386 取引の答え合わせ
「はいはい。お芝居はそこまでだ」
進退窮まり、ライアスが視線を落としていたところへ、いかにも呑気な声がかかった。よく聞いたことのある男の声──ふと顔を上げると、既に彼はすぐ傍にいた。
「っ! シャルっ……!」
その名前を呼ぼうとした途端、ぐいっと顎を押し上げられ、ライアスの口は塞がれた。
その男――シャルルは、そのままライアスの横を通り過ぎてベルダンと対峙した。
「はっ……アズロワ、お前っ……!」
アズロワ。
聞いたことのない名前に仲間たちは首を傾げる。だがおそらくは偽名なのだろう、シャルルは気にすることなくカッカと笑っている。
「まあまあ、そう怒らないでさあ。ちょっと確認したいことがありやしてねえ……」
「貴様っ! この馬鹿どものグルだったか!」
「違うんすよー。勘定が合わないんすよ―。報告書と、ここにある物品の取引内容が」
シャルルはそう言って、手に持った用紙を見えながら荷台から降りるようベルダンを促す。
「それで、お呼び立てした訳でして」
「やかましいっ!」
シャルルの対応が気に食わないと、ベルダンは足音を立てながら荷台を降りようとする。
ところが――
荷台を囲うように現れたのは、王都の兵士たち。そして、この密輸調査ミッションの担当を引き受けてくれたラインバート隊長だった。
「な、なんだ、こりゃっ!」
荷台を降りかけたベルダンが咄嗟に後ずさって尻もちをつく。彼の逃げ場は完全になくなり、ラインバートがシャルルへ確認に入る。
「……突然シェラタンから通知が来て、何事かと思ったが……もう密輸犯を突き止めたというのか」
「へいっ、こちらが現場でございます!」
「アズロワ、貴様ぁ……!」
ラインバートが数人の部下を引き連れ歩み寄る中、ベルダンが怒りの血相を露わにする。どうやら、彼もシャルルに嵌められていたことには気付いていなかったようだ。
示し合わせたようなその展開に、兄妹はその企てを察した。
(こいつ……また全員を騙したのか……)
シャルルは交易所に走らされ取引の手続きをしていたはずだ。それが、ラインバートを連れて現場に現れている。こんなことは手紙の指示にも書かれていなかった。まさかとは思うが……自分たちが商人にやり込められることまで織り込み済みだったというのか。
事情聴取を行う、とラインバートが連行せよと部下に指示を送る。だが、ベルダンは腕を掴まれてももがいて抵抗し続けた。
「このおっ、待てっ! 連れてく前にそいつの顔を貸せ! 俺が騙されたのだ!」
「へっ! 騙したという意味じゃお互い様ですぜ」
シャルルはそれだけ言って話を区切り、ラインバートが率いる兵を招き入れベルダンの身柄を確保させる。
――ついに抵抗を止めたベルダンは拘束され、その両手に縄が付けられる。荷台を下り、ライアスをすれ違ったその時、ギロリと睨み付けた。
「……ふんっ。もうシェラタンは終わりだ。都唯一の取り柄だったあの工房を差し押さえられ、アトラザークの植民地となる未来が待っている。……くだらない義憤のせいで悲劇を招くことを、せいぜい後悔するんだな!」
そう吐き捨てるように言い残し、ベルダンは連行されていく。するとラインバートから声がかかった。
「お前ら、誰か一人は容疑者と一緒について行ってくれ。それと、この荷台について調べる。……アズロワと言っていたか? お前にもいろいろ聞くことがあるからここに残れ」
「ああ、いいですぜ」
これから現場の調査に入るようだ。一方、兄妹は気が気ではなかった。
ラインバートは任務を遂行できて、シャルルは裏取引をしていたベルダンを騙し討ちできた。だが、これで事を終えれば工房が大変なことになってしまう。
「……おいっ、シャルル! どうするつもりだ!」
ついに耐えられず、ライアスが声を上げる。だが、焦るライアスとは対照的にシャルルは白い歯を覗かせた。
「へへっ。よくやりきった。いい芝居だったぜ!」
そう言って親指を立てる。こちらの気持ちなどおかまいなしのあまりの呑気ぶりに、ついにライアスが握り締めた拳を持ち上げた。
「いい加減にしろっ!」
「だあっ! いってえっ!」
わりと本気で、その肩にパンチを繰り出した。
「待てって! わーかったって! ……悪かった。怒んなって! 大丈夫だって。策はある!」
ようやくその動揺ぶりが伝わったのか、やっとシャルルが正面に向き直り、「落ち着け」と手をかざした。
「ただ、あまり時間がねえから、端的に言うぜ。イリューア、お前があいつと知り合いだったのは想定外だったが、あのダメ押しのおかげで助かった。恩に着るぜ!」
「……はあ?」
ライアスと話し合っていたと思いきや、彼は肩越しから後ろのイリューアに視線を向ける。まさか自分に水を向けられると思わなかったのか、イリューアは間の抜けた声を上げた。
「え、え? 私が……何を?」
「大事なことを言っただろ? ひとつはベルダンがシェラタンに居たってことをハバレイって奴に教えた。そして、何のボトルをキープしてたって?」
シャルルにそう尋ねられ、イリューアが目を丸くする。
「え、えっと……ヴァ、『ヴァンロッテ』?」
「ああ、正確には『ヴァンロッタ』だな。ナシラで名酒と謳われる、蛇の酒だ」
「「……蛇?」」
ライアスとイリューアの声がハモった。
――蛇の酒、というのも気になったがその直後、ナシラの名酒という言葉に「ん?」と一同は首をひねった。
皆が察したことを補足するように、シャルルが言葉を続ける。
「『ヴァンロッタ』はナシラでもなかなか手に入らない名酒だぜ? 目上に送る品だとか、劇薬とも言われるくらいキツイ酒だとか言われたりするが、とにかく俺も飲んだことはねえ。そんなものがなぜ、カネのないシェラタンにあるって? なんであいつがボトルキープしてるって?」
その指摘にライアスはハッと目を見開いた。何か大事なことを見落としていた気がして、イリューアとウォルフに目配せする。
――二人とも、自分と全く同じ表情を見せていた。
もしもベルダンが自ら『レザー・エリミシェール』の交渉人としてハバレイと取引を交わし、その交渉が失敗していたとすれば、ハバレイからすれば『レザー・エリミシェール』側に非があるという名目は成り立ってくる。
ベルダンはそれで、これから恐ろしいことがはじまると忠告してきた。
だが、ベルダンがそれよりも前からナシラの人間であったとするならば見方は変わってくる。彼はハバレイとの交渉で自分こそが工房を守っていたかのように主張していたが、実際には革をシェラタン製として扱わない取引をしてきているのだ。ベベルら工房の人々の想いと乖離するそのやり方は、結局商会アトラザークの言いなりに過ぎない。
――いや、そもそも彼がハバレイ率いる商会アトラザークの刺客だったとしたら……こんな展開になるのはむしろ本望だったのでは……?
そんな疑問を浮かべていると、周りに聞かれたくないからなのか、シャルルがトーンを下げて補足する。
「もう今回はな、勝負が決まっちまってたんだ。密輸が発覚しようがしまいが、あのベルダンって野郎がシェラタンの工房側についちまってたから、既にアトラザークの手に渡っちまってたようなモンなんだ。だから、まずは一回その関係を剥がしたかったんだ。この取引のどこかで、あいつの落ち度があればいいなあと思ってたところなんだが、イリューアがナシラの名酒の話をしてくれたから。あいつもハバレイって奴も、いい具合に手離れしてくれた……」
それから彼は、急に笑い出した。
「ははっ! 美女と酒に足元すくわれたと! こればっかりはベルダンに同情しちまうぜえ!」
「な、な、なっ……!」
その言葉にイリューアの顔が真っ赤になる。ベルダンに対してありったけの鬱憤をぶつけた彼女だが、それもまたシャルルの計略に利用されてしまうとは。
(シャルルさあ……)
腹を抱えて笑うシャルルを、兄妹もしらっとした目つきで見据えた。




