387 戦を制す商人たち
「おい、話は済んだか? この男の連行と積み荷の調査を行う。早く手伝ってくれ」
全員が状況をある程度理解したところで、ラインバートから声がかかた。それに応じて、イリューアとウォルフがそれぞれ名乗りを上げる。
「……私が、ラインバート隊長に同行します」
「そうか……。頼む」
「俺は、シャルルと行動を共にさせてもらう。これだけ余裕をみせるからには見込みがついているのかもしれねえが……もう少しちゃんと話を聞かないと気が済まねえ」
「わかった……」
二人とも、疲れを滲ませている。兄妹もそうだが、味方であるはずのシャルルにまだまんまと嵌められたという思いでいるのだろう。すぐさまそれぞれの持ち場へと散った。
役割を確認し、今度はライアスが口を開く。
「じゃあ、俺は……」
「もう決まってるぞ。ほらっ!」
その言葉尻を制するようにシャルルが肩を掴み、荷台とは別の方向へと身体を向けさせる。
「えっ……!」
するとそこには二人、ここまでの様子を見ていたらしい男女の姿があった。一人はマグダレーナ、そして――もう一人の姿に、ライアスは思わず目を見開いた。
「マルコス!」
「ライアスさん。お久しぶりです」
その呼びかけに応じるようにマルコスがニコリ、と笑みを浮かべる。
彼は本来、神官たちとの会合の最中のはずだ。記憶に乏しいライアスもその顔を見て思い出す。次の指示は会合の合間を見計らって、マルコスと合流することだったはずだ。
その彼が、既に目の前にいる。
「宮殿で偶然会えたのよ。ナシラの装束はこのあいだナシラで見かけたけど、宮殿内で見るのははじめてだったから。もしかしたらって、声をかけたらやっぱりマルコスさんで。今ならまだ間に合うかもって、ここに来てもらったの」
マグダレーナが経緯を伝えた後、マルコスが一歩前に足を踏み出した。
「失礼ながらも、今の取引と摘発、こっそり見させてもらいました」
その言葉にライアスは呆然と立ち尽くし、フライアは憑依しているにもかかわらず赤面した顔を手で覆い隠す。
──摘発どころか大失敗といえるような、なんとも情けないやり取りを見られてしまっていたとは。
そんな兄妹の心情とは裏腹に、シャルルがいつもの調子でマルコスに声をかける。
「おいっ、もうわかってんだろうな? そっちのことは頼むぜ!」
「ああ」
その一声にマルコスはこくりと頷き、シャルルはラインバートとウォルフらと共に、荷台の調査に入った。
──なんだか、当事者なのに蚊帳の外に置かれている気分だ。テキパキと役割をこなす周囲と比べて、何もできずにいる自分たちがあまりにみすぼらしく感じられる。
そんなことを思っていると、マルコスとマグダレーナが歩み寄ってきた。
「……お疲れ様です。商人……いや、シャルルの計略に乗せられて大変だったかと思いますが……」
マルコスがため息交じりに言う。労ってくれてはいるようだ。ライアスも声に出すように深々と息を吐いた。
「まったく……。いや、そんなことより、これからどうするって?」
「ええ。まずは、証拠となるものを持って……」
そこまでを言うとマルコスはふとライアスから視線を逸らした。ライアスが「ん?」と反応すると、すぐに後ろから「ほらよ」と声がかかった。
振り返れば、シャルルが数枚の書類を手にしていた。それをマルコスに手渡し、すぐさま走り去っていく。
一方のマルコスは受け取ったその書類をパラパラとめくりながら言う。
「……そう。これです。契約は先ほど切れました。シェラタンの工房『レザー・エリミシェール』は今、ナシラの誰とも契約を結んでいないという状況です」
「契約?」
これまでどんな契約が結ばれていたのか、兄妹はまだわからない。そう尋ねるライアスを、マルコスはまっすぐに見つめ返してきた。
「この後、すぐシェラタンに向かいます。馬車をあちらの交易所に回しますので、詳しいことはその道中で話しましょう」
それからマルコスは「失礼」と言い置き、宮殿の方へと小走りで去っていった。
兄妹はまたも取り残されてしまい、なんとも複雑な思いに駆られる。すべて周りの人々からの言いなりで、状況を把握できずにいる自分たちが情けなく思えてしまう。
「ふふ……。お疲れ様。もう……嫌になっちゃうよね。あんな面倒なお話」
同じくその場にとどまっているマグダレーナからも労いの言葉をかけられ、ライアスはまたしてもため息を零す。
「……レーナは、見てて状況とか、何か理解できたか?」
「ううん、マルコスさんが解説してくれたけど、いまいち。ライアスと同じ立場に居たらパニックになってた。もう、お金に関わる話なんてさっぱり。胡散臭いことばっかりで……」
マグダレーナは首を横に振り、ため息交じりに言った。
「……だな」
思えば彼女も、港町クルサの自宅のことでひと悶着あったのだ。お金や契約への疎さを冷やかすどころか、それこそ似たような気持ちでいるのだろう。
なんとなくだが、その反応を見られて兄妹は救われるような思いだ。
「でも、このままマルコスさんをシェラタンの、工房の人たちと会わせれば丸くまとまりそうよ。今は神官様たちと詰めの調整中って言ってたけど、今回の革の件を聞いて時間を作ってくれたみたいだから、もうほとんどやるべきことがわかってるみたい」
そう伝えられ、そういうことかと兄妹も納得する。シャルルの話を一言二言聞いただけで通じるほど、頭の回転の速いマルコスなら、すぐに状況が呑み込めるのだろう。
……だが内心、複雑なところはある。自分たちは商人らに翻弄され、あまつさえ味方の言われるまま作戦が進んでいく。一方マルコスはついさっき到着したばかりにもかかわらず、契約書をめくっただけでおおよそのことを理解してしまうのだ。
自分たちはただただ、置いていかれるばかり──リーダーなどと呼ばれながら自分たちは状況を把握できないまま、ただ流されるまま作戦を進めているだけだ。
だがそれも、「あのシャルルとマルコスだから」と言われればどこか納得してしまう。今は従ってしまうほうがいいことを頭では分かっているのだ。
「……わかったよ。俺たちはマルコスに同行して、ベベルさんたちに会いに行くよ」
複雑な思いを飲み込み、ライアスはそう言って話をまとめた。




