388 商会アトラザークの手口
王都アウストラリスでの騒動が一旦の収束に向かう中、兄妹はマルコスが用意した馬車に乗り込みシェラタンへ向かうこととなった。
その場に居合わせたマグダレーナは再びギルドへ。事務作業を片付ける傍ら、センリとバランホルンの魔法建築をサポートに戻るという。
シェラタンへと向かう道中──兄妹はマルコスと同じ馬車に乗車していた。後方にはさらに、護衛と側近が乗る馬車がもう一台続いている。
アメラモウルが所有する馬車は、都間を繋ぐ定期便とは別格の乗り心地だ。その客車で揺られながら、マルコスはベルダンから押収した契約書をしっかりと確認していた。
「ハバレイ・アトラザーク。商会アトラザーク……。聞いたことはある名前ですね」
座席は前後に二人ずつ座れる造りになっている。対面ではなく、それぞれ進行方向を向いているかたちだ。心地よい揺れに身を任せるうち、神経をすり減らした兄妹はうとうとしていた。
そこへそんな声が耳に入り、ライアスは前に座るマルコスに、眠そうな声で尋ねた。
「それは……例の悪徳商会に近いところか?」
「いえ、そんなことはないですよ。綿花の栽培や洋服などで知られている商会です。栽培用地を広く持っていると聞きますから、もしかすると工房も所有しているかもしれませんね」
その言葉に同じく半分眠りに落ちていたフライアも反応する。
「工房?」
「ええ。ナシラにも職人はいます。サダルメリクに近いということもあり、鎧やローブを手掛けるところも少なくありません。ただ、それらを作る布や革、金属は他の都にかなり依存しています。このアトラザークのように、綿の栽培から携わる商会はかなり珍しいんです。栽培した綿から、そのまま自社で布類を生産すれば利益効率性も高まります。実際、アトラザークの名を冠した洋服屋などは知られていますから、衣類を量産できる体制はあるとみていいでしょう」
マルコスの予測に兄妹は顔を見合わせた。彼の言いたいことがなんとなく伝わってくる。
「そのアトラザークの工房に、シェラタンの革が持ち込まれてるってことか?」
「ええ、おそらくは。実際、この契約書にも『レザー・エリミシェール』の名を使わないとする要綱が暗に示されています」
その言葉に、思わず兄妹は身を前に乗り出した。
「……なんだって?」
「巧妙なものですよ。素材の出所を示す義務はなく、生産した品つまり完成品は全てアトラザークかもしくはそのグループ商会の名前で出品するとも書かれています。……これでは、素材ほぼそのままのレザーマットでさえ、シェラタンの名前を付けることができません。それと、直接は書いていませんが『アトラザークの利益を損ねる行為を禁ずる』と謳っています。シェラタンの工房の人々がナシラへ直接売り込みをかけることも阻害されるでしょう。それだけではない。アウストラリスで検問を拝見しましたが、あのベルダンという男。あれは、ほぼ間違いなくアトラザークが送った工作員です」
ためらいのないマルコスの指摘に、兄妹はがっくりと項垂れる。やはりか、という思いと同時に、それでもその場で追及できなかった自分たちが不甲斐なく思える。
マルコスはふう、と息を漏らして話を続ける。
「一時期前にナシラの商会で盛んに行われた手口です。十分な商才を積ませた部下を目的の取引先に経歴を伏せて送り込むのです。素質は十分ありますから、そこで出世させ、取引先から交渉できる立場にまで上り詰めたところで、自分たちの商会に有利な条件で交渉を進める。今回、『レザー・エリミシェール』は、交渉を取りまとめる才能を見込んでベルダンを交渉人として抜擢したのでしょうが……まんまと不利な条件を付けて勝手に取引されてしまっていた」
「……だから、ベベルさん、口籠った?」
不意に呟いたフライアに、ライアスとマルコスが顔を向ける。
「え? 口籠ったって……?」
ライアスが記憶を辿っていき、少ししてからハッと気づいた。
「そっか……。ベベルさん、シェラタンはそういう交渉が弱いとか、何の取引してるかわからないって……」
それはナシラから革細工を持ち帰った時のことだ。いつでも快活に接してくれるベベルには珍しく、歯切れの悪い言い回しで今回のことは伏せておいてほしいと言ったのだ。
ひょっとしたら、彼女はなんとなくでも今回の事情に勘付いていたのかもしれない。
その状況を察してか、マルコスはこくりと頷いて言う。
「ひとたび契約を握られてしまったら、これを覆すことは容易ではありません。実際、他の都では一方的な商会主観の取引に気が付いた交渉人が暴力的に破棄へ乗り出したり、都を上げて再交渉を迫ったりして、大騒動となることも度々ありました。そのため都間での摩擦を招くとして、商会のやり口についてナシラでも取り締まりが進みました。……ですが今もなお、こうして残っているというわけですね。あのベルダンも、今回しくじりを見せたわけですけど、ほとぼりが冷めればまたアトラザークへ復帰していることでしょう」
「「はあぁ……」」
どうやら、とんでもない芝居を見せられていたようだ。
事件を解き明かそう、と意気込んで挑んだ時には既に勝負は決まっていた。たとえどんな展開になろうと、商人たちは入念な根回しをしていざという時でも『レザー・エリミシェール』に責任を押し付ける体制を整えていたのだ。
商人たちが仕掛けた手口を暴いたシャルルと、それをすぐ理解できるマルコスがいなければ、きっと何が起きているのかさえ分かっていなかったのだろう。
そして今、手を突っ込んだ自分たちは赤っ恥をかき、工房は根絶やしにされる危機に直面してしまった。
話を聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。商人たちの思惑はようやく理解することができたが、全てが遅すぎた。
—―やっぱり、お金の絡む話は嫌いだ。




