ギフト研究者茨森のテッサリアと新年を告げるお雑煮そば②
雪深い道を進むのは、たとえ整備された街道を往くのだとしても時間がかかり、疲労するものだ。深い雪に足を取られ進みは遅くなり、普段使わない筋肉も使うので翌日の筋肉痛は必至。雪解けの季節は1日で行ける場所にも2日かかるようになる。
が、テッサリアの食い意地は雪道に勝った。何と、本来であれば10日はかかるであろう道程を1週間で踏破し、驚くべき根性を発揮して旧王都アルベイルに到着したのである。
エルフ特有の細い身体にありったけの気力を満たしドシドシと雪を踏み締めながら冬の道を踏破したテッサリア。こんな時、空を飛べるテオがいたら、などとは微塵も考えなかった、ただただ、一刻も早くナダイツジソバが食べたいという、その一心だった。
食い意地でここまでがんばれるのだから馬鹿にしたものではない。
テッサリアがアルベイルに到着したのは、日が沈むギリギリの夕方頃。
アルベイルに到着するや、テッサリアはすぐさまその日の宿を取り、そして念願だったナダイツジソバへ直行した。
仕事の関係もあり、アルベイルに滞在出来るのは1日だけ。翌日は王都に帰らなければならない。
それ故、テッサリアは久々の再会となるナダイツジソバの面々への挨拶もそこそこに料理と酒を注文して1人宴会を始めた。
美味い料理に美味い酒。この3か月の憂さを晴らすように食べて飲み、大いに舌鼓を打つ。特にテッサリアが訪れていない期間に追加された新メニュー、シズオカオデンソバは絶品であった。カケソバの上に載ったシズオカオデンなる煮物、これがすこぶる酒に合うのだ。レモンサワーなる酒も柑橘の酸味がキレを生んで実に良かった。
大満足である。
が、本当に心の隅の隅まで満たされた訳ではない、たったひとつだけ未練がある。幸か不幸か、テッサリアは発見してしまったのだ、卓上のメニューには記載がない、店の壁に貼られた紙にのみ記された期間限定メニュー、オゾウニソバの存在を。
1月の限定メニュー、オゾウニソバ。1日8食限定、注文は早い者勝ち。
テッサリアがナダイツジソバに到着したのは夜になってからのこと、当然、8食限定のオゾウニソバが残っている訳もなし。
当然、テッサリアもオゾウニソバは食べたい。大のナダイツジソバ通を自称しているからには、食べない訳にはゆくまい。
しかしながら、テッサリアは明日には王都へと帰らねばならぬ身。そして1度帰れば、次にアルベイルに来れるのはどんなに早くとも2月のこと。
つまりだ、この機会を逃せば、もうオゾウニソバを食べるチャンスはない。
カーレスト庄からアルベイルへの道程でも証明された通り、テッサリアの食い意地は根性に直結している。
閉店ギリギリまで飲み食いし、強かに酔ったテッサリア。しかも根性で騙してはいるものの、身体の内側には確実に重い疲労が蓄積している。こんな状態で早起きするのは地獄であろう。
が、テッサリアの食い意地はどんな困難も凌駕する鋼の食い意地。未知なるソバの為ならば二日酔いも早起きも何のその、だ。
テッサリアは眠気を押して翌日、朝5時半に起きると、昨夜の酒でガンガン痛む頭を抱え、冬の寒さによってキンキンに冷えた水で顔を洗い強引に意識を覚醒させる。そして6時半には宿を出て、そのままナダイツジソバに向かった。
無論、今から行ったところでまだナダイツジソバが開いていないことは分かっている。が、開店前から並ばなければ期間限定メニューにはありつけないのだ。何故なら、あれは先着順、早い者勝ちのメニューなのだから。
去年の話ではあるが、テッサリアはテオに頼んでアルベイルに前乗りし、期間限定メニュー狙いで開店直後のナダイツジソバを訪れたことがある。しかし、それでもすでに先に並んでいる者たちが大勢おり、テッサリアは期間限定メニューにありつけず悔しい思いをしたことがあるのだ。故に、期間限定メニューを求めるのならば早起きは必須。
早朝、軒先の除雪作業に精を出す街の人々を後目にナダイツジソバへの道を行くテッサリア。彼女がナダイツジソバに到着したのは、7時より少し前のことであった。
幸いなことに、まだ誰も先客はいない。テッサリアはこれで確実にオゾウニソバが食べられると心の中でガッツポーズをしながら店の前に並んだ。
店内では、ルテリアとシャオリンがテーブルなどを拭く作業をしており、店長であるフミヤ・ナツカワは厨房で何やら作っているらしい。あれはきっと、従業員たちの為に朝のまかないを作っているのだろう。今までにも何度か朝から並んだことがあるから分かるのだが、従業員たちのまかないでは、時に店舗ですら出していない料理が出ることがある。まさに、従業員だけの特権。あのまかない料理が食べてみたいと何度思ったことか。
「テッサリアさん!?」
口内に溢れ出る唾液を飲み下しながら店内を凝視していると、唐突に背後から声がかかった。聞き覚えのある男性の声である。
テッサリアが振り返ると、はたして、出勤して来たのであろう、私服姿のチャップが多少驚いた様子でそこに立っていた。
「あ、チャップさん。おはようございます」
「お、おはようございます……。テッサリアさん、もしかしてこんな早くから並んでるんですか?」
訊かれて、テッサリアは勿論だと頷く。
「はい。オゾウニソバ、絶対に食べたいですから」
「あの……まだ、しばらく開かないですよ?」
きっと、こんなに早くから並ぶ客はそうそういないのだろう、チャップは若干顔を引き攣らせながらそう言う。
店の清掃や準備作業を終え、従業員たちがまかないも食べ終わらなければ店は開かない。ナダイツジソバ通のテッサリアは当然分かっている。分かっていて、今、ここに立っているのだ。
「分かってますって。覚悟の上です」
「こんなに冷えるのに……大丈夫ですか?」
「大丈夫! ガッツはある方ですから!!」
両手でグッとガッツポーズを作ってアピールするテッサリア。
本人としては頑健さを誇示しているつもりなのだが、チャップからするとその細腕が何とも儚げに見えてしまう。
「ガッツって……。そういう問題なのかなあ……?」
どうにも罪悪感が拭えないような顔をしながら、そう呟くチャップ。
「まあ……寒いでしょうけど、もうしばらくお待ちください。流石に開店前に入店してもらうわけにはまいりませんから」
「はい、勿論!」
チャップはペコリと頭を下げると、この場にテッサリアを残していくことに対し申し訳なさそうな顔をしながら店の中に入っていった。
その場に1人残されたテッサリアではあるが、それもこれも覚悟の上でのことなので文句は言うまい。美味いソバの為ならば、極寒の中で待つことも何のその。
チャップのすぐ後から来たアンナとアレクサンドルも、こんな早朝からテッサリアが並んでいることに驚いていたが、彼らもテッサリアの食い意地は知っているので、やはりチャップと同じようなことを言って店内に入っていった。
ただ突っ立っているのも暇なので、店内の様子をつぶさに観察するテッサリア。今朝のまかないは玉子抜きでソースで味付けしてあるカツドンのようだ。メニューには記載されていない、まかないのみの料理。実に美味そうだ。何と羨ましい。
もう、店内の皆が外で待つテッサリアに気が付いている。じっと、まかないが焦げるのではないかというほどの熱視線を注がれ、ナダイツジソバの面々は実に食べづらそうにしているのだが、料理しか目に入っていないテッサリアは彼らの困惑に気付きもしていない。
そうこうしているうちに、テッサリアの背後に人の気配が増えてきた。テッサリア同様、期間限定メニュー狙いで来た客たちだ。
「あー、今日の一番乗りは大食いエルフか」
「期間限定メニューって1人1品だよな!? 大食いエルフに独占されるとかないよな!?」
などと背後で言われているのだが、テッサリアはただひたすらにナダイツジソバに意識を向けているので、そんな言葉は耳に入っていない。
それに、テッサリアも流石に他の客の機会を自分が全て奪おうなどとは思っていない、1人のナダイツジソバ通として、そんなことをすれば人道に悖ると理解している。期間限定メニューは1人1品だけとするのがナダイツジソバ常連たちの嗜みだ。
まあ、そんなこと常識過ぎていちいち口に出したりはしないが。
従業員たちがまかないを食べ終わり、また作業に戻っていく。こうなると、もう開店は近い。
皆がテキパキと動き始め、最後に店長であるフミヤ・ナツカワが「よし、今日もやるか!」と締めたところで、いよいよナダイツジソバ本日の営業が始まった。
店の看板娘、ルテリアがガラス戸の鍵を開け、表に顔を出す。
「お待たせいたしました! 名代辻そば、本日も開店いたします!! 最初のお客様……と、テッサリアさんですね、どうぞ店内へ!」
ようやくだ、ようやくナダイツジソバに入れる。そして念願のオゾウニソバにありつける。
ルテリアの言葉を受け、テッサリアは意気揚々と店内に足を踏み入れた。
そして席に着かず開口一番、
「オゾウニソバください!!」
と、店内に響くような大きな声で注文を叫んだ。
もう待ち切れなくて、注文を訊かれる前に自分から口に出してしまったのである。
ホールスタッフであるルテリアとシャオリンは唖然としていたが、店長であるフミヤ・ナツカワは苦笑しながら「あいよ、ゾウニ1ね!」と返してくれた。
これで確定した、念願のオゾウニソバが食べられる。
今度は心のうちだけに留めておかず、テッサリアは人目も憚らずガッツポーズを取っていた。
本日4月4日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。
今回も拳聖ザガン編の続きになります。
デューク・ササキとの勝負に負けてしまったザガン。
ヒューマンの料理が口に合わず、腹が減って本来の力が出せなかったザガンだったが、何故かデュークの薦めでナダイツジソバなる食堂の美味い料理を食べる為、一緒にカテドラル王国の旧王都アルベイルに向かうことに。
珍道中の末、辿り着いたナダイツジソバとは……?
意外にも気の合う2人の様子をお楽しみください。




