目はあいわらず小生意気な光を帯びている。
「遅えぞ。昼飯の約束だっただろうが」
「はぁ!? オジサンが勝手に早く来すぎただけでしょ。ほら、行くよ」
絢音が駅の方向へと足を向ける。
「おい、電車に乗るのか?」
「違うわよ。向こう側に行くの。駅の中を抜けた方が早いでしょ」
繁華街とは逆の方向には、おしゃれな飲食店やカフェが立ち並ぶ通りがある。自分一人では絶対に立ち入らないエリアだ。そんな所へ連れて行こうとしているのか。
「食うもの決めたのか?」
「まあね」
その瞬間、絢音のスマホが振動した。
「ごめん、オジサン。ちょっと待って」
絢音がスマホを見ると、そこには『ADLS (Active Device Location System) 』からの通知が表示されていた。それは、付近でデバイスがアクティブになったことを知らせるものだった。
「──!」
大神の右手をチラリと見る。そこには指輪──リングデバイスはなかった。公休だから当然か。ということは──
(別の指輪だ──!)
通知を開く。反応は向こうのコインロッカーの周辺からだった。それは先日から注意していた、〈駅ビルでの反応〉だった。
(ナイスタイミング!)
「オジサン。コンビニに寄っていい?」
ロッカーの向かいにあるコンビニを指差した。
(オジサン、気づいてくれるかな?)
「あ? まあ、いいが……」
大神が渋々付き従い、ロッカーの並ぶ通路に差し掛かった時だった。大神の視界の端──通路の一角で、周囲を警戒するように立つ若い男がいた。
(あれは……?)
大神はその男の動きに違和感を覚えた。
「絢音、隠れろ」
絢音を小声で制すと素早くロッカーの陰に身を潜め、様子を窺う。
男はロッカーの扉を開け、中からボストンバッグを引き出そうとしている。だが、奇妙なことに男の手はバッグの取っ手に触れていなかった。
指先にはめられた鈍色の指輪が微かに発光していた。あれは〈指輪〉の可能性がある。男は指輪を使ってバッグを〈引き寄せて〉いるように見えた。
もしそうなら──改正銃刀法違反の現行犯だ。だが、指輪が光っただけではまだ確保できない。
大神はロッカーブースのレイアウトを確認しながらそっと近づいた。
「……すみません」
柔らかな言葉とは裏腹に、大神の纏う空気が一変する。そのまま男へ歩み寄り、素早く警察手帳を見せた。
「警察です。その指輪とバッグの中身を見せてもらえませんか? その指輪って──模造品ですよね?」
男が弾かれたように振り返った。
「な、なんだよ。こ、これはそういう指輪なんだよ!」
「さっき、バッグを指輪で引き寄せてましたよね?」
「そんなはずねえだろ!」
男はバッグを強引に掴み取ると、大神を突き飛ばし、一気に駆け出した。
「待て!」
即座に地を蹴り、男の後を追った。
絢音はロッカーブースから男と大神が飛び出すのを確認すると、こっそりと指環をはめた。二人の背後から指輪を男の足元へ向ける。
次の瞬間、目に見えないほど細く紅い糸が指輪から放たれた。
糸が男の足に絡みつく。
「ぐっ!?」
糸に足を取られた男は何もない平坦な床で派手に体勢を崩し、無様に転倒した。
糸は霧のように消えていく。
(よし! 慌てたな)
大神は男に追いつくと、流れるような動作で男の背中にマウントを取り、両腕を背後に捻り上げた。男の荒い息が床に触れていた。
「暴れるな! 大人しくしろ!」
男の抵抗を封じ込め、彼の指からもぎ取るように指輪を外す。
そこへ何食わぬ顔で絢音が近づいてきた。
「絢音、110番だ!」
「うん、分かった」
絢音が冷静な様子でスマホを手にした。
近隣の警察官が数名駆けつけてきた。
一人が男に手錠をかけ、別のベテランらしき警察官が敬礼してくる。
「お休みにお疲れ様です」
「いえ、とんでもないです」
「それ……〈指輪〉ですか?」
「おそらく」
大神は足元に転がったボストンバッグのジッパーを引き開けた。
チャラチャラと金属の擦れる音が響く。
中には緩衝材に包まれた大量の〈鈍色の指輪〉が、不気味な光を微かに放ちながら詰められていた。
「……大漁だな」
息を呑む男を見下ろし、冷酷に告げた。
「署でじっくり話を聞かせてもらおうか」
ということは、食事はキャンセルということだ。機嫌が悪くなりそうだな──恐る恐る絢音の方を向いた。
「すまん。飯はまた今度だ」
「……分かった。お仕事、頑張ってね」
「──っ!?」
食事の約束がダメになったというのに、絢音は頬を膨らませることもなく、笑顔すら浮かべている。しかも何だ、その殊勝なセリフは? ──大神の胸が妙にざわついた。
(何か変だな……?)
とはいえ、この状況から察するに、男は例の闇バイトに関係していそうだ。たまたま食事に出かけたら出くわした。本来であれば公休ということで自宅でゴロゴロしていたはずだ。そういう意味では絢音のおかげかもしれない。
埋め合わせは奮発してやる必要がありそうだ。
◇ ◇ ◇
大神と警察官たちは男を連行していった。その後ろ姿を絢音は見送っていた。
(オジサンの目の前で指輪を使っちゃマズいもんね)
大神に、再び手錠に手を伸ばさせるわけにはいかない。今度こそ見逃せないと言いそうだ。それに、大神の落胆した表情はもう見たくない。
(まあ、約束だったからね)
大神のアパートへ押しかけた時に口にしたでまかせ。大神は気づいていないだろうが、あの時の交換条件を果たせたことに絢音は一人満足げな表情を浮かべた。
(お仕事頑張ってね)
彼女は口元を上げると、飲食店街へ足を向けた。
だが、街路を歩きながら絢音は少し息を吐いた。
(やっぱり、これも違ったな〜)
今回も自分が求めているものではなかった。何のためにシステムをこっそり監視しているのか。警察は指輪を押収できたらそれでよいかもしれないが、自分はそういうわけにはいかない。
(昔のやつだからね。こんな簡単に見つかるわけないか)
学校もあり、反応があったすべての現場に行けるわけではなかった。それに、東京近郊にはもうないのかもしれない。とはいえ学生の身では他県へ行くほどの自由もない。
「あ〜あ、早く卒業したいな〜」
ポツリと呟いた。




