第10話 銃声と視線
「大神、戻りました」
本庁地下二階にある四特のフロアへ戻ると、皆、テレビで流れる昼のニュースを凝視していた。
「猫田、何かあったのか?」
「あ、大神主任。海外の高校で銃乱射です」
「そうか……」
腕を組んでテレビを観ていた魚住が、大神に気づくと軽く手を挙げた。
「おぅ、ご苦労さん」
「また、銃乱射ですか」
「そうだな。向こうは銃が簡単に手に入るからな」
だが、放送が現地特派員のリポートに切り替わると、皆の眼光が変わった。
「……犯人はこの高校に通う生徒で、〈リングデバイス〉を装着していた模様です。犯人はその場で自殺を図り、病院へ搬送されましたが、その後死亡が確認されました。現在、地元警察により、リングデバイスによる精神汚染の有無を調査中とのことです」
烏丸は腰に手を当て、ため息をついた。
「指輪をはめて、タガが外れちまったのかもな」
猫田も自席へ戻りポツリと呟く。
「大神主任……指輪って麻薬と似てますよね」
「そうだな。使いこなす能力がなかったり、粗悪な模造品を使うとコレだ」
「隠れた欲望が出ちゃうんですかね」
「まあな」
波木も珍しく神妙な表情だ。
「海外では銃が身近ですからね。やっぱり衝動が銃発砲に繋がりやすいのかもしれませんね」
たしかに海外では、日用品でも買うように銃が手に入る所もあるくらいだ。人々の生活に銃が溶け込んでいる。
「しっかし、指輪なんて、俺らみたいに適性がないと使えないのに、なんで模造品が出回るんでしょうね」
波木が呆れた様子で腕を組むと、魚住もそれに頷く。
「たしかにな。セーフティを取っ払って、少々適性が足りなかろうが無理やり使いやがる。タガが外れるだけならまだマシだが、下手すると廃人だ」
「いっそ、能力が皆無な方が幸せかもしれませんね。そういう人にはただの指輪ですから」
猫田も割り込んだ。
「まったくだな。軍や警察も運用についてはまだまだ手探りなのに、危なっかしいかぎりだ」
面倒な世の中だ、と魚住が顔をしかめた。
大神は三人の会話を黙って聞いていた。
(軍や警察が運用し始めて、まだ十年くらいだったな)
危険で、真に安全な運用も確立されていない、しかも銃よりも高価な指輪をなぜ人は欲しがるのか──やはり人は自分自身が持つ力そのものを形として具現化させたいのだろうか。
そんなことを考えながら、大神はテレビの中の現場映像を眺めていた。
「それにしても波木さん。こういうニュースを見ると、日本って銃が縁遠いですよね」
「そうだよね。都内の発砲事件なんて、年に一件あるかないか。銃器を用いた事件が数件ってところかな」
猫田と波木がキーボードを叩きながら話していると、魚住が少し厳しい口調で二人をたしなめた。
「バカ言うな。毎年数十丁押収されてるだろ。それに所持事件も今だに少なくない──未然に防いでいるんだよ」
「……すみません」
二人は頭を下げた。
「まあ、ウカウカしてると、指輪が一昔前の銃みたいになる、ってことだな」
烏丸は場をとりなすと給湯室へ向かった。
同時にガチャリとドアの開く音がした。奥の執務室から七瀬が現れた。
「あなたたち、指輪の押収も大事よ。四特のメシのタネだからね。事件は闇バイトの件だけじゃないの。しっかりネタを拾ってきてちょうだい」
奥にいたのに聞いていたのか。やっぱり〈魔女〉じゃねえか──大神の首筋に嫌な汗が流れた。
「さ、大神。結果を教えて」
七瀬はソファにどっかりと腰を下ろし、足を組んだ。
◇ ◇ ◇
「それで、四ツ葉、どうだったの?」
七瀬は足を組み直すと上着の内ポケットを探る仕草を見せた。おおかた煙草でも出そうとしたのだろう。だが、執務室に置いたままなのか、一瞬口角を歪めると手持ち無沙汰に指を組んだ。
──というか、ここは禁煙だ。このヘビースモーカーめ。
「成果は、正直薄いです」
大神はそう前置きしてから、簡潔に続けた。
「教頭の黒木はあまり協力的ではなく、生徒の素行については否定一辺倒。高峰についても『知らない』『不審者だろう』の一点張りです」
「典型的な事なかれ主義ね」
「ええ。それにプライドもあるようで……生徒の交友関係に突っ込むと、あきらかに気分を害していました」
「まあ、あそこの生徒はハイクラスな家ばかりだからね。生徒のことを探られるのは嫌なはずよ」
「自分の立場も悪くなりますからね」
「そういうこと」
魚住が腕を組んだまま唸る。
「まあ、校長や教頭クラスが正直に吐くとも思えんがな」
「そうですね。ただ、一つ気になったことが」
大神は一拍置いた。
「廊下で、西園寺というスクールカウンセラーと接触したんですが」
「……へえ?」
七瀬の目がわずかに細くなる。
「昨年赴任。生徒から慕われていて、教頭もかなり持ち上げてました」
波木も横で頷いた。
「一見地味な感じなんですけどね。眼鏡を外すとイケるっていうか──」
「余計な感想はいらないわ」
七瀬がぴしゃりと釘を刺すと、波木は即座に口を閉じ、姿勢を正した。
「気になったのは視線です」
大神は続けた。
「こちらを観察するような目をしていました。警察だと名乗った瞬間、一瞬だけ……」
「空気が変わった?」
「ええ。歓迎でも警戒でもない。例えるなら──値踏み、ですね」
「ふうん……」
七瀬は顎に指を当てた。
さて、どうすべきか──大神はここまで報告して、絢音のことが脳裏にチラついていた。報告すべきかどうか。やり方を間違えると自分の身が危うい──社会的に。
「それで、そのスクールカウンセラー。生徒との関係はどんな感じだった? 慕われている、ってだけじゃ何の参考にもならないわ」
七瀬の問いに、大神は一瞬脳をフル回転させ、慎重に言葉を続けた。
「そうですね……その後、遠縁の子とすれ違ったんですが……」
「遠縁の子?」
「……はい」
声が裏返りそうなのを必死にこらえた。
一瞬、室内の空気が止まった。
横では波木が「この場面でそれを言うか!?」という顔をしているようだった。
「……あら、四ツ葉にそんな子がいたの?」
「偶然だと思いたいですが」
それは本心だ。七瀬が一瞬、ネコ科の捕食者のような目を見せたが、努めて平静を装う。胃がひっくり返りそうだが、このことは伝えておきたい。
「その生徒、西園寺を見た瞬間だけ反応が変わりました」
「どう変わったの?」
「怯えた、というより……避けました。俺ではなく、西園寺から目を逸らした感じです」
魚住がうーんと唸った。
「それは、その生徒が個人的に西園寺というカウンセラーを苦手にしてるだけなんじゃないか?」
「それならまだいいんですが」
七瀬は好奇心を隠しきれない様子で呟いた。
「カウンセラーに怯える生徒、ねぇ」
伝えたいことは伝えた。この件でこれ以上余計なことは言えない。目の前の〈魔女〉は動物的に勘がするどい。
「まあ、いいわ。それ、一応当たっておきなさい」
「はい」
いつでも当たれる。……まともに話してくれるか分からないが。
「それで、学校はどんな雰囲気だった?」
七瀬が話題を変えたことで、胃のあたりがほんの少し緩んだ気がした。
「学校全体は〈綺麗すぎる〉印象でした。補導件数が増えている割に、校内の温度差が大きい」
「表と裏、か」
七瀬は小さく笑った。
「嫌いじゃないわ。そういう話」
「……ですよね」
それはよく知ってる──大神は内心ため息をついた。
「以上が、現時点での報告です」
七瀬は少し考え込むと指を組み、大神へ告げた。
「いいわ。四ツ葉は継続。……西園寺、ね──名前だけ、覚えておきましょう」
七瀬は軽い口調で執務室へ戻った。だが、「四ツ葉をマークしろ」。目はそう命じていた。
◇ ◇ ◇
カチャリ、と軽い音を立て、執務室のドアが閉まった。
七瀬は席に着くと、机に置いていた煙草を取り出し、火をつける。
ふうーっと紫煙を吐くと、執務室に染みついた甘いメンソールの香りが濃い匂いへ変わった。
「四ツ葉女学院、ね……」
そう呟くと、煙草の灰を灰皿に落とす。
綺麗すぎる学校。
〈品行方正〉な、お嬢様たち。
増え始めた補導件数。
そして──気になるカウンセラー。
七瀬は指先で、机の縁を軽く叩いた。
名前だけ。今は、それでいい。
「値踏みするスクールカウンセラー、か」
ふっと小さく煙を吐く。
生徒を守る立場の人間が警察を見て値踏みをする。協力や擁護ではない。それだけで充分すぎるほどの違和感だ。外見の様子など脇に置いていてよい。目は口ほどにモノを言うのだ。
さらに──
「……遠縁の子、ね」
七瀬はわずかに口角を上げた。
「大神、面白そうな子を飼ってるじゃない」
大神の声のほんのわずかな揺れ。あれは誤魔化しだ。しかも慣れていない。話題を変えるとあきらかに緊張の糸が緩んでいた。実に微笑ましい。
思わずフフッと笑みを浮かべた。
「やっぱりまだ、二十代、ね」
まあ、いずれ繋がるだろう。そんな予感がする。
出来の良い忠犬が、自らの立場を押してまで報告したかった違和感だ。スジは悪くない。
「まあ、誰かさんの差し金かしらね」
七瀬はもう一度深く吸い込むと、天井に向けて薄い紫煙を吐いた。




