第11話 聖母の微笑み
同日、四ツ葉女学院の放課後。
部活動の活気ある声が響くグラウンドとは対照的に、校舎一階の隅にあるカウンセリングルームにはテレビの音だけが響いていた。
スクールカウンセラーの西園寺は夕方のワイドショーを観ていた。テレビの中では、コメンテーターが本日発生した銃乱射事件についての見解を語っている。
『粗悪な指輪による精神汚染。まるで麻薬中毒者のような行動』
その後、コメンテーターは銃社会についてのお決まりの懸念を口にしていた。
西園寺はクスリと笑みを浮かべるとテレビを消した。
(やっぱり銃があるとダメね。すぐそっちへ流れちゃうわ)
その時、控えめなノックの音が部屋に響いた。
西園寺は一瞬で冷ややかな笑みを消し、眼鏡をかけた。慈愛に満ちた表情を浮かべ、生徒たちが慕う〈西園寺先生〉の仮面を被る。
「はい、どうぞ」
「……失礼します」
ドアがおずおずと開き、一人の生徒が伏し目がちに入ってきた。
二年三組の豊嶋美優。図書委員を務める、大人しく真面目な生徒だ。だが、今の彼女はひどく顔色が悪く、制服のスカートを握りしめた手は微かに震えていた。
「あら、豊嶋さん。どうしたの?」
「あの……先生、私……」
美優は言葉に詰まり、うつむいてしまう。
西園寺は立ち上がると、優しく彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。ゆっくりでいいわ。ここには私とあなたしかいないもの」
「……はい」
「座って。ハーブティーを淹れるわね。気分が落ち着くわよ」
西園寺は美優をソファへ促すと、背を向けてティーセットを用意し始めた。
カップにお湯を注ぎながら、彼女の瞳が獲物を定めるように細められる。
(良さそうな〈状態〉ね)
「……実は、前回の模試、順位が落ちてしまって。お母さんにスマホを取り上げられそうなんです。『恥ずかしい子だ』って」
美優がポツリポツリと語り出す。
西園寺は湯気の立つカップを彼女の前に置き、まるで聖母のように微笑んだ。
「それは辛かったわね。あなたはとっても頑張っているのにね。図書委員の仕事もしっかりやっているし。私が一番知っているわ」
「先生……!」
「大丈夫。こんなに頑張っているんですもの。お母様も絶対分かってくれるわよ」
そして、彼女はデスクの引き出しを開けた。
そこには色とりどりの刺繍糸で編まれたミサンガが無造作に放り込まれている。一見すると可愛らしい手芸品の山だ。
「今日は、頑張っているあなたに〈特別なもの〉をあげる」
「え、これ……ミサンガですか?」
「ただのミサンガじゃないの。特別なお祈りが込めてあるわ。これを着けているとね、不思議と心が軽くなるのよ」
西園寺はパステルカラーで編まれたミサンガを手に取り、美優の右手首に巻き付けた。
編み込みの中心には乳白色の少し大きめのビーズが複数埋め込まれている。
脈打つ動脈の真上で、そのビーズがほんの一瞬蒼白の光を放ったように見えた。光を映した美優の瞳は焦点が一瞬曖昧なものになり、こわばっていた表情も溶けたように脱力していく。
「かわいい……ありがとうございます、先生」
「ふふ、よく似合っているわ」
美優がうわずったような声で呟くと、西園寺はやはり聖母のような微笑みをたたえ、美優の手を包み込んだ。
「イライラした時、もうダメと思った時、そのビーズを強く握りしめてごらんなさい。きっと楽になるわ」
「……はい」
美優の瞳に微かな光が宿る。
「みんな、無意識のうちに、心を鎖で縛ってしまっているの。苦しいわよね。でもこのミサンガがあれば大丈夫」
西園寺は部屋を出て行く美優の背中を見送った。
(可哀想な子たち──解放させてあげる)
銃などに逃げてしまうと周りも不幸になる。かわいい生徒たちには、ぜひ自分自身の力と意思を解放してもらいたい。自分はそのための〈手助け〉をするためにこの学院に来たのだ。
だが、グラウンドで汗を流す生徒たちへ向けられた西園寺の視線は〈手助け〉というには鋭かった。




