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指環の執行官──警視庁捜査一課第四特殊犯捜査係  作者: 柊ユキヤ


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第16話 覚悟の閃光

「……間に合ったな」


 大神は右手の指輪に意識を集中させた。指輪は柔らかな金色の光を放ち、それは波のように揺らめいている。


 障壁を展開した波木が、烏丸へほんの少しほっとした表情を見せた。


「烏丸さん、ヤバかったッスね」

「バカ野郎。こちとら危うくペシャンコになるとこだったぞ」


 烏丸はイタタタ、と腰をさすった。


「指輪ないでしょ。下がっといてください」

「ああ、すまんな」


 烏丸は波木の後ろへ回り込むと、ボソリと波木に声をかけた。


「主任、物質操作系(コントロールタイプ)にしたんだな」

「ええ。無線で未成年って言ってたでしょ。さすがに発火系(ガンタイプ)はマズいだろって」


 大神の人差し指にはめられた〈金色の指輪〉──物質操作マテリアル・コントロールに特化したモデルだ。

 千春の周囲の空気をゲル状に凝固させ、その動きを完全に封じている。殺傷能力はないが、解除しない限り指一本動かせないはずだ。


「な、何よこれ……動けない!」


 ブロック塀の上で糊付けされたように固定された千春が、もがくように身体を捻らせる。奈々と葵は目を丸くし動きを止めた。


「警察だ。直ちに抵抗をやめろ!」


 大神が障壁を展開している波木の横に進み出た。


 普段であれば、これで詰みだ。相手は子どもだ。リーダー格を抑えれば残りの戦意も喪失するはずだ。

 じきに二班も駆けつける。すんなり確保できる──大神は少女たちを見渡した。


 だが──彼女たちは違った。


「ねえ、あれヤバくない?」

「千春が変な膜に包まれてる!」

「助けなきゃ!」


 奈々と葵の表情には恐怖でも驚きでもない、ただゲームでピンチになった──その程度の変化しかなかった。

 彼女たちの目は虚ろだったが、右手首のミサンガが激しく赤く明滅し始めた。


 ドクン、ドクン、ドクン──


 重低音のような見えない圧とともに、ミサンガの赤い光が、まるで呼応するように同じリズムで脈打ち始めた。


「主任。あれ、何かおかしくないですか?」

「気をつけろ……あれ、ただのミサンガじゃないぞ」


「アアアアアッ!!」


 拘束された千春が絶叫した。

 それは苦痛の声ではない。まるで獣のような咆哮で、身体中の力を吐き出さんとしているようだ。


 絶叫と同時に空気が歪んだ。

 千春の赤く脈打つミサンガを中心に、空間そのものが内側から押し広げられていく。


 ミシ……ミシミシ……


 ゲル状に固定されたはずの空気が不快な擦過音を立てながら引き裂かれる。黄金色の拘束を、亀裂が蜘蛛の巣のように走り抜けた。


「バカな……物質固定を内側から破るだと!?」


 大神は目を見開いた。

 あの拘束は人間はもちろん機械でも破壊できる代物ではないはずだ。なのにそれが今、破られようとしている。しかも破ろうとしているのは──少女だ。


「クソッ」


 大神が吐き捨てる。

 未成年と聞き、傷つけることなく拘束が可能な物質操作系(コントロールタイプ)を選択したことが裏目に出るとは──胸中に焦りが広がった。


 少女たちの力の源泉は間違いなくあの赤く脈打つミサンガだ。あきらかに怪しい。だが、破壊しようにも今はめている指輪では不可能だ。

 今こちらへ向かっているはずの二班も、おそらく同じ判断をして金色の指輪をはめてくるはずだ。それでは状況は好転しない。

 大神の首筋に冷たいものが流れた。


 まさに拘束が破られようとした、その時──


「オジサン! 何やってんの!?」


 大神が振り返ると、路地の入口に影が立っていた。

 息を切らし、肩を上下させる絢音だった。


「やっと、見つけた……」

「お、お前こそ、何してんだ!?」


 大神の表情に動揺の色が浮かぶ。


 なぜここに絢音が?

 現場には来ないと言っていたはずだ──思考が一瞬空転する。


「その人たちをつけてたの!」


 絢音は息を切らしながら叫ぶと、首元のネックレスを引っ張り出した。

 そこには──あの、炎のように紅く揺らめく指輪があった。

 大神の喉が無意識に鳴った。


 あいつ、あんなところに持ってやがったのか──大神の脳裏になぜか一瞬だけ変に冷静な思考が生まれた。

 だが次の瞬間、大神は叫んでいた。


「やめろ、絢音! 打つな!!」


 だが、絢音は迷わなかった。

 指輪をはめ、短く息を吸う。

 次の瞬間、指先から紅い閃光が走った。


 バシュッ。


 一本目が千春の手首をかすめ、ミサンガを断つ。


 バシュッ、バシュッ。


 二本目、三本目。奈々、葵──それぞれのミサンガだけを、寸分違わず撃ち抜いた。


 ──いや、撃ち抜くというよりも、紅い閃光は弧を描きながら、まるでそれ自体が意思を持つかのようにミサンガを食いちぎったのだ。


 焼き切られたミサンガはポトリと地面に落ちた。


 途端に、少女たちの目から焦点が抜け落ちたように色が失われていく。千春は塀からゴミ袋の山へ倒れ込むように落ち、奈々と葵もその場に倒れ込んだ。


 ゴミ袋は鈍い音を立ててひしゃげた。


 表通りの喧騒がひどく遠い。この路地だけ繁華街から切り離されたような静けさだ。

 誰も言葉を発せなかった。


「お前、なぜ使った……」

「ゴメン……でも危なかったでしょ」


 ようやく絞り出した大神の言葉に応じた絢音は、胸を張るわけでもなく、むしろ覚悟の上だという悲壮感すら漂っていた。


(バカヤロウ……なぜ使った)


「……改正銃刀法違反だ」


 大神は詰まった声色でそう告げると、腰の手錠に手をかけた。


 だが、烏丸が一歩前に出て大神を制した。


「待ってくれ、主任。俺たちは何も見なかった。そうだろ?」

「えっ!?」

「補助機器の突然の暴走により、被疑者(マルヒ)たちは失神、だ」

「いや、それじゃ……」


 烏丸は大神へ歩み寄ると、彼の耳元で囁いた。


「タダでさえ怪しいミサンガの捜査をしなきゃならん。〈魔女〉は後回しだ。そうしよう」

「……」


 何も答えられなかった。だが、絢音が目の前で指輪を使ったことは事実だ。刑事として見逃すわけにはいかない。

 なのに、烏丸はなぜ〈魔女〉をかばう真似などするのか──大神には理解できなかった。


「それに……主任。さっきあの子のことを『絢音』と呼んだな? 知っているのか?」

「──!」


 大神は息を呑んだ。


「そ、それは……」


 思わず口にした名前。今さらごまかせない──大神が意を決して口を開いた瞬間、


「絢音ちゃん、早く行きなよ!」


 波木が声を上げた。


 絢音は顔を歪めながら軽くお辞儀をすると、路地の闇へと走り去っていった。


「烏丸さん、これでいいんですよね? 現場優先で」


 波木がため息をつくと、烏丸は二人に刺すような視線を送った。


「……波木まで……二人ともあの子を知っているのか?」

「実は……」

「まあ、いいさ。……主任、のんびりしてるとガキどもが目を覚ましちまう。この話はいずれ」


 大神がためらいがちに口を開こうとするのを烏丸は遮った。

 三人は少女たちのもとへ駆け寄った。




 合流してきた二班のメンバーとともに、気絶している少女たちを確保する。波木は救急車を手配していた。


烏丸(カー)さん、なんだってあんな真似を……」


 大神は恐る恐る小声で烏丸へ尋ねた。


「いや、ここで捕まえるとウチの魔女が面倒だなって思っただけさ」

「そんな理由で……」

「とにかく。これは三人だけの秘密だな。それに、〈お互い様〉だ」


 烏丸は含みのある小さな笑みで、大神の肩をポンポンと叩いた。

 この話は終わりだ──そんな烏丸の態度に、大神は次の言葉が思いつかず、ただ立ちつくすほかなかった。


「主任! ちょっと見てください!」


 波木の声で、大神は我に返った。


「どうした?」

「このミサンガ、何かおかしくないッスか?」


 白手をはめた波木が、証拠品袋に入れられたミサンガの残骸を見せてきた。


「ほら、ビーズの所です」


 目を凝らすと、溶けたビーズの内部から、極小の基板らしきものが剥き出しになっていた。


「これは……」


 ミサンガは〈指輪〉なのか──?

 大神は波木から袋を奪うように取り、基板を凝視した。


 遠くから救急車が近づく音が聞こえた。



   ◇ ◇ ◇

 


 路地を駆け抜け、さらに細い裏道を抜け、少し離れた通りに出た絢音は人混みに紛れ込むように速度を緩めた。

 ゆっくりと歩きながら小さく深呼吸する。


 裏道の入口をちらりと振り返る。

 誰も追ってこないことを確認すると、ようやく小さな笑みを浮かべた。だが、その表情はどこか空虚なものだった。覚悟の上で手助けしたはずなのに──胸の奥が自分でも驚くほどに冷めている。


(オジサン。ゴメンね)


 それと──


(〈カラスのオジサン〉、ありがと)


 絢音の後ろ姿は、やがて人の流れに飲み込まれるように見えなくなった。

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