188 王都まで帰るために
集落を出発してから数十分。
一台だけ荷台を引いた馬車が通ったが、相変わらず一切の人影は見当たらない。そのひっそりとした一本道を、兄妹はひたすらに歩き続ける。
やがて道の両端に茂った林の一方に、都の城壁が小さく見えた。
きっと中から見るその城下町も見事なものなのだろう。
そんなことを思いながら、兄妹は小さくため息を吐く。近づくほどにその城壁の高さが分かるのだが、同時にこのエラセドにおける「境界線」を象徴しているようにも思えた。
「ほんとに死骸地とここをバッサリと区切ってるんだろうな」
「ね。イリューアもきっと……」
妹の言葉を受け、ライアスは両手を頭の後ろに組む。
「……ああ、あそこに親を送り込みたくないってことか」
兄妹がイリューアを伴って王都に赴き、「ブラザーズ」を設立するより前。彼女は自身が戦いながらに生き残ったことで、家族に迷惑がかかるのを恐れていた。
――捕虜になるくらいなら命を絶て。
それが騎士の教えであり、戦いに勝たずして生き残ることはエラセドでは不名誉とされる。
その教えに背き騎士失格の烙印を押されれば、本人だけでなく身内までもが追放される。掟破りは家族もろとも──集落にいた男もそう語っていた。
ついさっきまでいた「死骸地」での暮らしを思い起こす。
ファブマーレンの元で二泊だけならまだいい。あの暖かいお迎えなら寒さにも耐えられる。
だが、誰の庇護もない状況下で「罰としてずっと暮らせ」などと言われたならば兄妹もただただ閉口するだろう。
改めてエラセドという都の気質には、言いようのない隔絶感を覚える。
そうこう考えながら、ようやく城門の近くまでたどり着いた。門をくぐる人々が視界に入り、港へと物資を運搬する馬車が目の前を行き交う。
やはり人の姿があると、それだけで安心する。歩き疲れた兄妹は街道脇の石段へと腰掛け、おもむろに両手を組むと頭上へと伸ばした。そのまま軽くストレッチをはじめる。
このところ歩き詰めだが、今日もまた山を越えねばならない。ここはまだエラセドの領地で目的地は遥か遠いわけだが、だからといって無茶はできない。
「今日でなんとかアトリアまでは行かないとな。山を下りてからもまだ距離あるし……。王都行の便に間に合うかな?」
「う~ん……」
兄に言われ、フライアが手帳を取り出した。
メモにはアトリアから出る最終便は「午後四時」と記されている。
残りのお金を考えると、宿泊か馬車に乗るかのどちらかにしか使えない。今日中に王都に戻れなければアトリアで一泊し、また明日もアウストラリスまで長い街道を歩くことになる。
そうなると最終便に間に合うかにかかっている。
フライアは次に鞄から地図を取り出した。それを見てライアスが距離と時間を確認する。
「さすがに明日も徒歩ってのは面倒だよな。でも……今が九時過ぎで、山越えで最低三時間……半くらい? そこから街道を通って……? 二時間……ちょっとってとこか?」
言いながら指折り計算する。小さく見積もって六時間弱。それも休憩なしの場合だ。午後四時に間に合わせるとなれば、休憩できるのはほぼ一時間。
「……」
厳しいと言わざるを得ず、二人揃って片言だらけの手帳を見つめた。
またも厳しい道のりであるのは間違いなく、兄妹はむっつりと黙り込む。だが少しするとライアスが何かを思いつくように目を細め、そのまま横目で妹を見やった。
「……『リレー』、するか」
その提案にフライアは「うっ」と呻く。
「……やるの?」
兄妹の言う「リレー」。
それは憑依を利用して交代しながら歩くことで消耗を抑え、距離を稼ぐ作戦のことだ。
シェラタンで暮らしていたときにも川への水汲みや鉱石の運搬などで使っていた。
「なんとか俺が山越えして、向こう側の麓までついた後から交代して、お前が平坦な街道をひたすら歩く、と」
兄の計画を受け、フライアも思考を巡らせる。
「交代は……一回?」
「そりゃ、途中交代もいいんだけど。山道苦手だろ? それに、もう歩くのもたくさんだ」
ライアスは半ば嘆くように本音を口にする。休める云々より、とにかくもう早く帰りたいのだ。
その勢いに圧されるように、フライアもこくこく首肯する。
「う、うん。そうしよ……」
兄から地図を受け取り、畳んで鞄の中に押し込んだ。




