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指環の執行官──警視庁捜査一課第四特殊犯捜査係  作者: 柊ユキヤ


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第12話 食卓での攻防

 大神は重い足取りで自宅アパートの階段を昇った。

 七瀬への、まるで腹の探りあいのような報告で必要以上に神経をすり減らした気がする。

 ドアの前に立つと、横の曇りガラスから煌々と光が溢れている。帰ってるんだな──目の前のドアがまるで留置場の扉に見える。


「ただいま」


 思わず声に出てしまった。「ただいま」なんて、いつぶりだろうか。


「お帰り、オジサン! 遅かったね〜」


 リビングからエプロン姿の絢音がひょっこりと顔を出した。その手にはお玉が握られている。キッチンには食欲をそそるデミグラスソースの香りが漂っていた。


「……なんだ、その格好は」

「何って、エプロン。新妻っぽいでしょ?」


 絢音はクルリと回ってみせた。制服の上からフリルのついたエプロン。これはいけない。


「誰が妻だ。……というか、飯作ったのか?」

「うん。あ、そうだ。言い忘れてた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ──」

「おい!」


 まったく、そんな古いセリフどこで覚えたんだ。絢音は途中で遮られたのが気に入らなかったらしい。軽く頬を膨らませた。


「なによぅ。オジサン、非番の日は少し早いでしょ? 私もほら、今まで簡単なやつしか作ってあげてなかったから」

「……そんな。適当にいいんだぞ」

「え、食べてきたの?」

「……いや」

「じゃ、食べようよ!」


 リビングに入ると、テーブルにはもう二人分の皿が並んでいた。ハンバーグにサラダ。米まで炊いてある。


「……凄いな」

「でしょ。今日はちょっと頑張ったのよ。さ、手、洗ってきてね」


 言われるがままに洗面所で手を洗い、テーブルに胡座をかいた。絢音は向かいにちょこんと正座する。


「いただきます」

「……いただきます」


 一口食べて、思わず唸ってしまった。 これは、普通に美味い。今までの簡単なもの──とはいえ自分で作るのは到底無理だが──にも十分満足していたが、これは、と感心した。


「どう?」

「……文句はない」

「でしょう〜」


 絢音は得意げに胸を張った。彼女はハンバーグを切りながら何でもない調子で続けた。


「オジサン、今日、学校来てたでしょ。私に何も言わずにヒド〜い」

「言えるか。仕事だ」

「ビックリしたんだからね」

「そのわりには平然としてたな」

「そ〜お? 前言ったじゃん。ちゃんとしてるって」


 ──あれは「ちゃんとしてる」というより別人だった。誰かに何かを見せないように意識的に作られた顔だ。


「……なあ」

「何?」


 ハンバーグを切る手を止めずに、絢音が返す。


「今日、俺と一緒にいたスクールカウンセラー」

「西園寺先生?」

「……どんな人だ?」

「どんなって。オジサン、ああいう人がタイプ?」

「はぐらかすな」


 食器の触れる音がやんだ。


「……あの先生、私は苦手」

「どうして?」


 絢音は少しだけ考える素振りを見せてから肩をすくめた。


「うまく言えないけど……なんか、近づかれると落ち着かないの」

「落ち着かない?」

「優しいし、人気もあるし、いい先生なんだと思うよ。でも──」


 絢音は言葉を切り、ハンバーグに視線を落とした。


「話してるとね、頭の中を覗かれてるみたいな気がするの。それに……」

「それに?」

「あの人の……目が、イヤなの」


 絢音の顔が、怯えとも嫌悪ともつかない表情を見せた。


「なんか、人を見てる目じゃないの。動物を観察してるみたいな目、かな。そんな感じ。……いつもってわけじゃないけど」

「観察、か……」


 言い得て妙だ。あの時自分が感じた〈値踏み〉という感覚とも合致する。西園寺にとって生徒たちは悩み多き少女などではなく、もしかして実験動物か何かなのか。


「それとね、オジサン。うちの学校、気になることがあるの」

「何だ?」

「なんか、変な子が多いの。ハイになってるっていうか、無理やりテンション上げてるっていうか」

「そりゃ、どこにでもいるだろ。そんな子」


 とは言ったものの──あの学校の様子からは、ちょっと想像できない。だが、絢音の言葉は妙に胸に引っかかった。


「そんなんじゃなくてさ、目が据わってるっていうか……普段は普通なんだけど」

「絢音、その子たち……変わったことはなかったか?」

「変わったこと……そういえば」


 絢音は箸先を口に咥え、少し考えるように天井を見上げた。


「みんな、ミサンガしてたかな、多分」

「ミサンガ?」

「うん。色はみんな違うけど。ミサンガってオジサンたちが若いトキだよね?」


(俺をいったい何歳だと思ってんだ?)


「俺はまだ二十代だ。俺が生まれる前の話だ」

「え、違うの?」

「あれは……俺たちの親世代だ」

「ふーん」


(俺へのフォローはないのか?)


 一瞬こめかみをひくつかせた大神の様子など気にも留めず、絢音は思い出すように続けた。


「まあ、可愛いデザインなんだけどね。でも私の好みじゃないや。制服にも合ってないし。それに……隠してるんだよね。袖から出さないようにしてるみたいなんだ」


 どういうことだ? ──思わず尋ねた。


「隠してる? いつもか?」

「多分。夏の体育の時でもジャージ着てたりしてたよ。着替える時もできるだけ隠してた感じ」

「着替えの時まで……」

「何? 想像したの? イヤらしい〜」

「ふざけんな。でもそれ、どこで手に入れたんだろうな」


 絢音は箸を置き、「うーん」と腕を組んだ。


「それがさ、私も全員に聞いたわけじゃないけど、みんな、はぐらかすの」

「はぐらかす?」

「よく覚えてないって言う子もいた。ヘンよね」


 その子たちがごまかしているのか、それとも本当に覚えていないのか──ふと、補導の件が頭をよぎった。


「もしかして、その子たちって、その……夜遊びとかしてるか?」

「なに? 補導でもすんの?」

「そんなんじゃない。……いや、それはおかしいか」


 絢音は少し怪訝な表情を浮かべた。目の前の刑事が無意識に〈捜査〉の顔を見せてしまったからか。


 絢音は短い息を吐いた。


「そうね。補導のことは正直よく分からないよ。学校もそういうことあまり言わないし。……ほら、ウチってイイところの子ばかりじゃない?」


 あの学校は、外にも内にも隠す(・・)んだな──

 正面からぶつかったところで、シッポを出すような相手じゃない。


「絢音、頼みがある」

「え、何?」

「補導された噂のある子で、そのミサンガをつけている子、見かけたら教えてくれ。名前だけでもいい」

「何するの?」

「ちょっと、気になることがあってな」


 美しく整えられた学校。その中に紛れる〈変わった〉生徒。補導される生徒──そして、不思議なミサンガ。

 今はバラバラだが、何かあるような気がしてならない。


「別にいーけど。でも条件があるわ」

「……何だ?」

「私にも教えて。刑事が学校に行くってことは、何かあるんでしょ? それと」

「それと?」

「今度のお休みは外で食べようよ」


 まいったな。まだ〈勘〉のレベルなんだが──それに、さすがに捜査情報を漏らすわけにはいかない。


「それはダメだな。捜査情報は教えられん」

「ケチー! じゃあ、調べてあげない」


 やっぱりな、と内心舌打ちした。

 ところが、絢音の方から折れてきた。


「じゃあ、これは? 私が何で指輪の事件現場に顔を出すかを聞かないこと」

「今は聞いてないだろ」

「いいや、先々聞くでしょ。それに……別に遊び半分でやってない」


 絢音の表情が、ほんの一瞬曇ったように見えた。


「……そうか、理由があるんだな。それで、その理由ってお前の指輪に関係するのか?」


 とたんに絢音の眉が寄った。


「ほらぁ! やっぱり聞こうとしてる!」


 そりゃ聞くに決まっている。

 なにしろ〈改正銃刀法第二条第三項 観念動力補助機器〉──通称〈リングデバイス〉、またの名を〈指輪〉。それを一介の女子高生がはめて暴れまわっているのだ。立派な犯罪だ。

 むしろ、今この場で、食卓を囲んでこんな話をしていることの方が異常だ。だが、理由があるというなら──余計に知りたいとも思う。


 とにかく、あの学校はやはりおかしい。

 未成年に頼むことではないことは重々理解しているが──


「……分かった、分かったよ。お前が話したくなったら教えてくれ。だが、もう現場には行くな。いくらあんな力があっても危険なことには変わりない」


 頬を膨らませていた絢音は目を伏せ、しばし沈黙した。


「……分かったわ。しばらく(・・・・)行かない。私も学校のことは気になるしね」


「しばらく」というところが引っかかるが、まあいいだろう。


「でもオジサン。外食のことは忘れないでね」

「分かった。食べたいものを考えておけ」

「でも、女子高生と夜出歩いてたら、職質されるんじゃないの?」


 絢音がからかうように身を乗り出した。


「うるさい。カップ麺にするぞ」

「ウフフ、楽しみだなー」


 ……聞いちゃいない。

 やっぱりJKの思考回路は理解できない。

 大神は残りのハンバーグを口に放り込んだ。

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