195 被災地を彷徨って
学術の都アトリア。
大陸随一の学園都市には、ヴォイドによる災害の傷跡が深く刻み込まれていた。その惨事以降、はじめてアトリアに足を踏み入れた兄妹は改めてその惨たらしさを思う。
都のシンボルであり最も高い建造物でもあるアカデミーを見上げれば、その壁は各所が崩れ落ち、窓もほとんどが割れてしまっている。
街中を進めばアウストラリスやエラセドの兵を多く見かけた。調査や復興のため、さまざまな都の人間が乗り出しているのだろう。彼らと共同して瓦礫撤去に追われる冒険者や学生らの姿もある。
公園など公の広場を見れば、避難民らしい人々が複数テントを張っていた。家には帰れないのだろう、多くの人たちが呆然とした面持ちで佇んでいる。
「こんな状態で……ここに宿を取りに来るってほうがおかしいよな……」
ライアスは低い声で呟いた。無駄と思いながらも宿泊所に足を向ける。
冒険者として生計を立てていた当時利用していた宿で、兄妹にとって慣れ親しんだ場所でもある。
だが、店主の対応はあっさりしたものだった。
「申し訳ないのですが、当面この施設は救護所として、患者と医療関係者の拠点となっています。一般の方は受付を中止しております」
……自分たちの計画性のなさには情けなくなるばかりだ。
既に夕刻となり、陽が傾きはじめている。二人とも歩き疲れてヘトヘトだというのに、一夜を過ごす宿もなければ、残された路銀もあと僅か。微かな希望を求めて王都への定期便を探すも、案の定「運航中止」の張り紙がされている。
「……」
兄妹はしばらく立ち尽くしてしまった。
忙しなく人々が行き交う中、ひゅう、と少し肌寒い風が身体に沁み渡る。
このままでは本当に難民だ……。兄妹の額にじわりと脂汗が滲む。
「ど、どうしよ……」
「……とりあえず、寝床を探さないか? 最悪、アカデミーとかでもいいから」
動揺する妹を落ち着かせるようにライアスが言う。そんなライアスも藁にもすがるような思いでいる。
とにかく、この街で安心して寝られるようにしなければ。
ほんの少し前に最悪の場合、と表現したドリューに頼るという手段が、既定路線となってきた。
「アカデミーに行こう。……明らかにおかしいけどな」
このときばかりはフライアも突っ込みを入れない。それしかない、と分かりきっているからだ。
寝床を求めてアカデミーを訪れる。……そんな奴はいないだろう。
街の光景と同じく、アカデミー内にも各地の人々の姿があった。取り調べを行う視察団らしき面々が通路を行き交っている。夕暮れ時とあって、切り上げて解散するような一団も見られる。
そうした様子を窺いながら、ライアスは知人の所在を思う。
「ドリュー、まだいるかな?」
考えてみればドリューが住んでいる場所を知らない。会えるとすれば軍事部門の講師室以外思い当たらなかった。
ヴォイドの傷跡が生々しく残る校内を進み、兄妹は一直線に講師室へと向かう。そこでドリューに会えなければ、いよいよ手詰まりとなってしまう。
軍事部門の区画にたどり着いた兄妹は、中を窺いながら講師室の扉をゆっくりと開いた。そうして中を覗くと、数人の人影が見えた。
簡易な携帯調理器具をぐるりと囲い、周りには皿やスプーンなどの食器類を並べている。どうやら食事の支度中のようだ。
その中に一人、見慣れた鎧姿の男を見つけた。
「ドリュー」
その名を呼ぶと全員の視線が一斉に向けられた。
「……っ! ライアス!」
まさか自分たちがアトリアにいるとは思わなかったのだろう。
ドリューはガタンと音を立てて椅子を立ち上がり、兄妹のいる戸口へと慌てるように駆け寄ってきた。
「どうした? お前ら。またアウストラリスから派兵されたのか?」
そう問われ、ライアスはぽりぽりと額を掻く。
「いや、そうじゃないんだが……」
上手く言葉にできず、それだけを口にする。
派兵されたと思うのはもっともだが、実情はまるで異なる。とはいえ、ここでエラセドに行ってきたというのも口にしづらい。
「ちょっと、時間いいかな?」
親指と人差し指でつまむような仕草をしながらやむを得ずそう伝える。
「お、おう」
ドリューはそう応じて頷き、ドアで間仕切りがされた個室へと兄妹を促す。自分たちだけで話がしたい、というのを察してくれたようだ。
「あ……! 俺の分とっといてくださいよ!」
振り向きざまに言って個室のドアを閉める。おそらく他の人たちはドリューの同僚なのだろう。
室内には大きな机がひとつ、それに数脚の椅子が置かれていた。
会議用の小部屋といったところだ。ドリューは座るよう兄妹を促すと、自身もその向かいに腰を下ろした。
「やれやれ。あんまりしてやれることはないんだが、話くらいなら聞くぜ」
半ばため息交じりに言う。その様子からしてドリューも疲れているようだ。アカデミーを訪れる視察団に手を焼いているのだろう。
とはいえ兄妹もこのまま夜を迎えるわけにはいかない。聞きたいことは他にもあるが、まずは、とライアスが切り出した。
「……言いにくいんだけど、とりあえず今日の寝床を確保したい。どこかないか?」
さすがに呆れたのかドリューはふっと鼻で笑い、やれやれと両手を広げた。
「まじかよ……。さっきも聞いたけど派兵されたんじゃないのか?」
確かに、派兵された身ならば簡易であっても寝床は提供されていただろう。
先程と同じ問いに、兄妹は視線を交わして頷き合う。事情はともあれ正直に説明するしかないだろう。
「実は、ナシラの商人のおつかいで、エラセドに行ってたんだ」
ライアスが言うと、ドリューの肩がびくんと震えた。さっきまでの呆れ顔が驚きの表情へと一変している。
「な、なんだって?」
ライアスは頭を掻きながら説明を続ける。
「ああ、エラセドの、……騎士の、死骸地ってとこ」
「死骸地、だあっ⁉」
奇声に近い裏声が発せられた。ドリューも死骸地のことは知っていたようだ。
ドリューはハッとして自身の口を塞ぐと、落ち着きを取り戻すように密やかな声で言葉を続けた。
「……お前ら、ホント行動力は見上げたもんだぜ。死骸地って噂でしか聞かないが、騎士たちの流刑場だろ? ……逆に、よく三日、四日で戻ってきたな」
何やら体裁悪く、ライアスはしどろもどろに応じる。
「あ、ああ。試しに行ったら戻りに戻れなくなってな……」
……よく分からない説明になってしまった。
だがドリューはそれを問いただすことなく、ただ小さくため息を吐くと視線を外した。そうしてゆっくりと口を開く。
「わかった。まあ、そのおつかいの中身は聞かないことにするよ。で、寝床だな。何ならここで休んでいってもいいが、余分に渡せる寝袋とかもないし……」
その言葉に兄妹は安堵する。
要するに快適には寝られないということだが、信頼できる人が傍にいればひとまずは安心して眠りにつける。
「別にいいよ。とりあえず、安心して夜を明かせれば……」
「いや、ちょっと待った」
だがどういうわけか、ドリューは唐突に片手を上げるとライアスの言葉を制止した。
「……なに?」
安堵するも束の間、言葉を遮られたライアスは不安げにドリューの顔を見やると、彼も「ふーむ」と唸った後に兄妹をじっと見つめ返してきた。
いかにも裏がある、そんな顔に兄妹は軽く身構えた。




