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ギフト研究者茨森のテッサリアと新年を告げるお雑煮そば①

 カテドラル王国の西の西、アードヘット帝国との国境付近にポツンと小さな集落がひとつある。その名もカーレスト庄。庄の字が示す通り、神聖ウェンハイム国だった時代には荘園だった場所だ。

 が、500年前の炎の巨人スルト襲来の折、荘園ごと地域一帯が焼き尽くされ、地名だけが残ったのだそうだ。

 僅か10数戸にしか満たない、本当に小さな集落。

 特産品など何もなく、住民たちは狩りと採集、小規模な畑作で細々と暮らしている。

 あまりにも何もないので、盗賊ですら実入りがないとこの集落を無視しているくらいだ。


 そんな何もない集落であるカーレスト庄が、今は何故か人で賑わっていた。王都から来た、ギフト研究を生業にする人々と、その護衛の兵士たちである。

 彼らの目的は、村で最も若いアンドレ少年のギフトを研究することであった。

 アンドレのギフトは『獣化魔法』というもの。これは、その名の通り自身の肉体を獣の姿に変じる魔法である。

 研究者たちによると、この『獣化魔法』の使い手が国内で確認されたのは150年振りとのことで、所謂レアギフトなのだという。

 最初はネズミのような小さく力も弱い獣にしかなれないのだが、使い込むことでもっと様々な獣になれるようになるというこのギフト、最終的には最強の獣たる『恐竜』になれるのだ。そう、竜大陸にしか存在しないというあの恐竜だ。

 ダンジョンに生息するドラゴンもかくやというほどの獣、恐竜。ひと目でいいからこれを見たいと願うのは、好奇心旺盛な人の性と言えるだろう。

 故に、王都の第三研究所は対象者の観察、研究を決定、茨森のテッサリアを含む数名の研究者チームを現地へと派遣した次第。


 そして派遣から3か月、テッサリアは自身にあてがわれた天幕の中でげんなりとした顔をしながら机の上に突っ伏していた。


「あうああうあぁ~………………」


 もう、言葉にすらなっていない呻き声を洩らすテッサリア。これは彼女の嘆きの声であった。具体的には、日々の食事にうんざりしている嘆きの声である。


 無論、仕事、それ自体に不満はない。人によって千差万別の様相を呈するギフトを研究することはテッサリアにとってのライフワークだ、それが苦だと感じたことはないのだ。

 しかしながら、この場所で供される日々の食事、これが如何ともし難い。毎日毎食、ほぼ同じものを食べて食卓に一切変化がないのである。主食は茹でたジャガイモ、付け合わせは薄い塩味の野菜スープで、狩りが成功した日はただ塩で焼いただけの固く臭い獣の肉。狩りが失敗した日は代わりに干し肉。今は冬なので基本的には干し肉の日の方が多い。野菜も保存用に干した野菜。レパートリーなどというものはない、それだけの食事。

 ちなみにではあるが、ごく小さい集落なので食堂含め商店などはひとつもない。集落の住民全員、食事は自炊、というかほぼ自給自足だ。本当にたまに来る行商人によって、辛うじて干した魚や香草などが手に入るのみ。今は雪深い真冬なのでその行商人も来ない。


 これが3か月続いた結果、テッサリアだけではない、護衛の兵士含めチーム全員がやられてしまったのだ。


 集落の住民たちからしてみれば、贅沢な話であろう。彼らは3か月どころか集落にいる限りずっと同じようなメニューなのだ。こんな小さな集落で、飢えずに毎日食べていけるだけありがたい。都会者は軟弱だと、そう思えて仕方がなかろう。


 もうそろそろ王都から交代のチームがやって来ることになっているのだが、テッサリアたちは首を長くして彼らの到着を待っていた。早く、この変化のない固定された食生活から解放されたい、食事の時間が辛過ぎて研究観察に身が入らないのだ。

 同じチームがこの場所で3か月も逗留するのは長過ぎる、最長でも2か月にすべきだと、王都に戻ったらカンタス侯爵にそう上申しようと、テッサリアは密かに決意していた。


 そしてテッサリアはもうひとつ重大な決意をしていた。帰路では直帰せず、必ず途中で旧王都アルベイルに寄ろう、と。そしてナダイツジソバに足を運んで思う存分ソバを食べてやろう、と。


 カーレスト庄で過ごしたこの3か月、テッサリアは1度としてこの場所を離れていない。王都にいた頃は最低でも月に1度はわざわざ旧王都まで赴いてナダイツジソバの料理を食べていたのに、だ。まあ自力で通っていたのではなく、婚約者であるイシュタカのテオのギフト『飛行魔法』を頼ってのことではあるが。


 ともかく、テッサリアはこの仕事が終われば旧王都へ駆け込み、ナダイツジソバで好きなだけメシを食う腹積もりである。

 テッサリアだけではない、同じ研究チームのメンバーも、交代要員が来れば最寄りの食堂へ駆け込むことだろう。


 残された気力を振り絞りながらどうにかこうにかアンドレ少年の研究観察を続け、指折り交代要員が来るのを待ち続ける日々。

 交代要員が来る予定の日付を、今日でもう1週間も過ぎている。連日の大雪によって移動も難航しているのだろうことは想像に難くない。


「ソバ食べたい……カレーライス食べたい……」


 ブツブツと呟きながら、机上に散らばった研究レポートを時系列順に整理するテッサリア。いつ来るかは分からないが、交代要員に対し、スムーズに引き継ぎする為である。


 こんな日々があと何日続くのか。ため息をつきながら作業を続けるテッサリアであったが、まだ交代の時間ではないのに、部下の1人が血相を変えて天幕に入って来た。チームでは1番若い女性の研究者だ。


「室長! 室長!!」


「……あら? どうしました?」


 テッサリアが顔を上げると、彼女はツカツカと歩み寄って来て、バン、と机の上に両手を突いた。


「大変ですよ、室長!!」


「どうしたんです? もしかして、アンドレくんが新しい動物に変身出来るようになりましたか?」


 アンドレのギフトに成長の兆しがあれば、チームリーダーであるテッサリアに報告する義務があるのだが、彼女はそうではないと首を横に振る。


「違いますよ!」


「え? じゃあ、何が大変なんで……」


 と、言葉の途中で、テッサリアはあることに思い至って「あッ!?」と声を洩らした。


「まさか、盗賊が来た!?」


 先に触れた通り、ここは盗賊さえも興味を示さない、何もない集落。

 だが、王都から来たテッサリアたちは別。斥候に来た盗賊がテッサリアたちを見つけたのなら、金目のものを持っていると判断して襲撃してくる可能性もある。


 が、彼女はそれも違うと首を横に振った。


「そうじゃありませんよ!」


「なら何なんですか!」


「ついに来たんですよ!」


「……へ?」


 ポカンとした顔で、そう声を洩らすテッサリア。


 状況を理解していないテッサリアに対し、部下の女性は満面の笑みを浮かべながらこう告げた。


「たった今、王都から交代のチームが来たんです! ようやく解放されるんですよ、私たち!!」


 遂に、遂に待ち望んでいた交代要員たちが来たのだ。テッサリアたちをこの何もないカーレスト庄から解放してくれる、救世主とも呼べる者たちが。

 これで代り映えのしない食事から解放される。ナダイツジソバで様々な美酒美食を堪能出来る。


「いよっしゃあ!」


 ガラにもなくガッツポーズを決めながら、テッサリアは腹の底から雄たけびを上げた。


本日3月19日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。

今回は拳聖ザガン編の続きです。


拳林寺に入門し、厳しい修行の末、遂に新たな拳聖となったザガンは、世界一強い男となるべく、強敵デューク・ササキとの死闘を求めウーレン王国を出る。

ようやく出会えたザガンは早速デュークに勝負を挑むのだが、その結果ははたして……?


今回は林ふみの先生渾身のアクションシーンにご注目ください!!

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