正月のお雑煮と次の期間限定メニューのヒント
年が明けて1月1日、元日である。
昨夜、大晦日は皆で大いに酒を飲み、年越しそばと豪華な料理に舌鼓を打った。
そして今現在、皆はぐでんぐでんになるまで酔っ払い、2階にある文哉の部屋でグロッキーになりながら横になっている。
ただ、昨年の反省もあり、文哉は二日酔いにならぬよう酒は2杯までしか飲まなかったので無事。シャオリンについてはそもそも酒を飲まなかったのでやはり無事。
今日は久々の休日ということで、朝10時に起きた文哉。休日にしては結構早起きである。
が、酒を一滴も飲まなかったシャオリンはもっと早起きしていたようで、文哉が起きた頃には死屍累々となった居間でアニメのブルーレイを見ていた。妖怪と幽霊のハーフとして生まれた少年が、悪さをする妖怪と戦ったり、妖怪絡みの事件を解決したりするアニメである。
居間で雑魚寝している皆とは違い、ちゃんと布団で寝た文哉。
寝室から居間に出ると、まずシャオリンの姿が目に入ったので声をかける。
「おはよう、シャオリンちゃん。今日も早いね」
「おはようございます、店長」
リモコンでアニメを一時停止し、丁寧に挨拶を返すシャオリン。
一時停止した画面では、主人公の少年が悪い妖怪に対し、自身が履いている下駄を放っている最中であった。
あの下駄、自在に飛んで当たるんだよな、と思いながら、文哉は「ああ、そうそう」と言葉を続ける。挨拶というのなら、今日をおいて他にはない、あの挨拶をまだ口にしていない。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
シャオリンもやはり丁寧に挨拶を返す。
新年一発目の挨拶なのだ、やはり、あけましておめでとう、という文言は欠かせないだろう。
さて、シャオリンに対して新年の挨拶が済んだのなら、残る4人に対しても挨拶せねばならないだろう、先にも触れたが新年一発目くらいはキッチリしておかないと気持ち的に収まりが悪い。
「みんなは…………と、なかなか酷い有様だこと」
シャオリン以外の皆にも挨拶を、と居間の中央、床のあたりに目を向けたのだが、その有様は惨憺たるものであった。
「「「「うう、ううぅ………………」」」」
まさに死屍累々。床の上で雑魚寝したまま、ゾンビのような青い顔をして、やはりゾンビのように低く呻く4人。ルテリアとアンナは辛うじて炬燵に入っているが、チャップとアレクサンドルは着の身着のままで寒そうにしている。誰も寝ゲロしていないだけまだマシだが、まるで羽目を外してドンチャンした大学生の飲み会後のようだ。
まあ、こうなるのも無理はなかろう。何せ、昨夜の宴は日を跨いで深夜2時まで続いたのだ。まだ若いチャップやアンナはともかく、文哉よりも年上でこれぞ紳士といった立ち居振る舞いが特徴的なアレクサンドルまでもが後のことを気にせず楽しそうにカパカパと杯を空けていたのだ、きっと、皆揃っての年越しが相当楽しかったのだろう。
「……酒臭い」
部屋の中に漂う空気が薄っすら酒臭い。年越しのドンチャンは1階で行い、2階にはただ単に寝る為だけに上がった筈なのだが、それでもアルコールの匂いが漂っている。4人がそれだけ深酒したという何よりの証拠だ。
これは、今すぐ彼らを起こすのは些か酷だろう。もう少し寝かせてやってもバチは当たるまい。
苦笑したまま、文哉はシャオリンに向き直る。
「シャオリンちゃん、今日は元日だから朝ごはんもお雑煮にしようと思うんだけど、いい?」
雑煮は正月の定番。去年の正月もシャオリンたちには雑煮を振舞った。
そのことを覚えていたのだろう、シャオリンは、雑煮、という言葉を聞いた途端、アニメを見ていた時以上にキラキラと目を輝かせる。
「オゾウ煮! コメで作ったモチが入ったやつ!!」
誰よりも米が好きなシャオリンである、いつも食べているうるち米とは品種が異なるものの、もち米も米であることには変わりない、故に餅もまた彼女の好物の範疇であった。
察するに、彼女にとっての餅とは、正月にしか食べられない特別な米の加工品といったところか。
「そうそう、それそれ。1階で作ってくるからちょっと待ってて」
「はい!!」
シャオリンは心底嬉しそうに頷いて見せる。彼女は文哉よりも遥かに年上だが、それでもまだ子供。子供のこういう様子を見るのは何とも微笑ましいものだ。
ともかく、雑煮を作る為、部屋の冷蔵庫から必要な食材を調達して1階へ行く。去年は部屋のキッチンで作ったが、今年は人数も増えたので、大鍋を持って1階の広い厨房で作ることにしたのだ。
部屋から持ち出した食材は、こんにゃくと生椎茸、それに予め買っておいた魔物の肉、そばピザの時にも使った分裂鳥の肉、それと雑煮には絶対欠かせぬ切り餅である。
いずれもまだ『名代辻そば異世界店』では扱いのない食材で、使いたければ部屋から持って来るなり買うなりしなければならないのだ。肉については去年は豚肉を使ったが、魔物の肉でも美味い鶏肉が調達出来ることを知り、今年は分裂鳥を使うことにした。
餅については、在庫が8個しかないので、基本的には1人につき1個しか当たらない。残りの2個はおかわりを所望した人にあげようと思っているのだが、まあ、そのうちの1個は確実にシャオリンの口に入るだろう。何せ彼女は大の米好きなのだから。
こんにゃくを乾煎りして水気と臭みを飛ばしてから、切り分けた具材をそばつゆで煮込む。椎茸、鶏肉、人参、玉ねぎ、ジャガイモ。
そして、雑煮の汁を煮込むのと並行して餅を網でこんがりと焼く。雑煮の餅は煮餅や揚げ餅を使う地域もあるようだが、夏川家流は焼き餅と決まっている。
出来上がったら、2階からシャオリンを呼び、2人して雑煮を居間に運ぶ。
「おーい、みんな起きてーッ! お雑煮出来たよーッ!!」
未だ床の上で低く呻いている4人を起こし、シャオリンと2人して炬燵の天板に雑煮を置いていく。
「うぅ~、頭痛~いぃ………………」
「頭ん中で鐘が鳴ってるうぅぅ………………」
「ああぁ~、脳みそがグルグルしてるうぅぅ~………………」
「あ、頭の中で石が跳ねているようだ………………」
ゾンビが起き上がるようにノロノロと上体を起こす4人。いずれも二日酔いでキツそうだ。
「みんな、しょうがないなあ……」
苦笑しながら、文哉は冷蔵庫に行き、とっておきを取ってくる。去年もお世話になった強力な酔い覚ましのドリンク剤『ウコンのパワー』だ。
「さ、みんな、酔い覚ましだよ、これ飲んで」
言いながら、文哉はシャオリンを除く皆の前にウコンのパワーを置いていく。
これが何かを知らないアンナとアレクサンドルはウコンのパワーを手に取り不思議そうに観察しているのだが、去年もこれを飲んだルテリアとチャップはその不味さを思い出したように露骨に顔をしかめて見せた。
「あ、これ……」
「いや、効くのは分かってはいるんですけど……」
眉根を寄せてげんなりとした顔をする2人を見て、アンナが「もしかして……」と口を開く。
「あんたたち、これ何か知ってんの?」
「…………魔女の薬ですよ」
たっぷりと間を空け、意味深にそう答えるチャップ。勿論冗談だ。が、冗談めかして半笑いで言うのではなく、何の表情も浮かべず言ったのが何だか真に迫っていて、真に受けたアンナとアレクサンドルが驚愕して、
「「え!?」」
と同時に声を発した。
そういえば去年、チャップはウコンのパワーを飲んで魔女の薬ではないかと疑っていたな、と思い出して、文哉は思わず苦笑してしまう。
「そんなわけないでしょ? 普通に市販されてる酔い覚ましだよ」
まあ、市販といっても日本での話だが、それはこの場では言うまい。
文哉の言葉にホッとした様子で胸を撫で下ろすアンナ。
だが、アレクサンドルは思案するような様子で顎に手を当て、文哉に顔を向ける。
「でも不味いと?」
「そうだね。お世辞にも美味しいとは言えないね。まあ、良薬は口に苦しってやつだ」
「何それ?」
アンナに訊かれて、文哉は短く、
「俺の故郷のことわざ」
と答えた。
正確には日本発祥のことわざではなく、春秋戦国時代の偉人、孔子が口にした言葉らしいのだが、同じ地球由来のものという意味では故郷のことわざと言えなくもない。何より、日本全国に浸透していたことわざでもある。
「覚悟決めて飲みましょ、みんな」
何だか悲壮な決意が込められているような、妙に真剣な表情で皆の顔を見回しながらルテリアが言う。何故だか皆も真剣な表情で頷く。
そして4人は示し合わせたように同時にスクリューキャップを開けると、ウコンのパワーを一気に飲み干した。
「「「「マズいいいぃぃ~~~~~………………」」」」
飲み干すや、これ以上ないというほどに顔をしかめる4人。良薬は口に苦し、ということわざは伊達ではない。まあ、実際は苦辛い、といった感じなのだが。
「くうぅ~……」
「相変わらずキくなぁ~……」
既に経験のあるルテリアとチャップではあるが、それでも新鮮なリアクションで不味がっている。確かに何度も飲みたいようなものではないが、彼らは深酒しただけにかなり喰らっているいるようだ。
そしてウコンのパワー初体験の2人、アンナとアレクサンドルはというと、
「うえぁ~、何これ~……?」
「霊薬の類はどれも美味くはないですが、これはとびきりだなあ……」
信じられないものを見るような目で空になったウコンのパワー缶を凝視している。まるで、名代辻そばにも美味くないものがあるんだ、と言わんばかりに。正確にはこれは名代辻そばのものではなく、あくまで文哉が日本にいる頃に買っておいた私物なのだが、自身がストレンジャーであることはルテリア以外には秘密なので曖昧に笑って誤魔化しておく。
「ははは……。でもよく効くでしょ?」
文哉がそう訊くと、アンナとアレクサンドルは緩慢な動作で頷いた。
「うん、まあ、確かに……」
「意識がシャッキリしたような感じはしますね……」
そう、流石の日本製、まさしくウコンのパワーである。苦くとも良薬、しっかりと効くのだ。
「さ、酔い覚ましも飲んだところで、冷めないうちにお雑煮食べようか」
「そうですね。食べましょ食べましょ」
「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」
6人揃っていただきますの大合唱を決めてから、それぞれ割り箸を割って雑煮に取り掛かる。
雑煮を初めて食べるアンナとアレクサンドルはどう手を付ければいいのか思案しているようだが、去年も食べているチャップとシャオリンは躊躇せず箸を入れた。去年とは違う具材なので目に付いたのだろう、チャップは最初に鶏肉を食べ、シャオリンはいの一番に餅に箸をつける。
「おわ、何、その白いやつ!?」
シャオリンが器の中から取り出した餅を見て、アンナが驚きの声を上げた。
「オモチ」
アンナの驚き様とは裏腹に、特に初見ではないシャオリンはそう簡素に答える。
「オモチ?」
「そう。コメから出来てる不思議な食べもの」
言いながら、ひと口で餅を半分ほど食べてしまうシャオリン。まったりとした顔をして、餅の食感を楽しみながらモグモグとしている。
「へぇー、そうなんだ! あたしも食べてみよ、そのオモチってやつ」
アンナも自分の器から餅を掴み取った。
柔らかな餅を口元に運び、噛み切ろうとしたその瞬間、
「おぉー!? 伸びる!!」
と、彼女が驚きの声を上げる。
食材にもいろいろあるが、餅のようにニョ~ンと伸びるものはそうそうない。彼女が驚くのも無理からぬ話であろう。
ようよう餅を嚙み切ったアンナは、思案するような顔でモグモグと咀嚼してから、スープを啜って口内のものを飲み込んだ。
「噛んでも噛んでも尽きない弾力があって、焼き目が香ばしくって、濃厚なコメの滋味がして……。美味いもんだね、これ」
器の中の雑煮を見つめながら、アンナはしみじみそう餅の感想を述べた。
そう、そうなのだ。
餅は確かにもち米のみで作るものなのだが、その味わいは決して単調なものではない。独特の食感から始まり、味、香り、嚥下した時の喉越しまでもが美味さを構成する要素として含まれるものなのだ。
しかも、餅は単独で美味いばかりではなく、他のものと合わせても抜群に美味い。調和するのだ。
「スープも大変素晴らしい。基本はソバツユなのでしょうが、色々な具材を一緒に煮込むことでそれらの旨味が溶け出して混然一体となっている。いつもの澄んだ味のソバツユもいいものですが、これはこれでひと味違いますね。オモチとも大変上手く調和している」
汁を飲んでいた器から顔を離し、ぷはっ、と熱い息を吐いてからそう言うアレクサンドル。
そして彼は、ごく真剣な表情で文哉に顔を向けた。
「店長、これ、もしかするとソバの麺を入れても美味しいんじゃないですかね?」
「あ、私もそれ思った!」
アレクサンドルが言うや、すかさずルテリアも同意するように頷く。
見れば、チャップとシャオリンも同じように頷いていた。
雑煮の汁にそばを入れて食べる。
雑煮の汁には餅を入れるものだという固定観念により、これまで考えてもみなかったことだが、言われてみれば確かに合いそうな気がしないでもない。
「雑煮のそばかあ……。お客さんたち食べてくれるかな?」
話を振られたばかりでまだまだ検討の段階。細かいことは何も決まっていない。絶対に大丈夫、という確信が持てないのだ。
故に文哉には漠然とした不安があるのだが、その不安を吹き飛ばすよう、チャップが「大丈夫ですよ!!」と声を上げた。
「イケますって、絶対! 同じそばつゆベースなんですから、合わないハズがありません!」
確かにそうなのだ。そばつゆも雑煮の汁も元は同じもの。
ただ、肉や野菜を一緒に煮込んでいる分、雑煮の汁の方が雑多な味になっている。そばとの調和を重視したシンプルなつゆの味というよりも、様々な具を煮込んだ田舎汁に近づいたもの。
味の計算としては引き算にはならないだろうとは思うのだが、それが必ずしもそばに合うという確証が文哉にはまだ持てなかった。
「……オモチも載ってると、もっといいかも」
思い悩む文哉の前で、アドバイスなのか独り言なのか、シャオリンがそんなことを呟く。
「ふむふむ、そっかぁ、なるほど、1月だしアリかもなあ……」
雑煮の汁だけではなく、餅までも。そうなると力そばの亜種のような扱いになるのだろうか。しかしながら餅とそばの相性は力そばの存在によって証明されている。
なるほど、あくまでも力そばの一種であると考えれば、試作にも光明が見えるような気がした。それに季節的にも餅を使った料理を出すのは実にタイムリーだ。
従業員たちの思い付きのような形で提案されたものではあるが、これは案外目があるかもしれない。
先日追加されたばかりの静岡おでんそばと共に、お客様方にも喜んでもらえるものが出来るかもしれないと、文哉は胸中でほくそ笑んでいた。
本日3月4日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。
今回から拳聖ザガン編が始まります。
デンガード連合の一国、ウーレン王国に生を受けた鮫のビースト、ザガン。
大陸、特にヒューマンの国家で存在を軽んじられるビーストだが、そんなビーストでも龍のように強くなれると証明したザガン。
ザガンは愛読書、地球なる異世界から来たストレンジャー、リ・ショブンの伝記を思い出し……?
新たなエピソード、その始まりにご期待ください!




