190 騎士の親子
山道に入って十分程が経過した。
人影がなくなり、作戦通りまずは妹を憑依させると、ライアスが上り坂を進んでいく。往路で通った道のりとあって、その足取りは幾分ハイペースだ。
最初の関門となる急峻な斜面を過ぎ、道が多少平坦になったところでライアスはふと立ち止まった。
女性に渡されたペンダントを取り出し、改めてその造りを確かめてみる。ここでなら人目を気にする必要もない。
ペンダントは飾りの部分が銀に縁取られ、よく見ると蓋付きの懐中時計になっていた。
憑依中のフライアも見つめる中、ライアスがぱかりとその蓋を開く。
「これは……?」
蓋の中には立派な装飾が施され、その中に写真が写り、親子らしき家族三人の画が飾られていた。
お転婆そうな少女を挟み、若い夫婦が幸せそうに微笑んでいる。
その小さな画を兄妹はジッと見つめる。
(その子……?)
先にフライアが呟き、こくりとライアスも頷いた。
「……ああ、面影があるよな。そういうことか」
髪の長さは肩までしかないが、それでも間違えようがない。雪のような白い銀髪、やや面長の整った顔立ち。
画の中の少女はイリューアに違いなかった。
再び山道を進みながら、兄妹は先程の女性に思いを巡らせる。
「じゃあ、さっきのはやっぱり、イリューアのおふくろさんか」
(心配、してたってこと?)
「そういうことなんだろうな。いや、そりゃ……普通心配するだろうよ。親なら」
スカーフを巻き、目以外に顔を隠していた母親と会ったとき、最初はエラセドの掟を破った者を処罰する人だと思った。
だが、親だったとすれば掟破りに厳しいエラセドのこと、自分たちを動揺させながらなんとか娘の存在を聞き出そうとするのは納得がいく。
そう話しながら、兄妹は改めてその胸の内を思う。
「最後のほう、なんか目が虚ろだったもんな」
(しかもイリューア、『初』って)
「ああ……!」
妹の指摘にライアスが思わず声を漏らした。
なにせ娘がはじめて戦場に赴き、そのまま行方不明となったのだ。
それならなおのこと、その行方を誰彼構わず聞き回るのも当然のことだ。相打ちとなった相手──ライアスの身なりを知っていたことも頷ける。
だが、ここでもやはりエラセドの掟が大きく立ちはだかっている。
イリューアは親の待つ故郷には帰れず、自分たちについてくることを選んだ。
「……それで、おふくろさんが最後言った」
兄妹はその言葉を思い起こす。
『親のことは気にせず、自分の思うままに生きなさい』
……親子は生き別れとなり、その道を違えることになった。
(……)
言葉に詰まり、しばらくライアスの靴音だけが辺りに響いた。
彼女の言伝には「故郷の掟に囚われるな」という思いが込めてあるように感じる。励ましのようにも聞こえれば、あるいは別れの言葉のようにも聞こえる。
(お母さん、死骸地に行っちゃうの?)
「……どうなんだろう? まだイリューアが見つかってなければそうならないんだろうけど。でもこんなものを俺たちに、って……」
何かの確信があったのかは分からない。いずれにせよ彼女は、奇しくも娘と関係のある自分たちと出会い、おそらくは宝物であろう懐中時計を託した。
もう娘には会えないと、そう受け容れてのことかもしれない。
ライアスは寒さでまだ微かに漂う白い息と共に大きなため息を吐いた。
「……聞きたくねえ伝言残してったなあ……」
頭上にいるフライアもこくりと頷く。
親のことは気にせず、自分の思うままに──。
それを伝えたら、イリューアは一体どんな顔をするのだろう。
その心情を思えば、すぐには言えまい。
フライアは憑依の中、母の愛情が込められたその言伝を思う。そして一言一句、丁寧に手帳へと書き留めた。




