<幕間> 夜道と煙草
ある日の夜。
久しぶりに早く帰ることができ、まだこんな時間にもかかわらず夕食も風呂も済ませ、二人でテレビを見ていた。芸人が持ち寄ったネタを検証する番組だ。とはいえ、絢音はテレビを見て笑いながらスマホをポチポチやっており忙しそうだ。
たいして広くもないリビングで、二人して同じ番組を見ながらも会話はない。テレビと絢音の笑い声だけが響いていた。
ふと、煙草が吸いたくなった。吊るしてある上着の内ポケットを探ってみると空だった。
(……買いに行くか)
こんなゆったりした夜は散歩がてらコンビニへ行くのも悪くない。
立ち上がり、玄関へ向かおうとすると、絢音が顔だけこちらへ向けた。
「オジサン、どこ行くの?」
「コンビニ。煙草買いに」
「私も行くー」
──静かに夜道を楽しみたいんだ。一人にさせてくれ。
「ガキがこんな時間に外出するな」
「刑事がボディーガードなら心配ないでしょ」
絢音はそう言いながら、すでに財布を握りしめていた。人の話を聞く気はないらしい。
コンビニへの道は、夜気が肌に微かな刺激を与えてくれ、心地よかった。珍しく、絢音は何も言わなかった。何を考えているのかさっぱり分からない。
コンビニに入り、レジで店員に煙草の番号を言おうとすると、絢音が当たり前のようにアイスを出してきた。
「……その財布は飾りか?」
「いいじゃん。ついでに買ってよ」
──まったく。煙草一箱のはずが高くついた。
アパートへの帰路、煙草に火をつけようとした。
「あ、刑事なのに歩き煙草なんて、いけないんだ〜」
「うるせえ、ほっとけ」
そう毒づきながらも煙草をしまう。生意気なだけでなく、小姑みたいなガキだ。
「自分の部屋なんだから、部屋で吸えばいいのに。別に私、気にしないよ?」
「制服に臭いがつくだろ。疑われるぞ」
「気ぃ使ってくれてんだ〜」
ウフフ、と絢音の笑みが街灯の光に浮かんだ。
「そういえばさ。この前、煙草で停学になった子、いたよ」
「お嬢様なのにか……何で吸ったんだ?」
「さあ。急に、吸ってみたくなったんだって」
絢音はそう答えると肩をすくめた。
「……くだらねえ理由だな」
「でもさ。理由なんて、そんなもんじゃない?」
ふむ、と思った。
「そうかもな」
自宅に着くと、すでにいい時間になっていた。
「こんな時間に食うと太るぞ」
「大丈夫よ。……でも明日に取っとこうかな」
「そうしろ」
絢音はガラリと引戸を開け、リビングの隣にある寝室に入った。もっとも、そこは本来俺の寝室だが。すっかり自分専用の個室にしてやがる。引戸に『立入禁止』なんて貼り紙しやがって。
絢音がひょいと顔を出した。
「オジサンはさ、こっちに来たいとか思わないの?」
「バカ言うな。俺は保護者だ」
「へぇ〜、保護者の自覚、あるんだ?」
絢音はニヤリと目を細めた。
「誰のせいだ。いいから、もう寝ろ」
「はーい。おやすみ、オジサン」
──まったく、食えないガキだ。
煙草を手に取り、火をつけようとした──が、なんとなくそんな気になれず、煙草を上着の内ポケットへ入れた。
振り返ると、視線がサイドボードの上で止まった。そこには埃を被ったままの小さな写真立てがあった。
大神は写真に映った制服姿の少女をしばらく見つめると、ソファに寝転がり、やがて目を閉じた。
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