197 リーダーって、何?
マグダレーナを預かってほしい。
その言葉に、兄妹は大した反応もせずにドリューを見つめる。なんとなくだが察しがついていた。
マグダレーナがアカデミーを出るなら同時に住む場所を失う。今後のこと、となれば自分たちにできることは限られている。
ドリューが言葉を続ける。
「実はちょっと前にな、レーナにお前のギルドについて軽く話したんだ。アカデミーに群がったヴォイド退治を助けてくれたって。その時ばかりはレーナも話に食いついてきたんだ。ギルドに入る資格ってなんだろうとか、戦えなきゃいけないのかな、とかって。まるで自分がお前のとこに入れたらって希望を口にしていたんだ」
ライアスは小さくため息を吐いた。
「お前、言ったのかよ……」
兄妹は何とも複雑な思いに駆られた。
マグダレーナが「ブラザーズ」に加わるというのはもちろん悪い話ではない。むしろ歓迎だ。
だが諸手を挙げて迎え入れられるかといえば、そうでもない。あるメンバーの存在がどうしても気になってしまうのだ。
それに気付いてかドリューは苦笑いを浮かべ、また口を開く。
「お前には面倒をかけてばかりなんだけどな。けれど、レーナにとって別にこのアトリアに留まる理由もないかもしれないんだ。もう少しすれば今よりもっとエラセドの連中でごった返すだろう。俺はもうそれを受け入れるし、レーナの居場所を最低限確保してあげたつもりだが……。他に選択肢を与えるだけの余裕まではないんだ」
その事情はよく分かる。ドリューだって周りから厳しい視線を向けられている立場だ。
だが、とライアスは懸念を口にする。
「けど……ドリュー見ただろ? 俺らのギルドにもエラセド出身の──……」
「わかってるさ」
言い切る前に返され、兄妹はぴくりと身体を揺らした。
「お、おい! わかってて頼むのかよ?」
責めるようにライアスが問う。
ドリューは机に向けていた視線を持ち上げ、真っ直ぐに目を合わせ、そして、ゆっくりと頷いてみせた。
「ああ。お前だからこそ頼みたい。俺からの願いでもある」
熱のこもった口調で言われ、ライアスは「えっ?」と戸惑った。
ドリューはふうと一息つき、真剣な眼差しをライアスへと向ける。
「お前らならレーナも、イリューアと言ったか、エラセドの女騎士とも、うまく束ねられると思っているよ。そもそもお前らはエラセドの騎士を部下として行動を共にできるんだ。感覚がないかもしれないが、俺にはとてもできない話だ」
淡々と褒めるように言われ、兄妹はたじろいだ。
ドリューは何か大きな勘違いをしていないか?
「い、いや。お、俺は……俺たちは何も、都のしきたりとかもわかってないだけでそんな大袈裟に……」
ライアスがそう否定するも、ドリューは大きく首を横に振る。
「いや、だからこそだ。偏見がないからさ。人は皆平等で自由に生きられるべきだ。俺も心ではそう思ってる。たが、現実はこうして歪みが起きる」
言いながらため息を吐く。
「それで俺も、知らず知らずのうちに歪みを作って、エラセドに敵意をむき出しにして、ゲリラ戦を繰り広げても、まだ師匠の言葉を理解できずにいた。きっとレーナも同じなんだ。エラセドに対して歪んだ感覚を持ち続けている。でも……お前たちなら、そんな歪みのない空間にレーナを導けると思うんだ」
真摯な口調で語られたそれは紛れもない本心のようだった。言いくるめようと詭弁を弄しているわけでは決してない。
その真っ直ぐな思いに兄妹はしばし黙り込む。やがてライアスがぽつり、とその口を開いた。
「……できるのかな? 導くって言ったってレーナがその気じゃなきゃ……」
ドリューはこくりと頷いた。
「そうだ。だからギルドリーダーであるお前がそうなるように、最初から仕向ければいいんだ」
その言葉にライアスは「え?」と首をかたむける。仕向ける、という言葉にはあまりいい印象を受けない。
不可解そうな兄妹をよそに、ドリューは腕組みをしてうんうん、と頷く。
「例えばな、ライアス。もし俺がお前のギルドに入りたいって言ったら、俺にどんな条件を求める?」
条件、と言われライアスは「うっ」と言葉を詰まらせる。そんなのは一度も考えたことがない。
ドリューはふっ、と口元を綻ばせた。
「そうだろう? まだそういう『掟』ってものがないから無条件には入れられないんだろう? アカデミーでも同じだ。軍事部門にはいくら腕利きの戦士や魔術師でも、戦場に立てる心構えや互助の精神がなければ卒業できないよう課題付けがされている。学生間で組むギルドにも、それとは全く別だが、誰かを受け入れるのにいろいろ要求を課す」
そう説明してから改めてライアスを見やる。
「お前も、レーナがもし加わりたいと言ったときに、何を求めるか、何に従うかの『掟』を出してあげればいいんだ」
諭すように言われ、兄妹はしばし考え込む。
ドリューの指摘はもっともだと思った。ギルドを束ねる立場なら、仲間に何を求めるかもはっきりさせておくべきだ。
それは「ブラザーズ」に必要な心得のようにも感じた。
「『掟』、か」
ライアスがぽつりと呟く。
ドリューは「ああ」と首肯した。
「もしレーナが、お前の心配するように意識が変わらないかもしれないと思ったら、最初から考えが向くように条件を付けてあげればいい。あいつがお前のギルドでうまくやっていくには何があればいいか、あいつに足りないのは何か。ギルドに入る前に、リーダーであるお前が求めるんだ」
――リーダー。
その言葉にどくん、と心臓が脈打つ。
イリューアには既にそう呼ばれているが、その意味を真剣に考えたことはない。ライアスにとってあまり現実味のある言葉ではないからだ。
リーダーとはもっと強い人や頭のいい人、それに大勢の部下に慕われるような、そういう人物を差す言葉だと思っている。自分がそんな人間だとはどうしても思えない。
今だって自分たち兄妹とドリューのどちらがリーダーに相応しいかと問われれば、迷うことなくドリューだと答える。
もっと言えば、ギルドメンバーのウォルフやイリューアより自分たちが優れていると思ったことなどさらさらない。彼らは故郷で、目的をもって戦士としての腕を磨いてきたのだ。
必要に迫られて、狩猟に繰り出せる最低限の戦闘力を養った自分たちとは違う。
……だが、そんな自分がリーダーと呼ばれている。
ふとライアスは思った。
(リーダーって、何なんだろう……?)
そっと兄妹で顔を見合わせ、その疑問と向き合う。
こうしてリーダーと呼ばれながら、その意味は明確に理解できずにいる。そんな自分たちが何やら歯がゆく思えてくる。
だが、小さなギルドを王都に立ち上げ、仲間とミッションをこなす。ただそれだけでリーダーと認められるような、そんな軽い言葉では決してないはずだ。
しばらく考えてもその答えを兄妹はすぐには見つけられずにいた。
重い沈黙の中、ドリューが心配そうに口を開く。
「……どうした? 大丈夫か?」
随分と参っているように見えたのだろう。それだけ兄妹は思考に嵌まっていた。
ライアスは視線を持ち上げ、真意を窺うようにドリューに尋ねる。
「リーダー……って、言ったよな」
ドリューは「ああ」と応じる。
「『先導する』『率いる』という意味だ」
それに兄妹はこくりと頷いた。その認識は間違っていない。
けれど、それだけじゃない。言葉では言い表せない、まだ何か別の意味や役割がある……そんな気はした。
そして、そのヒントはこれまでの旅のどこかにあったとも思えた。
この学術の都アトリアではじめて「ギルド」という言葉を覚え、思い付き半ばで王都にギルドを立ち上げた。
そこには少なからず、自分たちが興味をそそられる何かがあったはずなのだ。
(俺たちは、本当にその《リーダー》になれるのか……?)
確信を持てないまま、その言葉の重みだけが兄妹の胸の中へと沈み込んでいく。
やがてライアスは小さく息を吐き、その顔を上げた。ドリューに向き合い、意を決したように大きく頷いてみせる。
「……わかったよ」
マグダレーナを受け入れることが正しいかは分からない。イリューアのことも心配だ。だがそれで調和がとれるのなら、何よりまとまりがいいようにも思う。
それはリーダーという言葉の意味を考えはじめた、兄妹なりの決断でもあった。
それを見届けるようにドリューが笑みを浮かべた。
「そう言ってくれるか?」
「ああ。けど、まずは話だ。レーナのペースに合わせきりにしてギルドが散り散りになるのは避けたい」
そう告げるとドリューは「ああ、もっともだ」と頷き、満足げに笑って白い歯を覗かせた。
その表情を前に兄妹は視線を交わし合う。
……結局はドリューの思惑通りに事が運んでしまった。
「……そっか、お前、先生だったんだっけ?」
ふとライアスが尋ねる。言葉巧みに話を進められてしまうのは、そのせいかもしれない。
「はっは。お前くらい、素直な生徒ばかりだと楽なんだけどな」
ドリューは「冗談だ」と後付けしながら悪びれもせず笑った。
それから思い出したように再び口を開く。
「それと、これも知らないんだろうが、あのイリューアってやつ。けっこうな名家の子だぞ」
「んあ?」
不意な話題に意表を突かれ、ライアスが声を上ずらせる。
ドリューは何かを思い出すように視線を上向けた。
「……ここで共闘した時に胸元の山羊の紋章が見えた。聞いただけの話だが、エラセドではそれなりに地位が高くなると家紋として動物や武具をあしらった紋章が刻まれるんだそうだ」
「そ、そうなのか? 紋章すらまともに見てなかったぞ?」
戸惑いを見せるライアスに、今度はドリューが俯き加減に苦笑する。
「……ふっ。そういうことも知らずに、エラセドの騎士を従える、か」
「……だ、だから……知らなかったんだって!」
ライアスが嘆くように言い返す。無知を指摘されたようできまりが悪い。
一方のドリューはうんうん頷きながら器のスープを口へと運ぶばかりだ。だがその眼差しは柔らかく、深い安堵のようなものを思わせる。
──大丈夫だ。お前ならやれる。
そんな言葉をかけるかのような視線が、兄妹へと向けられていた。
マグダレーナは事務作業をしていて後小一時間もすれば戻ってくるのだという。それまで三人は口裏を合わせながら、彼女にどう誘いをかけるかの相談をする。
そして兄妹は「ブラザーズ」の掟について、その考えを巡らせはじめた──。




