196 ドリューの憂い
ドリューは神妙な面持ちのまま口を開いた。
「……俺の相談を受けてくれるか? そうすればもっといいところに泊まれるかもしれん」
それに兄妹はきょとん、と顔を見合わせる。
いつでも直球の彼らしからぬ、何やら思わせぶりな口調だ。ドリューに限っておかしな要求をしてくるとも思えないが……。
どのみち兄妹に選択肢はない。
「……いいけど、なんだ?」
不安が残りながらも、ライアスは承諾してその内容を尋ねる。
ドリューはふむ、と腕組みをした。
「ちょっとな、レーナのことでどうしようか迷っているんだ」
「レーナ?」
覚えのない名前にライアスは首を傾げる。そんな兄を見てフライアが説明を補った。
「マグダレーナさん」
「あ……ああ。あいつのことか」
そんな呼び方してたっけ、と思いながらも納得する。
「そっか、お前はあの時爆睡していたんだよな」
ドリューはふっ、と笑いながら言葉を続ける。
「まあ、それはさておき。レーナの今後を考えてやりたいんだ」
ドリューは真剣な目でそう口にした。
兄妹はちらりと視線を交わし、互いに首をかたむける。てっきり彼女はアカデミーの一員として馴染んでいると思っていた。
「……今後って、アカデミーにいるんじゃないのか?」
アカデミーにいるのなら今後もなにもない。講師でも職員でも、復興のためにやることはいくらでもありそうだ。
そんなライアスの疑問に対し、ドリューは小さく吐息して応じる。
「それが一番無難なんだがな。最近見ていてどうも本意じゃなさそうなんだ」
思わずフライアが「えっ?」と声を上げる。マグダレーナは自らアカデミーに向かうと決めていた。
ライアスが不思議そうに尋ねる。
「本意じゃない?」
ドリューは深々と頷いてみせた。
「ああ。あいつがどんなアカデミー生活を過ごしたかはわからないんだが。あまりここにいても自分から話してくれるわけでもないし、俺たちでアカデミーの話をしててもあんまり絡んできてくれるわけでもない」
彼女のアカデミー時代については兄妹もよく知らない。マグダレーナは確か、叔母の介護をしつつどうにか学位は取って卒業をした、などと話していた。
そんな思案をする兄妹をよそに、ドリューはため息交じりに口を開く。
「それに、学生からそのまま講師の身になるのはいろいろ複雑なところもある。なにしろ学問を評価される側からする側に変わるからな。当然学生時代の評価点とか成績表も見えるって…………いや、なんでもない」
徒然と呟くように話していたが、途端に手を振り言葉を止めた。
その様子に兄妹は目をぱちぱちとさせる。アカデミーについてはその仕組み自体をよく分かっていない。
「えっと、その評価とか成せき……?」
「いや。気にすんな」
ライアスの質問は言下に遮られてしまった。まるで臭うものに蓋でもするかのようだ。
ドリューはぽりぽり頬を掻いて、改めて口を開く。
「……まあ、言うなればだ。アカデミーに通っていた身からすればそのプライベートな情報も目の当たりにするってわけだ。しかもこの不祥事だろ? アカデミーにある情報はどの教育部門からも洗い出されている状況だ。俺はまあ、もう腹を括ったけど、レーナがこれを快く思うかは怪しいんだ」
そういうことか、と兄妹は納得する。
個人的な情報が赤裸々に晒されるのは気持ちが悪い。マグダレーナも性格からして自分たちと同じようなことを思いそうだ。
そこでドリューはまたふう、と小さくため息を吐いた。
「けれどな。あいつもこうしてアカデミーに協力しないと自分の生活が成り立たなくなるってことが昨日わかってきたんだ」
これには兄妹揃って「えっ?」と声を上げる。
ふと、ドリューの視線がフライアへと向けられた。
「フライア。クルサで話した『アカデミー関係特区』って言葉、覚えているか?」
出し抜けに尋ねられ、フライアはあたふたと返事をする。
「え……は、はい」
港町クルサにあるマグダレーナの家でそんな会話があったような気がする。
ドリューは頷いた。
「レーナが今住んでいる家の地区にある規約なんだ。それが厄介でな。要するに『アカデミーのために働きます』とか、『アカデミーに通います』って約束をした人があの地区に住めるんだ。レーナの叔母さんは体調を崩す前まではアカデミーの職員だったし、レーナも以前は学生だった。それが、今二人とも外れちまった状態なんだ」
ライアスが「あー……」と低い声を漏らした。フライアと二人、視線を上向けこくこくと頷く。なんとなく問題点が分かってきた。
ドリューが言葉を続ける。
「叔母さんを看取ったばかりのレーナ相手に何人も野郎を引き連れて立ち退きを求めるのは許せる話じゃないが、家に押しかけた連中はその規約違反だって迫ってきたんだ」
なるほどな、とライアスが呟く。
「だから、それならやっぱりレーナを職員にしておけばひとまずはやり過ごせる、と」
ドリューはこくりと首を振った。
「だが、それがレーナの本望かって話だ。あいつ自身が望んでいるか、どうも気になるんだ。この規約のことは、まだあいつには言っていない」
兄妹は何とも言えずに口を閉ざす。
室内がしんと静まり返り、兄妹はふと、マグダレーナと別れた日のことを思い起こした。
『まだ、はっきりとやりたいことも浮かばないけど。せっかく誘ってもらったのに、何もしないのもおかしいもんね』
──彼女はそう言っていた。
その言葉には迷いのようなものを感じる。本心ではなく成り行きで道を決めているかのような。それを励まそうと「叔母さんも同じ思いだったんじゃないか」と伝えても、「そうかもね」と呟くだけだった。
ドリューの言う通り、彼女は自分の意志でアカデミーに留まっているわけではないのかもしれない。
そんなことを考えていると、不意にドアが開けられた。器を手にした男が顔を覗かせ、ドリューに声をかける。
「もう一食分作るから、鍋を空けさせてくれ。食わないと冷めちまうぞ」
ドリューが立ちあがり、「ああ、すいません」と器を受け取る。男はすぐに戻っていった。
椅子に戻ったドリューは少しばつが悪そうに兄妹を見やる。器にはスープが入っているようだが、残念ながら三人で分けるほどの量ではない。
「……ああ、いい。食べてもらって構わない」
ライアスが自分たちを窺うドリューに断った。夕食の問題は片付いていないが、ここで駄々をこねるほど図々しくはできない。
ドリューはすまないな、と顔の前に手の平を立てると器を持ち上げ、スープを二口ほど口へと運んだ。
それから数回ため息をつき、トンと器を置いた。そして意を決したように、兄妹を見据えてその口を開く。
「そこで、第二候補としてお前たちに相談なんだ。レーナを、お前たちのところに預けたい」




